人的資本経営に求められる人事のあり方~個人のキャリア形成と人材の流動化を同時に実現する

野村ホールディングス株式会社グループ人事戦略兼人材開発担当の吉田 俊哉 氏、パーソルホールディングス株式会社執行役員CHROの美濃 啓貴 氏、KPMGコンサルティングの油布 顕史の3名が鼎談します。

野村ホールディングス株式会社グループ人事戦略兼人材開発担当の吉田 俊哉 氏、パーソルホールディングス株式会社執行役員CHROの美濃 啓貴 氏、KPMGコンサルティングの油布 顕史の

コロナ禍を経て、人々の働き方に対する考え方や働きがいへの価値観が変化していくなか、企業における人的資本経営が重要性を増しています。令和4年5月には「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」が公表され、経営戦略と人事戦略の連動をはじめ、資本としての人材を活かし育てるための方法論が提示されました。

人材を活かすために社内人材の流動化を促し、日本企業が実のある人的資本経営を進めるために何が必要か。野村ホールディングス株式会社グループ人事戦略兼人材開発担当の吉田 俊哉 氏、パーソルホールディングス株式会社執行役員CHRO の美濃 啓貴氏、KPMG コンサルティングの油布 顕史の3名が鼎談します。

対談

野村ホールディングス株式会社 グループ人事戦略兼人材開発担当 執行役員 吉田 俊哉氏(写真右)
パーソルホールディングス株式会社 執行役員 CHRO 美濃 啓貴氏(写真中)
KPMGコンサルティング株式会社 プリンシパル 油布 顕史(写真左) 
 

「自分のキャリアを自分で作る」を実現する、人材配置のあり方

油布

まずは、各社の人的資本経営に関するコンセプトについて教えてください。

吉田

野村グループは、野村グループの人材が、さまざまな不確実性を伴う社会課題に対して最適解を提供するプロフェッショナル集団として、付加価値を最大限に発揮し、生産性の向上と新たな価値の創造、リスク管理の高度化を追求し続けることを目指しています。このために、「挑戦」「協働」「誠実」という共通の価値観を前提に、採用・育成・評価・配置登用という人材マネジメントサイクルを差別化し、またDE(I Diversity, Equity & Inclusi on)・多様な働き方・ウェルビーイングを進化させてきました。結果として、人材が業務を通じて実現する知識創造プロセスが加速され、野村グループが提供する付加価値がさらに強化されていくという好循環が生み出されると考えています。

美濃

当社のビジョンである「はたらいて、笑おう。」は「はたらく個人」に目を向け、「自分の"はたらく"は自分で決める」世界を実現することを狙いとしていますが、当社の社員一人ひとりも「はたらく個人」にほかならず、社員自らもこの世界観を実現できるよう、先進的な人事制度・人事施策に取り組んでいきたいと考えています。この考え方を人事ポリシーとして、「"ADVAN CED HR SHOWCASE"」と呼んでいます。

油布

ありがとうございます。では本題に入ります。
近年、働き方が柔軟になってきたことで、ある問い合わせが多く寄せられるようになりました。時短勤務や地域限定など働き方の自由を認めれば、社員にとってはウェルビーイングが高まることになり、より働きやすくなる一方で、会社としてはビジネスを推進する人材配置に支障をきたすようになるというものです。これは現場、特に営業から苦言を呈されるようです。 これまでの人材配置の考え方は、ビジネス対応というパズルがあり、柔軟に形を変えることができる「正社員」というピースをはめ込んでいました。しかし、今後「私のピースは三角です」や「私は四角です」といった個人最適な働き方を認めると、このパズルがきれいに埋まらなくなりビジネスにうまく対応できなくなる気がしています。この問題は、日本企業で今後さらに大きくなってくるでしょう。でも、私はいずれ認めざるを得なくなると思っています。

吉田

かなり悩ましい話です。たとえば、この数年言われている「ジョブ型」の人事を教科書どおりに実行しようとすると、三角なら三角、四角なら四角のジョブ・ディスクリプションを詳細に定義し、「このジョブは四角のなかでも正方形です。こっちのジョブは三角でも二等辺三角形です。そこに合う人は誰ですか」としなければならないのかもしれません。でも、我々はそこまではやっていません。

油布

ジョブ・ディスクリプションを作っていないということでしょうか?

