コンテンツIPビジネス、これまでの各メディア個別事業を軸としたビジネスモデルとは一線を画すものであり、出版、映像、ゲームなどの多様な事業領域に進出し、広範な顧客セグメントを取り込むことによりIP軸での収益最大化を志向するものです。その実現のためには、自社保有IPのみならず、他社IPをも有効に組み合わせたビジネススキーム構築が必要となります。

一方で、IPビジネスにおいては、保有IPの価値保全に対する自社および他社起因のさまざまなリスクが存在します。その対策として、体制・仕組み構築、インフラ整備、リテラシー向上などに関する施策検討が避けられません。

また、IPビジネスを志向する企業の多くは、事業オペレーション・レイヤーに個別メディア事業軸を前提に業務、組織、人材、ITといった仕組みが構築・最適化されてきました。これら企業においては、IP軸での新たなオペレーションモデルへの変革が求められます。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者らの私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT1:IP軸でのビジネスモデル構築と収益最大化

IPを活用したビジネスパターンやオーナーシップ戦略を通じたIPビジネスモデル構築とIP軸での収益最大化がメディア企業に必要とされている。

POINT2:自社IP価値を守るリスク対策

自社および他社起因によるIPの価値棄損のリスクに対する体制・仕組み構築、インフラ整備、リテラシー向上が必要である。

POINT3:IP軸でのオペレーションモデル再構築

IPビジネスを志向する企業は、メディア個別管理からIP軸へのオペレーションモデルの再構築が必要である。

I コンテンツIPビジネスモデル

1.コンテンツIPビジネスのメリット

コンテンツIPビジネスとは、コンテンツの持つIP(知的財産)アセットを活用して、さまざまなメディア(出版、アニメ、実写、グッズ、ゲームなど)へ事業展開を行い、収益を最大化する手法です(図表1参照)。

【図表1:コンテンツIPビジネスの枠組み】

メディア企業が注力するコンテンツIPビジネス_図表1

出所:KPMG作成

これは、個別メディアに閉じて作品品質の追求・収益獲得を志向するビジネスとは一線を画すモデルです。
個々のメディア市場は成長性に差がありますが、より多くのメディア領域でビジネスを展開することにより成長を取り込み、また、事業リスクを分散するというメリットもあります。また、時間軸の視点からは、単一メディア事業だとリリースタイミングの間に空白期間ができてしまいます。その期間に、他メディアでビジネス展開を行うことにより、収益獲得機会のロスを極小化することが可能となります。

また、IP活用により、多様な顧客セグメントを取り込むことが可能となり、たとえば、ゲーム事業者がアニメ事業やテーマパーク事業に進出することにより、自社顧客層をゲーマーからファミリー層にまで拡大することが可能となります。

2.メディア企業に求められるもの

IPビジネスへの注目の高まりを受けて、メディア企業は、IP軸での収益最大化、パートナー戦略、顧客戦略などの検討が必要になります。「メディアミックス」は、IPが育つなかで、結果として実現されてきたものでもあります。今後は、IPビジネスがより認知されることで、さらに計画的・戦略的に実施されるものへと変化していきます。IPの開発当初から、複数のメディアでの展開を前提とした戦略を練るような姿勢になると考えられます。

II コンテンツIPビジネスパターン

1.コンテンツIPビジネスの分類
コンテンツIPビジネスは、自社保有IPを活用する方法と他社保有IPを活用する方法に分類されます。自社IPを活用する手法としては、自社でIP活用を推進していく方法と、他社にIP使用許諾を与えることにより収益を獲得する方法があります。一方の他社IPを活用する方法では、他社の優良IPを利用し、自社コンテンツビジネスを伸ばすものと、他社IPの強化を支援するというものがあります。IPビジネスは、図表2のように分類されます。

【図表2:IPビジネスの分類】

メディア企業が注力するコンテンツIPビジネス_図表2

出所:KPMG作成

2.メディアミックス
メディアミックスは、ゲーム、映画、動画配信、グッズ販売などと複数のメディアに事業領域を拡大する手法です。本手法を有効に機能させるには、単に事業領域を拡大するというだけではなく、各領域を連携し、シナジーを発揮する仕組みが必要となります。たとえば、複数メディア・コンテンツを消費することで、より顧客が楽しめる等の仕掛けが必要です。

3.シリーズ化
シリーズ化は、初期コンテンツ作品について、同一キャラクター・ストーリーの続編を制作することにより、長期にわたり収益を拡大することを狙うものです。初期作品のコアファンをターゲットとして、同一の路線で続編を作成する手法と、路線変更し新たな顧客層獲得を狙うなどの戦略が考えられます。また、スピンオフ(派生作品)やクロスオーバー(異なる作品のキャラクターが同一作品に登場)といった形でIP価値を増幅、再生産する手法も存在します。

4.ライセンスビジネ ス
ライセンスビジネスは、自社IPを他社に使用の許諾を与えることでライセンス料を得るビジネスモデルです。自社で制作コストや在庫リスクを抱えることなく、収益獲得が可能となるビジネスです。

