現在日本においては、医療機関や介護事業者等の間で医療情報や地域包括ケア情報を共有するEHR(Electric Health Record)と、個々人に健康情報や医療情報を還元し、予防や継続治療等につなげるためのPHR(Personal Health Record)の2つの情報ツールの運用が始まっています。限りある医療資源と厳しさを増す自治体財政のなかでもサービスの質を落とさずに医療介護供給体制を維持すること、また、できるだけ医療介護にかからない、もしくは重症化しない人を増やし、供給側と財政側の破綻を防ぐことを意図したものです。

一方、今後の医療介護は、人口減少による従事者の成り手不足と、患者数の相対減少および都市部への患者流出による医療介護費収入の減少から、医療介護機能・設備の維持が困難な状態となり、「いつでもどこでも」医療介護サービスを受けられる状況ではなくなっていくことが想定されます。
つまり、EHRやPHRにより患者・個々人にかかわる情報をいくら共有化しても、患者や個々人が望む医療介護サービスを受ける場所が制限される時代となり、この課題にいかに対応していくかを考える必要があるということです。
スマートシティは、これら今後の日本の医療介護の課題を解決できる手段を提供し、いわば日本の医療介護の最終形となる可能性があります。

1.EHRとPHRの現状

EHRは、公益法人や地域拠点病院が主体となって運営しているケースが多く、日本全国で約270※1の運営主体があると言われています。この運営主体数だけを見ると、たとえば転勤や引っ越し、旅行等により医療介護機関を変更しなければならなくなった場合でも、何もしなくても引き続き医療介護サービスが受けられるように感じますが、実態はそのようにはなっていません。なぜならば、約270ある運営主体間で情報が相互連携しておらず縦割り状態であること、かつ1つの運営主体に参加している医療介護機関が同地域にて開設・運営している医療介護機関総数の4割に満たないことなど、互換性・網羅性に課題を抱えているためです。この背景には、運用コストが参加機関側の負担として重くのしかかっていることに加え、各参加機関の病院情報システム・介護情報システムに対し追加で情報共有対応を行う民間事業者側に経済的なメリットがないことにあります。

一方、PHRは、上記EHRにおける互換性・網羅性の課題を解決することも視野に入れ、民間事業者を中心に近年急速に整備が進んでいます。ところが、PHRについても、自己健康管理用ツール(バイタル、食事・栄養、歩数・運動系)や健診情報管理ツール(母子健康手帳、健診データ自己管理)、医療情報管理ツール(電子版お薬手帳、検査画像データ管理等)などがありますが、これらの間での互換性がないことに加え、国が推進するマイナポータルPHR(医療情報、調剤情報、健診情報等の還元)についてもマイナンバーカードの普及率とマイナポータルの利用率・利用頻度に課題を抱えています。つまり、EHRの課題を解決できるものとなるか否かがまだわからない状態と言えます。

2.HL7 FHIRとスマートシティ

このEHR間、PHR間、EHR×PHR間の互換性については、現在厚生労働省で推進されている、HL7 FHIR(Health Level Seven International, Fast Healthcare Interoperability Resources)※2という医療情報交換のための国際標準規格が解決してくれるものとして期待されています。ただ、従来の標準規格同様、この技術の適用可否は民間事業者等の裁量にゆだねられており強制力がないことから、当該技術が日本において普及浸透するか否かは正直わからない状況です。すでにEHR自体は従来いくつかある標準規格を運営主体の実情に応じて取捨選択し運用されている状況ですが、結局のところ選択肢が1つ増えるだけではないか、という懸念が払拭できません。

以前から筆者は、スマートシティは、EHRやPHRが抱える運用上の課題を解決する社会システムの1つとなることが期待される、と言及してきました。スマートシティにより自治体が調整機能を発揮することで、究極的にはHL7 FHIRなどの標準規格以外のスマートシティ基盤との接続仕様を認めないようにし、また、スマートシティ基盤にEHR・PHRを統合することで運用費用を吸収して、参加機関の負担軽減と診療報酬加算等のメリットを真に享受できるようにします。このことにより同地域内の全医療介護機関の参画と運用の継続性の確保が実現可能となります。これでようやくEHRとPHRは患者・個々人にとって有効なツールとなり得ると言え、自治体のリーダーシップなしには、EHR・PHRの真の目的は達成し得ないと考えます。

3.今後さらに必要なのは地域でのリソース情報の連携

一方、今後の日本における医療介護供給体制を考えると、医療機能再編も追いつかないレベルで機能・設備の維持困難となる機関が増えてくることが想定されます。

スマートシティによる日本の医療介護の最終形_図表1

そのため、EHR・PHRがすべての医療介護機関の間で共有されるようになったとしても、患者や個々人が望む医療介護サービスを受けられるかどうかは断言できません。したがって、EHRやPHRの整備だけ進めても、医療介護の課題解決の手段としては片手落ちとなります。

スマートシティによる日本の医療介護の最終形_図表2

では、EHRやPHRの整備のほかに今後の医療介護体制の維持に必要となるものは何でしょうか。それは、医療介護機関内でのリソース情報(保有機能・設備やベッド稼働状況、患者の治療回復ステータス、医療介護従事者の技能状況や稼働状況)をリアルタイムで見える化し、かつ患者連携・地域包括ケアを形成する地域全体で共有・コントロール化することです。これにEHRとPHRを組み合わせ、その患者や個々人に対し必要な医療介護サービスを供給可能な医療介護機関へ、医療介護従事者と患者双方が移動し、継続サービスを提供できるようにする、これが有効な解決方法と言えるでしょう。

スマートシティによる日本の医療介護の最終形_図表3

各医療介護機関内にあるリソース情報を見える化し地域で共有・管理できるようにするためには、EHRやPHR基盤とは別の基盤が必要となります。また、各医療介護機関内のリソース情報を抽出するには、電子カルテ等のシステム設定が必要となりますが、現在はそもそも抽出できないか、抽出できたとしても特定の形式となり、さらに情報項目や粒度、抽出タイミング(時差)・抽出方法(セキュリティ)を統一する必要があります。そのため、技術面で相当ハードルが高いと言えますが、先に触れたHL7 FHIRが実はこの解決手段としても活用できる可能性があります。現在日本におけるHL7 FHIRに関する議論は、主に診療情報に焦点を当てているため隠れがちですが、実はリソース情報抽出との共有への活用が期待できます。

スマートシティによる日本の医療介護の最終形_図表4

当然ながら技術面だけでなく、EHRとPHRにおける課題と同様、リソース情報共有基盤についても運用面(普及・維持費用)は課題になります。また、そもそも各医療介護機関の経営に直結する情報であるため、情報セキュリティ面や心情的な部分など、EHRやPHR基盤を実現する以上の多様な課題を解決していく必要性が想定されます。そのため、自治体のリーダーシップがなければ実現は困難です。
このように、スマートシティは、EHR・PHRに加え、リソース情報の共有化についても実現できる有効な手段と考えられます。将来世代に向けた日本における医療介護の最終形を構築していくことができるのも、スマートシティである、と言えるのではないでしょうか。

※1 総務省「平成28年度第2次補正予算 『クラウド型EHR高度化事業』の運用状況」 (令和4年8月)
※2 厚生労働省「HL7 FHIRに関する調査研究の報告書」 、厚生労働省「標準規格準拠の電子カルテ導入の推進策」HL7 FHIRホームページ

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執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 中林 裕詞

スマートシティによって実現される持続可能な社会

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