吉田

いえ、当社もジョブ型的な人材マネジメントを推進していて、ジョブ・ディスクリプション、いわゆる JD も定義し、業 務ポジションに応じた報酬設 計も行っていますが、当 社 の場 合はもう少し大きな括りなのだと思います。特に当社のような証券会社は、人材の流動性がもともと高い業界のため、ウェルス・マネジメントやトレーディング、M&A アドバイザリーといった業務の役割は詳細に定義せずとも業界スタンダードとして確立されているケースが多いですし、役割に応じた報酬水準の業界におけるベンチマーク分析も従前から行ってきました。一方、各業務ポジションにおいて、どういう強みを活かしてパフォーマンスを発揮するかは人それぞれです。なので、各業務ポジションに求められる役割の概要を JD として定めておいたうえで、それに基づいて十分に知識と経験が豊富な外部人材を探して採用する場合もあります。スキルや経験の要件を加筆した JD を社内公募に掲載して、新しいキャリアに挑戦したい社員を募る場合もあります。あるいは、社員がキャリア・デザイン・シートに記載するキャリア希望、本人の経験とポテンシャル、人材を募集している業務ポジションの JD にマッチするかを見定めて、所属組織と求人組織の双方合意のもとに社員を異動させる場合もあります。

油布

このキャリア・デザイン・シートは、各人が持っているスキルを明記しておき、
「ここに行きたいです」と希望を出すというイメージでしょうか。

吉田

そうですね。当社グループでは、この3~4年、社員のキャリア自律を推進してきました。そこで先ずは「ノムラ・キャリア」、通称「ノムキャリ」という社内公募を相当広げてきました。今では、社内公募が出ると、「今回はどの部署がどんな公募をするんだ」と、多くの社員が注目するようになっています。特に、日ごろ自分のキャリアに悩んでいる人は「今度、これに手を挙げてみようかな」となります。あるいは、社内公募のJD に記載されているスキル要件、たとえば「コーディングができたほうがいい」とか「英語は必須」などといった記載を見て、「ちょっと実力が足りないから、もっと自己研鑽しよう」などを考えるきっかけにもなっています。

そして、この社員のキャリア自律を更に推進するために新設したのがキャリア・デザイン・シートです。社員は毎年、「自分はこうしたキャリアを歩みたい」という希望や計画をこのキャリア・デザイン・シートに記載して、直属のマネージャーと会社に共有し、また直属のマネージャーは社員の希望や計画にアドバイスする仕組みです。ここに記載された社員の希望や計画と、本人の経験、適性やポテンシャル、組織の要員計画次第では、所属組織の担当役員やマネージャーの合意のもと、社員を異動させることもあります。

吉田 俊哉 氏

野村ホールディングス株式会社 グループ人事戦略兼人材開発担当 執行役員 吉田 俊哉 氏

油布

社内人材の流動化というわけですね。それが機能しているということは、それだけの数のポジションを公募していて、さらにその公募掲示板を多くの社員が見ているということなのでしょうか。

吉田

そうです。今、ものすごい閲覧数になっています。

美濃

パーソルの無期社員のうち、公募制度の対象となる社員は約3万人ですが、社内公募サイトのページビュー(PV)は約3万あり、かなり多くの社員が見ていますね。

油布

おふたりの会社はどちらも、人材の流動化を促す施策がきちんと機能しているように思えます。日本人は、「自分のキャリアは自分で作る」という意識がまだ低く、人事異動は「自分はその部署に適用不可だから外に出される」と感じる人が非常に多い。そうすると、人事異動を嫌がるようになりますよね。でも、おふたりの会社は、全員ではないにしても異動をネガティブに捉えられてはいないような印象を受けます。

