持続的な価値創造とこれからのアカウンタビリティ

いま、取締役会や経営層に求められるアカウンタビリティの概念が広がりつつあります。企業報告を取り巻く環境変化と、日本の企業報告の現状を踏まえ、取締役会や経営層がマテリアリティに関わる認識を示す意義、そのために担うべき役割とその結果として果たされる責任について解説します。

企業報告を取り巻く環境変化と日本の企業報告の現状を踏まえ、取締役会や経営層がマテリアリティに関わる認識を示す意義、そのために担うべき役割とその結果果たされる責任について解説します。

いま、取締役会や経営層に求められるアカウンタビリティの概念が広がりつつあります。企業に、持続可能な社会の実現に資する価値を創造しながら、企業自身の価値を中長期にわたって向上させることが求められているためです。したがって、企業はサステナビリティの要素が加わり多様化する価値を再定義し、その価値を創造するにあたって限りある資源をどう利用したのかを説明する責任が求められています。その報告内容の検討において有益な出発点となり得るものが、企業価値に関わるさまざまな事項において「何が自社にとってマテリアルなのか」についての認識です。

本稿では、企業報告を取り巻く環境変化と日本の企業報告の現状を踏まえ、取締役会や経営層がマテリアリティに関わる認識を示す意義、そのために担うべき役割とその結果として果たされる責任について解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
企業報告を取り巻く環境変化

IFRS®サステナビリティ開示基準は、2024年1月以降開始する報告年度から適用可能となり、グローバルで比較可能なサステナビリティ情報開示がいよいよ現実のものとなる。加えて、サステナビリティ情報の信頼性向上のため、内部統制の構築と第三者保証の実施について具体的な議論も進み、財務情報と同等の信頼性を期待する投資家のニーズへの対応も将来的に実現されようとしている。

POINT 2
日本の企業報告の現状

マテリアリティに関する説明は増加している。しかし、日本の企業報告の多くがマテリアルだと判断した論拠や、マテリアリティ評価における取締役の関与が十分に説明されていない。そのため、マテリアルだと判断した内容が取締役会や経営層の共通認識として醸成され、意思決定の根幹となっているものかどうか、現状では読み取ることができない。

POINT 3
マテリアリティに関わる認識を示す意義

取締役会や経営層の共通認識として、経営の意思決定の根幹をなすマテリアリティをどう認識しているのかを説明することに意味がある。そのためには、取締役会や経営層が、さまざまなインパクトを評価したうえでなぜマテリアルだと判断したのか、その論拠と判断に至った過程について丁寧な説明が必要となる。

POINT 4
経営トップの役割と責任

企業価値向上に資する包括的な企業報告を実現するためには、取締役会や経営層が自らアカウンタビリティを果たし、強いリーダーシップを発揮することが不可欠である。

I.企業報告を取り巻く環境変化

1.IFRSサステナビリティ開示基準がいよいよ発効へ

持続的な企業価値向上とその先にある社会の持続的な発展を目指し、サステナビリティ情報開示を含む企業報告が、いま大きく変わろうとしています(図表1参照)。

図表1 サステナビリティ情報開示基準の開発および信頼性向上に向けた議論の動向

持続的な価値創造とこれからのアカウンタビリティ-1

出所:2023 年5月18日時点の各組織の公表情報を基にKPMG作成

グローバルでは、IFRS財団傘下の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が、グローバルベースラインとしてのIFRSサステナビリティ開示基準を開発しています。予定では、2023年6月末までに最終版を公表し、2024 年1月以後開始する事業年度を対象に適用可能となります。ISSBの基準開発に対し、G7やG20からは継続的な支持が表明され、証券監督者国際機構(IOSCO)もISSBの基準を正式に支持するか否かを決定するための評価を開始しました。

ISSBは、高品質な情報開示のグローバルベースラインの構築という目的のもと、IFRSサステナビリティ開示基準の開発に取組み、さまざまな国や法域で広く適用され、実際に活用される基準づくりを目指した活動を展開しています。一部の法域の規制当局ではISSBを支持し、IFRSサステナビリティ開示基準適用に向けた前向きな検討が始まっています。

日本では、2023年3月期以降の有価証券報告書から、新たに「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、業態や経営環境等を踏まえ、企業が重要だと判断したサステナビリティ情報を記載することが必須となりました。また、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は、ISSBの基準と整合性のある国内基準の開発に取り組んでおり、2024年度中(遅くとも2025年3月31日まで)に最終化することを目標としています。3月決算企業の場合、2026年3月期1以降の有価証券報告書で早期適用が可能となる見込みです。これに対し、金融庁 金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告(2022年12月)2では、SSBJが開発する日本版サステナビリティ開示基準の法定開示への将来的な取込みが示唆されています。

