地域通貨に取り組む地域が再び増加しています。地域通貨は歴史的には地域における経済循環の活性化を目的としたものや、経済至上主義へのアンチテーゼとしての意味合いを持ちますが、導入・維持管理負担が大きく、持続的な活動となることはまれでした。この状況を変えようとしているのがデジタル地域通貨です。デジタル地域通貨はさらに「データ」というデジタルならではの力を得て、新たな展開を見せつつあります。
シリーズ3回目となる今回は、このデジタル地域通貨のスマートシティの一要素としての可能性を探ります。

1.地域通貨とは何か

地域通貨とは、特定の地域でのみ流通する通貨のことです。これに対して法定通貨には強制適用力があります。そのため法定通貨は、国内で広くあまねく債務弁済手段として利用されます。
地域通貨のポイントは、その使用についてあえて2つの強い制約条件を持たせていることです。その制約とはすなわち、(1)特定の地域に限って流通する、(2)利用可能な期間が限定される の2つです。これはつまり、地域通貨の発行される地域に在住または滞在している人にしてみれば、「ここでしか使えない」ということです。そしてまた、「今利用しなければやがて失効してしまう」ということでもあります。これは一見非常に不便に思えます。ではなぜこのような不便な制約のある地域通貨が発行されるのでしょうか?
地域通貨の制約条件は、次のような言い換えができます。

  • 「ここでしか使えない」⇒「ここでしか買えない」
  • 「今利用しなければやがて失効してしまう」⇒「今しか買えない」

これは例えるなら、旅行先でついつい財布の紐が緩んでしまうのと同じ心理状態を作り出していると言えます。「限定もの」と同じ心理とも言えるでしょう。すなわち、地域通貨には通貨の流通を促し、経済循環を促進させる効果があると考えられます。
地域通貨の歴史は19世紀イギリスの労働通貨に遡るとされることが多いようですが、江戸時代の日本で発行された藩札も地域通貨であると捉えることができるでしょう。藩札は幕府の発行する通貨の不足を補い、地場産業の振興に大きな効果があったとされています。現代の日本においては2000年ごろに地域通貨ブームが起きました。2000年代はじめには全国に400以上の地域通貨があったとも言われています。しかしその大部分が現在では使われなくなっています。なぜでしょうか?それは、地域通貨の運用に係る仕組みが持続可能ではなかったからです。

この時代の地域通貨(以下、従来型地域通貨)には大きく分けて4つの発行形態がありました。(1)紙幣発行型、(2)通帳型、(3)小切手型、(4)ICカード型の4つです。また、「偽造リスク」と「発行・維持管理コストの大きさ」という2つの問題点がありました。特に「発行・維持管理コストの大きさ」という問題については、以下の3点が大きな負担となっていました。

  • 通貨の物理媒体の作成・発行が必要であること
  • 利用状況の把握・管理が困難であること
  • 管理業務負担が大きいこと

この負担は地域通貨立ち上げの中心になった人々の熱意でカバーされてきた面が大きく、そのため、従来の地域通貨は持続可能な取組みにはなっていなかったと言えるでしょう。この状況を打開し、地域通貨に新たな時代を拓く可能性のあるもの。それがデジタル地域通貨です。

2.デジタル地域通貨

デジタル地域通貨とは、本稿ではスマートフォン上にアプリの形で提供される地域通貨のことを指します。スマートフォンアプリの地域通貨にもさまざまな仕組みのものがありますが、ここでは二次元バーコードを活用して決済を行うものについて整理します。
スマートフォンアプリのデジタル地域通貨は、SaaS※1型で提供されます。このため、「偽造リスク」は比較的小さいと言えます。さらに、ブロックチェーン技術を活用する場合、リスクは極小化できるでしょう。また「発行・維持管理コスト」についても従来型の地域通貨と比較して圧倒的に低コストです。

  従来型地域通貨

デジタル地域通貨

偽造リスク 一般的に高い 比較的低い
発行・維持管理コスト 物理媒体の発行 必要 不要
利用状況の把握・管理 困難 容易(システム管理)
管理業務負担 大(手作業) 小(システム管理)

