近年、ビジネス界ではSDGsやESGなどの重要性が叫ばれ、「サステナビリティ」という言葉に大きな注目が集まっています。他方、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」がバズワードになりつつあるのは周知の通りですが、企業におけるDXの重要性はむしろ高まっています。このように、ポストコロナの時代に向けては、「サステナビリティ」や「DX」が企業の戦略的中心テーマになるという見解を聞くことが多くなってきました。しかし、この2つのコンセプトが互いに深く関係し合うものだと発想する方は、まだ多くないかもしれません。

そのような中、現在の事業課題に対して行っているDXと、未来を見据えて行うDXを同時に推進する「両利きのDX」に取り組み、50年先の社会を想像しながら30年先の理想を模索するなど、「サステナビリティ」を重視して経営の方向性を定義しているのが、株式会社三菱ケミカルホールディングス(以下、三菱ケミカルHD)です。

本稿では、KPMG Ignition Tokyoの茶谷公之が、三菱ケミカルHDでグループ全体のDX推進の中心として活躍されている浦本直彦 執行役員 Chief Digital Officerと対談した内容をお伝えします。(中編)

DXには2つの考え方がある。連続的なDXと破壊的なDX。

浦本氏、茶谷

(株式会社三菱ケミカルホールディングス執行役員 Chief Digital Officer浦本直彦氏(左)、株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役兼CEO、KPMGジャパンCDO茶谷公之)

茶谷:          「化学産業は生産する製品の寿命がIT産業に比べると非常に長い」とおっしゃっていましたが、お話を聞いていると、現場では着実にDXは起こっているように感じます。

浦本:          そうですね。一方で、最近、DXには2通りの考え方があるのではないかと思い始めています。

例えば、我々のような典型的な製造業では、さきほどのプラントの異常検知のような既存のプロセスをいかに効率化し、高度化し、自動化していくかという事業の持続可能性を高めるためのDXという考え方があります。これを私は「連続的なDX」と呼んでいて、そこにはまったく新しいビジネスモデルや、やり方を変えるということはないけれど、企業に非常に高い価値をもたらすことは確かです。

もうひとつは「破壊的なDX」で、新しいビジネスを考え、プロセスそのものが変わるといった世間的に言われるDXが挙げられます。UberやAmazonが良く紹介されますね。いま私たちの中期経営計画や会社のビジョンのドキュメントのなかで謳っているような、「モノ化からコト化へ」という企業のトランスフォーメーションも破壊的なDXと位置付けられるでしょう。マテリアルズ・インフォマティクスも将来のR&Dのあり方を大きく変えるという意味でここに入れています。

いまは化学品やお薬をモノとして販売していますが、やはりこれをいかにコト化していけるか、サービス化していけるか、といったビジネスモデルの組み替えがいつかは必要になると見ています。

もちろんそうした破壊的なDXは大事なのですが、持続性を高める連続的なDXの方も会社にとっては必要で、やはり両方進めなければと思います。「両利きの経営」ならぬ「両利きのDX」と個人的に呼んでいますが、そうした考え方は重要だと思います。

新技術を自社基準で目利きする力がDX推進には欠かせない

茶谷:          「両利きのDX」という言葉が出ましたが、それを進めていく際に、三菱ケミカルHDでは外部のパートナー企業と積極的に戦略的提携をしていらっしゃると思いますが、パートナー選びのポイントはありますか?

浦本:          DXの本質のひとつは「スピード」だと思っています。いかにスピード感を維持して、DXプロジェクトを推進していくかと考えた時、内製するのがいいのか、大きな企業と組むのがいいのか、スタートアップと組むのがいいのか、などを見極める必要が出てきます。

そのため、パートナーと組む際は「一番スピード感が出るのはどこと組むパターンか?」という観点で選ぶことが多いですね。ことさらにスタートアップと組むことを選んでいるわけでもありませんし、内製の小さなチームがあるものの全部が全部そこでやるのがいいというわけでもない、という考え方です。ある時はベンダーさんの力を借りたり、スタートアップの力を借りたり…、その際にできるだけ我々自身がちゃんと目利きをして、「一番良いパターンでスピードがあるものを」という視点でやり方を選んでいます。

茶谷

茶谷:          目利きをやるときに気をつけていることはありますか?

私たちKPMG Ignition Tokyoでも、「視力5.0と視力1.0の人とでは見えるものが違う」という話を常々しています。例えば、視力5.0の人は荒野にライオンがいたら逃げようとするでしょう。しかし、視力1.0の人にしてみれば、「ライオンなんていないよ。(視力5.0の)あいつは嘘をついているのではないか?」と疑うでしょう。しかし、しばらくしてライオンが自分の見える距離の内に来て初めて危機に気が付く。

このことはDXの必要性に対する感度の違いや危機感の大小にも当てはまると思います。そして、そういう“視力の違い”があると知った上で、誰の話を聞くのか、という観点は将来を左右すらすると思います。

