中小企業のM&Aの留意事項

後継者問題や大企業以上に深刻な人手不足などの課題を抱える中小企業が売り手対象となる場合の、買い手企業側の観点からの留意事項について考察します。

後継者問題や大企業以上に深刻な人手不足などの課題を抱える中小企業が売り手対象となる場合の、買い手企業側の観点からの留意事項について考察します。

日本企業は、生産年齢人口の減少に伴う働き手不足、DX・SXなどへの対応による差別化競争の強化、アフターコロナでのビジネスモデルの転換など対応すべきテーマが多様化・高度化し、大きな転換期を迎えています。そのなかでも中小企業は、後継者不足による事業承継や大企業以上に深刻な人手不足といった課題を抱えています。このような事業環境の変化に順応しながら事業拡大の実現を企図すると、M&Aは有効なオプションの1つとなりえます。

M&Aの売り手候補企業は多岐にわたりますが、本稿では主に、後継者問題や大企業以上に深刻な人手不足などの課題を抱える中小企業が売り手対象となる場合の、買い手企業側の観点からの留意事項について考察します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1 企業価値が棄損しやすいこと
中小企業は、代表者など特定の人物に経営を依存しているケースや、その企業が有する特定の技術、製品、取引先により経営が成り立っているケースが多く見受けられる。M&Aの実行によりキーパーソンが退職する事態が生じたり、取引先との関係が途絶えると、買い手にとってM&Aを実施したことが無意味になるといった文脈において、中小企業は企業価値が棄損しやすいと言える。

POINT 2 社内管理体制の整備が不十分であること
中小企業の多くは、大企業と比較して、財務諸表の信頼性や社内管理体制が十分とは言えないことが多い。スキームの選択、デューデリジェンスの実施、契約書の作成などの各種M&Aプロセスにあたり、慎重に対応する必要がある。

POINT 3 取引の規模が比較的少額であること
中小企業のM&Aでは、取引規模が比較的少額になるケースが多く、フィナンシャル・アドバイザーが関与しない案件も数多く存在する。また、各種専門家費用の予算が十分に確保できない事態も生じることから、デューデリジェンスにあたっては、ポイントを絞り効率的かつ効果的な実施が必要となる。

I.中小企業のM&A動向

中小企業の定義はさまざまですが、中小企業基本法では業種分類ごとに定義がなされています。たとえば、製造業では資本金が3億円以下、または従業員数が300名以下の会社、サービス業であれば資本金が5,000万円以下、または従業員数が100名以下の会社とされています。

本稿で対象となる中小企業は、企業規模としてはおおむね売上100億円以下の非上場会社を想定しています。なお、一般的な中小企業のライフステージは成熟期に属する老舗・長寿企業をイメージすることが多いですが、ライフステージが創業間もない黎明期のベンチャー企業も中小企業に該当すると言えます。

1.中小企業の近時の動向

中小企業を中心に、コロナ禍において政府主導で導入した実質無利子・無担保のいわゆる「ゼロゼロ融資」返済の本格化や物価高騰による経営圧迫などにより、足元では企業の倒産数が増加に転じ始めています(図表1参照)。

図表1 企業の倒産件数推移

半期 件数(件) 前年同期比(%)
2019 上半期 3,998 ▲ 0.8
下半期 4,356 8.0
2020 上半期 3,943 ▲ 1.4
下半期 3,866 ▲ 11.2
2021 上半期 3,083 ▲ 21.8
下半期 2,932 ▲ 24.2
2022 上半期 3,045 ▲ 1.2
下半期 3,331 13.6
2023 上半期 4,006 31.6

出典:帝国データバンク 2023年上半期報 2023年1~6月

また、事業承継についても、中小企業経営者が高年齢化しつつあることを考慮すると、業種を問わず、さらなる増加が予想されます。

2.中小企業のM&A実績数

近年の中小企業のM&Aでは、増加傾向にある事業再生や事業承継を契機とするものが数多く見受けられます。

中小企業庁の公表資料1によれば、中小企業のM&A案件は、右肩上がりに増加しています。また、中小企業庁が所管している「M&A支援機関登録制度実績報告等について」の実績報告によれば、2021年4月1日から2022年3月31日までの1年間で3,403件のM&Aが行われました。これは資本金1億円以下の法人または個人事業主を当事者とするM&Aの実績値です。毎日約10件ほどの中小企業を対象としたM&Aが行われている計算となり、事業再生や事業承継問題の解決手段として、M&Aの活用が進んでいると言えるでしょう。

3.中小企業を取得する会社の動向

中小企業を取得する会社は、取引先であるケースが多くあります。たとえば、事業承継に悩む経営者が、信頼できる取引先に従業員の雇用と会社の存続を相談、取引先はサプライチェーンの維持や事業規模の拡大等を検討したうえで企業価値が向上すると判断した場合にM&Aを実行するというわけです。

II.ディールの各プロセスでの留意事項

ここでは、主にM&Aを実行する際の留意事項に関して考察します。

1.スキーム選定

中小企業のM&Aの場合、一般的には株式譲渡の形態が大半を占めます。ただし、事業の一部のみのM&Aであれば、事業譲渡や会社分割が利用される場合もあります。デューデリジェンス(以下、「DD」という)プロセスが進むなかで、簿外債務や税務、許認可の問題が看過されない事態になってくると、取得側が株式譲渡スキームではリスクを許容できないとして事業譲渡スキームに切り替えるケースもあります。