特に、二次元コード型の地域通貨の場合、加盟店側の負担も非常に小さいことが大きなポイントです。加盟店には各店舗を特定する二次元コードを印刷した紙やポスター・パネルなどがあれば、それだけで導入が可能です。
総務省の通信利用動向調査によれば、2020年8月末現在において、スマートフォン保有世帯割合は86.8%に達しています。個人単位で見ても生産年齢人口区分(15~64歳)のスマートフォン保有率は87.5%となっています。この場合のスマートフォンは5G対応端末以外の集計ですので、実際にはいわゆる現役世代の国民の90%以上がスマートフォンを保有していると考えてよいでしょう。これだけ広く普及したスマートフォンというプラットフォームを活用したサービスであれば、十分に汎用的なサービスの基盤になり得ます。

このようにデジタル地域通貨は、従来型地域通貨の問題点を解消し、広くあまねく利用され得るポテンシャルを有していると言えます。デジタル地域通貨のメリットはこれだけにとどまりません。ここではデジタル地域通貨の特筆すべき可能性として、次の2点を挙げたいと思います。(1)市中の経済活動を可視化しデータとして活用可能なこと、そして(2)地域通貨のやり取りを基本とした地域コミュニティのコミュニケーションプラットフォームになり得ることです。

3.デジタル地域通貨の可能性と普及に向けた課題

デジタル地域通貨の可能性について、それぞれの特徴を見ていきます。

(1)市中の経済活動を可視化しデータとして活用可能
従来明らかでなかった地域のなかでの金銭の流れが定量的に把握可能になります。また、その結果、地域(あるいは自治体)における経済振興策のEBPM(Evidence Based Policy Making)※2を可能にし、従来の経験と勘(あるいは思い込み)に基づく施策立案から脱却し、定量化可能な事実に裏打ちされた、より効果・効率の高い施策展開を実行できます。さらに地域通貨の特性である、「ここでしか使えない」、「今利用しなければやがて失効してしまう」という心理を活かすことで、地域経済振興に高い効果を発揮することが期待できます。

(2)地域通貨のやり取りを基本とした地域コミュニティのコミュニケーションプラットフォーム
「地域住民の大部分が持ち、かつ普段使いするアプリ」をインタフェースとした地域内でのコミュニケーションツールとして活用できます。このコミュニケーションにはさまざまなレイヤーでの応用的展開が考えられます。例えば住民間のコミュニケーション(感謝の気持ちの表明として地域通貨を贈るなど)や、住民と地域の事業者との間のコミュニケーション(地域店舗の応援としてチップ感覚で地域通貨を贈る、あるいは日頃の利用への感謝として地域通貨を顧客に還元するなど)、そして住民と行政との間のコミュニケーションツールにもなり得ます(行政からの市民向けの広報、災害情報・避難所情報などの告知)。

特に行政と市民とのコミュニケーションでは、市民の行動変容を促すツールとしていわゆる「行政ポイント」を地域通貨の形で贈るといったことが考えられるでしょう。この用法は地域でカーボンニュートラルを実現するにあたっても有効なツールになり得ると思われます。
次の展開としては行政手続きの入り口とすることや、これに紐付けて市民と行政との間のおカネのやり取り(手数料納付、納税、補助金、給付金)を地域通貨で行うことが想定されます。さらなる展開としては、市民の行政の施策への賛否・満足度を測る手段にもなり得るでしょう。このことは、現代の民主主義の形を変える可能性すら秘めていると言えます。

デジタルの力を得た地域通貨は、従来型地域通貨にあった普及に向けた課題を克服したように思えますが、しかし、まだ乗り越えなければならない大きな課題があります。
前章で地域通貨には「通貨の流通を促し、経済循環を促進させる効果がある」と述べました。これが地域通貨を発行する狙いの1つです。ただし、これはあくまで発行者側の理論です。利用者側にしてみれば、やはりこのように不便な地域通貨を持つことに積極的な意義を見出すことは困難です。そこには、利用者の不便さを補って余りあるような、「地域通貨を持ちたい」という動機付けが必要です。そのため、なぜ地域通貨を導入し、どう活用するか、いかにそのストーリー設計をするかが地域通貨普及に向けた大きな課題であると言えるでしょう。

※1 SaaS:Software as a Service の略。ソフトウェアをインターネット経由でサービスとして提供すること。利用者側での環境構築・設備投資等が不要になるため、導入に向けたハードルが低いとされる。
※2 EBPM:Evidence Based Policy Makingの略。事実・データに裏打ちされた政策立案。内閣府では「政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること」と定義している。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 山中 英生

スマートシティによって実現される持続可能な社会

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