新型コロナウイルス感染症(COVID-19)以降、働き方改革やデジタル化、さらにはESG/SDGsに係る対応など、人事領域においても今まで以上の変革が求められていること、また人口知能(AI)の活用等を含むテクノロジーによる高い価値創出を期待されていることにより、人事部門は従来の人事機能を果たすだけでなく不確実性に対応しつつ付加価値を提供できる部門へと変わる必要に迫られています。
本レポートでは、優れた人事機能を持つ企業を“パスファインダー”と定義し、各社の具体的な事例を挙げながら、日本の人事部門が価値提供部門へと進化するためのポイントを考察します。

1.人事部門を取り巻く状況の変化

企業が持続的な企業価値向上を実現するには、ビジネスモデルや経営戦略と人事戦略を連動することが必要です。しかし、デジタル化や働き方改革、コーポレートカバナンス、ESG、SDGsに係る社会的な要請などにより、乖離が大きくなってきています。
そのため人事部門は、ビジネスモデル、経営戦略に沿う形で、変化に対応できる人材の確保・育成、柔軟な働き方の推進やエンゲージメント調査に基づく施策の実施などの人事戦略を立案し、実施していくことが求められています。

2.パスファインダーへの第一歩

パスファインダーとは

KPMGでは、将来の組織成長に軸足を置き、企業価値の向上を人的側面から支えられる人事機能を持つ企業を「パスファインダー」と定義しています。
人事部門を取り巻く状況が大きく変化するなか、企業はパスファインダーへと変革し、不確実性に対応するために積極的に取り組むことが重要です。

パスファインダーに求められる取組み

パスファインダーに求められる取組みのポイントは、次の5つに分類されます。

  • 経営戦略と人事戦略の連動、および人的資本の情報開示を行う“Transformation for Human Capital”
  • 社内外の変化に対応し、データを活用した組織設計や要員計画、人材の配置や育成を行う“Workforce Shaping”
  • 変化に対応した自社の新しい組織文化の醸成を行う“Changing Culture”
  • デジタルやデータを活用し、主体的に効率化に取り組む“Operational Innovation”
  • 従業員目線での新しい働き方やスキルの構築を行う“Employee Experience”

これらのポイントに沿って取組みテーマを設定することが、新しい価値観や変化する事業戦略・外部環境に対応するために重要となります。

【取組みテーマ例】

Future of HR 2022_図表1

01 花王株式会社

・中期経営計画の柱の1つに「社員活力の最大化」を掲げ、閉塞感を打破する施策として新たな人事制度「OKR(Objectives and Key Results)」を導入。

・Objectives(目標)の設定は、経営トップからのカスケードダウンではなく、社員一人ひとりの想いを起点とすることで、社員の発想を制限せず、枠にとらわれない多様なチャレンジを促進。

・各現場に適合したチャレンジを尊重することを目指し、従来の本社主導の画一的な目標管理から、各部門主導の多様で自律的な制度運用へ方針転換。

同社では、事業を取り巻く環境変化等の要因から増していく社員の閉塞感を打破すべく、経営層と人事部門が検討を重ね、社員同士が連携・団結して物事に取り組む花王らしいOKRの導入を決定しました。

各部門との丁寧なコミュニケーション、本社人事側からのOKRへの想い、トップインタビュー、説明・動画資料や社員の好事例などのコンテンツ発信を続け、こうした取組みを繰り返していくことで、全社横断の事例共有・展開の流れを作り、社内へのOKR浸透を促進しました。その結果、導入から1年が経過した2022年2月に行ったアンケートでは、約半数の社員から「挑戦していると実感が持てる」との回答を得、また、アンケートの回答傾向を分析すると、身近な上司と対話を重ねている社員ほど、業務特性にかかわらず挑戦の実践度が高い傾向が見られました。

同社では、このチャレンジを前進させるために、世界中の社員のOKRを閲覧・検索できるサイトを構築し、また、OKRに加えて、2021年7月より、社員からの「自由な提案」を起点に、優れた提案について会社が実行支援を行い実現させていく仕組み「01KAO」を導入しています。

02 株式会社リクルート

・コロナ禍での国内7社統合に際し、統一後の軸となる新人事コンセプトとして、10年後の働き方を見据えた「CO-EN」を策定。

・「CO-EN」 には“公園”と“Co-Encounter”という2つの意味が込められ、出入り自由で、社内外の垣根なく、好奇心を起点に、協働・協創が生まれる場を目指す。

