同僚から受けるピア・フィードバックの価値 - OKR組織文化の浸透に向けて

本稿では、自己認知を高めるための、同僚(ピア)によるリアルタイム性の高い新しいフィードバックの方式「ピア・フィードバック」について、その価値や効能と施策設計のポイントを紹介します。

本稿では、自己認知を高めるための、同僚(ピア)によるリアルタイム性の高い新しいフィードバックの方式「ピア・フィードバック」について、その価値や効能と施策設計のポイントを紹介します。

ハイライト

OKR(Objective and Key Result)は個人の内発性の向上を主な狙いとした目標管理の仕組みです。これまでグローバルIT企業を中心に広く導入・効果が認められており、国内においてもその有用性への注目が高まっています。前稿(KPMG Insight Vol.34(2019年1月号)の「新しい目標管理“OKR”:脳科学視点からの活用効果と概要」)においてOKRの特徴と仕組みを述べましたが、ムーンショットなどのOKRならではの特徴要素の浸透・定着においては、個人の自己認知を高めていくプロセスそのものが効果的であると見られます。
そこで本稿では、具体的に自己認知を高めるためのフィードバックの仕組みとして、従来型のMBO(Management by Objectives、目標管理制度)における上長からの一方的なフィードバックや360度フィードバック等とは異なる、“同僚(ピア)”によるリアルタイム性の高い新しいフィードバックの方式「ピア・フィードバック」について、その価値や効能と施策設計のポイントを紹介します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 個人の内発性を高めるOKR目標管理をより浸透・定着させるためには、自身の気づきをより促すプロセスが重要となる。
  • “同僚(ピア)”からのフィードバックは、上長からのフィードバックにはない効能として、「互恵性」「対等性」「自発性」といった特徴を通じた自己認知の促進が心理学の観点において明らかにされている。
  • 「記名性」「指名制」「リアルタイム性」を重視したピア・フィードバック施策設計を通じ、それらが「信頼関係の構築」と「フィードバックの具体性」を生み出すことで、結果としてOKRの実効性をより高められる可能性が
    ある。

I.OKRの浸透・定着に向けて

OKR(Objective and Key Result)とは、従業員個人の内発性を高めるための有効な目標管理の手法の1つです。組織単位で定性的な1つの「Objective (目標)」と、それを達成するために必須となる3~5つの定量的な「Key Results(主要な結果)」を半期から四半期単位で設定し、組織のOKRと紐づけて個人も自らのOKRを設定します。以前、本誌でも取り上げましたが(KPMG Insight Vol.34(2019年1月号)の「新しい目標管理“OKR”:脳科学視点からの活用効果と概要」)、OKRは組織と個人の目標に明確な繋がりを見出すもので、組織ビジョンをより「ワクワクとした且つ具体的なもの」として一人ひとりに伝えることにより、個人が内発的行動サイクルを自分自身で回し続けられるようになることに、その導入の狙いがあります(図表1参照)。

図表1 内発的行動サイクル

図表1 内発的行動サイクル

出所:KPMG作成 出典:「新しい目標管理“OKR”:脳科学視点からの活用効果と概要」(KPMG Insight Vol.34(2019年1月号))

内発的行動サイクルの実現を支えるOKRの特徴としては、大きく4つ挙げられます。野心溢れるストレッチした課題や挑戦(ムーンショット)、目標、進捗状況、評価などOKRに関する全情報のリアルタイムな組織内公開(トランスペアレンシー)、組織や個人を超えたナレッジ連携や協力体制の構築(ネットワーク)、そして外部環境の変化に適応するための先を見据えた軌道修正(ピボット)です。
昨今、国内においても主にIT業界を中心としてOKR導入企業は着実に増えつつありますが、OKRの目的や効果、仕組みや特徴の定義解釈の難しさから導入ハードルが高いと感じている企業が多いのも事実です。
この点に関して、我々KPMGによる実際のプロジェクト経験から、OKRの4つの特徴要素の導入においては、自己認知を高めていくプロセスそのものがOKRの浸透・定着に強く寄与すると考えられます。たとえばムーンショットを決めるプロセスにおいては、一人ひとりの意見を尊重しながらも、組織単位でワクワクするのか、これがKRで本当に良いのか、といったことを掘り下げる建設的な議論がなされますが、そこでは立場や権限に寄らず個々の率直な意見を臆せず交換できることが求められます(図表2参照)。

