不正事例に学ぶ 子会社のリスク管理のポイント 第12回 コロナ禍における不正リスク

本記事は、「週刊 経営財務」No.3490号(2021.01.18号)に掲載されたものです。

本記事は、「週刊 経営財務」No.3490号(2021.01.18号)に掲載されたものです。

1. はじめに

新型コロナウイルス感染症は、企業活動に甚大な影響を与えています。例えば、世界経済の深刻なマイナス成長による企業損益への影響、社会ニーズの変化に伴う事業の損益構造への影響、リモートワークの普及による内部統制への影響、海外渡航制限に伴う駐在員派遣およびグループ内部監査への影響などが挙げられます。これらの影響は、企業の不正リスクを高める方向に作用すると考えられます。不正による損失を防止するためには、コロナ禍にも通用する不正リスク対策を講じていく必要があります。そこで今回は、コロナ禍がもたらす不正リスク、具体的な不正事例のケーススタディ、不正リスク対策について説明します。

2. コロナ禍で注意すべき不正リスク

コロナ禍においてなぜ不正リスクに注意すべきなのでしょうか。第1に、経済不況により不正の動機・プレッシャーが高まることが挙げられます。筆者が所属する㈱KPMG FAS フォレンジック部門は、企業の不正予防・調査に日々従事していますが、リーマンショックの発生後に経済悪化が原因とされる不正事案を多数把握しております。第2に、リモートワークや海外渡航制限に伴い、不正発見の機会が減少していることが挙げられます。特に、海外子会社における不正が長期間放置され、気付かぬうちに損失が拡大するリスクには注意が必要といえます。
実際にどのような不正リスクに注意すべきでしょうか。まず、組織や個人業績の維持・改善を目的とした不正が挙げられます。具体的には、会計不正、贈賄、カルテル、品質偽装等が考えられます。次いで、役職員個人の金銭獲得を目的とした不正が挙げられます。具体的には、会社資産の横領、取引先からのキックバック等が考えられます。
特に、組織的に行われる不正は、企業の損失額が大きくなる傾向があるため特段の注意が必要です。そこで、リーマンショックによる経済悪化が要因で発生した組織的不正の事例をベースに、事例から得られる教訓を検討したいと思います。

3. 事例

  1. 不正発生企業の状況
    A社は、数十社の海外子会社を抱える日本企業です。グループガバナンスを強化するために、海外子会社のCEO・CFOには原則として日本人を派遣してきました。
    リーマンショックの影響で事業損益が悪化し、中期経営計画および連結業績予想の未達を繰り返すようになりました。これを受けて、親会社経営者から子会社に対して損益改善の強い要請が度々発信されるようになりました。具体的には、期中での大幅なコスト削減指示、特定事業の予算未達成をカバーする目的での他事業への予算付替え、決算期末直前における極めて短期間での損益改善指示などです。これらの要請は、必達だと思わせる強いメッセージで発信されていましたが、実現可能性は検討されておらず、達成に向けた具体的施策は発信されていませんでした。

  2. 会計不正の発生・拡大の経緯
    一部の海外子会社経営者は、親会社経営者から発信される要請を受けて、何としてでも目標達成しなければならないと感じ、会計不正に手を染めるようになりました。具体的には、四半期末における売上の架空・先行計上、四半期決算月における売上原価や販管費の翌四半期への付替などでした。
    その後、海外子会社間での日本人駐在員の異動や、海外子会社を管轄する地域統括会社を介して、会計不正の手法が多くの海外子会社へと伝播していきました。長い年月を経て、最終的には10社以上の海外子会社で会計不正を行うに至りました。この段階では、複数の海外子会社の役職員が会計不正の存在を認識していましたが、誰も異を唱えずに関与または黙認していました。親会社は経理モニタリングや内部監査を行っていたものの、この組織的不正を発見することはできませんでした。

  3. 不正行為者の認識
    会計不正が発覚した後に、会計不正に加担していた海外子会社経営者および経理責任者は、概ね一様に「親会社経営者から不正を指示されたことはない」「親会社の損益改善プレッシャーが強烈であったため、どんな手段を使ってでも目標達成すべきだと思った」と述べていました。

4. 事例から得られる教訓

  1. 一般論 - 組織的不正が発生する理由
    まず、なぜこのような組織的不正が生じ得るのでしょうか。社会心理学によれば、閉鎖的な集団においては、一人で考えれば当然気づいたことが集団で考えると見落とされ、誤った判断が行われることがあること、自らの判断が正しいと考え異議を唱えることに圧力を感じるようになること、権威ある者から道徳的価値観に反する命令を受けた際に、服従してしまう者が高い割合で存在することが明らかになっています。これらを踏まえると、組織的不正はどのような組織でも起こり得ると考えるべきです。

  2. A社の事例を踏まえた考察
    損益改善プレッシャーは、あらゆる企業において少なからず存在するものであり、そのものが否定されるべきものではありません。しかし、A社の事例では「損益改善のプレッシャー」と「内部統制」のバランスが大きく崩れてしまっていたことに問題がありました。

