日本の宇宙機器産業、逆境からの可能性

宇宙産業領域への注目が高まるなか、日本の製造関連企業においては、製造技術力の優位性により自社技術のオポチュニティが潜在している可能性がある領域です。本稿は「宇宙機器産業」に焦点を当て、海外との比較から見る日本市場の問題点と日本の勝機を考察します。

昨今の宇宙産業の拡大に、「宇宙機器産業」に焦点を当て、今後予想される市場変化に、日本の製造関連企業がいかに対応できるか考察します。

2023年現在、「宇宙」という言葉は、ビジネス業界にとってメタバースと並ぶバズワードとなっています。しかし一方で、いまだに多くの企業が「まだ取り組むには早い」、「そもそもどのように取り組んでいいかわからない」と考えているのではないでしょうか。

ここ数年、地上2,000km以下の低軌道における商業宇宙ビジネスの拡大や、月面・火星探査などの宇宙開発関連のイベント発生に伴い、改めて人工衛星やロケットなどの技術開発に注目が集まっています。一見、自社とは関係ないと思われる宇宙領域ですが、検討を進めると、自社技術を宇宙分野に転用できたり、思わぬところで他社よりも優れた製品を作り出せたりと、製造関連企業が活躍するオポチュニティが存在していることに気づきます。

本稿では、宇宙領域における製造セクターの動向と、今後予想される市場変化を踏まえた日本の製造業の「勝ち筋」について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
転落の危機にある日本の宇宙製造産業

現在、宇宙製造産業は大きな潮目を迎えているが、日本の宇宙製造産業には、官需主体の需要構造や海外需要の取込みができていないなどさまざまな問題がある。加えて、日本と諸外国では失敗に対する捉え方が異なり市場投入までのスピードに大きな差が出てしまっている。

POINT 2
日本の製造技術のポテンシャルは優位性となり得る

現在の宇宙製造業において必要とされるのは発明と改良の両面があるが、小型化や軽量化といった改良は従来日本が得意であったモノづくりと共通するものであり、諸外国に対する優位性となる。

POINT 3
優位性の認識と失敗の受容が活躍の要諦

変化していく市場のニーズに対する自社の強みをよく理解し、失敗に対する考え方を変えることが宇宙製造産業で日本が再び脚光を浴びるための足がかりとなる。

I.宇宙領域における製造セクターの概観

「宇宙領域の製造業」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。おそらく、多くの方が、最初に人工衛星や打ち上げロケットを思い浮かべたのではないでしょうか。ご想像の通り、「宇宙機器産業 」と呼ばれる、ロケット、人工衛星、または衛星やロケットと通信するための地上局などの製造を行う分野において、日本メーカーが活躍しています。

厳密に言うと、図表1の宇宙産業構造図における、主に(1)宇宙機器産業、(3)宇宙関連民生機器産業において、メーカー企業が製造活動を行っています。「宇宙機器産業」は、宇宙産業の始まりとして、人工衛星やロケットなどの宇宙アセット、さらには宇宙アセットの運用に不可欠な地上設備の製造を行っています。昨今の宇宙産業の裾野拡大とともに、宇宙機器産業自体の規模も著しく拡大しています。加えて、低軌道における衛星通信ビジネスの台頭などを受け、「宇宙関連民生機器産業」も今後徐々に拡大することが期待されています。

図表1 日本の宇宙産業構造

日本の宇宙機器産業、逆境からの可能性-1

出所:一般社団法人 日本航空宇宙工業会「航空宇宙産業データベース 令和4年8月」のデータを基にKPMGにて推計

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II.宇宙領域における製造セクターを取り巻く環境

本稿では、市場がよりダイナミックに変化している「宇宙機器産業」に焦点を当てます。

2023年現在、宇宙領域における製造業に関連する大きなイベントとして、アルテミス計画に代表される深宇宙探査の推進、地球低軌道を用いた商業宇宙の活性化が挙げられます。なお、通常、「深宇宙」は地球から200万km以遠を指すことが慣例ですが、本稿中は月以遠を指すこととします(図表2参照)。

