都市に期待される新たなコネクティビティの選択肢 ~自治体や民間事業者に広がるOpenRoamingとは

都市におけるコネクティビティの現状と課題を整理したうえで、5GやLTEを補完して比較的低コストで自由に高速通信エリア化を実現する新たな規格としてOpenRoaming対応Wi-Fiを紹介し、今後の展望について考察します。

都市のコネクティビティの現状と課題を整理し、5GやLTEを補完する新たな規格であるOpenRoaming対応Wi-Fiについて今後の展望を考察します。

自治体が住民向けサービスをデジタル化したり、商業施設などの民間事業者が決済やポイントカードを電子化対応したりするなど、さまざまな局面でデジタルトランスフォーメーション(DX)が広がっています。住民や顧客との接点をデジタル化するにあたってはコネクティビティの提供が前提となります。自治体や事業者はデジタルサービスのビジョンを描くだけでなく、そのデジタルサービスを届けるためのコネクティビティ戦略を整理し、将来を見越した投資を選択することが不可欠です。
本稿では、都市におけるコネクティビティの現状と課題を整理したうえで、5GやLTEを補完して比較的低コストで自由に高速通信エリア化を実現する新たな規格としてOpenRoaming対応Wi-Fiをご紹介し、今後の展望について考察します。
なお、文中意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りします。

1.都市のコネクティビティにおける課題

現代の生活やビジネスにおいて通信サービス、つまりコネクティビティのない世界は考えられません。1990年代から普及しはじめた携帯電話はスマートフォンへと形を変え、通話やメッセージのコミュニケーションだけでなく、バーコード決済やタクシーの配車などさまざまな生活シーンでの利用が広がっています。
自治体が行政サービスのデジタル化に取り組み、住民および訪日外国人を含む来訪者の満足度を向上させるためにもコネクティビティは不可欠です。商業施設などを運営する民間事業者がデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組み、顧客体験の向上を目指す際にもコネクティビティが最初に求められます。従って、自治体や事業者がデジタルに関わるサービスを提供する際には、コネクティビティについても戦略的な検討が必要とされています。
都市のコネクティビティには、LTEや5Gといった通信キャリアが提供する通信のほか、有線、Wi-Fi、衛星、LPWA(IoT端末に使われる省電力広域ネットワーク)など多様な手段があります。そのなかでもやはり、LTEや5Gの活用が期待されるところですが、サービス形態によっては通信の冗長化も考慮する必要があります。なぜならば、大規模災害時に基地局の被災や電力供給の停止で電波が繋がらなくなるケースがあり、また、通信キャリアによる機器トラブルで電波が遮断されるケースもしばしば発生しているからです。
さらに、5Gの高周波数帯では、電波の伝搬距離が短い、見通し外に届きにくいといった特性からもエリア化しにくい不感地帯が増えています。携帯電話の加入者数が急速に伸びていた2000年代は、通信キャリアが積極的にエリア不感地帯に投資をしていました。しかし、加入者数の増加が頭打ちとなった昨今では、通信キャリアは投資対効果をシビアに見極める傾向が強まり、商業施設やビルなどでは事業者側の負担でエリア化しなければいけないケースが増えています。
こうした背景から、通信キャリアが提供しているLTEや5Gだけに頼らない、都市におけるコネクティビティの確保が期待されています。そういった通信の冗長化に加えて、比較的コストを抑えて自由に高速通信を実現する手段としてあらためて検討したいのがWi-Fiの活用です。

