近年、利用者のニーズを公共サービスへ適切に反映させるための手法の1つとして、「サービスデザイン」を適用することの重要性について言及されるケースが増えています。
2017年5月に閣議決定された「デジタル・ガバメント推進方針」では、「デジタル技術を徹底活用した利用者中心の行政サービス改革」の必要性と「サービスデザイン思考」を取り入れることの重要性について触れられており、2023年6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」においても、「1.利用者のニーズから出発する」旨の指針がサービス設計12箇条のうち第1条に掲げられる等、利用者のニーズを起点とした行政サービスを実現していくことの重要性が改めて強調された格好となっています。

本稿では、公共サービスにおけるデザインと市民参加の現状、ならびに、サービスデザインを適用する際のポイントを考察します。

1.サービスデザインとは

サービスデザインの定義

広辞苑では「デザイン」を「下絵。素描。図案」といった一般的な意味合いのほか、「製品の材質・機能および美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合造形計画」であると説明しており、デザインには、「検討・調整」といったプロセスが包含されていることがわかります。

また、経済産業省が公開したレポート※1によると、サービスデザインとは「顧客体験のみならず、顧客体験を継続的に実現するための組織と仕組みをデザインすることで新たな価値を創出するための⽅法論」であると説明しています。つまり、「デザイン思考」とは、元々デザイナーに見受けられる思考方法をビジネスや問題解決に応用しようとするものであり、「サービスデザイン」とは、デザイン思考を活用し、ユーザーの視点から顧客体験を見直す手法であると理解できます。

【デザイン・デザイン思考・サービスデザインの概要】

デザイン
  • 下絵。素描。図案
  • 製品の材質・機能および美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合的造形計画
デザイン思考
  • 元々デザイナーに見受けられる思考方法をビジネスや問題解決に応用しようとするもので、ユーザーへの共感を出発点として課題解決を行う手法
  • 著名な手法として、スタンフォード大学が体系化した(1)共感(2)定義(3)創造(4)プロトタイプ(5)テストの5ステップがある
サービスデザイン
  • 顧客体験のみならず、顧客体験を継続的に実現するための組織と仕組みをデザインすることで新たな価値を創出するための⽅法論
  • 著名な手法としては、書籍「THIS IS SERVICE DESIGN DOING サービスデザインの実践」※2において体系化された(1)リサーチ(2)アイディエーション(3)プロトタイピング(4)実装の4ステップがある
  • サービスデザインではデザイン思考を活用することで、ユーザーの視点から顧客体験を見直すが、デザイン思考のプロセスが「テスト」で終わるのに対し、サービスデザインでは「実装」を究極的な目標としている

サービスデザインが必要とされる背景

サービスデザインという手法が認知されはじめたのは一般的には1990年代以降と言われており、この頃よりWindows95をはじめとしたPCおよびインターネットが一般家庭に普及していきます。これにより人々はテレビや広告ではなく、能動的に情報を収集することが可能と なりました。

その後、2000年代にはスマートフォンが登場し、これを機にSNSが爆発的に普及することになりました。その結果、人々は企業や行政の発表や宣伝よりも、消費者であるユーザーの口コミ(推奨)を重要視するようになり、企業や行政はこれまで以上にユーザーと丁寧かつ頻繁にコミュニケーションをとる必要性に迫られました。また、複雑化・多様化するユーザーとのコミュニケーションを円滑に進めていくためには、サービス利用前後のプロセスにまで踏み込んで改善・変革していくことが必要であり、これがユーザー視点でサービスを見つめ直すサービスデザインが必要とされる背景と考えられます。

さらに公共分野においては、1990年代の公共事業拡大期から、公共事業の効率化がより一層求められるようになったこと、また、世界中で民主主義社会の信頼度が低下しているなかで、透明性を高めていくための取組みとして、意思決定プロセスにユーザーが参加する市民参加型の行政が求められるようになったということも重要なポイントであると考えられます。

【サ―ビスデザインが必要とされる背景】

  ~1990年代 2000年代以降
技術的要因
  • 情報技術の急速な発展(PC・インターネットの普及)により、人々は能動的に情報を収集することが可能となる
  • デジタル革命(スマートフォン・SNS等の普及)によりユーザー自身が体験を発信可能となる
経済的要因
  • 生産者・消費者中心のマーケティング
  • 製品自体がもたらす価値が重要
  • 人間中心のマーケティング
  • サービスによってもたらされる顧客体験が重要
社会的要因
  • バブル崩壊後の失われた10年
  • 公共事業拡大期
  • 社会課題・ニーズが複雑化
  • 行政の透明性が重要に
  • 公的支出の削減・効率化が求められる

2.行政におけるサービスデザインに必要な視点と動向

行政におけるサービスデザインに必要な視点として、(1)市民の視点に立ったサービスの見直し(2)組織横断的なサービスの見直し(3)市民との対話と共創、の3点について触れていきたいと思います。

