通信インフラのパラダイムシフトがもたらす業界構造の地殻変動

国内外の情勢変化とデジタル化に伴い、通信インフラの役割が単なるコミュニケーションツールから生活の維持に必須のライフラインに変わってきています。本稿では、通信インフラを取り巻く情勢の移り変わりを整理し、その大きな変化が日本の競争力回復の契機たり得る理由を解説します。

本稿では、通信インフラを取り巻く情勢の移り変わりを整理し、その大きな変化が日本の競争力回復の契機たり得る理由を解説します。

国内外の情勢変化とデジタル化に伴い、通信インフラの役割が単なるコミュニケーションツールから生活の維持に必須のライフラインに変わってきています。進展するデジタル社会において、通信インフラの重要性が年々高まりを見せるなか、他方では社会の変化や新しいテクノロジーの出現とともに、業界構造も垂直統合から水平分業へ、中央集権型から自律分散協調型へと大きく変化しようとしています。この変化をチャンスととらえて、既存プレイヤーと新規プレイヤーが柔軟かつ大胆に変革を進めていくこと、および行政が規制改革などを強力に推し進めて民間企業の変革の後押しをしていくことで、日本発のイノベーションが生まれ、日本の国際競争力を取り戻す流れができるのではないでしょうか。

本稿では、通信インフラを取り巻く情勢の移り変わりを整理し、その大きな変化が日本の競争力回復の契機たり得る理由を解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT1 通信インフラのパラダイムシフト
人と人とのコミュニケーションツールとしての役割を担っていた通信は、そこにあることが当たり前という空気のような存在となり、デジタル社会に浸透していく。通信インフラは単なるインフラから生命や暮らしを守るライフラインへと変貌する。

POINT2 すでにはじまっている業界の地殻変動
垂直統合から水平分業、中央集権型から自律分散協調型へ潮流はすでに生まれている。通信事業者がアセットビジネスを捨てて追い求める姿は何か。

POINT3 通信が奪回する日本のグローバル競争力
通信が起点となり、日本発のイノベーションが生まれる環境が醸成されることで、日本がグローバル競争力を取り戻す流れができる。そのためには、行政の強いリーダーシップが重要となる。

I.通信インフラのパラダイムシフト

パンデミックや紛争など昨今の世界情勢の変化により、グローバルで持続可能な社会への変換が求められています。日本でも2021年10月に発足した岸田内閣が、新自由主義から新しい資本主義への変換を目指す方針を打ち出しました。市場を効率や経済合理性に任せすぎたために拡大した格差や貧困、持続可能な経済社会の維持が危ぶまれてきたことを背景に、政府のリーダーシップの下、経済を健全化し成長と分配の好循環を実現するために掲げられたのが新しい資本主義です。

その成長戦略では、「デジタル」「気候変動」「経済安全保障」「科学技術・イノベーション」などの社会課題の解決や、これまで日本の弱みとされてきた分野に官民の投資を集め、成長のエンジンへと転換していくということが語られています1。成長戦略の中核には「デジタル田園都市国家構想」という看板政策が掲げられ、その基盤となる「デジタル田園都市国家インフラ整備計画」も、2022年3月29日に総務省から公表されています。計画には、光ファイバー、5G、データセンター/海底ケーブル等の通信インフラの整備計画が示されており、通信インフラは、今後の日本の成長には欠かせない重要なインフラとして位置付けられています。

これまで通信インフラは、主に人と人とのコミュニケーションのために使われてきましたが、今日のデジタル社会においては、生活に必要なさまざまなサービスと結び付いています。たとえば、最近普及してきたQRコードなどのキャッシュレス決済サービスは、通信インフラが整っていることを前提としたサービスです。そのため、ひとたび通信インフラが使えなくなると、人と人とが通話できなくなるだけではなく、タクシーなどのモビリティサービスの利用やコンビニでの買い物にも不便が生じてしまいます。デジタルの社会浸透とともに、通信インフラのパラダイムシフトが起こり、従来の人と人とのコミュニケーションツールからデジタル社会全体を支えるためのエッセンシャルな社会基盤に変化しました。今日の通信インフラには、まるで空気のように、そこに通信インフラが存在することを意識させずに、誰でも使える、いつでも使える、どこでも使える、継続的に使えることが求められています。