・「CO-EN」実現のために、「社員一人ひとりに求めるもの」と「会社から社員に提供する3つのPromise」を明確にし、後者に紐づく報酬や等級制度、人材開発や組織開発、働き方などの施策を設計し展開している。

同社では、統合後1つの会社として人材を育成・活用するにあたり、求心力のある軸としてのコンセプトを打ち出す必要性を感じ、2021年3月、10年後の新しい働き方を踏まえてリクルートとして社員に何が提供できるかを考えた新人事コンセプト「CO-EN」を発表しました。“公園”と“Co-Encounter”という2つの意味が込められたこのコンセプトを通じ、出入り自由で、社内外の垣根なく、好奇心を起点に、協働・協創が生まれる場を目指しています。また、「CO-EN」に集う「社員一人ひとりに求めるもの」と、「CO-EN」実現のために「会社から社員に提供する3つのPromise(自律的なチャレンジ、その結果としての報酬、多様な働き方)」という2つのメッセージを打ち出しています。

コンセプトに基づいた新しい考え方の周知は容易ではありませんでしたが、報酬や等級制度、人材開発や組織開発、働き方などにおいて「CO-EN」の考え方が色濃く反映された具体的な施策を展開し、また、「会社が」提供する3つのPromiseと「社員に」求めるものという双方向からの働きかけにより、社員の自律的な行動を促し、会社との対等な関係の実現を目指しています。実際に「CO-EN」の考え方も、ビジネス、働き方といった機会を会社が提供するのではなく、機会が豊富に存在する場を提供し、社員がそれに気づき自らつかみ取るという構図になっています。

また、半期に1回の頻度で「人材開発委員会」を実施し、全社員が自身の強みを活かしてパフォーマンスを発揮するための育成計画を、一人ひとりオーダーメイドで検討しています。

03 今治造船株式会社

・グローバル化が進み、海外企業とのより一層激しい競争環境下において、「強く、魅力的な会社」として生き残り、成長し続けるために、自律型人材の育成を重視。

・会社が社員のキャリアを背負うことを前提に置いた従来の人事制度を一新し、自己成長支援制度、育成ローテーション制度の導入により、社員自身が主体的に成長できるようサポート。

・人事部は、自律型人材の育成機関であると同時に、経営課題に向き合える高い問題解決力、リーダーシップを持つ思考集団として、さらなる進化を目指す。

同社では、人材の価値向上への投資が重要と考え、組織を構成する一人ひとりの自律的な成長を促し、育成を図りながら組織力を最大化するための人事改革を行いました。
育成すべき人材モデルを明確にし、それに基づき社員自身が自らの現在地を把握し目的地までのギャップを認識できる人事制度として、「自己成長支援制度」と「育成ローテーション制度」という2つの制度を設けています。

「自己成長支援制度」は、継続的な学びが必要と会社が認める資格であれば、現在の業務に直結せずとも取得にかかる費用を会社が補助するというものであり、また、「育成ローテーション制度」は人材配置のアンマッチ回避のため、社員自らが異動先を選択して希望を挙げ、会社がそれをサポートするという取組みです。「育成ローテーション制度」には障壁もありましたが、人材が固定化されがちだった部門主導のキャリア構築のあり方に一石を投じる結果となり、希望が叶った社員のエンゲージメント向上に加え、意欲ある社員が組織間を異動して新たな経験や人脈を得たことで、組織の閉塞感が少しずつ打開され、活性化につながっています。

また、同社の人事部では2020年から、週に一度各拠点から人事部員が集まり、人事課題の特定・分析・施策検討を行う実践型の問題解決トレーニングを行っているほか、月に一度検討施策を社長に直接報告し、承認されれば実行に移すという取組みも実施しています。

04 明治ホールディングス株式会社

・グループ経営の最適化および適正なガバナンス強化を図る必要性から、人財戦略立案・実行のための新組織を設立。

• 新組織の重点取組み事項は、人事領域のESG推進の観点から「中核となる経営人財育成」と「ダイバーシティ推進」。

• 設立2年目からは、経営諮問機関としてホールディングスのCEOを委員長、各事業会社の代表取締役社長を副委員長とするグループ横断の人財委員会を立ち上げ、推進体制を強化。

同社では、グループ全体の戦略を立案する機能を担う組織として、2021年4月に「グループ人事戦略部」を新設、組織のミッションのなかでも特に「中核となる経営人財育成」と「ダイバーシティ推進」に力を入れています。