(1)市民の視点に立ったサービスの見直し

行政サービスを市民の視点に立って見つめ直すことで、既存サービスの改善点の特定が可能となります。市民の声を収集する手法としては、世論調査、アンケート、インタビュー等のほか、SNSの投稿やネット検索等のビッグデータ活用が挙げられます。ビッグデータ活用では、膨大な生のデータをそのまま収集することに意味はなく、収集したデータの適切な解析、構造化・可視化によって、市民のニーズを正しく把握し、改善点を特定することが重要です。コロナ禍において、コロナやワクチン等の用語と組み合わせて検索されることの多いキーワードの特定により、市民が特に不安に感じている点を可視化し、広報施策に活用する自治体があったことはビッグデータ活用の1つの事例として共有したいところです。こうした手法は今後より一層、活用の機会が広がっていくものと考えます。

(2)組織横断的なサービスの見直し

行政組織の縦割り構造は、プロセス全体を見直す必要のあるサービスデザインにおいて非常に大きな障害となっていますが、引っ越しオンラインサービスを例とした「ワンストップ化」を推進していくことにより、こうした状況を打破していくための取組みが進められています。引っ越しオンラインサービスとは、引っ越しに伴うさまざまな諸手続きをオンライン上で、ワンストップで行えるようにしたものです。引っ越しに伴うサービスの提供者視点ではなく、利用者視点に立ってサービスの見直しを実施しています。引っ越しオンラインサービスでは、行政手続きだけではなく、民間手続きを含めた引っ越しに関する手続きのワンストップ化を推進していることから、まさに組織横断的なサービス改善の好事例であると考えられます。

(3)市民との対話と共創

市民のニーズは常に変化するため、対話や共創により、継続的にサービスを改善し続けていくことが重要です。前述の“サービス設計12箇条”のなかにも、「何度も繰り返す」という方針が記載されており、その重要性はすでに広く認知される状況となっています。
ここでは、市民との対話と共創を切り口に「アジャイル開発」と「市民参加型ツール」を取り上げたいと思います。

環境やニーズの変化に応じて柔軟に機能の追加・変更、優先順位の変更等を行うアジャイル開発は、何度も改善を繰り返す営みにおいて、欠かすことのできない手法の1つであると言えます。また、バルセロナで生まれた市民参加型ツールであるDecidim(デシディム)は、すでに日本でも複数の都市で活用が進んでいます。Decidimはオンライン上で多数の市民の意見を集め、議論を集約し、行政の施策に反映させていくための機能を有しています。このように、デジタルサービスの積極的な活用により、物理的な制約・制限にとらわれず、市民との対話や共創を実現する社会基盤の構築が進められていることは、近年の特徴的な動向であると言えます。

公共サービスのデザインと市民参加_図表1

3.行政においてサービスデザインを拡大していくためには

行政においてサービスデザインを適用していく際に必要となる視点について触れてきましたが、前述の(2)組織横断的なサービスの見直しと(3)市民との対話と共創に際しては、まだまだ多くの課題が残存している状況であると感じています。
本章では、残存する課題への対策として、(a)予算の一元的管理(b)トップの参加(c)市民参加のための環境づくり の3点に触れていきます。

(a)予算の一元的管理

通常の意思決定プロセスの範疇では各組織内でのサービス検討に留まってしまうことが想定されるところ、予算の一元的な総括・監督機能を強化し、関係予算の執行責任を集約することで個々の事務分掌を超えた組織横断的な検討を行う動きが加速するものと考えられます。デジタル庁が、各府省システムを含めた情報システム関係予算の一括計上による一元的な統括・監理を強化し、システムの統合・共通化、情報連携の推進など一連の改善を推進していることからも、予算の一元管理が組織横断的なサービスの見直しにおける1つの有効な手法であると考えます。

(b)トップの参加

行政において組織の縦割り構造が問題となる背景には、事務分掌および意思決定プロセスが厳格に規定されていることが挙げられます。こうした状況のなか、既存の枠組みでボトムアップにより組織の枠を超えたサービスの見直しを行うことは、実質的に困難であると言えます。市民の視点で組織横断的なサービスの見直しを検討していくためには、組織構造を超えたトップの参加、ならびにトップの明確な意思表示が非常に有効です。また、単に方針を示すだけではなく、施策に対する理解の促進や、支援体制の拡充を図るなど、トップが継続的に参加し続けることが肝要です。

(c)市民参加のための環境づくり

市民参加のための環境づくりに際しては、市民参加型ツールの導入以前に市民の参加意識の向上を図ることが重要です。バルセロナ市民はもともと市政に対する関心が高かったことから、市民とのコミュニケーションツール(Decidim)を導入することで大きな効果が発現しましたが、市政に対する関心のないなかでのツール導入は有効ではありません。まずは市民参加が当たり前となる環境を作っていくことが肝要です。そのためには、たとえば公園や水辺の活用方法など、市民との関わりや愛着の湧きやすい身近なテーマから参画を求めていくなどの取組みを推進していくことが必要と考えます。

※1:経済産業省 「我が国におけるサービスデザインの効果的な導入及び実践の在り方に関する調査研究報告書(詳細版)」
※2:「THIS IS SERVICE DESIGN DOING サービスデザインの実践」(ビー・エヌ・エヌ新社、編著:マーク・スティックドーン、アダム・ローレンス、マーカス・ホーメス、ヤコブ・シュナイダー)

※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 齊藤 泰洋

公共分野におけるデジタル化の潮流

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