イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が始まって約1ヵ月が過ぎました。現状では収束に向けた道筋は見えず、周辺国に影響が広がる恐れも残ります。企業は長期の混乱も見据え、情報収集力の強化など危機への備えを今一度見直す必要があります。

1.企業の動向

商社など現地拠点を持つ日系企業は武力衝突を受けて、ただちに従業員の国外避難を決めています。2023年10月10日の日本政府発表によると、日本人が勤務する現地企業30社弱のうち、「ほとんどが退避しているか、退避を予定」しています。

JETROが同月17日に現地日系企業22社に従業員の退避先を訪ねたところ、日本のほか英国、オランダなどの名前が挙げられました。イスラエル拠点は欧州拠点の傘下となっている例が多く、距離や時差の観点からも退避先として選びやすかったと思われます。イスラエルへの出張を当面見送る企業も出ています。

世界の多国籍企業の動向に目を向けると、現地従業員に在宅勤務を求める動きが見られます。研究開発拠点などの従業員を在宅勤務に切り替えるなどして、砲撃の危険が続くなか、工場や研究拠点などに多数の社員が集まるのを避けているものと思われます。
店舗休業や企画のキャンセルといった判断も広がっています。イスラエル国内全店舗を一時的に閉める対応や、テルアビブで予定していたイベントの中止、航空会社による欠航も相次いでいます。

2.今後懸念されるビジネスへの影響

今後の事態の推移は極めて見通しにくいと言えるでしょう。衝突は数ヵ月続くとの分析もあるほか、武力衝突が周辺国にも広がり、中東の広範囲が不安定になる恐れもあります。

衝突が長引けば、イスラエル発で世界経済に悪影響が広がる懸念があります。その場合、影響が大きいと見られる分野の1つが、電子部品などのハイテク分野です。イスラエルは先進的なスタートアップを多数抱え、同分野は国民総生産(GDP)の2割近くを稼いでいます。現地従業員の確保も今後は難しいことが想定され、ビジネスの停滞のリスクがあります。また、人道的な観点から、関連事業への国際的な世論の変化も見逃せません。さまざまな観点から、日本企業を含む世界の提携先との事業計画の見直しを余儀なくされる可能性にも配慮が必要でしょう。

ロシアとウクライナの武力衝突が始まった2022年以来エネルギー価格が不安定になっていますが、今回の衝突を背景に相場が高騰する懸念もあります。産油国からのタンカーが通る重要な航路であるホルムズ海峡は、有事に際して危険性が高まり、航行が滞る可能性があります。

3.リスク管理活動の見直し

こうしたなか、中東に関わりを持つ日本企業はまずインテリジェンス体制を改めて点検することが肝要です。事業責任者や現地責任者等の情報ニーズを把握したうえで、中東各国政府や紛争の動向について、欧米メディアのニュースだけでなく、中東発の情報にもアンテナを張るべきでしょう。政府等の動向だけではなく、多様な国際的世論をも注視する必要があります。現地子会社が情報収集を担当する場合は、日本との情報共有の頻度や共有項目、日本側の担当者、経営陣に情報を上げる基準なども決めておくことが重要です。

中東を含む海外社員の安全確認マニュアルもあいまいな項目を解消しておくべきです。邦人従業員の家族を含めた退避先、退避基準、手当、現地従業員の安全確保方法など確認事項は多岐にわたります。また、その内容に基づくシミュレーションを通じた認識共有も重要です。
調達部門はサプライチェーン全体を見渡し、供給不安が起きやすい原料・部品を今一度洗い出すことが推奨されます。事態の推移によってはコストよりも安定供給を優先して調達先の多元化や切り替えも進める考え方もあります。また、紛争や人権侵害の発生・継続に加担することになっていないかとの視点でサプライチェーンを見直すことも肝要です。

重要なのが経営陣によるリスク管理です。周辺諸国への武力衝突の拡大、原油タンカーのホルムズ海峡航行困難などのシナリオを順に検討し、収益への影響度や事業撤退・縮小を含めた対応方針を精査する必要があります。事態急変までに起きる予兆事象も、現段階でできるだけ列挙しておき、予見可能性を高める努力が求められます。
また、事業継続等の経営判断においては、収益だけではなく、ステークホルダーの声を踏まえた人道的な観点も欠かせません。

事態が緊迫すれば経営陣は経営企画、人事労務、調達、生産販売、現地拠点などから迅速に情報を集め、連携を促す必要があります。部門間の調整にあたるチームや担当者の設置など、有事対応力の向上は今回の問題に限らずとも非常に重要だと言えるでしょう。

【リスク管理見直しのポイント】

視点 担当部門例 留意点
インテリジェンス体制 経営企画、現地子会社
  • 情報収集の体制・責任者の明確化
  • 本社と中東等の現地拠点における情報ニーズの認識共有
  • 情報ニーズに沿った情報取得・共有・利用プロセスの改善
リスクシナリオの分析 経営企画、リスク管理
  • 経営インパクトの大きい複数のシナリオと対応を想定
  • 収益のみならず、多様な視点を考慮
  • 予兆となる事象を整理
  • 重要リスク・対策に関する経営陣との認識共有
海外役職員の安全確保 人事労務、リスク管理
  • 家族も含めた退避先、方法、手当などの点検・文書化
  • シミュレーションを通じた認識共有
重要物資の安定的供給確保 調達・購買
  • 重要サプライヤーの精査、要注意原料・材料の把握
  • 安定供給重視の視点を踏まえた調達の見直し
  • 人権視点での見直し
  • リスクシナリオ分析を踏まえたBCPの見直し
有事の部門間連携 経営企画、リスク管理
  • エスカレーションプロセス・危機対応体制の明確化
  • 平時からの連絡を通じて、危機時の連携を円滑化

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