図表2 OKRの特徴

図表2 OKRの特徴

出所:KPMG作成

II.内発性の発揮と自己認知

従来型の目標管理MBOにおいても、上長と部下、もしくは360度等で実施される相互フィードバックのプロセスは存在しますが、OKRの仕組みにおいてはその目的が異なります。MBOでは通常、評価や育成を目的とする一方で、OKRではその目的が「自身が新しい気づきを得る」すなわち「自己認知」とされます。
自己認知とは、自分の性格や感情、物事の理解等に対する認識を意味します。昨今、様々な研究において自己認知と仕事のパフォーマンスの高さが相関すると伝えられています。自己認知には「内面的自己認識」と「外面的自己認識」の大きく2つの側面があり※1、前者は自分自身の強みや弱み、価値観などに対する自分の理解を意味し、後者は同要素に対して他者が自分をどのように見ているかを意味します。立教大学の中原淳教授によると、自己分析や適性検査等により認識が進んでいる前者に対して、後者は圧倒的に不足しているという指摘がなされています。内面的自己認識が高く、外面的自己認識が低い状態というのは、自身の力量の過大または過小見積りです。つまり、自己愛の強いタイプにおいては「自分がやれば何でもうまくいく」と自己の影響力を過大に見積もり、逆に自己愛の弱いタイプにおいては「自分ではうまくいかない」と自己の影響力を過少に見積もる状態が起きやすいとされています※2。したがって、自己認知不足の状態は、内発性の発揮の仕方を誤ることに繋がると考えられます。

※1 ターシャ・ユーリック 「自己認識力を高める3つの視点」(ハーバード・ビジネス・レビュー編集部『セルフ・アウェアネス』、ダイヤモンド社、2019年)
※2 中原淳 「なぜいま、セルフ・アウェアネスが求められているのか」(ハーバード・ビジネス・レビュー編集部『セルフ・アウェアネス』、ダイヤモンド社、2019年)

III.ピア・フィードバックの価値

一般に「外面的自己認識」を含む所謂「認知」の活動を促進させるステップは、フィードバックを基にした「1.他者との対話」を経て、自己の考えを「2.相対化」し、やがて「3.自己との対話」に進むステップとされています。
従来型の360度フィードバックとは異なり、“同僚(ピア)”間におけるフィードバック(ピア・フィードバック)は、この認知のステップにおいて魅力ある要素をあらかじめ備えています。
教育心理学の観点からは、組織における“ピア”が持つ特性として「互恵性」「対等性」「自発性」の3つが挙げられています。「互恵性」とは、指導者と学習者間での一方的でない、相互に恵みを与え合う関係性を指します。「対等性」とは、同じ立場であるということであり、それによる意見の表明のしやすさ、受け入れやすさを意味します。「自発性」とは、指導者がイニシアチブをとって学習を導くのではなく、自分たちで考えを出し合い、問題解決の過程を自分たちの力で進めていくような学びの側面を意味しています※3。これらはあくまで学校教育を主な対象とする教育心理学の考え方であり、必ずしもすべてが会社組織に当てはまるものではありませんが、“ピア”の特性を理解するうえで一定の参考にはなるものと考えます。
“ピア”が持つ「互恵性」は「1.他者との対話」のステップにおいて一方向に留まらない対話を可能にし、さらに率直なフィードバックが可能になると考えられます。そして、「2.相対化」のステップにおいては、多面的且つ「対等」であるということが上長 - 部下の二者間に比べ大きな効果を発揮します。その結果として、「自発的」に「3.自己との対話」が行われると考えられます(図表3参照)。

図表3 自己認知のステップにおけるピア・フィードバックの性質

図表3 自己認知のステップにおけるピア・フィードバックの性質

出所:KPMG作成

実際にKPMGが支援したピア・フィードバックの導入事例において、上長から指摘されていてもできていなかった(あるいは改善しようとしなかった)行動が、同僚から同様の指摘を受けてから早期に行動変容に繋がった、ということがありました。あくまで一組織の事象ではありますが、自己認知においては上長にはない同僚ならではのフィードバックの価値があることをご理解いただけるのではないかと思います。

※3 中谷素之・伊藤崇達 『ピア・ラーニング 学びあいの心理学』(金子書房、2013年)

IV.ピア・フィードバック施策設計

ピア・フィードバックは「気づきの増加」を目的とし以下の3ステップで実施します。

  1. フィードバックの受け手である本人が、贈り手(ピア)を複数人選定する(必要に応じてフィードバックしてほしい観点を明示する)
  2. 贈り手であるピアは、フィードバックを贈る
  3. 本人は、フィードバック内容を確認し、今後に向けたアクションプランを上長と共有する