1.誰でも使える

これまで、大容量ファイルのダウンロードや高画質映像のストリーミングを行うには、通信費用がかかるためWi-Fiに切り替えるといったことをユーザーが意識する必要がありました。しかし、今後誰でも使うことができるようにするには、通信サービスが安価に提供される必要があります。そのため、設備投資やオペレーションコストが足かせとなり、サービスが高額となることは許されません。これまで通信インフラは、垂直統合で各通信事業者が単独で整備をしてきましたが、今後は、1社で完結するのではなく、競合を含めた他のプレイヤーとの連携が必要となってくるでしょう。既存の通信事業者は自社のアセットポートフォリオを見直し、どの領域を残し投資を続け、どの領域は他社との連携を進めていくのか、選択と集中が求められます。

2.いつでも使える

これからの通信は平時だけでなく、自然災害や紛争などが発生した有事の際にも、アクセス集中やサービス停止を起こすことなく使える必要があります。特に、今後は自動運転や遠隔手術などミッションクリティカルな用途にも利用が拡大していくことが期待されています。これまでのベストエフォート型のサービスから転換し、SLA(Service Level Agreement)によってサービスレベルをコミットできるものである必要が出てきます。有事におけるサービス停止の回避や、ミッションクリティカルでの利用を担保するには、ネットワークの冗長構成が必要となります。しかし、費用対効果を鑑みると事業者1社の1つの通信テクノロジーでそれを実現することは現実的でないため、複数の事業者、複数のテクノロジーの連携が必要になってくるでしょう。

3.どこでも使える

これまでの通信サービスの主な用途は人と人とのコミュニケーションであったため、人口カバー率をKPIとしてサービスエリアを拡大していけばよしとしていました。しかし、今後は、IoTデバイスなど、人がいないところでも通信できる必要があります。さらにIoTデバイスが存在する場所は地上だけに限らず、海、空、宇宙まで拡大していくでしょう。ネットワークも地上に敷設した光ファイバーや無線基地局だけでなく、HAPS(High Altitude Platform Station)や衛星を活用したものが検討されています。これらの複数の通信テクノロジーが連携し、地球上のどことでもシームレスにつながる世界が期待されます。

4.継続的に使える

総務省が定期的に発行している「我が国のインターネットにおけるトラヒックの集計結果」の最新情報(2021年11月分)2によると、固定通信トラヒックと移動通信トラヒックの総ダウンロードトラヒックはともに前年同月比約20%の増加を示しています。通信トラヒックの増加とともに消費電力も増加していますが、世界的に脱炭素社会を目指している中においては、通信業界も炭素排出量の削減に貢献していく必要があります。通信設備の電力源の化石エネルギーから再生可能エネルギーへの変換に加えて、徹底した省電力化が必要となります。エネルギーだけでなくデータの地産地消による無駄な通信トラヒックの削減やAI、MLによる電力効率の良い通信システムの開発など、包括的なアプローチが必要となります。

II.通信インフラの将来像と潮流変化の兆し

1.垂直統合型から水平分業型へ

従来の通信サービスは垂直統合型の事業を展開しています。たとえば、モバイル通信事業会社は、自社で土地を調達して鉄塔を立てて基地局を整備し、データセンターを建設してコアネットワークを収容しています。これは、通信事業がアセットビジネスであり、設備を保有し通信エリアを確保することで競争優位性を維持してきたという経緯があるからです。しかし、時代の変化とともに価値の源泉は、通信設備からサービスに移ってきています。すなわち、通信エリアを構築することは当たり前の品質となり、KBF(Key Buying Factor)ではなくなりつつあります。さらに、5G、Beyond 5Gでは、使用電波の高周波数化によって基地局のカバーエリアが狭くなること、および人がいない場所もエリア化をしていく必要があることから、従来よりも多くの基地局が必要とされ、通信事業者1社ですべての設備を保有し事業を展開することが難しくなってきています。加えて、通信の役割が変化し、単なる通信インフラからライフラインとなり、これまでのベストエフォート型の通信サービスからサービスレベルへのコミットが求められるようになります。その実現には、ネットワークの冗長構成が必須ですが、費用対効果を考えると1社で完結することは困難であり、他社との連携を考えないと成り行かないのは自明です。

