従業員ウェルビーイング向上のための確定拠出年金(DC)制度運営の高度化

本稿は、確定拠出年金制度運営の高度化が必要な理由、高度化の方法と留意点について解説します。

本稿は、確定拠出年金制度運営の高度化が必要な理由、高度化の方法と留意点について解説します。

企業型確定拠出年金は、従業員自身が投資の選択を行う制度ですが、利用可能な運用商品ラインナップや委託先金融機関を選定するのは企業です。したがって、運用商品の品質が低い場合や利用している金融機関のサービス水準が低い場合、従業員のウェルビーイングを低める要因となります。優秀人材確保の競争激化や人的資本経営の推進といった課題に対応するためには、自社の確定拠出年金制度の課題検出や対応検討といったPDCAサイクルを導入し、制度運営を高度化する必要があります。

こうした取組みにおいては、運用商品選定をはじめ、確定拠出年金制度運営全般に広く関与する「運営管理機関」の業務品質を評価して必要な対応を行うこと、そして採用している運用商品の品質を評価して必要に応じた入替えを行うことなどが求められます。

本稿は、確定拠出年金制度運営の高度化が必要な理由、高度化の方法と留意点について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT

POINT 1
従業員の老後資金への関心が高まるなか、退職給付制度の柱の1つである確定拠出年金において良質な運用商品ラインナップを提供することは企業の責務であり、従業員のウェルビーイング向上において重要である。

POINT 2
現実には、企業の確定拠出年金に採用されている運用商品に問題があるケースが散見されており、そのような場合は運営管理機関との協議や商品の見直しなど何らかの対応が必要である。

POINT 3
従業員に対して適切な投資教育や情報提供を行うこと、運営管理機関のサービス品質を確認し改善を図ることも重要と考えられる。

POINT 4
取組みを進めるには、社内横断的なPDCAサイクルの確立が必要であり、外部専門家の活用も有効である。

お問合せ

Ⅰ なぜDC制度運営の高度化が必要か?

2001年に導入された確定拠出年金( 以下「DC」という)は、退職給付制度の柱の1つとして着実に普及が進んでいます。厚生労働省によると、2023年3月末の企業型確定拠出年金(以下「企業型DC」という)の加入者数は805万人で、確定給付企業年金( 以下「DB」という)の加入者数911万人に匹敵する規模となっています。資産額についても、2022年3月末において17.8兆円(DBの資産は6 8.1兆円)に達しており、民間サラリーマンの老後を支える制度としてその重要性が高まっています。

また、2017年に加入対象者が大幅に緩和された個人型DC( 愛称「iDeCo 」)についても、政府の積極的なPRやメディアなどでの露出増により、加入者数は296万人(2023年5月時点)となっています。

このように、民間サラリーマンにとって、老後資金に占めるDCの役割期待が高まっていることから、企業としても、激化する人材確保競争のなかで、優秀人材を確保するためのツールの1つとして企業型DCを有効活用したいところです。

1. DCにおける従業員満足とは?

ここで、企業型DCが人材確保ツールとして有効に活用されるにはどうしたらよいかを考えてみます。

企業型DCは、従業員自身が資産の運用方法を選択し、その運用結果を老後資金として受け取る仕組みです。ただし、従業員自身が世の中にある運用商品を自由に選択できるわけではなく、あくまでもあらかじめ用意された運用商品メニューのなかから商品を選ぶことになります。したがって、企業がDC制度に係る従業員満足度を高めるには、良質な運用商品をバランスよくメニューに組み入れることが重要となります。

また、この運用商品のメニューは、「運営管理機関」と言われる金融業者が選定し、かつ投資教育やコールセンター業務なども運営管理機関が担うことから、当該運営管理機関の業務品質が良好であることも重要です。

さらに、従業員には投資に精通した人もいればそうでない人もいるうえ、ニーズも異なるため、そうした多様な期待に応えることも必要です。たとえば、投資に精通した従業員は、より多様な運用商品を希望したり、一般の運用商品と自社DCのラインナップを比較して不満を持ったりすることがありますが、そうでない従業員はベーシックな投資教育や情報提供などに期待するかもしれません。

2. DC法における企業の責務

このような問題意識から、確定拠出年金法および関連通知などでは、DC制度を実施する企業に対して以下のような対応を求めています。前述したDC制度の特徴を踏まえて、制度の提供者である企業に対し、加入者利益に配慮して従業員満足を高める取組みを求めているというわけです。

  • 投資教育を加入時および加入後において計画的に実施すること
  • 運用方法について労使と運営管理機関が十分に協議検討を行って選定し、定期的に見直すこと
  • 運営管理機関について、もっぱら加入者の利益のみを考慮して、業務遂行状況を評価し、少なくとも5 年ごとに運営管理業務の委託について検討を加えること