2.携帯電話よりも早い周期ですすむWi-Fiの進化

Wi-Fiは身近なテクノロジーとして家庭や職場で活用されている方も多いと思います。しかし、携帯電話がLTEから5Gへ移行することが大々的にアピールされる一方で、身近なWi-Fiではより早い周期で世代交代が起こっていることは見落とされがちです。
Wi-Fiは1990年代後半、米国電気電子学会(IEEE)による802.11の標準化から始まりました。当初は2Mbps程度の通信速度でしたが、2000年頃に普及しはじめた802.11a/b/g(Wi-Fi2、3)では通信速度が54Mbpsへと改善されています。
2009年頃から普及した802.11n(Wi-Fi4)は複数のアンテナを使って通信を高速化させるMIMO(Multiple Input Multiple Output)方式の採用で最大通信速度が300~450Mbpsまで向上しました。
この802.11n(Wi-Fi4)の登場は携帯電話のLTEが展開されたタイミングでもあり、LTEの基地局が十分ではないなか、通信キャリア各社がLTEのエリアを補完し、データオフロードするために‟キャリアWi-Fi”を各地に設置しました。
また、同じタイミングでインバウンド対策として公衆Wi-Fiの重要性が注目され、各地の自治体も公衆Wi-Fiの設置を始めました。この2010年代初頭に設置された公衆Wi-Fiのアクセスポイントの多くがWi-Fi4の規格となっています。
2014年頃から802.11ac(Wi-Fi5)が登場します。端末ごとに複数の信号波を送るMU(Multi User)-MIMO方式が採用され1Gbps以上の通信速度を実現することができるようになりました。MU-MIMOにより同時に複数端末で同じアクセスポイントのWi-Fiを使用してもスピードの低下が起こりにくくなっています。現在、高速通信をうたうインターネットプロバイダーから提供されている家庭用Wi-Fiルーターの多くは802.11ac(Wi-Fi5)です。
2019年頃から普及し始めたのが802.11ax(Wi-Fi6/6E)で、MU-MIMOの改善を加え理論上の最大通信速度は9.6Gbpsとさらなる高速通信が実現されています。
さらに、2024年から本格普及が見込まれる802.11be(Wi-Fi7)では、MU-MIMOがバージョンアップし最大通信速度は40Gbps以上となります。8KビデオストリーミングやAR/VRゲームなどが快適に利用できるようになることが期待されます。
このようにWi-Fiは、10年に1度世代交代が行われてきた携帯電話以上に規格のアップグレードが早い周期で行われていますが、その便益を得るにはWi-Fiルーターの更改だけでなく、スマホやパソコンなどの端末側もその規格に対応したものへと買い換える必要があります。
家庭ではパソコンを買い換えることはあってもWi-Fiルーターはよほどのトラブルが発生しない限り、プロバイダー契約をしたときのまま利用されているのではないでしょうか。一般的なインターネット利用であれば802.11n(Wi-Fi4)以前の規格でも大きな不便は感じないかもしれません。
しかし、都市のコネクティビティという観点に立った時、自治体や事業者が提供する公衆Wi-Fiについてはネガティブな印象を持たれている方も多いようです。

3.公衆Wi-Fiが抱える課題

今では一般的となった公衆Wi-Fiですが、スマートフォンがなかった2000年代はノートパソコンで作業をする人のためにごく一部で展開されているだけでした。
本格的に公衆Wi-Fiが広がったのはスマートフォンが普及し始めた2010年代であり、当時設置されたアクセスポイントで耐用年数を超えたものが現在も多く残されています。公衆Wi-Fiには以下のような3つの課題が挙げられます。
1つ目の課題は通信速度です。先に記載したとおり公衆Wi-Fiで未だ多くみられる802.11n(Wi-Fi4)はMU-MIMOに対応していないことからも、人が集まる場所では通信速度がかなり遅くなるケースがあります。外出中にスマートフォンのインターネット接続が遅くなったと思ったら公衆Wi-Fiの電波を掴んでいたという経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
2つ目の課題はセキュリティです。公衆Wi-FiのなかにはSSID(接続可能なネットワークないしサービス)を選択するだけでパスワードなしで接続できてしまうものがあります。また、レストランなどでWi-Fiパスワードを壁に貼り出しているケースがあります。攻撃者が同じパスワードを付けた偽のアクセスポイントを設定した場合に、偽物のSSIDとの区別がつかず誤って悪意のあるSSIDに接続すると通信が盗聴されてしまうことになります。また、通信自体がWPA2または3(Wi-Fi Protected Access)という暗号化技術で保護されていない場合も盗聴の危険性があります。
3つ目の課題は利便性です。多くの公衆Wi-Fiでは接続する際にメールアドレスやSNSのID等で認証するキャプティブポータルと呼ばれる画面に誘導されます。場合によっては30分ごとに認証を求められるケースもあります。また、公衆Wi-FiのSSIDを選んだのにキャプティブポータル画面がなかなか開かず、インターネット接続までに時間がかかってしまうケースや、ログイン画面に辿り着けずに利用を断念するケースも、多々見受けられます。ネットワークの悪用を防ぐために利用登録が必要な公衆Wi-Fiの場合、利用者は行く先々で登録操作が必要になり、利便性が大きく損なわれます。
通信キャリアによるデータ大容量プランが普及していることもあり、携帯電話の電波が繋がる場所では公衆Wi-Fiを掴まないようにWi-FiをOFFにする方もいるのではないでしょうか。公衆Wi-Fiが抱える課題のうち、スピードの問題はアクセスポイントの最新化や光回線の敷設によって解決されますが、セキュリティや利便性の課題の解決策として期待されるのがOpenRoamingというWi-Fiの新しい認証規格となっています。