このような背景の下、通信業界における垂直統合から水平分業への移行はすでにはじまっています。中でも、基地局のインフラシェアリングの普及はその代表事例と言えます。通信事業者による、インフラシェアリング事業者への鉄塔の売却や、通信事業者同士によるJVの設立による基地局のインフラシェアリングが進んでいます。基地局のインフラシェアリングは、日本では今後拡大していくことが予想されている段階ですが、海外では3G/4Gの時代から散見されていた取組みです。そうした海外における通信業界の水平分業への移行に関して、地殻変動とも言える挙動が出てきており業界に衝撃を与えています。それは、通信事業のまさに中核とも言えるコアネットワークを、設備ごとOTT(Over The Top)サービスの企業に売却するという動きです。OTTは自身が保有するパブリッククラウド上に通信事業者から買収した通信機能を実装してSaaSとして提供します。それにより、通信事業者がSaaSをOTTから購入するモデルが実現しようとしています。しかも、新興のTier-2、Tier-3通信事業者ではなく、欧米のTier-1企業が保有するアセットを売却する方針へ舵を切ったということで、業界に与えたインパクトは大きいと言えます。さらに、OTTが通信機能をクラウドでSaaS化する動きはコアネットワークにとどまらず、RAN(Radio Access Network)まで拡張しており、インフラシェアリング事業にOTTが参入する可能性さえ出てきています。(図表1参照)

図表1 垂直統合から水平分業へのイメージ

図表1 垂直統合から水平分業へのイメージ

出所:KPMG作成

2.中央集権型から自律分散協調型へ

垂直統合型から水平分業型への流れに加えてもう1つの大きな潮流が、中央集権型から自律分散協調型への流れです。この潮流を作っている背景は2つあります。1つは、エッジコンピューティングの浸透で、もう1つはWeb 3.0に代表されるブロックチェーンとNFT(Non-Fungible Token)の浸透です。

エッジコンピューティングに関しては、OTTプレイヤーも参入してエッジにおける分散コンピューティングが環境が整いつつあるなか、昨年から今年にかけて、ようやく日本でも5GのSA(Stand Alone)サービスがスタートしています。SAサービスにより、低遅延・高信頼のサービスを可能とするエッジコンピューティングの利点を最大限活用するために必要とされるネットワークスライシングが機能として使えるようになりました。そのため、今後エッジコンピューティングによる自律分散協調型への移行が急速に拡大していく可能性があります。

Web 3.0に関しては、Web 2.0におけるセキュリティや個人情報の管理上の課題解決が期待されます。また、データの地産地消という観点、すなわち、ユーザーに近いところでデータ処理を行うエッジコンピューティングとの親和性も高いことから、相乗効果による浸透の加速も期待できます。(図表2参照)

図表2 中央集権型から自律分散協調型へのイメージ

図表2 中央集権型から自律分散協調型へのイメージ

出所:KPMG作成

III.通信インフラの将来像の実現に向けてステークホルダーが今やるべきこと

1.ステークホルダー構成の変化

通信インフラのアーキテクチャやスキームがアップデートされても、通信インフラを提供するプレイヤーと利用するプレイヤーがいることは変わりません。しかし、スキームが変わることにより、それぞれのプレイヤーの顔ぶれは大きく変化する可能性があります。つまり、既存の中核プレイヤーでも、その変化に合わせて、自らを変革、アジャストしていかないと市場から淘汰されてしまうリスクがあるということです。特に、昨今の動向から、欧米のOTT企業が日本企業にとって脅威となる可能性があります。

また、デジタルの早急な社会実装のためには、従来の市場原理に任せた新自由主義的なアプローチは適しません。行政がリーダーシップを取り、積極的に触媒の役割を果たして、通信インフラの需要と供給のマッチングを強力に促進していく必要がります。次項では、需要側と供給側の視点、および需要と供給をマッチングするための触媒としての行政側の視点で、今後どのような変化が起こり得るのか考察してみたいと思います。

