アップデート!非財務情報開示の今 第4回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年9月までの動向)

「週刊経営財務」(税務研究会発行)3527号(2021年10月18日)に「アップデート!非財務情報開示の今 第4回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年9月までの動向)」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

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1.はじめに

本連載企画「非財務情報の開示を巡る国内外の動向」では、各月における国内外の非財務情報に関する最新動向について解説している。非財務情報の開示にあたっては、2021年11月にCOP26の開催が予定されていることもあり、サステナビリティ課題への対応に関する議論が活発に行われており、とりわけ気候変動に関する開示に高い関心が寄せられている。このため、本稿では、2021年9月(一部、8月下旬)における主な動向として、サステナビリティと気候変動に関する開示に焦点を当てながら、以下について解説する。

  • 欧州財務報告諮問グループ(以下「EFRAG」という。)※1による気候関連の報告基準のプロトタイプの公表
  • 価値報告財団(以下「VRF」という。)※2によるS&P1200の構成銘柄とされている企業におけるサステナビリティ会計基準審議会(以下「SASB」という。)の基準の利用状況の公表
  • 金融庁による「2021事務年度金融行政方針」の公表
  • 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ第1回会合の開催

なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることを予めお断りする。

2.海外の動向

(1)気候関連の報告基準のプロトタイプの公表(EFRAG)

2021年9月、EFRAGに設置された欧州のサステナビリティ報告基準に関するプロジェクトタスクフォース(Project Task Force on European Sustainability Reporting Standards:以下「PTF-ESRS」という。)は、気候関連の報告基準のプロトタイプを公表した。本文書は、欧州委員会(以下「EC」という。)からの要請を踏まえて作業を進めているPTF-ESRSによる今後の気候関連の報告基準の策定に向けた議論の出発点となるものである。PTF-ESRSは、気候関連の報告基準の策定作業と並行してCSRD※3提案で言及されている他のサステナビリティ課題をカバーする基準案の作成を行っており、これらは2022年の半ばにECに提出されるサステナビリティ報告に関する基準案の一部となる予定である。

欧州では世界に先駆けて気候関連の情報開示制度に向けた検討が進んでいる。このため、日本における気候関連の情報開示のあり方を見通すための手がかりとして、気候関連の報告基準プロトタイプについて全体像を概観する。

気候関連の報告基準プロトタイプ(全体像)は、以下のとおりである。
 

図表1:気候関連の報告基準プロトタイプ(全体像)

セクション 開示領域
戦略 気候関連事項と事業戦略
気候関連事項の影響及びリスクと機会
気候関連事項のガバナンス
実務への適用 方針及び目標
行動及び資源
業績測定 エネルギー消費とエネルギーミックス
GHG排出量 Scope1及びScope2
GHG排出量 Scope3
サステナブルな活動のためのEUタクソノミ
物理リスク及び移行リスク並びに気候関連の機会の財務的なエクスポージャー

(出所:EFRAGが公表した'Climate standard prototype' Working Paperより、KPMG作成)
 

気候関連の報告基準のプロトタイプは、戦略に関して、気候関連事項と事業戦略、気候関連事項の影響及びリスクと機会、気候関連事項のガバナンスについて開示を求めており、その内容は気候関連財務情報開示タスクフォース(以下「TCFD」という。)及びCDP(旧称:カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)から示されている要求事項が基礎となっている。また、実務への適用として、方針及び目標と行動及び資源について報告することを求めているが、このうち、方針及び目標については、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(以下「GRI」という。)やCDPが示している要求事項が基礎となっている。加えて、行動及び資源については、温室効果ガス(以下「GHG」という。)排出量削減目標を達成するための緩和策と資源、物理リスクをマネジメントするための適用策についての開示を求めており、その内容はGRIの要求事項が基礎となっている。いずれも定性的又は記述的な開示を要求するもので、既存のガイドライン等とおおよそ整合的な内容になっていることから、大きな負荷を掛けることなく対応が可能ではないかと考えられる。

一方で、業績測定については、定量的な指標という形で開示すべき情報が具体的に示されており、これらについて報告しようとする場合、集計の範囲や測定方法について検討が必要となるほか、情報の入手可能性や情報を収集・報告するための新たなプロセスの構築が必要となる可能性がある。また、指標にはGHG排出量の指標としてScope1、2、3が含まれており、GHGプロトコルなど、関連する報告基準に関する知識も必要となる。そのため、求められる指標の範囲や信頼性の程度によっては、報告をするための体制整備に向けて相当な作業が必要となることも想定される。