3. DC商品ラインナップの問題点

しかし残念なことに、金融庁が2022年5月に公表した「資産運用業高度化プログレスレポート2022」では、企業型DCの課題として以下のような指摘がなされています。いずれも、DC制度において必ずしも最良の商品が組み入れられておらず、DC法が求める加入者利益への配慮が十分でないことへの懸念を示すものです。DC専用インデックスファンドについて、同じ内容の商品であっても手数料水準が異なる「一物多価」の状態が続いており、加入者の資産形成を阻害しないためには、DC組入れファンドの選別強化が望まれるDC専用アクティブファンドには、プラスアルファ( 市場ベンチマークを超える利回り)が実現できていない商品が多く、商品の選別が不十分である。そしてこれらの指摘は、金融機関や運用会社だけに向けられたものではなく、DC制度を提供するユーザー企業に対しても、商品選定能力を向上させることを期待する内容となっている点に注意が必要です。

4. 新しい資本主義と資産所得倍増 プラン

さらに、岸田内閣が打ち出している「新しい資本主義」や「所得倍増プラン」にもDC運営の高度化に関連する記載があることに注意が必要です。

これらの政策のなかには、従業員の資産形成支援の推進やiDeCoおよび企業型DCの運営改善などにも言及があり、日本国民の資産運用に対する関心を高める可能性があります。そのため、企業型DCにおいても、商品ラインナップの妥当性をはじめとする運営状況への関心が高まることが想定されます。

Ⅱ 何をどのように高度化するか?

DC運営の高度化を行うべき視点は数多くありますが、本稿では、特に重要と思われる「運営管理機関の評価・見直し」と「運用商品ラインナップの評価・見直し」に絞って解説します。

1. 運営管理機関の評価・見直し

ⅰ取組みの必要性

運営管理機関は、運用商品ラインナップの選定やモニタリングだけでなく、従業員教育やコールセンター対応といった従業員対応、そして掛金収納や投資先のスイッチングといったアドミ業務と、DC制度の運営のかなりの部分を担っています。これは、運営管理機関の業務品質が自社DCの運営品質に与える影響が非常に大きいことを示しています。一方で、運営管理機関の選定は企業が行うものであり、従業員が選ぶことはできません(この点はiDeCoとは異なります)。これを踏まえると、企業は、従業員の利益を代表して運営管理機関を選定する必要があり、そのことはDC法の要求事項でもあります。

ⅱ取組み方法

それでは、運営管理機関の評価はどのように行えばよいでしょうか?図表1は、厚生労働省からの解釈通知「確定拠出年金制度について」や関連団体の報告書等を踏まえてKPMGジャパンが整理した評価の視点です。このような評価の視点から、まずは現在契約している運営管理機関の業務内容・業務品質を点検することが考えられます。

しかし、現在契約している運営管理機関の業務品質が他の運営管理機関と比べてどうなのかを把握することは、ある程度の情報開示が進んできたとはいえ、入手できる情報には限りがあります。また、業務内容が専門的であることもあり、現状把握は容易ではありません。

そこで、たとえば複数の運営管理機関へのヒアリングによって現状の運営管理機関の業務品質を評価することも有用と考えられます。

また、こうした検討を行ったうえで運営管理機関を選んでいる旨を従業員に説明することで、企業がこの問題にきちんと対応していることを理解してもらうことも有益でしょう。

なお、実際に運営管理機関を変更する場合、一般に1~2ヵ月程度のブラックアウト期間( 投資ができない期間)が生じたり、商品の解約・再購入を要するといったデメリットが生じることがあります。これを踏まえると、既存の運営管理機関の業務品質評価を行った後、まずは当該運営管理機関と対話をして改善の申入れを行い、それが実現されない場合には運営管理機関を変更する、といった進め方がよいでしょう。

図表1 運営管理機関評価の視点

  領域 主な視点
1 運用商品選定 加入者の利益のみを考慮したものとなっているか(自社系列商品に偏っていないか/手数料が高くないかなど)
2 運用のモニタリング モニタリング内容、頻度、情報共有が適切か
3 加入者への情報提供 わかりやすさ、コールセンターの対応
4 ガバナンス・経営 リスク管理態勢、忠実義務への対応、経営状況
5 個人情報保護 法令等に準拠した管理体制やセキュリティ対策
6 投資教育支援 アドバイスの質、継続教育を委託している場合の対応
7 指定運用方法 適切なアドバイス、提示内容
8 手数料水準 他社と比べて割高でないか
9 サービス・その他 付随的サービスの質、コミュニケーションなど