「中核となる経営人財育成」では、グループ経営の視点を持った人財を育成するため、各社の執行役員と上級管理職を対象に研修プログラムを策定しており、自身の能力・スキル・コンピテンシーを認識して自己の開発計画につなげるほか、自身が実行する経営変革テーマを起案し、CEOへ答申するという実践型のプログラムを通じて、経営者としての視座を養成し、意識変革を促進する内容となっています。
「ダイバーシティ推進」の取組みでは、各事業会社における女性管理職の増加に向けた中期経営計画スパンでの数値目標を設定しました。一見、ベーシックな取組みに見えますが、グループ各社によって事業内容や人員構成、風土が大きく異なるなかで、グループ全体のダイバーシティ推進の意義や数値目標の意図を確実に伝えるには多大な労力を要しました。

2022年4月からは経営の諮問委員会の位置づけで「グループ人財委員会」を発足し、ホールディングスのCEOを委員長、各事業会社の代表取締役社長を副委員長として、横断的な会社・部門メンバーという構成で取組みを進めています。グループ人財委員会のミッションは、大きく「人的生産性・価値創造力強化」「経営戦略に沿った人財戦略の実現」「グループガバナンス強化」と分かれており、この達成のために「ダイバーシティ&インクルージョン」「人財開発」「健康経営」の3つの分科会が設定され、課題抽出から対応方針・KPI設定、達成に向けた企画の立案・推進・進捗管理や社内外のコミュニケーションプランの立案などを行っています。

05 大手運輸業 A社

・COVID-19の影響や役員の人材に対する課題意識から、同社のESG経営で重要テーマとして掲げる「人・組織の強化」と連動する「新しい働き方プロジェクト」を始動。

・会社の収益最大化に向けた個人のパフォーマンス向上を実現するため、「働きたいと思える会社=エンゲージメント向上」を本プロジェクトの柱とした。

・社員主導による新しい働き方プロジェクトを推進するため、会社は全体方針を示すのみで、具体的な施策の検討は社員に委ねた。

同社では、人材への課題意識を共有するトップマネジメントを含む執行役員が集まり、改善への取組みの方向性を検討した結果、ESG経営推進のテーマである「人・組織の強化」と連動する「新しい働き方」を目指す全社プロジェクト(「新しい働き方プロジェクト」)を開始しました。中堅・若手社員を中心とした分科会が設置され、先進企業からの情報収集や自由なディスカッションでアイデアを練り、積極的にトライアルを実施しながら改善策へ結びつける仕組みにより、プロジェクトの具体的なテーマを選定しています。

「新しい働き方プロジェクト」では、柱である「エンゲージメントに関する分科会」と働き方を整備する「リモートワークやオフィスに関する分科会」、環境変化により生じた業務の問題を整理・解決する「DXを絡めたスマートワークに関する分科会」の3つを立ち上げ、課長クラスがリーダーとなり、社内各部署の中堅・若手社員で構成されています。プロジェクトの推進においては、分科会の上位組織としてステアリングコミッティーと推進委員会が配置され、各分科会で検討された施策は推進委員会に上げられ、そこで実施するかどうかを検討し、さらにステアリングコミッティーで最終承認される仕組みとなっています。

本プロジェクトの大枠はマネジメントレベルの主導により整備されましたが、具体的な施策の検討を社員に委ねることで、トップマネジメントの意向と社員のアイデアが融合されています。
今後は人事部門が職制として経営戦略に連動した人材戦略策定に積極的に関与していきますが、すでにエンゲージメントの向上を目指したプロアクティブな施策を検討し、実行する体制へと移行しています。

06 トヨタ自動車株式会社

・CASE(Connected, Autonomous/Automated, Shared, Electric )という大変革期において、モビリティカンパニーへ生まれ変わるべく「変化への迅速な対応」を重視した人事戦略を策定。

・求める人材像を、変わるための原動力となる「人間力」と「情熱」を持つ人材と再定義。採用・育成サイクルのスピードアップを目的とした本部からカンパニー人事への権限委譲や、多様な人材を確保するためのキャリア採用を推進。

・1つの小さな変化から変革は転がり始める、という信条のもと、一つひとつ愚直に変革を実行し、経営層が発信する 「失敗を恐れず、成功するまで変革し続ける」挑戦を続けている。

同社では、デジタル化とカーボンニュートラルの2本柱を軸に全社員を巻き込んだ総力戦での変革に取り組んでおり、2019年に人材像の見直しを行いました。環境変化の激しい今日では、変化に応じて変えていく必要がある知識やスキルよりも、不変的でソフトな要素ともいえる「人間力」と「情熱」を重視し、採用にあたりさまざまな取組みを行っています。