2.サステナビリティ関連情報の信頼性向上に向けた議論も進む

サステナビリティに関わる情報開示の基準開発やルール策定が進むとともに、サステナビリティ情報の信頼性向上に対する投資家を中心としたステークホルダーのニーズも高まっています。それを受け、内部統制の構築や第三者保証に関する議論も進んでいます。2023年3月末には、米国トレッドウェイ委員会支援組織委員会(COSO)が、「内部統制 - 統合的フレームワーク(2013年改訂)」を用いて、サステナビリティ報告に関わる有効な内部統制を構築するための補足ガイダンスを公表しました。6月には、国際監査・保証基準審議会(IAASB)も、限定的および合理的保証に対応した国際サステナビリティ保証基準(ISSA)5000「サステナビリティ保証業務の一般的要求事項」の公開草案の公表を予定しています。

このような海外の動向を踏まえ、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告(2022年12月)では、有価証券報告書のサステナビリティ情報に対する将来的な保証を求めていくことが考えられると述べられており、サステナビリティ情報に対する第三者保証のあり方について、今後具体的な議論が進むことへの期待が示されています。

II.日本の企業報告の現状

1.マテリアリティに関する説明は着実に増加するも、マテリアルだと判断した論拠の説明は不足

サステナビリティ情報を含む報告内容を検討するにあたり、有益な出発点となるのが、企業価値に関わるさまざまな事項において「何が自社にとってマテリアルなのか」についての認識です。そこで、KPMGジャパンは「日本の企業報告に関する調査2022」(2023年4月公表)において、マテリアリティの取扱いに焦点を当てた分析を実施しました。本調査では、日経平均株価3(日経225)の構成企業225社の統合報告書、有価証券報告書、サステナビリティ報告(サステナビリティ報告書や企業ウェブサイト上のサステナビリティに関連するページ)を調査対象としています。

企業経営において、短中長期の視点で何がマテリアルなのかを示す報告書は、すべての報告媒体で前年から増加しました。統合報告書やサステナビリティ報告では80%を超え、財務報告が主目的である有価証券報告書でも40%を超えています。また、マテリアリティ分析の結果とともに、戦略とその進捗を説明する企業も、年々着実に増えていることが明らかとなっています。

一方、マテリアルな課題だと判断された内容をみると、昨今関心が高まっているESG課題が羅列されているケースが目立ち、個社の違いだけでなく、異業種間の違いも読み取りにくい印象を受けました。これは、論拠の提示がないまま、マテリアルだと判断した内容の説明があることに一因があると考えます。ESG課題がマテリアルなのではなく、企業価値に影響を与える要素のなかにESGがあるのだということをあらためて確認しておきます。

2.取締役のマテリアリティ分析への関与を説明する企業は20%未満

報告の内容がESG課題の羅列にみえたとしても、パーパスと企業価値向上追求のために、取締役会や経営層がそれらすべてをマテリアルだと判断し、実際に経営の意思決定へ反映している実態があれば、合理的です。しかし、報告をみる限り、マテリアルだとされた内容が適切かどうか、経営判断のうえで重視されている内容なのかどうかは、十分読み取ることができない例が多数でした。

マテリアリティ評価における取締役の関与状況を説明する企業は、統合報告書やサステナビリティ報告では6割を超えているものの、その多くが最終的に承認を得ているとの説明にとどまっており、分析に関与していると説明している割合はともに20%を下回っています(図表2参照)。

図表2 マテリアリティ評価における取締役の関与の説明

持続的な価値創造とこれからのアカウンタビリティ-2

出所:KPMGジャパン「日本の企業報告に関する調査2022」P15 図1-5

マテリアリティ評価を最終化するにあたり、取締役会が最後に承認を行うのは必然です。しかし、決定にあたり、どのような議論があったのかまでは読み取れないものが多く、改善の余地があると考えます。

III.マテリアリティに関わる認識を示す意義

1.何が経営の意思決定の根幹となっているのか

「マテリアリティ」という概念は、相対的な概念ですから、統合報告においては、自らの存在意義に対して、持続的な価値を創造する経営推進と結び付ける視点が不可欠であり、マテリアルだと判断した内容は経営の意思決定の根幹をなします。そのため、取締役会や経営層の共通認識であるマテリアリティに対する認識の説明に意味があります。加えて、ESG課題の特徴の1つに、ビジネスモデルや産業特性が違えば、同じ課題であっても企業への影響の様相が異なる点があります。ですから、取締役会や経営層がマテリアルな課題だと判断した論拠について、自社の企業価値や経済・環境・社会と結びついた説明が望まれるのです。