浦本:          そうですよね。見極めは本当に難しいものです。だから個人的には、「私自身は知らなくても、私が信じている人が信じているものは信じられる」と考えるようにしています。だから時々茶谷さんに連絡するのはまさにそういうことなのです(笑)。やはり、自分でできない時には、チームとしての動きはもちろんのこと、自分が持つ社内外のいろんなネットワークが頼りになると感じています。

それに加えて、幅広い知識と「自社にとっていま必要かどうか?」の見極めも重要だという気がしています。例えば、ひと頃、ブロックチェーンが大いに取り上げられたことがありました。IBM時代は、数年間ブロックチェーンを推進する仕事をしていましたし、確かにそれはおもしろいのですが、それだけでなく、「ブロックチェーンの技術が化学会社にとって、あるいは製薬会社にとってどういうインパクトがあるのだろう?」と考える視座が必要だと思うのです。

世間一般で言われていることを知ることも大事ですが、自社にとってどういう意味があるんだろう?としっかり考えるのは非常に重要なことで、その考え方は時間と共に変わっていくことも理解しておかなければなりません。

例えばブロックチェーンも3年前だったら「まだ化学企業ではすぐに取り入れなくてもいい技術だな」と思っていました。ブロックチェーンでないと本質的に解けない問題はないとも思っていたのです。ところが、今日ではリサイクルに関する社会的な要請が高まっており、「素材にちゃんとリサイクル素材が入っていなければならない」といった定めに応じる際、原材料から中間製品、最終製品に至るまでの過程で「本当にこれにリサイクル素材が入っているのか?」ということを証明するためのトレーサビリティに関するテクノロジーは重要になってきています。

ブロックチェーンの技術はそうした要件を満たすことができるので、「化学産業界にとって、ブロックチェーン技術の重要性が増しているのではないか」というふうに判断が変わってきます。その時々に応じて「その新技術はうちの会社にとってどういうインパクトをもつのか?」と考え続ける必要があります。

サステナビリティ経営とDXの関係性

浦本氏

茶谷:          いまの話はサステナビリティと関連が深いように感じました。三菱ケミカルHDのホームページでは、サステナビリティへの取り組みや指標、マテリアリティを詳細に取り上げていて、かなり力を入れていらっしゃるのだと伝わってきます。

浦本:          三菱ケミカルHDでは、「KAITEKI経営」を掲げていて、「Management of Economics(MOE)」「Management of Technology(MOT)」「Management of Sustainability(MOS)」という3軸での経営手法を実践しています。DXの活動はMOTの中の指標の一つとなっています。また、MOS指標は、地球環境に関連する項目(S)、ヘルスケアに関連する項目(H)、社会から信頼される企業としての取り組み等に関する項目(C)の3つに区分され、各指標の進捗を独自のポイント換算によって定量的にモニタリングして管理しています。こうした取り組みは化学業界のみならず、社会全体の問題にもなってきていると思います。

茶谷:          そのサステナビリティに関わる活動も、浦本さんが進めていらっしゃるDXの範囲にある程度関係するのでしょうか?

浦本:          そうですね、今後重要になってくると思います。

我々がまず始めたのは、さきほどご紹介したような、プラントの生産工程の安定、異常検知や、サプライチェーンの最適化といった、比較的身近な課題を取り扱う「連続的なDX」の延長にあるプロジェクトです。そして、破壊的DXにも取り組んでいます。しかし、いまサステナビリティも含め、社会的な課題に取り組むという意味でDXの活動として取り組む時期が来ているのではないかと思います。

社内外の組織と話し始めていて、DXが適用できる、あるいは適用すべきテーマが広がってきています。それがサステナビリティ経営を支えることに繋がるのだと想像します。

茶谷:          サステナビリティ経営を実践するにあたって、やはりデータドリブンで、データに裏付けされた判断が必要になってくる、というわけですね。

浦本:          そうですね、最終的にはやはりそうあるべきで、すでにそういった取り組みもあります。製造業では、「ライフサイクルアセスメント (LCA)」と言って、製品の原料採取から始まって、最終的に廃棄するところまでの環境負荷、たとえばCO2排出量を評価する活動があります。こうした時、データに基づいて測定して評価する必要があるので、まさにデータドリブンの経営につながっていきます。そういう意味ではサステナビリティをデータで支えていく、という面はあるかと思います。

茶谷:          そういうデータに基づく経営をするための基盤づくりはかなり進んでいるのでしょうか?

浦本:          いま、一生懸命作っているという段階です。


<後編に続く

対談者プロフィール

浦本氏

浦本 直彦
執行役員 Chief Digital Officer
株式会社三菱ケミカルホールディングス

1990年、日本IBM入社、東京基礎研究所にて、自然言語処理、Web技術、セキュリティ、クラウドなどの研究開発に従事。2016年、Bluemix Garage Tokyo CTO。2017年、三菱ケミカルホールディングスに入社し、人工知能やIoT技術を活用したデジタルトランスフォーメーションの推進を行なっている。2020年4月より 同社執行役員 Chief Digital Officer。2018年-2020年6月、人工知能学会会長、現在九州大学客員教授を兼務。2020年より情報処理学会フェロー。