調査の概要

KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパンは、2012年にその前身組織の1つである統合報告アドバイザリーグループを組成して以来、企業の自発的な取組みである統合報告書の発行を、企業と投資家との対話促進を通じて価値向上に貢献する取組みと捉え、2014年より日本企業の統合報告書に関する動向を継続して調査してきました。

9回目となる2022年は、「マテリアリティ」に焦点を当てて調査を行いました。「マテリアリティ」という概念は、自らの存在意義に基づき、持続的な価値を創造する経営を推進するための基礎であり、マテリアルだと判断した内容は経営の意思決定の根幹をなします。だからこそ、マテリアルだと判断した内容とその理由を報告することに意味があり、説明責任を果たすことにつながると考えたからです。

そのほかにも、サステナビリティ情報と財務情報の双方を含む日本の企業報告を、海外を含む投資家の期待に応え、その意思決定により資するものへと高度化させるための論点となるサステナビリティ情報の開示時期の早期化、情報の信頼性を高めるための第三者保証、英文開示の状況も確認しています。また、気候変動や人的資本と多様性など、今後ますます内容の充実が期待される事項についても調査を行っています。

調査結果の概要は次の通りです。詳細は、調査レポート原文をご参照ください。

5つの領域における調査結果の主なポイント

1.マテリアリティ

企業経営において、短中長期の視点で何がマテリアルなのかを示す報告書は前年から増加しており、統合報告書やサステナビリティ報告では80%を、有価証券報告書でも40%を超えています。マテリアリティに関わる認識を報告書に示すだけでなく、戦略や目標に反映させたうえで、企業価値の向上につなげようとする企業の取組みは、着実に進みつつあります。しかし、マテリアルだと判断した内容に関連する重大なリスクや機会の監督について、責任を担う機関または個人を特定し、説明している企業は、いずれの媒体においても半数以下となりました。マテリアリティ評価の結果や、それに沿ったリスク認識や戦略を示すだけでなく、その前提となる見通しや具体的なインパクト、ガバナンスに関する情報を提供することが、企業のマテリアリティに関わる認識の深いインサイト提供につながり、報告書で語られるストーリーの説得力を高めます。報告書の利用者から、組織の価値創造能力や持続性についての適切な評価を得るためにも、このインサイトこそが大切な役割を果たすと考えます。

2.報告の高度化に向けた取組み

サステナビリティ情報の報告時期
2022年3月に公表されたIFRS®サステナビリティ開示基準(公開草案)では、サステナビリティ関連財務情報を報告することが提案され、日本でも2023年1月に内閣府令が一部改正され、有価証券報告書にサステナビリティ情報の記載欄が新設されました。調査結果から、多くの日本企業では、統合報告書とサステナビリティ報告書の発行時期は、有価証券報告書の発行から3ヵ月後以降であることがわかりました。この一因として、サステナビリティ情報の開示に必要な業務フローや内部統制の整備、システムの導入が十分でないことが考えられます。投資家は、サステナビリティ情報をビジネスの文脈に当てはめ、企業価値への影響や財務的影響の観点でどのような意味をもつのか、サステナビリティ情報と財務情報の結合性(connectivity)を知りたいと考えています。今後、財務諸表の開示と同時にサステナビリティ情報が求められることが予想され、企業にはサステナビリティ情報の報告早期化に向けた取組みが望まれます。

サステナビリティ情報の信頼性向上
企業が提供する情報のうち、特に統合報告書、サステナビリティ報告に掲載する指標に対して、第三者からの保証を受ける例が増加していますが、そのすべてが限定的保証であり、合理的保証が提供されている事例はありませんでした。サステナビリティ情報の信頼性向上は、投資家等の意思決定にとって有益であり、今後も保証を受ける企業が増加すると想定されます。また、欧州企業サステナビリティ報告指令(CSRD)は、第三者保証を要求しており、将来的な合理的保証への移行も示唆しています。第三者保証の受審を制度化する動きが進んでいますが、サステナビリティ情報に関連する内部統制が十分整備されている企業は少数であるのが現状です。今後、保証制度が導入される可能性を考慮し、サステナビリティ情報の報告プロセスを改善する取組みや適切な投資が十分かを検討する必要があります。

英文開示
日本の資本市場に投資している海外投資家からの英文による情報開示への要望が高まっているため、多くの企業が報告書の英文開示を実施しています。英語版を発行している割合は、統合報告書84%、有価証券報告書83%、サステナビリティ報告書47%でした。また、英語版の発行時期は、日本語版と同時期に発行している企業が最も多く、海外機関投資家を意識した公平性の確保に取り組む企業が多い結果となりました。さらに、海外機関投資家からは、英語版の有価証券報告書を株主総会前に公表することが期待されていますが、その期待に応えられている企業は少なく、株主総会前に公表している企業は2%、株主総会と同日に公表している企業も16%にとどまっており、課題が浮き彫りになりました。

3.気候変動関連情報

TCFD提言に基づいた情報を開示する企業が増加しているとの仮説のもと、調査を行った結果、TCFD提言が開示を推奨する11項目のうち、いずれか1項目以上を言及している企業は、サステナビリティ報告では98%、統合報告書では88%、有価証券報告書では48%となり、いずれの媒体においても増加傾向でした。一方、項目別の開示状況を調査したところ、温室効果ガス(GHG)排出量について、サステナビリティ報告や統合報告書では記載割合が高いものの、有価証券報告書では調査項目のなかで最も記載割合が低いということがわかりました。ほとんどの統合報告書とサステナビリティ報告書は有価証券報告書の提出後に公表されており、有価証券報告書の提出までに、財務諸表と同じ報告期間を対象とするGHG排出量の集計が、実務上の課題となっていることに一因があると考えます。