その1つとして、まずキャリア採用の強化と多様な人材の確保が挙げられます。実際、キャリア採用の割合は、2018年には9%でしたが、2022年では採用人数の半分を占める計画となっています。
次に、新卒採用における学歴・年齢のフィルターの撤廃を進め、コース別採用の導入のほか、事技職高卒採用を再開しました。さらに、高校生に向けたキャリア教育も行い、人間力と情熱を兼ね備えた人材の育成にも取り組んでいます。
また、コネクテッドカーやモビリティサービスの開発に不可欠なソフトウェア人材の採用強化も進めているほか、本部/カンパニー人事(部門人事)主導の採用・育成への体制変更を行い、中央集権的な体制から分権型に移行し、部門人事が仕事の遂行方法や人材計画を自発的に考えることで、組織としてのパフォーマンスの最大化を目指しています。

変革においては課題もありましたが、DXによる業務の効率化や管理部門からの業務依頼を減らすなどして現場の管理者の負荷を低減し、管理者がメンバーに寄り添う時間を確保できるよう対応を進めました。また、変革に賛同しない/ついていけない社員への対応として、時間をかけたヒアリングを行い、その意向をなるべく反映できるよう、異業種やサプライチェーンへの人材派遣なども含めてキャリアを検討しています。

また、同社では、これからの人事の役割は「経営に寄り添う人事」と「現場に寄り添う人事」に二分化し、前者は本社人事、後者は部門人事が担いながら、重要な役割を果たしていくと考えています。

07 株式会社 日立製作所

・グローバルでの事業成長実現のため、多様な人財が活躍できる適所適財の推進手段として、「ジョブ型人財マネジメント」を導入。

・ジョブ型人財マネジメントの推進にあたっては、(1)職務の見える化(ジョブディスクリプション)(2)人財の見える化(タレントレビュー)(3)上長・部下間のコミュニケーション・日々の業務遂行・能力開発の3つをサイクルとして回すことで個人と会社の成長を目指す。

・制度面と合わせて、個人が「自律的なキャリア構築」へ意識を持つための行動として「気づく」「考える」「動く」の3つのステップごとに施策を展開。

同社では、グローバルな事業環境の変化、少子高齢化などの日本の社会課題、価値観の変化等に加え、売上高や従業員数の海外比率が50%を超えるなどグローバル化が一層進み、事業成長に向けて日立グループの多様な人財の活用が課題となっていました。
人財マネジメントを見直すなかで重視されたのが、グローバルを含む日立グループ全体で最適な人財を選ぶ「適所適財」の考え方であり、その実現のために導入されたのが「ジョブ型人財マネジメント」です。

同社のジョブ型人財マネジメントは、(1)職務の見える化:「ジョブディスクリプション(JD)」、(2)人財の見える化:「タレントレビュー(TR)」、(3)上長・部下間のコミュニケーション・日々の業務遂行・能力開発:「グローバル・パフォーマンス・マネジメント(GPM)・1on1・キャリア対話」の3つをサイクルとして回すことで会社と個人の成長を目指しています。
また、自律的なキャリア構築のための行動として(1)気づく(2)考える(3)動くの3ステップを用いて個人のアクションを促しています。まずは自身でキャリアを構築する必要性に「気づく」こと。そしてそのために経験すべき業務や強化すべきスキルを「考える」。さらに自己啓発や社内公募を活用し、必要なスキル・経験を得て、自分のキャリアを作るために「動く」というものです。

施策化の検討を進める具体的な取組みとして、「気づく」では、HR部門から社員の意見を踏まえた取組みや情報を共有し、さらに、eラーニングやイントラサイトでの情報発信や双方向の対話を進めています。
「考える」では、スキルアップに関するものや日立グループでの活躍の機会に関するものなど従業員からアイデアを募集し、それらの施策化を進めるとともに、上長・部下間のコミュニケーション強化を通じて、社員一人ひとりがキャリアについて考えるよう促しています。
「動く」では、学習体験プラットフォームLXP(Learning Experience Platform)を導入するとともに、既存の仕組みであるフリーエージェント(FA)制度や社内公募制度を拡充し、「動く」機会を創出しています。

同社では、こうした社員の自律的キャリア構築を支えるための存在としてマネージャを重視しており、ピープルマネジメント力強化研修やマネージャ専用情報発信サイトの開設などを行い、伴走型マネージャの育成にも取り組んでいます。

レポートの全文、および各社事例の詳細は、以下のPDFをご覧ください。