図表2 宇宙領域における製造セクターを取り巻く環境

日本の宇宙機器産業、逆境からの可能性-2

1.深宇宙探査の再点火

アルテミス計画とは、米国が主導する月面・火星探査プログラムの総称です。2019年に構想が発表され、2020年に8ヵ国にて合意された国際的な取組みで、2020年代半ば、つまりあと数年以内に約半世紀ぶりの月面有人活動が計画されています。日本政府もアルテミス計画への参画を表明しており、月周回宇宙ステーションに日本人宇宙飛行士を派遣する最終調整が行われていることが、最近ニュースとなりました。

アルテミス計画下において、月面進出に向けた打ち上げロケット、宇宙船、月周回宇宙ステーション、月面着陸機、居住設備などの研究開発が進められています。このような製品の開発において、従来の宇宙開発では、NASAなどの政府機関が民間企業に開発を委託するモデルを採用していました。開発を民間企業に任せる点は現在も変わりませんが、昨今は政府機関の計画に基づき、民間企業が開発コンセプトを提案し、採択された企業が製造から運用まで行うことが一般的となっています。近年の深宇宙探査分野では、民間企業の登用のトレンドが顕著であり、官需と民需が合わさった需要構造となりつつあるということです。

では、深宇宙探査の領域では、どのような技術が求められるのでしょうか。深宇宙は、地球上や宇宙低軌道とは異なった環境であるがゆえに、トップレベルの性能、または従来ではなかったような「新規技術」が求められます。たとえば、アルテミス計画では、月周回に利用される宇宙船の生命維持装置や、深宇宙との通信手段の開発が進められています。このように、深宇宙探査分野では、遠方への確実な旅路に向けた新たな技術・プロダクトが求められる傾向があります。一方で、短期的にはあまり需要のボリュームが見込めない市場であることも事実であり、製造セクターとしては、まだ「長期的なビジネス」として考えている分野になります。

2.低軌道ビジネスの拡大

地表から2,000kmまでの地球低軌道では、多数の小型衛星を1つのシステムとして機能させる「衛星コンステレーション」を通じた、地球観測サービスや通信サービスの提供が活況を極めています。人類が2019 年までに打ち上げた人工衛星が9,036機であるのに対して、2020年と2021年の2年間に打ち上げられた人工衛星は3,083機に上ります。さらに、2022年は2,000機を大きく上回る勢いで打ち上げられていて、近年の衛星数増加が顕著なことが見てとれます。

これらの低軌道小型衛星を手掛ける企業は、「アジャイル・エアロスペース・エンジニアリング」の思想を持っています。「アジャイル・エアロスペース・エンジニアリング」とは、小型衛星の後継機を次々と打上げ、コンステレーションが提供できる機能を更新していく取組みを表した言葉です。この潮流を受け、衛星の共通コンポーネントはコモディティ化が進み、従来の「少量多品種製造」から「大量多品種製造」へと、需要ボリュームが増加していくことが見込まれます。

低軌道の領域で求められるのは、「小型化」「軽量化」といった高性能化技術です。コモディティ化していくマーケットにおいて、性能面において他社に対する優位性を築くことができるかがビジネスのカギとなります。

加えて、「資源や環境に配慮した」技術製品が求められています。衛星の推進剤は、従来の有毒なヒドラジンから、イオンや水蒸気を用いたエンジンに代わりました。ロケットは、ロケットエンジンの再利用がデファクト化してきています。さらに、従来の化学燃料によるロケット打ち上げに代わり、遠心力を用いた打上手法の開発など、環境に配慮した打上手法の研究も進められています。

III.海外との比較から見える日本市場の問題点

日本の宇宙機器産業は、海外と比べると未発達の状態であると言わざるを得ません。需要が欧米と比較して小さいがゆえに欧米のような成長の好循環が得られにくいことや、国内官需への依存体質により国内の民間企業が海外民間企業と比べQCD(Quality、Cost、Delivery)の観点で優位性を確立できていないこと、また失敗に対する過剰な忌避感などが挙げられます。