吉田

そんなことはありません。当社グループにおいても、必ずしも全員がキャリア希望を叶えられるわけではありませんし、不満をもつ方もいるかもしれません。一方で、キャリア自律と人材の多様性を推進してきたためか、「どこの部・どこ支店に異動したから将来有望なはずだ」というような古典的な日本のメンバーシップ型ローテーションの概念はかなり希薄になったと思います。最近、「異動ガチャ」という言葉を耳にするようになりましたが、我々としても、後から「異動ガチャ」と言われるような異動は最終的にゼロにしたいと思い、この 4年、かなりこの方向に舵を切っています。

人材の活性化を促す社内公募の仕組み

油布 

「異動ガチャ」と揶揄する人たちの多くは、異動に不満を持っているからなのでしょうね。そういう異動にネガティブな人にはどのように対処しているのでしょうか。

吉田 

キャリア・デザイン・シートには、「将来こうなりたい」「こういう業務をしたい」という希望の表明に加えて、たとえば「この業務を続けたい」「ここの勤務地から離れたくない」という意思表示を行うことも可能にしています。会社としては可能な限りこうした意思表示を尊重するようにしていますが、もしそれでも本人の意志に反するような異動が必要な時には、本人に対して異動の主旨をしっかり伝え、納得してもらうようにしています。ちなみに、本人の意思に反する異動というのは、本人は意識していなかったけど実は本人のキャリア希望のために望ましいというポジティブな場合もあれば、現実的には本人の意思と業務に求められる要件が必ずしもマッチしない場合もありえます。後者の場合は特に、所属部署と異動先の部署の双方から本人に対してコミュニケーションをしっかりとやってもらいます。

美濃 啓貴 氏

美濃 啓貴 氏

美濃     

パーソルは、本人主導が7 割、会社主導が3 割くらいのバランスにしています。パーソルグループのグループビジョンは「はたらいて、笑おう。」そのなかに「自分の"はたらく"は、自分で決める」というポリシーがあります。ですからキャリア自律、パーソル風に言えば「キャリアオーナーシップ」をすごく大事にしていますが、これは社内公募制を前提としたものです。一方で、エグゼクティブ層の異動は会社主導で政策的に行っています。

油布

本人主導7 割、会社主導3 割のバランスにしたのはなぜでしょうか。

美濃    

事業のサイロ化を防ぐためです。人 材育成や人材交流の観点からも、私自ら  毎年100人くらいのグループ会社エグゼク  ティブ層と面談し、そのなかの10人くらい  を目標に異動させています。最近では、各  社の将来の幹部候補を推薦してもらい「30  代タフアサイン」も始めました。現在のエ  グゼクティブ層は40代50代が中心で、30代  を育てていかないと、10年後のリスクにな  るということで、30代にいろいろなことを  経験させ、育成していこうというものです。また、さきほどパズルの話がありました    が、パーソルにもアサインされた仕事と能  力や適性がマッチしない社員というのはい  ます。でも、パーソルが大事にしているの  は、まずは本人の意思、次に現場の意志  です。この2つの意志を尊重する意味でも、異動は人事部の力で動かすのではなく、現場から「この人を異動させたい」という  要請が来てから、あるいは現場に「動かし  てもいい」と納得してもらってから行うよう  にしています。とはいえ、「この人の成長の  ため」、あるいは「事業の問題解決のため」と都度コミュニケーションし、説得して人  を動かすのは、かなり手間がかかります。

油布 

現場に異動させてもいいかどうかを確認してしまうと、そこの上長が断りそうな気がします。優秀な人ほど手元に残したいと思いますからね。そこを説得し、納得してもらう。確かに、それは手間がかかりそうです。

美濃 

そこは、人事の腕の見せ所です。丁寧にコミュニケーションを重ねて現場に腹落ちしてもらうことが大事です。また、逆に社内公募制は上司のブロックがかからないようにしています。上司ブロックがあると、個人も安心して社内公募に応募出来ませんからね。

油布 

そうやって社員の意見を尊重すると、人気がない部署はどんどん人材が流出して、人気がある部署は流入することになり、会社全体としての人員配置のバランスが崩れそうな気がします。それは、人事として問題視していないのでしょうか?