また、企業の中長期的な戦略の方向性を定め、それに沿った経営を監督する役割を担う取締役が、マテリアリティ評価の議論に関与し、企業の将来との関係性を踏まえ、その影響に関する共通認識を醸成することは、持続的な価値の実現に不可欠だと言えます。自らのマテリアルな事柄と照らして、企業価値への影響を踏まえた認識かつ対応すべき課題だとの判断に至るプロセスに、取締役がどう分析に関与し、どのような議論を経たのかという説明は、説明責任の観点からも大切です。

2.何に対してマテリアルなのか

マテリアルな課題だと判断した論拠を提示するということは、企業にとって何がマテリアルであるのかを分析し、その観点でさまざまなインパクトについて評価した結果を説明することを意味します。そのため、マテリアリティを考えるには、「何に対して」マテリアルかを明確に意識する必要があります。これには大きく分けて2つの視座があります。1つは企業の活動が環境や社会に及ぼす影響、もう1つは企業の価値創造に及ぼされる影響です。この2つの視座から、何がリスクであり、機会につながる事項なのかを分析することがその基本となります。

さらには、この分析を通じて、経営の意思決定や戦略遂行、モニタリング、社内外の共創関係の構築などが、企業価値に結び付くものとなっていきます。「自社が存在する意義、価値」を意識しながらの継続的な検討を行える体制整備も大切なものとなるでしょう。

3.報告媒体の目的によって、マテリアリティに関わる報告の焦点は異なる

KPMGインターナショナルは、日本を含む世界58の国と地域の各上位100社・計5,800社を対象に、ESG課題に対し自社のサステナブルな価値創造に向けた取組みに関してどのような報告を行っているかを調査しました。その結果に、日本の現状や未来への展望についての解説を加えた「KPMGグローバルサステナビリティ報告調査2022」(原題:Big Shifts, Small Steps: KPMG Survey of Sustainability Reporting 2022)日本版を、KPMGジャパンは公表しています。この調査の一環で、企業がマテリアリティを評価する際に、企業への影響、ステークホルダーへの影響、社会全般に及ぼす影響のいずれによって評価しているのかを調査しました。

同調査(図表3参照)によると、グローバルでの売上高上位250社(G250)や、58ヵ国それぞれの売上高上位100 社で構成する計5,800社(N100)では、企業およびステークホルダーへの影響の観点からマテリアリティをとらえて報告する企業の割合がおよそ4割と最も多くなりました。一方、日本企業に絞ると、その割合は31%に下がります。しかし、企業およびステークホルダーに加え、より広範な社会的影響を踏まえた分析評価に基づき報告を行う企業の割合が53%と最も多くなりました。この特徴的な結果は、グローバルと比べて日本企業が、社会的要請を受け、より広範なステークホルダーが関心を有する環境や社会的課題などに関わる情報を積極的に報告する姿勢が表れた結果だと言えます。

図表3 マテリアリティの概念別にみた開示の割合(2022)

持続的な価値創造とこれからのアカウンタビリティ-3

G250は、2021年のFortune Global 500の売上高ランキングに基づく、世界のトップ企業250社を指します。
N100は、本調査の対象となった世界58の国・地域それぞれにおける売上高上位100社で構成されます。

出所:KPMGジャパン「グローバルサステナビリティ報告調査2022」P34 図15


サステナビリティ報告における記載の多くは、環境や社会、およびステークホルダーが関心を有する事項が中心となります。それに対して、統合報告書や有価証券報告書では、企業の価値創造能力や企業価値に及ぼす影響に焦点を当てた説明が求められます。マテリアルな課題だと判断した内容の説明には、報告媒体の目的によって報告の焦点が変わることにも留意が必要です。

IV.経営トップの役割と責任

1.企業報告における取締役会の役割と責任の開示を求める投資家の声

2022年10月、グローバルな機関投資家を中心に構成する国際コーポレートガバナンスネットワーク(ICGN)が「ICGN 日本のガバナンスの優先課題」と題した文書を公表しました。これは、日本のコーポレートガバナンスのさらなる改善とその成果が期待できる分野について、日本の企業、規制当局、その他のステークホルダーに向けたガイダンスを提供する目的で取りまとめられたものです。

同文書で、企業報告で説明すべきとされた1つに、「企業報告に対する取締役会の役割、ガバナンス体制、説明責任を明確にした取締役会規則の開示(項番1.6)」があります。これは単に、企業報告における取締役会の役割や説明責任などを取締役会規則に追記し、公開することを求めているのではありません。明記された役割や責任を取締役会が果たし、企業の立ち位置と、今後の長期的な見通しに関するバランスの取れた意味のあるインサイトの提示への期待の表れと言えます。