今後予定されているデュープロセスの過程で内容は変更される可能性があり、現時点において新たな制度が実務に及ぼす影響の予測は困難であるが、特に業績指標に関する要求事項について、議論の経過に注目しておくべきであろう。

(2)S&P Global 1200の構成銘柄とされている企業におけるSASB基準の利用状況(VRF)

2021年9月、VRFはS&P Global 1200インデックスの構成銘柄の過半数の企業により、投資家とのコミュニケーションにSASB基準が利用されていると公表した。これら企業の株式時価総額はグローバル市場の約70%を占めるとされている。

SASB基準は、企業の価値創造に関連するサステナビリティの機会とリスクについて理解を深めるため、産業に固有のトピック及び指標の開示を求める基準である。SASB基準を利用する企業の数は約1,300社となっており、2019年から2020年にかけて4倍弱、2020年から2021年にかけて2倍強と高い増加率を示している。

SASB基準の利用状況をインデックス別に分析すると、S&P Global 1200の51%に対し、S&P TOPIX 150(日本の大型株を対象とした指数)は15%に留まっており、日本企業によるSASB基準の利用は他の地域の企業と比較して低い水準に留まっている。なお、日本企業では、トヨタ、NEC、コマツ、東急不動産、味の素などがSASB基準を利用している。サステナビリティに関連する開示の要求事項は、EUでは前述のEFRAGにおいて検討中であり、国際的には、今後、IFRS財団により設置が予定されている国際サステナビリティ基準審議会(以下「ISSB」という。)で開発が行われる計画となっている。大手企業では、これらに先んじる形で、SASB基準の利用が進んでおり、サステナビリティ開示基準がどのような形で収束していくのか今後の動向を注視する必要がある。

3.国内の動向

(1)「2021事務年度金融行政方針」の発表(金融庁)

2021年8月、金融庁より「2021年度の金融行政方針」が公表された。同金融行政方針では、非財務情報の開示に関連する取組みについても言及されており、活力ある経済社会を実現する金融システムを構築する一環として、「サステナブルファイナンスの推進」と「インベストメント・チェーン全体の機能向上に向けた取組み」が示されている。

「サステナブルファイナンスの推進」の章では、脱炭素化に向けサステナブルファイナンス推進のための環境整備を行うことが喫緊の課題とされている。具体的な取組みとしては、2022年4月から発足する東京証券取引所プライム市場の上場企業に対して、TCFD又はそれと同等の国際的枠組みに基づく開示の質と量の充実を促すとされている。また、金融審議会ディスクロージャー・ワーキンググループ(以下「DWG」という。)において、サステナビリティに関する取組みの適切な開示のあり方について、幅広く関係者の意見を聞きながら検討するとしているほか、IFRS財団におけるサステナビリティ情報開示の枠組みの策定への動きに積極的に参画することが示されている。

また、「グリーン国際金融センター」の実現に向けた環境整備を行うことが重要とされた上で、認証を得たグリーンボンド等の情報や発行体のESGに係る経営・取組み方針等を広く集約・一覧化し、発行体や投資家向けの手引書等も含む情報プラットフォームの整備を行うとしている。また、金融機関が投融資先に対して気候変動対応を支援するための環境整備及び金融機関自身が気候変動への対応を経営上の重要課題と認識し、適切に対応するための態勢構築のための取組みを行うとしている。

さらに、市場機能及び金融仲介機能の発揮状況について資本市場の鳥瞰的な点検を行い、この中で、投資家保護にも留意しながら、インベストメント・チェーン全体の機能向上に向けた取組みを進めるとしている。具体的な取組みとしてはコーポレートガバナンス改革を推進するため、取締役会の機能発揮、企業の中核人材の多様性確保の取組みを促し、また、中長期的な企業価値の向上に向けた企業と投資家の建設的な対話に資するガバナンス情報が提供されるよう、取締役会等の活動状況、人的資本への投資等に関する開示のあり方について検討するとしている。

(2)金融審議会のDWG第1回会合の開催

2021年9月2日に開催された第1回のDWG会議では、サステナビリティ情報の開示として、気候変動対応、人的資本への投資、多様性の確保等について、また、コーポレートガバナンス情報の開示として、取締役会等の活動状況、政策保有株式、監査に対する信頼性確保等の論点の検討が行われたほか、ITの活用や英文開示についても議論がされた。