1.需要構造

米国では軍需・官需によるアンカーテナンシー(民間の産業活動において政府が一定の調達を補償すること)が宇宙産業を下支えしており、その結果民間ビジネスが育ち、軍需・官需・民需がバランスよく安定した状態となっています。一方、日本においては米国の軍需にあたる領域は官需として包括されていますが、基本的には官需が市場の大部分を占めており、決してバランスが良い状態ではありません。民需の掘り起こしと民需が確立されるまでの産業支援が急務となっています。しかしながら、日本は宇宙ビジネスを営む企業が依然として少なく、宇宙機器に対する民需は乏しい状態にあります。

前章までで述べた民需拡大の動向は、残念ながら日本よりも海外市場で見ることのできる事象となります。今後、日本の宇宙機器産業には、外需や民需を獲得し、宇宙産業規模を拡大し、それによって部品等に関する研究開発投資の拡大や生産体制の維持を可能とし、さらにそれが競争力強化をもたらす、という「好循環 」を実現していくことが求められます。

2.市場規模

前述の通り、日本は宇宙ビジネスプレイヤーが少ないために、民間市場が育ちにくいという問題があります。宇宙機器産業の規模を見てみると、2020年の日本が衛星製造市場が約1,536億円であるのに対し、米国は79億ドル(約8,430億円)であり5倍以上の差が存在します。加えて、日本は前述の通り官需が中心であり衛星を購入する事業会社が少ないため、国内向けだけでは製品販売がスケールしにくいといった悩ましい状況にあるのです。

また、スタートアップ領域においてはさらに明確な差があります。近年の宇宙領域(宇宙機器産業を含む全領域)のスタートアップの状況を見ると、日本での資金調達額は2017年から2021年の年平均が195億円であることに対して、全世界においては1兆8,300億円とその差は歴然となっています。日本の宇宙領域のスタートアップ市場は拡大傾向にあるとはいえ、グローバル市場の一角を占めるまでには少し時間がかかりそうです。

3.海外市場におけるプレゼンスと競争優位性

日本の宇宙機器産業が直面する問題として、海外需要の取込みができていないという点も挙げられます。日本の宇宙機器産業は長らく官需に依存してきました。その官需体質がゆえに、海外の民需に対応するQCDを持ち合わせておらず、海外の競合企業に後れを取ってしまっている状況です。事実、海外のプレイヤーにビジネス上の関係がある企業名を聞いても、日本企業の名前はあまり出てきません。

加えて、言語の壁や、成長戦略策定時に海外展開を視野に入れない傾向がある、などといったことも、海外市場におけるプレゼンスが向上しない原因と考えられます。日本に宇宙ビジネスプレイヤーが多く存在しない以上、海外マーケットを視野に入れることが重要となります。

4.失敗に対する考え方

「アジャイル・エアロスペース・エンジニアリング」の思考が台頭していると述べましたが、この考えは現在の日本宇宙産業にはまだ浸透していません。

ソフトウェア開発において、アジャイル開発は日本においても用いられることが多くなってきましたが、ハードウェア、とりわけロケットや人工衛星製造にアジャイル思考を取り入れることは、不確実性を嫌う日本文化では依然難しく、失敗した際の原因究明には非常に長い時間を要することは想像に難くないでしょう。

一方で、海外の宇宙製造のスタートアップはイノベーションにおいて失敗も選択肢の1つと捉えています。すべての物事が順調であることは、挑戦していないことと同義というわけです。

この考えの違いは、市場投入までのスピード感に大きく現れます。「アジャイル・エアロスペース・エンジニアリング」を地で行くスペースX社は2002 年に設立後、2006年にはNASAとの契約を行い、2012年には宇宙ステーションへの物資の輸送を成功させています。現在同社が主流で使用しているFalcon9とFalcon Heavyにおいては、その間これまで、14回の何らかの失敗・故障をしていますが、ひるむことなく打ち上げを行うことを繰り返した結果、2022年11月末までに192回の打ち上げを行い、衛星の打ち上げ成功率を97%にまで上昇させています。