美濃 

ずっとモニタリングしていますが、意外にバランスが取れています。最初は採用できればうれしいけれども、引き抜かれたら困るということで、組織維持の為の輩出制限を決めていました。しかし数年モニタリングする中で、そこまで心配する必要が無いという機運が高まりました。

吉田   

野村では、毎回の社内公募で流出する部門と流入する部門が明確に分かれます。たとえば、特定の部署から公募に何人もが同時に手を挙げて、全員合格してしまうようなことが起きたりします。その結果、「何で合格させたんだ」と言う人や、「こういう制度は反対だ」とまで言う人が出てきます。

油布 

そういうことはどこでもありますよね。反対する人には、どのようにして納得してもらっているのでしょうか。

吉田    

会社として「明確な信念を持ってやっている」と話しています。また、「社内公募に手を挙げるような人がそのままそこにいたら、そのうちやる気をなくして辞めていく」ということも言い続けていますし、実際に退職予定者にインタビューするとそうした声が頻繁に聞こえてきています。ただ、現実にも向かい合わないといけません。「社内公募制度などはなくすべし」という声を少なくし、社内公募制度を継続していくために、社内公募のタイミングを工夫しました。具体的には、4月1日付で社内公募をやると、だいたい誰がどこの部門のどの部署から出ていくのかが事前に分かりますから、人数が減る部署には社員のキャリア・デザイン・シートの記載を参考に4月1日付の定期異動として部門内の要員調整を並行して検討するという仕組みです。

油布

部門内で要員調整するわけですね。

吉田 

そうです。もちろん部門を跨いだ要員調整もなくはないですが、社員のほうも、部門内の異動は普通にあり得るという前提で入社してきているうえ、キャリア・デザイン・シートにおいてもこうした部門内の異動を排除しない、むしろ希望する社員はなお多いです。そこで、部門内のローテーションのタイミングと、社内公募の合格・異動のタイミングを合わせるようにしました。そうした大規模な4月1日付の社内公募とは別に、通年の社内公募も行っています。そちらはスキル要件をかなり特定したものに限定しているため、結果として特定の本社部署間の異動がメインとなり、業務運営に支障が出にくいように設計しています。

異動のネガティブイメージを変える丁寧なコミュニケーション

美濃   

パーソルはM&A で大きくなっている会社なので、ステークホルダーがたくさんいますし、会社によってそれぞれ文化も違います。また、当時はトップの一声で強引に進めることも出来ませんでした。そこで、組織に事業棄損が生まれるほどの人員輩出がある場合は経営判断で制御できるというルールを設けました。社員にも、組織維持をする上で特別な配慮が必要と判断された場合は異動見送りになる可能性がある旨、開示しました。このルールは徐々に制限を緩め、現在は撤廃しています。

吉田 

なるほど。公募に合格しなかった社員は、「自分はその上限制限に引っ掛かったから駄目だったんだ」と思うかもしれませんね。

美濃 

そういう仕掛けです。さらに、新規で買収した会社や経営統合したばかりの会社は、過剰な輩出をおさえるため、輩出の上限を設定できるようにしています。特に20人~30人という小さな会社は1人抜けるだけでインパクトが大きいので、こういった仕組みをうまく活用しながら制度運用しています。最初はみんな、疑心暗鬼だったと思います。でも、実際にやってみたら、適度にバランスが取れている。ですから、今ではどんどんルールを撤廃して、よりフリーにしていく方向性で進んでいます。

油布   

公募制を活用しての人材配置という施策はフェアで非常にいいと思います。一方で、公募に不合格だった人へのフォローが気になります。「政策的に駄目だった」とか、「今回はニーズに合わなかった」といった話は、上手に説明しないと本人にきちんと伝わらないような気がしますが、ど のようにフォローされているのでしょうか。

対談

吉田 俊哉氏(写真左) 美濃 啓貴氏(写真中央) 油布 顕史(写真右)

美濃  

パーソルはかなり密に、丁寧にフィードバックしています。「今回はご縁がなかったけれど、こういう経験を積んでくれたらあり得るかもしれない」と言うだけでなく、「違う事業のこういう仕事にチャレンジしてみてはどうか」というようなアドバイスもします。

吉田 

そういったフォローも人事が担当するのでしょうか?