2.統合的思考をより意識した経営を求める企業内部の声

KPMGジャパンが実施した「日本の企業報告の取組みに関する意識調査2023」で、企業報告全体の高度化を実現するための重要な課題を、2022年と2023年の2回にわたって、セミナー参加者を対象にアンケート調査しました。2022年と比較すると、2023年は「統合的思考をより意識した経営」と「サステナビリティ課題に関する情報と財務情報との一層の関連付け」の2つに回答が集中し、ともに3割を超えています(図表4参照)。

図表4 企業報告全体の高度化を実現するために、貴社において重要な課題と考えられる点は?

持続的な価値創造とこれからのアカウンタビリティ-4

出所:KPMGジャパン「日本の企業報告の取組みに関する意識調査2023」 P11 Q7

マテリアルな課題だと判断した内容が企業価値にどうつながるのかを説明し、今後求められる包括的な企業報告を実現していくためには、取締役会や経営層の企業報告における役割の遂行と強いリーダーシップの発揮が不可欠であるとの認識が読み取れる結果だと言えます。

3.統合的思考および統合報告の実践

2023年6月末までにIFRSサステナビリティ開示基準の公表を予定しているIFRS財団も、国際会計基準審議会(IASB)とISSBが求める報告の結合性(connectivity)を重視しており、統合的思考を実践し、その実践状況について統合報告を通じた説明を行うことを推奨しています。そのため、統合的思考のもと、環境や社会的な課題などが財務状況にどのような影響を及ぼし、その結果、企業価値にどのように影響するのかを分析し、管理することが、今後一層求められると想定されます。

統合的思考は、組織がどのような資本を利用し、どのような影響を資本に与えるのか、組織と資本の関係性を考えることであり、中長期的な価値創造に向け、統合的な意思決定を可能とします。そして、統合的思考を経営に構造的に組み込む際の年次アプローチを示したものが、「統合的思考の原則」です。本原則を策定した価値報告財団(VRF、現在はIFRS財団へ統合)は、本原則を企業とステークホルダーへの長期的な価値創造に焦点を当てた経営哲学を示すものだと考えており、取締役会、経営層、上級管理職に参照されることを念頭に置いています。本原則の活用により、企業が持続的な価値創造に必要な要素を理解してアクションにつなげ、その実践状況を確認することが可能となります。統合的思考の実践は、取締役会や経営層が強いリーダーシップを発揮し、統合的思考を企業文化へ浸透させるうえで大切です。

4.取締役会や経営層に求められるこれからのアカウンタビリティ

これからの企業経営は、環境を含む社会的な課題の解決を通じて、企業価値の向上を実現し、金融の安定化と持続的な社会の発展を目指すことが希求されます。そのため、アカウンタビリティの範囲も、従来の財務報告を中心としたものから広げてとらえる必要があると考えます。企業には、社会全体のサステナビリティなど考慮すべき要素が加わって多様化する価値を再定義し、その活動を通じて限りある資源をどう利用したのかを説明する責任が求められています。

求められているアカウンタビリティを果たすためには、まずは何が経営の意思決定の根幹をなしているのか、企業価値向上のためには何が大切なのか、に関して取締役会や経営層で醸成されている共通認識を明らかにする必要があります。そのうえで、マテリアルだと判断した内容とその判断理由のステークホルダーへの報告が、アカウンタビリティを果たすことにつながると言えます。

現在、マテリアルな課題だと説明している内容は、果たしてその対応について取締役会や経営層が責任を有すべき状態になっているでしょうか。マテリアリティに関わる認識の説明に、これからのアカウンタビリティに対する企業の姿勢が表れると考えます。

なお、本稿の内容は、2023年5月18日時点の国内外の公表情報に基づくものです。

それ以降に当局や企業報告に関連する諸団体から公表された内容については、各団体のホームページなどで確認されることを推奨します。

1 早期適用の開始時期については、確定基準公表後に開始する事業年度ではなく、終了する事業年度とすべきとの意見もあるため、今後SSBJは審議を予定しています。

2 金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告、金融庁、2022年12月

3 日経平均株価(日経225)は株式会社日本経済新聞社の登録商標または商標です。

執筆者

あずさ監査法人
サステナブルバリュー本部 サステナブルバリュー推進部
テクニカル・ディレクター 橋本 純佳
シニアアソシエイト 伊藤 友希

お問合せ