5.他社IPの活用
他社IPの活用は、IPを保有する他社とライセンス契約を行い、自社コンテンツに他社IPを活用するモデルです。自社での優良なIP創出には多大な時間や労力が必要であり、他社IPの活用は重要な選択肢となります。一方で、ライセンス料やギャランティーなどのコスト負担、利用上の制限が発生する点はデメリットとなります。

また、他社IPを国内市場から他国に向けて、もしくは海外IPを国内市場に向けて、育成、プロモーション、ローカライズなどの支援を行うというビジネスも想定されます。
広範なメディアビジネス領域を自社のみで展開するのは至難の業であり、自社にとってのコアとノンコア領域を見極め、必要に応じた他社連携が必要となります。

III コンテンツIP活用に係るリスク認識とその対応体制の確保

1.コンテンツIPの活用に潜在する主なリスク

コンテンツIPは、エンターテインメント・メディア事業において大きなビジネスチャンスをもたらす一方、その価値を棄損することで、チャンスがリスクに転じることもあるため、適切に対応していくことが重要となります。

主なリスクとして認識すべきものとして以下が挙げられます。

【自社起因のリスク】

(1)他社コンテンツ・キャラクターなどの著作権、ゲームなどの特許技術を侵害するリスク
(2)海外展開・ローカライズなどにおいて自社のコンテンツの世界観やキャラクターなどが展開国の文化・風習・宗教観などに反するリスク
(3)従業員(委託先などを含む)による情報漏洩や不正利用などのリスク
(4)その他

【他社など起因のリスク】

(1)自社コンテンツ・キャラクターなどの著作権、ゲームの技術特許などを侵害されるリスク
(2)第三者による盗用・模倣のリスク
(3)海賊版や不正コピー・不正配信などのリスク
(4)デジタル著作権の回避すり抜けのリスク
(5)その他

これらコンテンツIPにかかる各種リスクの顕在化は、当該コンテンツの配信停止などによる売上の損失、訴訟対応や、レピュテーション悪化による顧客の離反など、企業にとって深刻な影響を及ぼすこととなります。

2.コンテンツIPリスクへの対応体制確保

コンテンツIPリスクへの対応は、知財を専門に扱う部門の強化もさるところながら、コンテンツの企画・制作などを行う各部門との連携の強化も必要となります。

(1)知財・法務部門の強化

著作権や特許権など、コンテンツIPを保護していくためには、知的財産権管理のノウハウの蓄積のほか、メディアミックスや、ライセンスイン・アウトの戦略など、権利関係を熟知した契約法務の専門性の確保も必須です。

また、自社が著作権や特許権を侵害していないか、あるいは他社からの侵害を受けていないかのモニタリング機能を有することも必要となります。コンテンツの企画、開発、リリース(PR広告なども含む)の各局面において、知財・法務部門が関与し、侵害の有無をチェックする必要があります。他社の侵害を受けていないかについては、侵害の監視サービスの利用、SNSのモニタリング、通報プラットフォームの設置・活用などを実施しているケースが多く、また、コンテンツ担当部門の方で定期的に担当のコンテンツなどにかかるキーワードをウェブ検索にかけるなどの草の根的な確認作業も疎かにしないことが重要です。

(2)知財・法務部門と企画・制作部門などとの連携強化に向けた仕掛け

知財・法務部門へコンテンツ企画・制作部門などから相談が来るときにはすでに問題がこじれているといった課題認識を持たれている会社は多く、専門部署と事業部署との先を見越した相談・協議はリスク対応のための成功のカギとなります。事前相談・協業を仕組み化するには、コンテンツの企画・制作や開発・リリースまでの各局面において、知財・法務部門への確認ポイントを設定し、確認すると次のステージに進めるというプロセスを作成し、相談タイミングをルール化して抜け漏れを防ぐなどの仕掛けが必要です。

(3)知的財産の積極的な権利化

コンテンツIPについては、ゲーム技術の特許を取得する、プログラムの発明として保護する、ロゴの商標登録をするなど、他社の模倣を防ぐために適時に権利取得を行うための体制やプロセスの整備が必要となります。ソースコードはダミーコードを用いて安易な模倣を防いだり、オンラインコンテンツの場合、デジタル著作権管理の仕組みを活用しているケースもあります。なお、知的財産権取得のプロセスにおいては、(2)で紹介した相談タイミングのルールに織り込むことで権利化のタイミングを確保しているケースもあります。

(4)知財戦略の明確化

近年、エンターテインメント・ゲーム業界での特許訴訟は増加傾向にあり、キャラクター育成に関するものや、画面表示に関するものなどビジネスモデルに関する事案が多く見られます。訴訟回避の観点から、ビジネスモデル特許を含め何を出願すべきかを戦略的な視点から検討することも重要です。