売却側は所有と経営が一致しているオーナーの株式譲渡であることが多く、役員退職金なども勘案してスキームに落とし込むタックスプランニングが重視されます。

2.DDの実施

ここでは、財務の観点からの中小企業におけるDD留意事項について考察します。

一般的に、中小企業の財務諸表の信頼性は、上場企業に比して低いことから、財務DDでは、財務諸表の“質”を確認することが重要となります。特に、上場企業が中小企業を買収した際には、連結子会社として連結財務諸表に含まれるため、買収後を見据えて、DD実施時に連結子会社になった場合の会計的な影響を把握しておきます。決算ガバナンス体制の確認も重要です。具体的には、年度決算や四半期決算等などで求められる決算開示スピードや、月次決算報告を行える体制が確保されそうかどうかを把握します。

また、中小企業では所有と経営が一致していることが多いことから、「関連当事者取引」の把握も重要となります。関連当事者取引の把握の主な目的は、買収後にオーナー一族が経営に関与しない場合を想定した正常収益力を把握することにあります。公私混同費用や同族会社との取引が不適当な価格で行われるケースが散見されるため、まずは、マネジメントインタビューや各種資料の閲覧を通じて、関連当事者取引を特定します。そのうえで、当該会社との取引の合理性についてヒアリングしたり、エビデンスの確認を財務DDで実施します。また、会社からオーナー一族に無償サービスの供与が行われているケースもあります。この無償サービスの供与は、財務諸表ではわからないことから、インタビューなどにより、丁寧に取引事実を確認していくことになります。

大企業が売り手の場合には、買い手からのDDや交渉に臨む前に、売却予定企業自身が、売却プロセスに入る前にセルサイドDDを実施するケースが増加しています。これは、たとえば買い手に対して、事業計画の定量的な裏付を十分に説明できなかったために、買い手に事業計画を大きく下方修正され、提示価格が引き下げられた結果、不本意な価格での売却となることもあるからです。また、買い手への提示資料に不整合が散見され、説明も二転三転したためにDDプロセスが長期化し、売却完了が大幅に遅延してしまうこともあります。

このような事態を生じさせないためには、売り手側で事前にビジネス・財務税務・法務などのリスクを洗い出して、それぞれのリスク対応手続きをしたうえでDDプロセスに臨むことです。そのほうが、結果として、売り手側の意図する価格・条件・タイミングでの売却実現に資すると言えます。この点、中小企業が売り手の場合には、現状の実務慣行においてセルサイドDDはあまり見受けられません。しかしながら、将来的にはディールプロセスの1つに組み込まれていくことを期待します。

3.DDで発見された問題点・課題

DDを実施した結果、発見された問題点について、買い手はどのように対応するかを意思決定する必要があります。買い手の選択には、以下の6パターンが考えられます。

(1) 取引の中止
(2) スキームの変更
(3) 取引価格への反映
(4) 取引対価の支払方法による対応(アーンアウト・後払いなど)
(5) 最終契約条項において対応(クロージングの前提条件・誓約事項・表明保証・補償など)
(6) リスクの許容(買収後に対応、改善)

本稿では、パターン(3)~(5)について触れます。DDの結果、定量化できる問題点については、買い手の取引価格に反映されます。買い手が取引価格への反映を求めたにもかかわらず、売り手が応諾せず、買収価格交渉が難航した場合には、打開策として最終契約書に価格調整条項が設けられることがあります。また、DD結果でリスクが発見されたとしても、そのリスクが発現しない可能性がある場合には、取引価格に反映できないこともあります。そのような場合、最終契約において補償条項を設けてリスクヘッジしますが、リスクが現実化してしまったときの売り手からの回収リスクは存続します。このような場合には、買い手としては回収リスクを保全するために買収対価の一部後払いやアーンアウトを要求することになります。

DDの結果、発見された問題点の多くは、最終契約において条項に織り込むことによって対応がなされます。クロージング前に改善可能な事項であれば、クロージングの前提条件および誓約条項として定めます。また、リスクが生じる可能性がある事項は売り手の表明保証を求め、その表明保証違反については補償条項を定めることになります。

中小企業のオーナーが売り手株主のケースでは、実務上は表明保証でカバーすることは有効ではないケースも多いため、リスクを定量化して買収価格に反映し、しっかりと交渉していくことが重要になります。リスクを洗い出して、買収価格に反映していくためにも、DDをきちんと行うことが重要とも言えます。

4.最終契約

当事者間において、DDによる明らかになった問題点を織込み、最終契約に向けて交渉が行われます。価格だけでなく、クロージングの前提条件、表明保証条項、誓約条項などの各種条項について交渉がなされ、合意に至ると最終契約が締結されます。

なお、中小企業のM&Aの場合、最終契約の締結と同時にクロージングが行われることがあります。上場企業が企業買収する際には、通常はクロージング日をもって当該企業は連結子会社になるため、たとえば、買い手が3月決算の上場会社で、3月31日にクロージングした場合には、売り手企業の3月31日のB/Sを連結する必要性が生じます。このようなケースでは、最悪の場合、連結決算開示に間に合わないことも考えられますので、上場企業が買い手の場合には、経理部と情報連携しながら案件を進めていく必要があります。

III.さいごに

“時を買う”と言われるM&Aは、企業の成長戦略の手段の1つとして、十分に認知されるようになってきました。これは買い手を主語とした文脈で語られることが多いです。

一方、M&Aの対象としての中小企業に目を向けると、事業承継問題という時代の波に晒されています。後継者が見つからず、利益を上げている企業であっても廃業に追い込まれる例が続出している問題です。この問題の解決の1つの手段としてM&Aが活用されており、現実に案件は増加しています。しかしながら、いまだ中小企業を対象としたM&Aマーケットの広がりは十分ではありません。中小企業の廃業による雇用・技術の喪失を防ぐためにも、より一層M&Aが活用されることが期待されます。

1 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ~中小M&A推進計画」(2021年4月25日)6頁

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
パートナー 吉形 圭右

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