4.OpenRoamingの仕組み

OpenRoamingはシスコシステムズ社によって開発されたWi-Fiのローミングの仕組みで、2020年の春にWBA(Wireless Broadband Alliance)へと移管されました 。
WBAはシームレスで相互運用可能なWi-Fiのサービス体験を推進する世界的な組織であり、OpenRoamingも特定の事業者のメリットに偏らない中立的なサービスとして開発が進められています。
ユーザーはOpenRoaming対応のWi-Fiアクセスポイントであれば世界中どこでも自動的にインターネットへ接続することができます。接続のたびにパスワード入力を求められたり、キャプティブポータルによる認証を行なったりする必要がありません。
OpenRoaming対応のアクセスポイントは、OpenRoamingの認証連携基盤に接続されている必要があります。この接続は、Wi-Fi事業者などの信頼できる組織のみに認められているため、OpenRoamingのネットワークは信用できるものといえます。また、WPAの暗号化技術が使われているため、ユーザーは安全で安心できるWi-Fiに自動的に接続される非常に利便性の高いコネクティビティと言えます。
自治体や事業者がOpenRoaming対応Wi-Fiを提供するためには、IEEE802.11u(Passpoint1/Hotspot2.0)に対応した無線LANアクセスポイントに更改する必要があります。また、ユーザーの端末もPasspointに対応している必要がありますが、最近の端末の多くは、既にPasspointに対応したものが主流になっています。OpenRoaming対応Wi-Fiの設置にあたってはこれらの技術を理解し、設定が可能なWi-Fi事業者のサポートが必要になります。
一方、ユーザー側はOpenRoamingのプロファイル(ID・パスワードや証明書をまとめたデータのこと)をパソコンやスマートフォンにあらかじめ設定しておく必要があります。例えば、次章でユースケースとして紹介する東京都のTOKYO FREE Wi-Fiでは、都民であるかどうかに関わらず利用できるプロファイルを提供しています。通信キャリアのWi-FiアプリがOpenRoamingに対応しているケースや民間事業者がプロファイルを提供するケースも登場しています。基本的にこれらのプロファイルは無料で提供されており、一度設定すればその後は同じ端末であれば永続的に利用できます。
米国の一部の通信キャリアではあらかじめSIMにOpenRoamingの設定が組み込まれており、韓国の大手スマートフォン端末メーカーでも端末出荷時点でOpenRoamingの設定が施されたものがあります。
このようにOpenRoaming対応Wi-Fiの提供者側も利用者側も初期的な対応が必要です。クレジットカードの加盟店(使える場所)とカード保有者(使える人)の関係のように、OpenRoaming対応Wi-Fiも、アクセスポイント(使える場所)が広がることでプロファイルを設定した端末保有者(使う人)が増え、使う人が増えることで使える場所が増えるというポジティブフィードバックが働くようになると、今後の広がりが期待できます。

1.PasspointとはWi-Fi Allianceによって定められた認証・接続を簡便かつ安全に行えるようにする規格です。Passpointに対応したアクセスポイントでは、ユーザー端末は接続可能なネットワークを自動で検出し選択します。

5.都市におけるOpenRoamingのユースケース

OpenRoamingはまだ登場して数年の規格ではありますが、国内外で次々とユースケースがうまれています。
東京都は、2023年3月末に都内の公衆Wi-FiであるTOKYO FREE Wi-FiをOpenRoamingに対応させることを発表しました 。2
この発表と同時に、ユーザーが設定可能なプロファイルの無料提供も開始しています。その後に発表された「つながる東京」展開方針では2025年までにOpenRoaming対応Wi-Fiを都有施設1,300施設へと広げることや都内の区市町村が提供するWi-FiのOpenRoaming対応を支援することも発表しています。今後、都内ではいたるところでOpenRoaming対応Wi-Fiが使えるようになると期待されます 。3
札幌にあるIKEUCHI GROUPでは、2023年7月に複合施設「IKEUCHI GATE」にてOpenRoaming対応Wi-Fiを提供することを発表しました。当施設の無料のアプリからもOpenRoamingのプロファイルを設定することが可能です。また、商業施設だけでなく、近隣大学等との包括連携により地域社会との連携が掲げられていることも特徴です 。4
国外のユースケースとしては欧州のスーパーマーケットの事例が参考になります。このスーパーのチェーン店舗の中には携帯電話のLTEが繋がりにくい場所があり、OpenRoaming対応Wi-Fiを導入することでポイントカードアプリの提示など顧客体験が向上したということです。また、欧州の個人情報保護規則であるGDPRに配慮した形で顧客のOpenRoaming接続データを活用することで、来店頻度や来店時間の分布の分析にも活用されています。

