本連載は、日経産業新聞(2023年3月~4月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

衛星通信、地上と融合・再構築へ

情報流通量の爆発的な増加、それを支える社会インフラの1つが通信衛星です。電話やデータなど地上の情報を、人工衛星を介して送受信することを「衛星通信」と呼びます。現在、宇宙空間で稼働する人工衛星のうち6~7割を通信衛星が占めるとされ、宇宙産業のなかでも大きな存在となっています。
衛星通信の特徴は、地上の広いエリアに同時に通信を提供できる広域・同報性、災害の影響を受けにくい耐災害性などが挙げられます。これまで、主に放送や地上回線の利用が難しい自動車などの移動体や遠隔地との通信、災害時や一時的な需要急増に備えたバックアップ回線として用いられてきました。

衛星通信の需要拡大を受けて、通信衛星の技術革新が進んでいます。衛星本体や地上端末の小型軽量化、製造コストの削減、データ伝送の高速化・大容量化などです。さらに、衛星通信網と地上通信網の融合と統合、すなわち両社の「溶け込み」に向けた取組みが広がりつつあります。
一例が衛星電話です。衛星電話には現状、大型の専用端末が必要ですが、スマートフォンと衛星で直接通信できる「ダイレクト・トゥ・セルラー」を実現させようと国内外の通信事業者や衛星運用事業者等が動き出しています。
総務省のデータによると、日本の携帯電話の人口カバー率は99.9%を超えるが、面積カバー率はそれを下回っています。ダイレクト・トゥ・セルラーの実現には制度の整備や、アンテナサイズなど技術的課題をクリアする必要がありますが、近い将来、山岳地帯や離島、海洋など携帯基地局のエリア外でも専用端末を必要としない通信サービスの提供が期待されます。

衛星通信の一般化が進むなか、今後注目されるのが、「ハイパースケーラー」と呼ばれる、巨大データセンターを持つ大手クラウド事業者の動きです。クラウド上での通信網構築、高速通信規格5Gをエリア限定で使える「プライベート5G(または、ローカル5G)」を企業などが構築できるようになるなど、通信事業者とハイパースケーラーの能力の差が縮まりつつあります。
ハイパースケーラーが通信事業を営むには、基地局など基盤整備や周波数免許の取得といった障壁がありますが、その差を埋める一要素として衛星通信が使われる可能性があります。すでに一部のハイパースケーラーは衛星通信事業に乗り出しており、将来は世界各地のデータセンターやプライベート通信網同士をつなげて、グローバルな法人通信事業を営むような試みも想定されるでしょう。

通信事業者の収益源の中核は本業の通信に据えられていますが、ハイパースケーラーにとっては、通信はデータを自社エコシステム(生態系)に引き入れる手段に過ぎません。通信事業で利益が出なくてもエコシステム全体で利益を出せればよいとの考え方もできます。
ハイパースケーラーによる衛星通信事業の拡大は、通信業界にとって脅威となる可能性があります。今後はそうした新たな競争軸も交えながら、衛星と地上の統合的な通信インフラの再構築に向けた動きが強まってくるでしょう。

日経産業新聞 2023年3月27日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 倉澤 秀人

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