サステナビリティ開示 人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向(前 1/2)

「週刊経営財務」(税務研究会発行)3577号(2022年10月24日)に「サステナビリティ開示 人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向(前)」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

「週刊経営財務」(税務研究会発行)3577号(2022年10月24日)にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

ハイライト

この記事は、「週刊経営財務3577号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

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1.はじめに

本年6月13日に、金融庁/金融審議会(ディスクロージャーワーキング・グループ)から公表された「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」(以下「DWG報告」という。)には、サステナビリティに関する有価証券報告書等における開示のあり方について提言が示されている。とりわけ人的資本・多様性に関する開示については、早ければ2023年3月期の有価証券報告書から追加の開示が求められる可能性があり、周辺制度の動きも活発化している。

今回、人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向について2回に分けて解説するが、本稿では、このうち人的資本・多様性に関する開示の全体像、並びに本開示に関連する「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」(以下「女性活躍推進法」という。)及び「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「育児・介護休業法」という。)の直近の改正内容に焦点を当てる。なお、本文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることを申し添える。

2.サステナビリティ開示(人的資本・多様性を含む)の全体像

DWG報告で提言されている有価証券報告書におけるサステナビリティに関する開示の全体像は、次頁図表1のようなイメージになると考えられる。

【図表1】サステナビリティに関する開示の全体像(イメージ)

サステナビリティ開示 人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向(前)_1

以下では、個々の開示項目ごとに解説する。

(1)サステナビリティ全般に関する開示(図表1内の1)

近年、サステナビリティ開示の基準策定やその活用の動きが急速に進んでおり、我が国においてもサステナビリティ開示に向けた検討を進めることが急務となっていた。

そこでDWG報告では、サステナビリティ全般に関する開示について以下が提言されている。

  • 有価証券報告書において、サステナビリティ情報を一体的に提供する枠組みとして、独立した「記載欄」を創設すること
  • 国内外のサステナビリティ開示で広く利用されている気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のフレームワークと整合的な「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4つの構成要素に基づく開示を行うこと
    • 「ガバナンス」と「リスク管理」については全ての企業が開示するほか、「戦略」と「指標と目標」については各企業が重要性を判断して開示すること

(2)気候変動対応に関する開示(図表1内の2)

気候変動対応に関する開示については、上記サステナビリティ情報の「記載欄」において、企業が、業態や経営環境等を踏まえ、気候変動対応が重要であると判断する場合、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の枠で開示することが提言されている。また、Scope1、2のGHG排出量 1 については、業態や経営環境等を踏まえた重要性の判断を前提としつつ、積極的に開示することが期待されている。

(3)人的資本・多様性に関する開示(図表1内の3)

人的資本や多様性については、2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの再改訂により、経営戦略に関連する人的資本への投資や、多様性の確保に向けた方針とその実施状況の開示が盛り込まれたほか、機関投資家からは長期的に企業価値に関連する情報として着目されている。また、多くの国際的なサステナビリティ開示のフレームワークにおいて人的資本や多様性が開示項目となっているほか、米国では証券取引委員会(SEC)が非財務情報に関する規則を改正し、2020年11月以降、米国企業による年次報告書において人的資本に関する開示の義務付けが行われており、人的資本・多様性の情報開示が進んでいる状況にある。

こうしたことを踏まえ、DWG報告では、投資家の投資判断に必要な情報を提供する観点から、人的資本・多様性に関する開示について以下が提言されている。


【図表2】DWG報告の提言

開示項目 開示内容
方針の開示 中長期的な企業価値向上における人材戦略の重要性を踏まえた「人材育成方針」(多様性の確保を含む)や「社内環境整備方針」について、サステナビリティ情報の記載欄の「戦略」の枠の開示項目とすること
方針に係る指標の開示 上記の「方針」と整合的で測定可能な指標(インプット、アウトカム等)の設定、その目標及び進捗状況について、サステナビリティ情報の記載欄の「指標と目標」の枠の開示項目とすること
その他の指標の開示 女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差について、中長期的な企業価値判断に必要な項目として、有価証券報告書の「従業員の状況」の中の開示項目とすること