美濃 

選考した側の面接官 ( 管理職 ) と人事が対応しています。人材はグループ全体の資産なので、お互いにフォローし合う形です。ただし、輩出元の人事は基本的に関わらないことになっています。

油布 

フィードバックは、受入れ側の事業部長と人事が「こういうことにしよう」と相談してフィードバックするという感じなのでしょうか。

美濃   

基本的にはそのポリシーでやっています。「グループの社員のため」という目的の元、各社の人事で丁寧にチェックされたフィードバックコメントが、対象となる社員に必ず届く仕組みになっています。

吉田   

漏れなく全員にフィードバックをするのは、理想的だと思います。不合格者に対してフィードバックを行うことで、その後の社員の能力開発やエンゲージメントを高めることもできますし、別のポジションを紹介することも可能になりそうですね。当社では現状は限定的なフィードバックになっているため、パーソルさんのお話を参考にフィードバックをさらに充実していきたいと思います。

人事、コンサル、シェアードサービス、会社により異なるHRBP の役割

油布 

最近、日本企業でも事業部門の成長を人と組織の面からサポートするHRBP が注目されています。HRBP は事業のことを理解し、事業部のニーズにスピーディーに応えなければなりません。一方、人事領域に特化した経験の長いHRBP は場合によっては事業部の短期的利益のために「都合よくつかわれてしまう」とも言われています。

吉田

野村の場合、日本国内の HRBP には、HR 経験の長い人と、ビジネス出身の人がいて、割合は半々くらいです。日本ではまだ HRBP という役割が発展途上で、戦略アドバイスには、人によってかなり差があります。部門長が HRBP から戦略アドバイスを求めたいとき、事業部から来たHRBP の方がビジネス前提の理解は早く、壁打ちの相手としての役割を通じた問題発見は得意ですが、HR としての高度な専門性を活かした解決策の提示や正確なプロセス処理となると難易度は高くなってしまうかもしれません。一方、HR 経験の長いHRBP は、逆に専門性を活かした具体的な解決策の提示や正確なプロセス処理は得意かもしれませんが、ビジネス環境の深い理解を前提とした問題発見のサポートとなるとハードルが高くなってしまう面もあります。

一方で、当社の海外拠点の HRBP は、特定のビジネス領域に特化したHR 経験も長く、HR としての専門性とビジネス理解のバランスが取れた人材が多く、ビジネス部門のヘッドとも対等に会話ができています。シニアなHRBP になると、ビジネス部門の責任者のすぐ隣の部屋に座席をもっていて、部門の戦略的な会議にも当たり前に参加するという感じです。

油布 

パーソルではどうでしょうか?

美濃 

パーソルグループにはホールディングス内にグループ人事の機能があり、また、その下の事業の階層にも事業ユニットごとの人事がいます。さらに事業傘下の個社にも個社人事がいます。社員が5,000人くらいいる会社の場合は事業人事もありますが、だいたいは個社人事の単位で採用、評価、管理、育成、労務を担います。そのあたりは野村ホールディングスさんの HRBP とはかなり違うような気がしますね。

油布 

人事というと、従来は本社が全部仕切っていました。今、HRBP と呼ばれているのは事業部のビジネスに人事の観点で貢献できる人です。HRBP の要員配置は、人事部門の人に事業部へ行ってもらう場合と、事業部出身の人に人事の知識を得てもらう場合の2パターンがあります。

美濃

パーソルは後者です。事業部出身者に人事を学んでもらいます。

吉田 

御社ではいろいろな会社を買収していますが、そのすべてを見る人事の方が本社にいて、彼らが個社の人事に関することをシェアードサービス的に提供しているのでしょうか。

美濃  

そうです。ペイロールやタレントマネジメントシステム、人事データベースなどのサービスをグループ人事が提供しています。また、人事的なトラブル発生時や、人事制度変更時は、労務室がサポートします。私が直接的に見ているグループ人事とは、人事コンサルの機能、労働政策の監督する機能、ペイロールシェアード機能をすべて兼務するような位置づけになります。