    企業風土の問題
    「コンプライアンス最優先」の企業風土は、内部統制の根幹です。素晴らしい企業風土が確立されていても、悪意ある人間の不正を防止することはできませんが、善良な人間が不正行為に及ぶ可能性を低減させる効果が期待できます。
    「コンプライアンス最優先」の企業風土を確立するためには、親会社経営者自らが具体的なトップメッセージを繰り返し発信することが何より重要です。例えば、「コンプライアンス違反を決して許容しない」「コンプライアンスなくして企業存続なし」「利益とコンプライアンスが相反した場合には迷わずコンプライアンスを優先」といった内容です。
    A社の事例では、親会社経営者から「不適切会計は許容されない」とのトップメッセージが発信された決算期もありましたが、その頻度は極めて僅少でした。毎月のように損益改善の強い要請が発信されていたのと比較すると、著しくバランスを欠いていたと言わざるを得ません。なお、親会社経営者のトップメッセージを読んだ海外子会社経営者の1人が、我に返って不正会計をやめた事例もありましたので、確かに有効な対策だと考えます。

    子会社決算データモニタリングの問題
    不正予防策を強化するだけで、残念ながら不正を撲滅することはできません。例えばA社の事例のように、子会社経営者による不正は、子会社内で構築した内部統制を無視または無効化することで行われます。よって、親会社が積極的に子会社モニタリングを行い、不正の兆候を早期発見して事実確認を行う仕組みが鍵となります。
    A社の事例では、経理部門において月次予算と実績の差異分析を実施していましたが、不正会計の影響を織り込んだ予算が策定されていたために、不正を発見するに至りませんでした。
    決算データ分析を効果的・効率的に行うためには、直近との増減分析のみならず、5期比較分析や財務指標分析(比率分析、回転率分析等)、グラフによる可視化などが有効ですが、A社では行われていませんでした。財務分析の有効性については、本連載の第9回「財務分析によるリスクアプローチ」をご参照ください。

    内部監査の問題
    内部監査部門は、取締役会等に対してグループベースのリスク管理や内部統制に関する合理的な保証を提供するとともに、不備や違反を発見し提言する役割を担っています。一方、内部監査リソースは限られていますので、高リスクの部門・子会社や監査テーマについて優先的に監査リソースを配分することが望ましい姿といえます。
    A社の事例では、内部監査部門でリスク評価を行っておらず、往査先や監査手続がリスクに見合ったものではありませんでした。ある海外子会社で売上の先行計上を発見したこともありましたが、他の子会社で同様のリスクがないか、他の会計不正リスクにも留意すべきでないか、といった視点で往査先や監査手続が検討された形跡はありませんでした。

5. ニューノーマル時代の不正リスク対策

コロナ禍においては、A社の事例に見られるように、海外子会社において不正が組織的に拡大していくリスクがあります。当該リスクに対応するためには、従前にも増して、親会社経営者による「コンプライアンス最優先」に関するトップメッセージを発信していくことが重要だと考えられます。
また、コロナ禍で発生した不正リスクに対策を打たず、発見が遅れることは避けなければなりません。残念ながら、海外子会社内での不正予防対策を強化したとしても、海外子会社経営者自らが行う不正を未然に防止することはできません。従って、データを活用した親会社による子会社モニタリングの強化が有力な対策となります。
昨今、企業経営におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が高まっていますが、不正リスク管理においてもデータを活用した不正検知を強化することが有効です。企業における不正検知の検討・導入事例をご紹介します。

  1. 不正検知ダッシュボードの構築
    不正検知ダッシュボードを自社内に構築し、子会社のデータをモニタリングする手法です。親会社が子会社データをERP等で常時取得している場合は、ERP等のダッシュボード機能を活用してリアルタイムモニタリングの仕組みを構築する事例が多いです。子会社データを常時取得していない場合は、BIツール(汎用のデータ可視化ツール)を活用してダッシュボードを構築したうえで、内部監査部門等が必要に応じて子会社データを取得し、データを可視化する事例が多くなります。

  2. 不正検知ツールの利用
    ベンダーが提供する分析ツールを利用する方法です。自社内で専用ダッシュボードを構築する方法に比べて、安価かつスピーディーに導入することができます。筆者が所属するKPMGジャパンでは、FDA(Financial Data Analytics)というプラットフォームで、SaaS型データ分析ツール(インターネットを介して利用するデータ分析ツール)を複数提供しています。このうち「子会社分析ツール(不正検知版)」は、子会社の会計不正を早期に発見するために開発された決算データ分析ツールです。当該ツールを活用することで、海外子会社モニタリングやリスク評価の仕組みを手軽に導入することができます。
    いずれの方法にも重要なのは、検知すべき不正リスクシナリオを決定し、膨大なデータの中から不正リスクの兆候を発見できるデータ分析条件を検討するプロセスにあります。これらを円滑に行うためには、不正リスクの専門家に相談し、知見・ノウハウを活用することが成功の鍵となります。

6. まとめ

コロナ禍がもたらす不正リスクに対する適切な対処は、自社グループで発生している外部・内部環境の変化を適切に把握し、その変化から生じる不正リスクを正しく認識することから始まります。コロナ禍において不正リスクに対処する仕組みを構築することは、アフターコロナにおいて効率的なグループガバナンスを実現する上でも有効な取組みだといえるでしょう。

※本記事は、「週刊 経営財務」No.3490号(2021.01.18号)に掲載されたものです。本記事の掲載については、税務研究会の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMG FAS
ディレクター 佐野 智康

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