このような、失敗を許容するマインドを持つことは今後の日本の宇宙製造について非常に重要なポイントとなります。

IV.日本における勝機

全世界的に見れば、現在の宇宙製造の産業は明らかな潮目の変化を迎えています。そしてその変化には、前述の深宇宙探査の再開や低軌道ビジネスの拡大以外にも、これまで政府が行ってきた事業を民間事業者に委託し政府は事業者のサービスを利用するという「官需構造の変化」や、安全保障領域において時間とコストの観点により軍事用のみに技術開発を行うのではなく、民生用にも軍事用にもどちらにも使うことができる技術を取り入れるという「軍民両用(デュアルユース)の促進」など、さまざまな要因が折り重なっています。

このような状況は、市場のプレイヤーの交代が起こる契機となります。結果として、この潮目の変化において新規プレイヤーが勃興しているのですが、これは宇宙製造において必要な技術が“わずかに”コモディティ化しているということを意味します。

ロケットや衛星の製造は、いまや宇宙製造は一握りの組織しか持たない特異な技術が必要なのではなく、すでに存在する技術をうまく使うフェーズに入ってきているとも言えます。つまり0から1を生むのではなく、1から10を作る段階です。まさにここは日本製造の活躍の場であると言えます。日本のモノ作りには、微細加工や小型化が得意という特徴があり、過去にも小型化や軽量化で世の中を席巻した製品は数多くあります。

また、今後は宇宙製造に関する需要ボリュームが増加していくことが見込まれ、部品の規格化などもこれまで以上に進んでいくことが予想されます。一方で、わずかにコモディティ化しているとはいえ、各部品やモジュールへの信頼性は一般に利用する危機よりは高い水準を求められるため価格競争に突入する段階ではありません。これらの予測は、製造技術に優位性のあるプレイヤーが他業種から参入した際にもビジネスとして成立する環境である可能性を示唆しています。

ロケットや衛星の部品を見ると、コンポーネントや部品または素材レベルでの参入余地は拡大しており、実際に他の産業領域で長く事業を営んできた企業が宇宙の製造に参入している例も見受けらます。自社の強みをよく理解し、優位性と市場ニーズを捉えることで参入のハードルを下げることが可能です。

またその際には、失敗は悲観するものではなく学びを得るよい機会と捉えることが迅速な市場アプローチの要諦となります。この価値観のリバイズは一朝一夕では達成されないでしょうし、組織によっては軋轢を生むことにもなるかと思います。しかしこれは日本のプレイヤーが世界の舞台で活躍するための“成長痛”であると考え、受け止める覚悟が必要です。

V.さいごに

世界の宇宙産業は大きな変革期にあります。新しいプレイヤーの登場によってこれまでのプレイヤーのシェアが奪われることと同様に、宇宙産業の先頭集団だった日本のプレゼンスが失われていくというリスクに直面しています。自らを変えていかないことには現状維持すら困難となります。

日本の宇宙製造市場がすぐに魅力的なものに変わるという可能性は残念ながらそれほど高くないと考えます。一方で日本の製造業がもつポテンシャルは現在の宇宙製造業が求めるニーズに合致している部分も多く、全世界的に見れば日本の製造業が輝ける土壌が整いつつあるとも言えます。新たに宇宙製造事業を目指すプレイヤーは国内のみならず海外に視野を広げる必要がありますが、日本の製造業の地力は海外においても競争力があるため、しっかりと勝てるフィールドで勝てるアプローチを行うことが重要となります。

日本の宇宙製造産業が日本という範囲を超えて活躍することで、宇宙産業の活況の一翼を担うことができると信じています。

執筆者

KPMGジャパン
製造セクター
ディレクター 宮原 進
シニアコンサルタント 平田 悠樹