吉田   

買収した会社は、一緒のグループになっても、就業規則もシステムの設計なども違いますよね。美濃さんは、そこを擦り合わせていく立場という感じでしょうか。

美濃

そうです。やっていることは PMI(Post  Merger  Integration)ですね。1 年に2つから3つは会社の合併があるので、サブコンサル的に制度統合をサポートするようなこともしています。

吉田

その際、個社ごとに戦略的な部分も残していらっしゃるのでしょうか。

美濃

はい。採用も評価も、各社にダイレクトにやってもらっています。育成はグループ研修と、事業ユニットや個社の研修がありますが、全体で共通するような研修や新任管理者の研修、選抜型の交流研修などはグループで提供し、実務研修は個社ごとに実施しています。

吉田

その際、個社ごとに戦略的な部分も残していらっしゃるのでしょうか。

美濃

はい。採用も評価も、各社にダイレクトにやってもらっています。育成はグループ研修と、事業ユニットや個社の研修がありますが、全体で共通するような研修や新任管理者の研修、選抜型の交流研修などはグループで提供し、実務研修は個社ごとに実施しています。

ステークホルダーの拡大とともに変わりゆく「人事」という仕事

油布

従来の人事部門では、オペレーションを安定的に運用できる人が優秀だとされていました。でも私は、今の人事部門に必要な人材とは、自分で問いを立て、それを経営層に提案できる人ではないかと思っています。そこで最後に、今後、人事部門をどういうふうに強化すべきか、あるいは人事部門のあり方についてお聞かせください。

吉田

オペレーションは変わらず大事なことです。たとえば社員に給料が支払われない、評価が正しくないといった人事のミスの影響はとても大きいものです。ですから、オペレーションを「正確に」行うというところは変わりません。そのうえで、人事部門のアドバイザリー能力を強化すべきだと思っています。理想は、HRBP の全員が人事にもビジネスにも詳しくて、どちらに関してもアドバイスができ、その結果、会社の企業価値が高まっていくことです。

油布

ありがとうございます。美濃さんはいかがでしょうか。

美濃     

私は、経営パートナーでありなが ら、ものすごく社員思いでもあるという形 を目指していきたいと思っています。ギリ ギリの選択を迫られたら、経営陣に応える のではなく、社員のためになることをやろ うというのが、自分のなかではずっと決め ていることですね。これは、私がCHRO に なった時に、当時の社長で現会長の水田 に言われたことでもあります。「美濃、1つ だけ忘れるな。おまえの客は社員だぞ。事業部長でも役員でもない。おまえが社  員のために『これがいい』と思ったことをや れ。経営陣が言うことは無視しろ」と。実 際にはいつもバランスを取っていますが、迷った時には社員を取ると決めています。人事は、給与計算や法令順守だけでな     く、労務担当のような業務もやらなければいけません。社員に対しての見方は、採用や人材開発の人が見ている社員と、人事労務をやっている社員とではだいぶ違います。人材をうまく循環させることができれば、より社員を、事業を愛せるようになるのではないかと思っています。

吉田

投資家の観点も重要です。投資家が期待しているのは、優秀な人が集まって、育って、彼らがいきいきと働いて、成果を残し、もっと大きい仕事をやり、もっと優秀な人が集まるという好循環を持続し、強化していくことだと考えています。HR のクライアントは、確かに社員、課長や部長、経営層ですが、結果として会社が良くなっていることを投資家にも理解してもらう必要があります。このことも、今後は大事になってくると思います。

油布   

これからの人事は、対象となるステークホルダーがどんどん増えていくことを想定して貢献できる価値を考える必要がありますね。社員がいて、事業部、経営層、投資家と増えていって、仕事のスピードが上がり、多様化する。舵取りが大変ですが、人的資本経営を推進する中核としてやりがいのある仕事だと思います。本日はありがとうございました。