日本企業の統合報告書に関する調査からの考察2018 - 統合報告は誰のためのものか?

日本企業の統合報告書に関する調査からの考察2018 - 統合報告は誰のためのものか?

本稿では、最新の調査を通じて私たちが感じた課題について考察し、統合報告の取組みをポジティブなアクションへとつなげるための提言をポイント解説します。

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統合報告書を発行する企業は年々増加し、2018年は414社にのぼりました。KPMGが「日本企業の統合報告書に関する調査」を始めた2014年は138社でしたので、5年間で3倍に増えたことになります。
私たちは、統合報告書の調査を通じて、統合報告書に対する日本企業の熱意を感じると同時に、分析を通じて、企業が抱える課題にも気づかされます。
本稿では、最新の調査を通じて私たちが感じた課題について考察し、統合報告の取組みをポジティブなアクションへとつなげるための提言をポイント解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 統合報告書を、企業内部のさまざまな活動の成果物の一つであるととらえれば、統合報告書の質の改善は、企業の持続可能性の向上につながっていく。
  • 経営者のリーダーシップの発揮と取締役会の関与が、統合報告書そのものの質の改善を左右し、あわせて外部に伝える際の工夫も必要となってくる。
  • 統合報告書を、企業と読み手の双方にとって、より「使える」ものとするためには、企業の持続的な価値向上に向けた見解を、企業内外に一貫性を持って伝えることのできる経営者の役割が大きい。

I. はじめに

KPMGは、統合報告書の発行が、企業と投資家をはじめとするステークホルダーとの対話を促進し、企業価値の向上に貢献しうるものとなるためにも、日本企業が発行する統合報告書の現状を見つめ、その成果や課題の一端を明らかにすることが必要と考え、過去5年にわたり調査を実施しています。
統合報告書を、企業内部のさまざまな活動を、将来にわたる長期的な視点で示す成果物の一つであるととらえれば、統合報告書の質を改善する取組みは、企業の活動を長期の持続可能性を意識したものへと促すものとなりうると考えます。統合報告書の質を高めるには、経営者のリーダーシップの下、統合報告に関わる内部のプロセスそのものの改善とともに、外部に的確に伝えるための工夫の必要があるでしょう。

II. 統合報告書の質向上のためには

1. 経営者が発信するメッセージはリスクマネジメントにつながる

2019年3月19日に、金融庁は有価証券報告書における「記述情報の開示に関する原則」を公表しました。これは、有価証券報告書における経営方針・経営戦略等、経営成績等の分析、またリスク情報などに関する記述情報の開示の考え方を整理する目的で策定されたものです。そこでは、有価証券報告書の記述情報の中で、投資家が経営の目線で企業を理解することが可能となるような情報の提示が求められています。経営者の役割は、企業の中長期的な価値の向上であり、経営者が語るその道筋は、すなわち企業の「価値創造ストーリー」と言えます。
これは、統合報告書の根幹として求められているものと同じです。それは、金融庁が記述情報の開示に関する原則とともに公表した「記述情報の開示の好事例」にも、統合報告書から採用した事例が多く含まれていることからもわかります。
しかし、統合報告書を読んで、経営者の考える価値創造ストーリーや、その実現のための戦略や施策、あるいはその実行体制が必ずしも理解できるとは限りません。例えば、新聞や雑誌に掲載されるインタビュー記事などで、経営者の考える企業の価値創造ストーリーが生き生きと語られている様に感銘を受け統合報告書の内容を確認してみたところ、メッセージの中に読み手に訴求するものが感じられず、残念に思うことなどがあります。
また、今は、インターネットなどで、不確かな情報や風評が広がる懸念が拭えない時代です。レピュテーションリスクの低減のためには、まずは、企業が自ら伝えたいことを発信しておく必要性が高く、その先頭に立ちうるのは経営者に他なりません。なぜなら、企業の将来について、最も長期的で、かつ俯瞰的な視点で見通しを立てうるのは経営者であるはずで、外部も同様の認識を有しているからです。
今回の調査で、経営者が統合報告書の内容の正当性を表明しているかどうかを確認しましたが、正当性が表明されている企業は、わずか5社にとどまりました(図表1参照)。

図表1 経営者による統合報告書の正当性の表明
図表1 経営者による統合報告書の正当性の表明

長期の視点から企業の将来の方向を、経営者の責任のもとで示すことは、株主や投資家の意思決定に資する情報の信頼性へとつながります。さらに、その情報に共感できる内部、外部の人たちとの協業の中から、多様な経営資源を活かし、企業価値を高めることにもつながるのではないでしょうか。
統合報告書では、経営者の考えを表わすことが最初の一歩です。もし、それができないのならば、それを可能とする組織やプロセスへと変更する必要があるとさえ言えるでしょう。

2. 「流行り」にまどわされずその背景を理解する

2018年に発行された統合報告書では、SDGs(持続可能な開発目標)のロゴが非常に多く目につきました。SDGsに言及している企業の割合を調査したところ、実に75%にのぼりました(図表2参照)。

