経営者に求められる明確な判断基準とは

「レジリエンスを高める」第7回 - 有事に経営者に求められる意思決定の判断基準について、過去の事例も引用しながら解説する。

有事に経営者に求められる意思決定の判断基準について、過去の事例も引用しながら解説する。

有事の際、経営者は意思決定の権限を可能な限り現場へ委譲すべきだが、重要施設の損壊に伴う営業停止の判断や被災した地域・サプライヤーへの全社を挙げた支援など、現場ではどうしても判断ができない想定外の事象も発生する。その場合には、経営者が現場に代わって意思決定をしなくてはならない。平時の業務と異なり、有事には状況が刻々と変化し、判断材料が不十分な中、会社として想定外かつ未経験の状況に立ち向かっていくことを余儀なくされる。過去に類似の事例があったとしても、周辺状況まで含めて全く同じ事象は発生しないと考えるべきであり、状況が不透明な状況であればあるほど、経営者が果たす役割は非常に大きくなる。また経営者が意思決定をする際には、企業理念等、明確な基準を持つことが重要である。情報が乏しくかつ刻々と変化する中では、どれほど優秀な経営者であっても、正しい判断を下すことは困難である。経営者に最も求められることは、正しい判断をすること以上に、対内・対外的に十分な説明ができるよう、企業理念など明確な基準を持ち、方針が揺れ動くことなく迅速に決断することである。

経営者、あるいはリーダー自身が判断したケースではないが、関係者に明確な基準を設定することで、有事に円滑に対応できた事例がある。
米国に大型ハリケーン「カトリーナ」が直撃した際、当時の米沿岸警備隊司令官は現地で約2000人の部下を集め「被災者には自分の両親や兄弟姉妹などの家族と同じように対応せよ。皆の行動により誰かが困る事態になっても、それは私の責任だ」と伝えた。関係者に対して一律に明確な基準を設けたことで、以降の支援活動を円滑に行うことができた。
これは有事の際の事例ではあるが、経営者は平時においても、例えば朝礼や会社のポータルサイト上などで、企業としての判断の核となる判断基準や企業理念についてトップメッセージとして発信しておくことが望ましい。そうすることで、従業員一人ひとりが経営者の判断を待つことなく、自信を持って有事対応に従事することができるようになる。経営者が下した有事の際の判断に対する理解も深まる。

さらに、経営者の意思決定については記録し、関係者と共有することも重要である。一部の企業では、平時に戻った後に、有事における意思決定の経緯を振り返ろうとする際、その記録が見つからないといったケースが見られる。
経験の蓄積によって、対応の方向性が見えてくるケースも多い。意思決定の過程を記録し、判断に至った経緯を共有することで、組織を次の危機に備えさせることができる。

日経産業新聞 2017年11月15日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 岩田 啓

レジリエンスを高める

お問合せ