気候変動対応の開示については、2021年11月に開催が予定されているCOP26に向けてIFRS財団によるISSB設置とその後の基準開発が予定されるなど、国際的な議論が先行する分野であり、緊急性が高いという認識で一致していた。議論のポイントとしては、比較可能性を向上させる必要性は認識しつつも、画一的な開示の要求により企業固有の状況と関連性が薄れてしまうこととのバランスをどうするのか、制度開示において将来情報を含む非財務情報を開示させる場合に虚偽記載が生じることを懸念するあまり、開示に慎重になりすぎる可能性についてどのように考えるべきかといった点が指摘されていた。

続いて、サステナビリティに関連した開示の論点として、人権及びダイバーシティへの取組みと人的資本への投資の重要性を指摘する意見が多くあった。前者は、人権に対する意識の高まりやエシカル消費のトレンドを踏まえ、サプライチェーン全体にわたる人権リスクへの対応に関する開示の不足を指摘するものであり、後者は、価値創造における重要な因子である人的資本について理解するための情報ニーズが高まっていることから、人的資本の開示を充実すべきという意見である。人権リスクの分野については、気候変動対応の開示ほどの議論は進んでいない状況であることから、今後、議論を深めていく分野であるということが確認されていた。

また、日本市場の競争力を高める観点から、海外の投資家に対する情報開示の充実が必要という問題意識から英文開示のあり方についても多くの委員が重要性を指摘していた。英文開示に当たっては、有価証券報告書の記載内容をそのまま英訳した場合、海外投資家に正しく理解されるのかという問題提起がなされた。また、和文と英文で実質的に同じ内容を伝達すべきという点については意見の相違はなかった一方で、実務上の負担が増えてしまうことへの配慮が必要だという意見もあった。

その他、現行の開示はガバナンス体制に関する内容が中心であり、利用者がガバナンスの実効性について評価できるよう、監査役会や各種委員会の具体的な活動内容について報告するべきという意見が示された。また、重要な契約の開示について、資本提携契約等が適時開示されている一方、当該契約について有価証券報告書においては開示されていない例が取り上げられ、開示項目の重要性を判断するための基準が不明確であるため、この点を明らかにすべきという意見である。

4.おわりに

本稿では、主に2021年9月における、非財務情報開示に関する国内外の動向について概観した。サステナビリティ情報が対象とするテーマは広範であり、サステナビリティ情報をはじめとする非財務情報の開示のあり方については、これから議論が深められていく段階である。これは、財務情報が中心であったこれまでの企業情報開示の実務にとって地殻変動ともいうべきダイナミックな動きであり、企業が戦略的課題としてステークホルダーとの対話に取り組もうとするならば、今後も引き続き、資本市場改革に関連したグローバルな議論の動向を注視していく必要がある。本連載の次回の記事では、主に10月の動向について解説する予定である。

※1 European Financial Reporting Advisory Group(EFRAG)は、欧州委員会による勧告を踏まえて2001年に設立された民間組織である。EFRAGは、財務報告の分野で欧州の見解を取りまとめ、IASBの基準開発において当該見解が考慮されるようにすることを通じて欧州の公益に資することを目的として設置された組織であるが、最近、サステナビリティ報告についてもその活動対象としている。

※2 Value Reporting Foundation(VRF)は、2021年6月、より包括的で一貫性のある企業報告の枠組みを開発するため、国際統合報告評議会(IIRC)とサステナビリティ会計基準審議会(SASB)の合併により設立された。IIRCは国際統合報告フレームワークの開発・普及を推進する組織であり、SASBは投資家にとって重要な企業によるサステナビリティ情報に係る基準の開発・普及を推進する組織である。

※3 Corporate Sustainability-information Reporting Directives(CSRD)は、企業によるサステナビリティ報告に関する指令であり、2021年4月にECから提案されたものである。「欧州のグリーン・ディール」に基づき現行の法制を改定するパッケージのうち、非財務情報の報告に関する改定案であり、報告の有用性、比較可能性、信頼性等の向上を図ることを目的としている。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
アソシエイトパートナー 公認会計士
新名谷 寛昌(にいなや ひろまさ)

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