4.人的資本・多様性

企業価値を構成する「見えざる資産」の中核である人的資本に関する経営者の考えに、ステークホルダー、特に投資家の関心が一層高まっており、人材を人的資本として捉え、価値創造につなげることが改めて見直されています。日本でも、人的資本や多様性に関する開示についての議論が進んでおり、2021年6月、再改訂のコーポレートガバナンス・コードには、人的資本への投資や多様性確保の方針と実施状況の開示が盛り込まれ、2023年1月公表の改正内閣府令では、2023年3月期以降の有価証券報告書において、人材育成方針や社内環境整備方針と、これらに関連する測定指標や目標・進捗の記載が必須事項となります。現状、統合報告書やサステナビリティ報告で人的資本に関する方針が示されている割合は78%と高いものの、有価証券報告書では31%にとどまっており、任意の報告媒体での説明が先行していることが明らかになりました。価値創造ストーリーにおける人的資本の位置付けを明確にし、経営戦略と一体となった人的資本への投資や人材戦略等に関する指標のストーリー性のある説明が必要です。これにより、情報利用者のニーズを満たす有用な情報開示が実現されるでしょう。

5.サステナビリティトピック

調査対象のうち224社が、ウェブ上にサステナビリティ情報の独立したページを開設する一方、独立したサステナビリティレポートを発行している企業は55%と、昨年から4%減少しました。調査対象の91%が統合報告書を発行するいま、マテリアルだと判断したサステナビリティ情報を統合報告書に集約し、広く社会的な関心を有する環境や社会等に関わる情報は、更新を適時に行いやすいウェブサイトに集約する動きがあるようです。「生物多様・自然資本」に関する報告は、「生物多様性・自然資本 」がマテリアルだと記載した企業は27%となり、「生物多様性・自然資本 」をマテリアルだと判断している、またはサステナビリティ報告のなかで「生物多様性・自然資本」に特化したセクションを設け、生物多様性に関する何らかの目標や実績を示している企業は39%となりました。企業に及ぶ影響が大きくはないと現状想定しているものの、生物多様性の喪失による影響への認知の高まりを反映し、一定数の企業が報告を行っています。

Key recommendations - KPMGの提言

いずれの報告媒体も内容が充実してきていますが、それが企業価値とどうつながるのかが明確に示されておらず、説得力が伴わないものも見受けられます。自社のパーパスに基づいて提供する価値やそのために重視することを明確に説明することが肝要です。また、ステークホルダーごとに重視する内容が異なるため、企業価値や経済・環境・社会へのインパクトを経営に責任を有する者の視点から描くストーリーで伝えることこそが大切です。その実現に向け、調査結果に基づき、以下を提言します。

1.報告対象とする事象について、マテリアルだと判断した論拠を明確にし、その背景とともに丁寧に説明する

マテリアリティ分析の結果と戦略の進捗状況を報告する企業が増えていますが、ESG課題が羅列された報告が多く、企業間や異業種間の違いが読み取りにくい印象を受けました。ESG課題は、ビジネスモデルや産業特性によって企業への影響は異なります。また、報告媒体の目的によって、マテリアルだと判断した対象が同じでも報告内容は異なります。取締役会や経営層の共通認識として、経営の意思決定の根幹をなすマテリアリティをどう認識しているのかを、情報利用者へ適切に伝えるためには、マテリアルだと判断した論拠を提示するとともに、その判断プロセスを含めた丁寧な説明が望まれます。

2.価値創造を支える仕組みとしてのコーポレートガバナンスを伝える

企業価値創造の源泉と価値の毀損要因を分析し、その内容に基づいて策定した戦略を遂行する際、取締役会は包括的かつ長期的な視点で組織の方向性を定め、時には軌道修正しながら、持続的な経営を支える役割が期待されます。報告書には、マテリアルだと認識した課題に十分な知見をもつ取締役を選任しているかどうかや、目標達成のためのインセンティブとなる報酬体系があるかどうかなど、マテリアリティに関し取締役会が十分認識を共有している実態や策定した戦略への責任を示す必要があります。コーポレートガバナンス改革に伴い、報告書に含まれる情報量は増加していますが、制度が求める最低限の情報ではなく、価値創造ストーリーに関連づけた説明を通じてインサイトを提供することが求められています。

3.制度対応のための開示から脱却し、企業価値に関するインサイトを伝える報告を目指す

国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、IFRSサステナビリティ開示基準の開発を進めており、世界各国の企業報告制度がその開示要求を組み入れる動きもみられます。日本でも、2023年3月期の有価証券報告書から、サステナビリティ情報の開示が必須となりました。企業の取組みについて適切な評価を得るためには、開示指標の意味合いを補足する背景情報や現状分析に基づく今後の見通しを伴った説明に加え、企業独自の指標を用いて目指す姿を伝えることが大切です。企業には制度対応を目的とする取組みから脱却し、企業価値とその持続性を高める行動の一環として、独自のインサイトを提供し、ステークホルダーと主体的に対話していく姿勢が問われてくるでしょう。

英語コンテンツ(原文)

Survey of Corporate Reports in Japan 2022

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン

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