また、DWG報告では当該指標を開示する際、投資判断に有用である連結ベースでの開示に努めるべきであるが、最低限、提出会社及び連結会社において、女性活躍推進法、育児・介護休業法に基づく公表を行っている企業は、有価証券報告書においても開示すべきであるとされている。

3.最近の人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向

岸田政権が掲げる「新しい資本主義」では、「人への投資と分配」が大きな柱の一つとなっていることもあり、人的資本・多様性に関する開示については各方面で取り上げられ、社会からの注目度が急速に高まっている。DWG報告以後、関連する法改正が行われるなど周辺制度の動きも活発化している(図表3参照)。


【図表3】人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向

  年月 項目
1. 2022年5月 「人材版伊藤レポート2.0」の公表
2. 2022年6月 「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の公表
3. 2022年7月 女性活躍推進法に基づく厚生労働省令の改正
4. 2022年8月 人的資本経営コンソーシアムの設立
5. 2022年8月 「人的資本可視化指針」の公表
6. 2022年8月 「価値協創ガイダンス2.0」の公表
  1. 「人材版伊藤レポート2.0」(正式名称「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書」)は、経済産業省から公表され、人的資本経営を実践に移していくための取組み、重要性及び工夫を取りまとめたものである。
  2. 「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」は、内閣官房から公表され、「新しい資本主義」を実現するための4つの柱の一つに「人への投資と分配」が明示されている。
  3. 女性活躍推進法に基づく厚生労働省令が改正され、常時雇用する労働者(以下「常用労働者」という。)の数が301人以上の事業主は「男女の賃金の差異」の公表が義務付けられている(詳細は、後述の「5.女性活躍推進法の概要」を参照)。
  4. 人的資本経営コンソーシアムは、一橋大学 伊藤邦雄名誉教授を委員長とした、人的資本経営の先進事例の共有や、効果的な開示の検討を行う集まりである。
  5. 「人的資本可視化指針」は、内閣官房から公表され、人的資本の情報開示(可視化)の在り方に焦点を当て、開示の検討の際に参考となる指針である。
  6. 「価値協創ガイダンス2.0」は、経済産業省から公表され、価値創造ストーリーを構築し、質の高い情報開示・建設的な対話を行うためのフレームワークの改訂版である。

 

2022年6月に内閣官房より公表された「新しい資本主義実行計画工程表」では、年内目途で内閣府令の改正を実施し、早ければ来年3月期より、有価証券報告書において人材育成方針、社内環境整備方針、指標や目標の記載を義務化する旨の記載がある。このため、早ければ2023年3月期の有価証券報告書から人的資本・多様性に関して追加の開示が求められる可能性があり、後述する課題(「7.人的資本・多様性に関する開示にあたって検討すべき課題」参照)について、早期に検討する必要があるものと考えられる。

4.厚生労働省が所管している法令とのつながり

前述のとおり、有価証券報告書における追加開示が提言されている女性管理職比率、男女間賃金格差については厚生労働省が所管している女性活躍推進法の枠組みに従ったものとなることが想定され、男性の育児休業取得率については同省所管の育児・介護休業法の枠組みに従ったものになることが想定される。これらの情報は、企業によっては従来から公表されていた可能性があるが、多くの場合、人事部が中心になって取りまとめられ、財務・経理部門の担当者が関与することはなかったのではないかと考えられる。また、これらの指標を法令に従って算定するのみでは、その背景にある企業行動が理解されない可能性があり、情報価値を高めるには法令の全体像や改正内容の趣旨を理解する必要があるものと考えられる。

そこで以降では、女性活躍推進法の直近の改正内容を含むスキームの全体像、及び育児・介護休業法の直近の改正内容について解説し、開示にあたっての留意点について触れることとする。

 

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1Scope1とは、事業者自らによるGHGの直接排出、Scope2とは、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、Scope3とは、Scope1・Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)をいう。

 

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
前田 啓(まえだ けい)

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