出所:KPMG作成

2. 運用商品ラインナップの評価・見直し

ⅰ 取組みの必要性

前述した金融庁のレポートのように、自社のDC制度において質の良い商品が組み入れられていない場合、たとえば次のような問題が生じうると考えられます。

  • 従業員の運用成果が芳しくなく、想定した目標額に到達しないことへの不
  • 自社DCの商品の品揃えが世間のそれと

見劣りしており、会社や運営管理機関による商品選択が不適切であるとの不満その一方で、iDeCoは金融機関間の競争が激しいことから手数料が安く、品質の良い商品が多く提供されており、そのことがインターネットやメディアなどでも多く取り上げられています。このため、投資に関心の高い従業員はiDeCoと比較して自社DCの商品が見劣りしていることを認識し、企業の人事部等に改善を要求するケースも見られるようです。なお、米国では、DC制度に係る同様の状況から事業主の不作為を訴えるクラスアクション( 集団訴訟のようなもの)に至ったケースも少なくないようです。

企業としては、従業員からこうした申入れを受ける前に、自社が採用している運用商品の手数料水準や運用実績を定期的に確認し、質の悪い商品を良い商品に入れ替えることが望ましいでしょう。こうした定期的モニタリングの仕組みを通じて従業員の資産形成を積極的に支援することで、従業員からの信頼が高まることも期待されます。

ⅱ 取組み方法

運用商品のモニタリングは運営管理機関の業務の一部ではありますが、運営管理機関の活動を十分理解したうえで実効性ある対応を行うには、企業自身も運用商品の評価方法をある程度理解しておく、もしくは自らの目線で独自に評価を行うことが望ましいと考えられます。

具体的な評価方法としては、図表2のような枠組みが一般的と考えられます。これは、DBの運用商品評価でも一般に行われている枠組みですので、DBが併存する場合や以前あった場合は、そのノウハウを活用することも有効でしょう。

図表2 運用商品の評価視点

分野 評価の視点(例)
定量評価 収益率

✓ 市場ベンチマークや類似ファンドとの比較、および乖離理由の分析

✓ 絶対収益運用の場合、目標利回りや類似ファンドとの比較

手数料水準 ✓ 類似ファンドとの比較
定性評価 運営体制・リスク管理体制

✓ 運用会社の経営状況・財務状況

✓ リスク管理体制・有事対応

情報収集・分析体制 ✓ 市場分析や経済予測等の実施体制
運用体制・人材、移動状況 ✓ 組織変更や主要メンバー異動の状況
投資哲学・投資プロセス ✓ 運用ガイドラインの遵守状況
ディスクロージャー ✓ 目論見書や運用実績報告書の内容・質

出所:KPMG作成

Ⅲ DC運営高度化を図るための ポイント

最後に、DC制度運営の高度化を効率的かつ効果的に行うためのポイントを3点ほど挙げます。

1. 社内検討体制の整備

通常、DC制度の運営は人事部門が所掌していることが一般的と思いますが、運用商品の評価や投資教育などはむしろ財務経理部門のメンバーのほうが高い知見を持っていることが多いと思われます。そのため、社内での検討に際しては、人事部門が中心となりつつも、財務経理部門で資産運用などに通じたメンバーも加わった横断的体制で対応することが望ましいでしょう。その意味で、DBがある( あった)場合はその資産運用委員会等の知見も活用できると思われます。

また、従業員の志向や運用商品の状況、あるいは法令なども時間とともに変化することから、PDCAサイクルによる継続的なモニタリングと改善策の実施が重要となります。その意味でも、社内での組織作りは有効と思います。実際、「DC委員会」といった組織を設けている企業もあるようです。

2. 従業員ニーズの把握

DC制度運営の高度化を図っても、それが従業員のニーズに合致していなければ、従業員のウェルビーイングを高めることにはなりません。上記のPDCAサイクルを回していく際に、従業員ニーズを定期的に把握していくことも重要です。

具体的な把握方法としては、書面または社内システムによるアンケート調査が考えられますが、それ以外にも、運営管理機関から提供される各種レポート(たとえば、属性別に見た運用商品の選択状況や投資教育コンテンツの閲覧状況など)の分析も有益と思われます。

3. 外部専門家等の活用

前述の活動を実施するには資産運用や金融業界などの知識が必要です。これらを社内リソースによって確保するのが難しい場合は、運営管理機関への相談だけでなく、中立的・客観的な外部の第三者の知見を利用することも有益と思われます。

執筆者

あずさ監査法人
金融アドバイザリー事業部
枇杷 高志/パートナー