2.自治体初 OpenRoaming活用Wi-Fi開始
3.「つながる東京」展開方針・3か年のアクションプラン
4.札幌学院大学・IKEUCHI GROUP・株式会社Local24 三者による「OpenRoamingサービス」での包括連携協定締結について

6.OpenRoamingの課題

ユーザーにとっては非常に利便性の高いOpenRoaming対応Wi-Fiですが、Wi-Fiを提供する自治体や事業者にとっては若干の課題もあります。
最初の課題として、OpenRoamingの認知度が高くないため、アクセスポイントの設定を理解したWi-Fi事業者が少なく、また、対応するWi-Fiルーターの機器も限られていることが挙げられます。日本ではOpenRoamingへのハブとなるCityroamに参加している事業者がOpenRoamingの普及に向けた活動を行っています 。5
2つ目の課題としては、パスワードやキャプティブポータルが不要であるというユーザーにとっての利便性が、逆にWi-Fiを提供する事業者にとってはデメリットになるケースがあることです。路面店などで帯域の狭いWi-Fiを提供する場合、自社の顧客以外の方が接続して動画サイトなどを閲覧すると自社の顧客が快適にWi-Fiを使用できなくなるかもしれません。また、キャプティブポータルで認証することで、顧客を自社のホームページに誘導していた事業者にとっては、この認証がなくなることをネガティブ要素と捉えるケースもあります。なお、OpenRoamingでは、自動接続された利用者をいかにして店舗などのポータルサイトに誘導するのかという、動線確保の課題が認識されており、将来的にこのデメリットが解消されるような開発が進んでいます。
3つ目の課題は接続データの活用の在り方が未整備であることです。欧州のスーパーの事例でも挙げましたが、IDを使って接続するOpenRoamingでは、データ利用について顧客の同意が得られた場合に限られますが、顧客の詳しい行動解析(トラッキング)やデータの活用が期待できます。データ活用で顧客(住民)理解が進むということは自治体や事業者にとって理想の姿ですが、プライバシーの保護の関係もあり、どのデータをどこまで活用して良いかは、ユーザーも巻き込んだ議論が今後必要とされるでしょう。

5.Cityroam

7.今後の展望

本稿では、自治体や事業者がデジタルを活用したサービスを提供するにあたり、通信キャリアだけに頼らないコネクティビティ戦略が必要であること、そのコネクティビティの1つとしてWi-Fiの活用の可能性を紹介しました。
都市のコネクティビティにおいても、災害対策や光回線が届かないエリアでは衛星通信を活用し、IoTなど低容量の通信でよい場合はLPWAを選択するなど、必要とするサービスや利用シーンによって選択するコネクティビティは異なります。
そのなかでもOpenRoaming対応Wi-Fiは5Gやその後に控える6Gを補完するコネクティビティとして今後広がっていくものと見込まれます。その過程では、Wi-Fiを自社の顧客を囲い込むためのサービスとするのか、それとも地域や自店舗を誰もが快適に過ごすためのホスピタリティサービスにするのか、「競争と協調」の両軸での検討が求められるでしょう。
また、OpenRoamingでは提供施設のWi-Fiがシームレスに繋がるため、民間どうしの協調だけでなく、自治体と事業者の官民連携により面的にOpenRoaming対応Wi-Fiのエリアを広げ、便益をうけるユーザーを増やしていく営みも増えるのではないでしょうか。
通信キャリアによる‟キャリアWi-Fi”は、LTEの普及により一定の役割を終えたとして撤去される拠点が増えています。そのようななか、多くの自治体や事業者では2010年代に設置した公衆Wi-Fiの老朽化したアクセスポイントを更改するかどうかの投資判断に迫られています。
自治体や事業者は、デジタルによって提供したい住民体験や顧客体験のビジョンを描くことに加えて、それを実現させるコネクティビティ戦略を整理した上で、さまざまなオプションのなかから今後の10年を見据えた投資を選択する必要があります。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 根岸 次郎

監修者

KPMGジャパン テクノロジー・メディア・通信セクター 
通信セクター統轄リーダー
KPMGコンサルティング
ディレクター 石原 剛

石原 剛

KPMGジャパン テクノロジー・メディア・通信セクター 通信セクター統轄リーダー ディレクター

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