この仕組みを1週間から四半期に1回以上といった、職種やプロダクトサイクルに応じたリアルタイム性の高い頻度で行うことで、本人の気づきの増加のためのコミュニケーションの量が増える状態を作りだすことができます。
フィードバック内容は、たとえば目標に対する進捗状況や本人の強み、課題などシンプルで少数の項目が適しています。これはフィードバックを贈る側の負荷に対する配慮という側面もありますが、それ以上に細かな評価項目を用意する意味合いが薄いことが理由です。事実、多面的フィードバックに関する先行研究において、上長・同僚・部下といった立場の違いにかかわらず、対象者の行動や資質についてはすべて似通った評価を行いがち(ハロー効果)であること、そして評価結果には評価領域より評価者の影響が出やすいことが指摘されており※4、細かな項目を用意すること自体に合理性がないと考えられます。
また、そもそもフィードバック施策がうまくいかない大きな要因としては、(1)フィードバックの贈り手に対する信頼性の低さ(信頼関係のトリガー)と(2)フィードバックの内容の妥当性の低さ(真実のトリガー)が挙げられます※5。従来型の360度フィードバック制度は、年次や半期のサーベイ方式且つ匿名式であり、フィードバック内容は定量数値だけのものも多く、期間中のコンピテンシーやパフォーマンスの総論に留まる傾向にあるため、結果として抽象的なフィードバックに留まりがちです。その点で、フィードバックの贈り主を「指名制」にし、フィードバックを「記名」且つ「定性文」で贈るピア・フィードバックの工夫点はチャレンジングですが同時に魅力的なものです。
よく聞かれる意見として、「記名にすることで率直でないフィードバックが贈られる可能性があるため、匿名にする方がいいのではないか」といったものがありますが、この仕組みにおいてその懸念は気づきの増加という目的と指名制という特徴によってカバーされています。つまり、目的が評価ではなくあくまで気づきの増加であり、あらかじめフィードバックしてほしい人を選んで受諾するという相互同意があることで、フィードバックの率直さが担保されると考えられます(図表4参照)。

図表4 従来型の360度フィードバックとピア・フィードバックの違い

  従来型の360度フィードバック ピア・フィードバック
活用目的 評価または能力開発 自己認知
(本人の気づき)
フィードバックの贈り手 対象 上司・同僚・部下 同僚
贈り手の指名 不可(ランダム)
記名性 匿名 記名
フィードバックの頻度 年間または半期に1回 リアルタイム
(最低、四半期に1回以上)
フィードバック内容 定量・定性 定量評価がメイン 定性コメントがメイン
具体性 匿名且つ定量のため具体的な場面などを記述できない いつのどの行動等について具体的な場面などを記述できる


出所:KPMG 作成

ピア・フィードバックを導入するにあたって留意すべきことは、その効果が大きいことと裏腹に、使い方を間違えてしまうと組織における信頼関係を棄損してしまうリスクが少なからずあることです。特に組織の信頼関係が十分に築かれていない状態で導入する場合、受け手はフィードバックの妥当性にかかわらずフィードバックの受容自体を拒否するどころか、むしろ攻撃と捉え嫌悪感を増し、より組織コンディションを悪化させる可能性もあります。したがって、心理的な安全性の確保施策との両輪で導入を進めていくことが推奨されます。

※4 高橋潔 「多面評価法(360度フィードバック法)に関する多特性多評価者行列分析」(経営行動科学学会『経営行動科学第14巻第2号』、2001年)
※5 シーラ・ヒーン、ダグラス・ストーン 「成長する人はフィードバックを上手に受け止める」(ハーバード・ビジネス・レビュー編集部『セルフ・アウェアネス』、ダイヤモンド社、2019年)
 

V. 終わりに

ピア・フィードバックにはOKRの浸透・定着の実践における各段階の促進効果が期待されることを述べてきましたが、“逆もしかり”という構造であることがわかります。
すなわち自己認知を促進する良い条件となるトランスペアレンシーについては、ピア・フィードバックを行ううえでも必須です。同僚のOKR(目指す姿やKR達成業況)がリアルタイムにわからなければ、それに向けた具体的なフィードバックが難しくなるからです。ピボットについては、ピア・フィードバックのリアルタイム性と合致する性質であると言えます。ピボットという機動性の前提があるからこそ、フィードバックはより具体性を発揮すると言えるでしょう。ネットワークについては、“ピア”の対象領域が一組織の組織構造上の限られた上長や部下だけでなく、社外を含めて広がっていくことが、兼業・副業を加速させている企業においても、個人のネットワークや強みに気づくきっかけにも繋がります。このようにOKRとピア・フィードバックの両施策は非常に相性の良い組合わせであると言えるのです。
また最近のチーム理論においては、組織全体で個人の能力を底上げするよりも、数少ないグレートマネジャーを創出することが組織力最大化の肝になると言われていますが、一方で「活躍しているマネジャー程忙しく、部下の組織満足度が下がる」というデータがあります。この点について、マネジャーが上長として多くの部下の育成や評価のために割いている多大な時間をピア・フィードバックが代替し軽減してくれるという見方も存在します。
このようにピア・フィードバック導入がOKRのみならずそもそもの組織力の向上に寄与できる可能性があらゆる方向から示唆されています。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
ピープル&チェンジ
パートナー 藤原 俊浩
シニアマネジャー 深谷 梨恵
シニアコンサルタント 細水 太津彦

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