(1)需要視点
ネットワークが中央集権型から自律分散協調型になることにより、需要と供給の垣根が曖昧になります。中央集権型では、中央が供給側、地方が需要側と役割が明確になっていましたが、自律分散協調型では、ネットワークの対称性が高くなり、簡単に需要者が供給側になることができます。SNSの普及により、これまで需要側であったユーザーが、UGC(User Generated Contents)を制作して発信し広告収入を得たり、フリーマーケットプラットフォームを活用して物品を販売したりすることもその一例と言えます。

(2)供給視点
垂直統合型から水平分業型への移行によって欧米の市場にOTTが参入してきたように、自律分散協調型の普及により需要側からも参入してくる可能性があり、供給側は競争環境が激化するとみられます。そのため、既存プレイヤーは付加価値が高く、自社に競争力のある事業領域への集中と選択が必要となってくるでしょう。新しく創出される市場としては、自律分散協調型のネットワークを支える水平統合型のプラットフォームが有望です。たとえば、アクセスポイント(HW)を無償で配布して、アクセスポイント間を連携・協調するための機能をサブスクモデルで提供したり、5GやWiFIに加えて、低軌道衛星やHAPSなどさまざまな回線をつなぎ合わせて、ミッションクリティカルな事業向けに地球規模のネットワークをアグリゲートするサービスを提供したりするプラットフォーマーとしての役割などが考えられます。

(3)触媒視点
現在、格差の拡大に加えて、紛争や米中対立の影響を受け、グローバルの市場原理に任せて進めてきた新自由主義の見直しが、経済安全保障という観点からも行われています。そのような背景もあり、国家戦略をもって5G/Beyond 5Gの社会実装を推進していくことが議論されるようになってきています。経済安全保障を考えると、国内企業が優位に戦える環境が必要ですが、単に既存国内プレイヤーを保護する政策では十分でなく、国内企業が国際競争力を付けていくための工夫が求められます。経済安全保障を考慮しつつ、国内発のイノベーションの創発を阻害しかねない既存のルールの見直しが必要ではないでしょうか。

たとえば、無線局免許制度が考えられます。類例を挙げますと、自動運転車の運転免許は、自動運転レベル4以上は運転する人の免許が不要になるという議論があります。自動車は人間がコントロールして安全を担保していましたが、技術イノベーションにより、人間が介在せずに安全が担保できるようになるということで見直しが検討されています。現在の無線局免許も電波の放射特性が静的であり、免許人により電波の放射が制御されることが前提の免許制度と言えます。しかし、アクティブアンテナによる動的な制御が可能となり、さらにイノベーションによりAIやMLを活用して他の無線局との自動制御による混信回避が担保されるようになってくれば、自動運転車を保有する人の免許がいらなくなるのと同様に無線局を保有する人の免許も不要になるのではないでしょうか。

もし、無線局免許制度を刷新し誰でも自由に5GやBeyond 5Gの無線局を設置できるようになれば、無線設備を多くの人でシェアすることが可能となり、国内に5GやBeyond 5Gが使える環境が整備されます。環境が整うことにより、さらなる国内発の新しいイノベーションが誕生する可能性も広がるでしょう。

IV.まとめ

国内外の情勢変化に伴う、通信インフラのパラダイムシフトと将来像について概況を整理しました。進展するデジタル社会において、通信インフラの重要性が年々高まっているなかで、社会の変化や新しいテクノロジーの出現とともに、業界構造も垂直統合から水平分業へ、中央集権型から自律分散協調型へと大きく変化しようとしています。この変化をチャンスととらえて既存プレイヤーと新規プレイヤーが柔軟かつ大胆に変革を進めていくこと、および行政が規制改革などを強力に推し進めて民間企業の変革の後押しをすることで、日本発のイノベーションが生まれ、ひいては日本のグローバル競争力を取り戻す流れができることを期待したいです。

執筆者

KPMGジャパン テクノロジー・メディア・通信セクター
ディレクター 石原 剛