図表2 SDGsへの言及
図表2 SDGsへの言及

SDGsは、世界が共有するゴールです。しかし裏を返せば、これらのゴールの背景には、広範かつ複雑な課題がからみあった「システミックリスク」が潜んでいるということであり、ゴールそのものよりも、むしろ、そのリスクを認識すべきでしょう。そのリスクを回避し、あるいは、チャンスに変え、企業が生みだす成果でどうSDGsの達成に貢献できるか、という視点を忘れてはなりません。
他にも、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言への関心の高まりがあります。
気候変動リスクは、統合報告書に記載されたリスクの中で、オペレーションリスク、サイバー・セキュリティリスクに続き、3番目に多い結果となりました(図表3参照)。

図表3 統合報告書で多く記載されたリスク
図表3 統合報告書で多く記載されたリスク

TCFDの提言は、G20傘下の金融安定理事会が設立したTCFDにより、気候変動リスクが企業の財務に及ぼす影響の重大性に鑑み投資判断に必要な気候関連財務情報の開示を促したものです。世界的には、既に多くの企業が提言に沿った情報開示を進めています※1。つまり、既に、顕在化のリスクが高く、発生時の影響度も大きいという共通認識が広まっていると言えます。
しかし、これを新たな開示要請の一つとしてとらえるのでは適切ではありません。企業の持続可能性に影響を及ぼしうるシステミックな気候変動リスクを戦略やリスクマネジメントに統合し、俯瞰的に検討する契機ととらえ、価値創造の能力を高める活動とすべきでしょう。
SDGsやTCFDなどには、それぞれ提唱に至る背景があります。一方で企業には、そもそもの存在意義や目的があり、大切にしてきた企業理念があります。日本企業の多くは、社業を通じて社会へ貢献し、経済的価値と社会的価値をともに希求することを目指してきています。ですから、SDGsやTCFDなどを、いま取り入れるべき流行りのキーワードとしてとらえて対応するのではなく、それらが提唱された背景が何かを考え、それを企業理念を実現するための活動に反映させることで、成果へと結びつけていくと良いのではないでしょうか。そうすることが、統合報告書において、企業独自の文脈で、わかりやすく論理的に伝えやすくなるのだと考えます。

※1 2018年9月 TCFDステータスレポート

III. 読み手の理解を促すためには

経営者の考える価値創造ストーリーを統合報告書に描き、企業独自の文脈で説明したとしても、実際にはいかにその道筋を歩んでいるのかを伝えなければ、価値創造ストーリーは、「絵に描いた餅」となってしまいます。企業価値向上の道を着実に歩む実態までを示してこそ、読み手の理解は促されます。
統合報告書において、定量情報を集約したハイライトセクションに記載された主要指標(KPI)を、種別ごとに分類した結果を経年で見ると、非財務KPIの割合が2018年は38%となり、2014年の26%から年々増えています。ここに、非財務KPIの充実を目指す企業の努力が読み取れます(図表4参照)。

図表4 統合報告書で示されたKPIの種別比率
図表4 統合報告書で示されたKPIの種別比率

しかし、そこに示されている非財務KPIは、その企業が目指す価値創造の歩みを表すものとなっているでしょうか。長い時間をかけて洗練されてきた財務KPIと異なり、見えざるものを定量的に表そうという試みは、まだ道半ばであり、議論すべき点は多くあります。
だからこそ、企業ごとに異なる企業価値向上の道筋や、そこから生み出される有形無形の価値を表せる可能性が高く、言い換えれば、悩みもあると思います。
例えば、女性管理職比率は、いま流行りのKPIのひとつと言えます。しかし、「流行りだから」と労力をかけて集計しても、企業価値向上の歩みと関連付けた説得力のある説明がなければ、有用性のない余計な情報となりかねません。価値につながる成果は、企業の活動を通じて生み出されるものです。そこには、多くの人々が関わり、また多くの業務プロセスがあります。それらの人々、あるいは業務プロセスが価値へと結びつく過程で測定されているKPIがあれば、それは企業価値向上の道筋と結びつくものであり、価値創造ストーリーの確からしさを示すものになるはずです。

IV. 統合報告の取組みをよりポジティブなものへ

変化が激しい環境下において、様々な開示要請に応え、数値や情報を集計するのは難しいという指摘もあります。しかし、だからこそ、長期的な視点で価値創造の道筋を示し、現時点での判断の背景を、読み手と共有する意義があります。どれだけ真摯に自らの責任を果たそうとしているのかを伝えようとする姿勢の中に、企業の誠実さが表れ、それが外部からの支持も得て、さらなるポジティブな行動へと導き、好循環を作り出します。統合報告書を、企業と読み手の双方にとって、より「使える」、そしてポジティブな行動を促すものとするためにも、企業の持続的な価値向上に向けた見解を、企業内外に一貫性を持って伝えることのできる経営者のリーダーシップは不可欠です。
統合報告書の質を改善させる取組みは、企業の活動をより長期の持続可能性を意識したものへと促すことができると考えます。「報告」は能動的なものであり、「させられる」ものではありません。その意味を統合報告書の取組みを通じて実感できれば、今後、有価証券報告書などの報告媒体にも適応され、一貫した信頼できるメッセージの発信にもつながっていくでしょう。

執筆者

KPMGジャパン
統合報告センター・オブ・エクセレンス(CoE)
パートナー 芝坂 佳子

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