(5)ブランドプロテクションの徹底

上で述べたように、商標権の権利化を進める場合もありますが、権利化後の維持・保全の負荷(不使用取消しリスクへの対応、模倣対策が必要)を鑑み、アライアンス先などを含め、ブランドルールの遵守を徹底させる事例が増えてきています。具体的には、「デザインポリシー等の遵守事項を作成・ステークホルダへ周知」「契約などで、ロゴ使用条件やブランドルール遵守を求める」「指示された条件下でのロゴの使用を参加条件の1つとする認証プログラムの設定」「商標等のグローバル管理(欧州では権利者が異議を申し立てないと後発が登録されることがある)」などを行うことが考えられます。

(6)従業員などに対する教育・意識向上

コンテンツIPビジネス企業の従業員や委託先などに対し、知的財産権の重要性や活用・保護の重要性を理解させるための教育プログラムを実施し、知的財産権に対する意識を高く持たせる必要があります。

以上のように、体制や仕組みの構築、モニタリングのためのインフラの整備などはもちろんのこと、従業員一人ひとりの知識・意識を向上させることで、組織全体の知的財産管理に対するリテラシーを高めることが重要となります。

IV IPオーナーシップ

1.一般的なIPオーナーシップ

IPオーナーシップの一般的形態は国により異なりますが、日本国内においては図表3のように整理されます。

【図表3:一般的なIPオーナー(国内)】

メディア オーナー
マンガ 著者(個人)
ドラマ 放送局(企業)
アニメ 製作委員会(企業群)
ゲーム ゲーム会社/ゲーム制作会社(企業)
出所:KPMG作成

2.オーナーシップタイプのメリット/デメリット

図表3のようにIP保有者は、個人のケースと企業のケースが存在します。個人保有のケースは、個人の力量やモチベーションといった面に依存するため、IPビジネスのスケール化や継続性の面で、デメリットとなる可能性があります。法人が保有することにより、十分なリソースを投下し、IPを永続的に発展させることが可能となるとも考えられます。

また、製作委員会は、リスク分散の意味では有効な仕組みですが、IP活用に際し他企業との調整が必要となり機動力が制限されてしまうデメリットがあります。海外のIPオーナーシップの事例としては、アメコミ(アメリカン・コミックス)は日本のマンガと異なり、個人ではなく組織が保有する形が一般的となっています。これにより、組織的で長期にわたるIP活用を実現しています。

3.オーナーシップ形態の変化

オーナーシップの形態は、必ずしも硬直的なものではなく、事業環境などにより変化します。特にグローバルOTT業者の登場により、IPオーナーシップ形態に変化が見られます。これまで制作事業者が保有していたIPに対して、OTTプレイヤーが作品を企画し、IPを保有しようという動きがあります。OTT事業者が制作事業者に対し制作費を提供する代わりに、IPはOTT事業者側が保有するという形態です。この場合、作品がヒットしても、追加収益はOTT側が独占し、制作事業者側の追加収益は限定的となります。

また、別事例としては、これまで放送局の制作下請けを担当していた映像制作会社は、従来はIPを保有しなかったが、企画から手掛けることによりIPを保有して、より独立した立場でOTT企業とダイレクトにビジネスを展開する形態が出てきています。

各メディア企業は、事業環境の変化、自社戦略などを踏まえ、自社にとって最適なIP保有形態を判断する必要があります。

V オペレーションモデルへのインパクト

IPビジネスを志向するメディア企業においては、業務プロセス、組織、ITといったオペレーション層にも変革が求められ、複数メディアの連携を含め、多様・複雑なケースに対応する必要があります。

管理時間軸については、IPの創出・育成は長い期間を要するものであり、より長期的な視点での管理が必要となります。ビジネス規模についても、IPのもたらす長期的・潜在的な収益規模から、その投資・管理規模も大型化します。業務プロセス面においては、IP軸での管理プロセスが新たに必要となります。たとえば、収益管理面では、メディア単体での収益把握・管理のみならず、IP軸での横串での把握の仕組みを構築することが求められます。組織・人材面においては、IP軸で戦略を練り収益を最大化するミッションを抱えた組織・人材が必要となります。IPに関わる社内外の組織とコミュニケーションをとり、メディア間をスムーズに連携させ、顧客の体験を円滑にするなどの企画・マネジメントを担います。

VI 各企業の取組む方向性

もはやコンテンツIPビジネスは、メディア企業にとって不可欠のテーマと言えます。IP保有状況やこれまでの事業形態など、各企業の状況に応じた取組みが必要となります。今後、IP活用・強化を目指す企業は、自社および他社IPを含めた戦略立案が必要となります。すでに、優良なIPを保有し、事業展開をしている企業には、自社および他社起因リスクを見極め、その価値を守るための体制構築が急がれます。

また、これまでの個別メディア事業軸としたオペレーション基盤に対して、IPを軸としたオペレーション体制の再構築が早晩必要とされます。

執筆者

KPMGジャパン
テクノロジー・メディア・通信セクター
パートナー 木村 みさ
アソシエイトパートナー 山田 宏樹

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