英国EU離脱(Brexit):修正離脱協定案の概要とその影響

英国総選挙の結果を受けて、英国のEU離脱(Brexit)の最新動向に関して、アイルランドの歴史的背景を踏まえ、修正離脱協定案の概要とその影響を解説します。なお本解説は、KPMGフォーラム2019の講演内容を基にしています。

英国のEU離脱(Brexit)の最新動向に関して、アイルランドの歴史的背景を踏まえ、修正離脱協定案の概要とその影響を解説します。

1.アイルランドの歴史的背景

もともと英国はイングランド、スコットランド、ウェールズそしてアイルランドの4つの王国から成り立っていました。

地図

永年ローマ法王を頂点とするキリスト教カトリックが支配的であった欧州で、16世紀に宗教改革によりプロテスタントが登場しました。同時期にイングランドでは、国王ヘンリー8世の離婚問題からカトリックから別れてイングランド国教会が成立した結果、イギリスの王権はかえって強化される結果になりました。この時アイルランド全島はまだカトリックが支配的な地域でしたが、北アイルランド6州はイングランドと近接することもあり、同国からの多数の移民を含む住民の多くはプロテスタントでした。19世紀初め、グレートブリテン島全体を支配したイングランドは、その軍事力によりアイルランドを支配下に収め、「グレートブリテン及びアイルランド連合王国」を建国しました。
しかしながら20世紀初頭、第一次世界大戦が終了するとアイルランド独立戦争が勃発し、1922年アイルランド全島を一体とする「アイルランド自由国」が自治領として成立しました。その直後に北アイルランドはアイルランド自由国からさらに分離独立して英国に合流したため、同年現在の英国である「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」となりました。
この北アイルランド地域においては逆にカトリックが少数派ということになり、差別・迫害等を受けてきましたが、徐々に差別撤廃運動が活発化し、アイルランド共和軍(IRA)の過激派がプロテスタント系住民と衝突するいわゆる「北アイルランド紛争」が約40年間続きました。1998年にブレア首相による「ベルファスト合意」により、英・愛両国が北アイルランドの領有権を主張しない、両国民は通関手続なく自由に移動・居住が可能、といった条件により、ようやく和平が成立しました。

2.移行期間問題と修正離脱協定案の概要

12月12日の総選挙の結果、保守党が単独過半数の議席を獲得しました。これは、最も急進的な離脱派であるブレグジット党が保守党と選挙協力を合意したことにより保守党が離脱票を集約し易いこと、労働党は国民投票を公約している反面、党自身の方針を示していないために残留票を集約できていないことなどの理由によるとされています。これにより、2020年1月末までに修正離脱協定案の議会承認を得て、2月から離脱への「移行期間」が始まります。この移行期間は、2020年7月1日までに申請すれば2022年末まで延期することができるのですが、ジョンソン首相は延期しないことを明言していますので、予定通り2020年12月末で移行期間は終了し、2021年初からEU離脱が発効します。
問題は、この11ヶ月の移行期間の内に、英国がEUや日本などのEU-EPAの相手国と自由貿易協定(FTA)の締結ができるかという点です。有識者の多くは極めて難しいとしており、もし離脱期限までに間に合わない場合、2020年12月末に、別の意味での実質「No Deal Brexit」となるリスクが残されています。
その場合、FTAが締結されるまでの間に適用される「修正離脱協定」(10月2日公表版)の骨子は概ね次の通りです。

  • 英国は関税同盟・単一市場から離脱するが、北アイルランドにはEUの関税ルールも二重適用するという「経済特区」的な扱いとなる。
  • アイルランド島内には両国国境にハードボーダーは設置せず、アイルランド島とグレートブリテン島の間に関税国境を置き、英国税関がEUの通関手続きを代行する。
  • EUに精算金を支払う、英国在住のEU市民に市民権を保証するといった点ではメイ首相の離脱協定案と実質的な変更はない。

この修正離脱協定案が旧離脱協定案よりも支持される主な理由は、英国が関税同盟から抜けることで英国の主権回復重視派から賛同を得やすいこと、またそれにより将来英国がEU及び第三国とのFTAの締結が可能になることなどによります。
詳細な関税の徴税手続きについては、PDFの13 - 14ページをご参照ください。

取引類型1 Gブリテン島とEU国の間での貿易
1-1.英国からEUに輸出する場合
EU側に輸入関税が発生するため、大陸側での通関時にEU税率関税が賦課される。
1-2.EUから英国に輸出する場合
英国側に輸入関税が発生するため、英国側での通関時に、英国税率関税が賦課される。

取引類型2 NI(北ア)ROI(ア共和国)間の貿易
2-1.NI(北ア)からROI(EU)に輸出する場合
EU関税地域内のため関税は発生せず、通関手続もない。
2-2.ア共和国(EU)からNI(北ア)に輸出する場合
EU関税地域内のため関税は発生せず、通関手続もない。

取引類型1

取引類型3 英本土(Gブリテン島)からNIへの「輸出」
3-1.英本土から「輸出」された物品が、NIに留まる場合
英当局が英本土にて、一旦NIのEU輸入関税を通関代行する。その後、物品がNIに留まれば、徴収された関税は還付される。
3-2.「輸出」された物品が、NIからROIに移動する場合
英当局が英本土にて、一旦EU輸入関税を通関代行し、物品がROIに移動した後、徴収された関税は還付されない。

取引類型4 NIが、第三国(US)から物品を輸入
4-1.「輸入」された物品が、NIに留まる場合
英当局がNI税関にて、一旦EU輸入関税を徴収する。その後、物品がNIに留まれば、EU関税率と英国関税率の差額が賦課される(又は、還付される)。
4-2.「輸入」物品が、NIから英本土に移動する場合
英当局がNIにて、一旦EU輸入関税を徴収する。その後、物品が英本土に移動すれば、EU関税率と英国関税率との差額が賦課される(又は、還付される)。

取引類型2

3.修正離脱協定の影響と対策

前述の通り、修正協定案によるBrexitの最大影響はやはり関税と通関手続にあります。英国が移行期間中にEUや日本とFTAの締結を事実上決めることができれば、この影響を回避することができますが、できなかった場合には、その間は以下のようになります。

Brexit後のサプライチェーンへの影響は、PDFの23 - 24ページのケーススタディーにある通り、次の通りとなります。

Case1 日本製造品の英国に輸出販売型取引

Case1 日本製造品の英国に輸出販売型取引

Case1は、日本で製造された製品を英国で輸入し、英国内で販売する場合と英国からEUに輸出販売する場合についてその影響を比較検討しています。英国内で販売する場合には、日英のFTA次第で影響は異なりますが、この商流をすぐに変更する必然性は低いと考えられます。一方で、最終仕向地がEUである場合、二回通関し、二重に関税が生じる恐れがあり、日本からEUへの直接輸出に変更することを検討する余地があります。

影響と対応:(最終仕向先ごとに)
1.UK国内で販売する場合
日EU-EPAから離脱することになるため、UKにて輸入関税が発生する。

  • 将来、日英FTA等が締結されれば、日EU-EPAの効果は回復するので、商流見直しは貿易協定の進展次第で検討する。

2.UKからEU各国に販売する場合
日EU-EPAから離脱するため、UKにて輸入関税が発生し、EU販売時にEU側で再度通関し、輸入関税が発生する。(積送基準不適格の場合)

  • 2回の通関を避け、積送基準にかかる問題を回避するために、日本からEUへの直送に変える。

Case2 日本製造部品を輸出し、英国で組立生産・販売型取引

Case2 日本製造部品を輸出し、英国で組立生産・販売型取引

Case2のように、部品を日本から英国が輸入し、それを英国工場で組立・生産する場合も、原産地認定の累積の可否により、Case1とほぼ同様の結論になることが推定されます。

影響と対応:(最終仕向先ごとに)
1.UK国内で販売する場合
日EU-EPAからの離脱により、UK輸入関税分の原価高となる。

  • 将来、日英FTA等が締結され、累積規程の進展により、生産拠点の移転の是非を総合的に判断する。

2.UKからEU各国に販売する場合
日EU-EPAからの離脱により、UK輸入関税及びEU輸入関税が二重にかかると原価高となる。

  • 日EU-EPAの関税メリットを得るため、日本やEU側への製造拠点を移転を検討する。
  • EUに製造拠点があれば、日本原産品である部品は「累積」によりEU原産品となり、EUが有するFTAネットワークの恩恵を受けやすくなる可能性がある。

英国持株会社モデルへの影響

次に、英国に中間持株会社を有し、その傘下の孫会社からの受取配当を日本の親会社に還流させる場合の配当源泉税の取扱い(PDF25ページ)も、EUから離脱することにより影響を受けます。

英国持株会社モデルへの影響

英国税制の主な特徴

  • 低い法人税率 - 19%
  • 英国から支払われる配当金には源泉税なし
  • 株式譲渡益 - 免税


キャッシュフローへの影響

  Brexit前 Brexit後
ドイツからの配当 1000 1000
源泉税(ドイツ) 0 50
差引:UK受取配当 1000 950
日本 受取配当 1000 950

 

それはEU加盟時に適用される「EU親子会社指令」が、EUから離脱することにより適用されなくなるため、特定国からの配当源泉税が免除されなくなるということです。その対策として在英中間持株会社をEU域内の第三国に移転するという対応があります。

地域統括会社(RHQ)の最適所在地

ちなみに、在英地域統括会社を英国外に移転すべきかという論点がありますが、PDF29ページにある通り、当該地域統括会社の実際の役割機能によってブレグジットの影響度合が大きく異なりますので、その実態に応じて個々に検討する必要があります(詳細は、PDF29ページ参照)。

4.最後に - 英EU離脱戦略論(逆の視点から)-

最後に、日本では英国のEU離脱を「英国自身に不利益をもたらす誤った選択」と見る向きがありますが、英国の有識者の中には「英国の長期的な国家戦略としてEUから離脱すべき」という主張があることを参考にご紹介しておきます。
それは、長期的な世界経済のトレンドの中で相対的に地位低下傾向にある欧州の関税同盟に束縛されるのではなく、英連邦53ヵ国やアジアの重要国である中国・インド、あるいは日本といった国々とのFTAを通じて通商関係を強化することの方が長期的に見て英国経済のプラスになるという考え方です。かつて、チャーチル元英国首相が演説の中で述べた「我々英国は欧州とともにあるが、欧州の一部ではない」という言葉は、英国人の欧州に対する立ち位置をよく表しているものと言えます。

より詳細な内容につきましては、KPMGフォーラム2019「英国EU離脱(Brexit)の影響と対応」講演資料PDFをご参照ください。

※注本文の記載内容は、概ね2019年10月下旬現在の公表情報に基づいていますが、英国政府方針等の諸事情により、記載内容が後に大幅に変更となる可能性がありますので、実務上の決定の際には改めて専門家にご相談下さい。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
専務役員/パートナー 三浦 洋

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