フィジカルインターネットによる持続可能な物流の実現と企業に求められる取組み

本稿では、フィジカルインターネットによって目指す物流の将来像と、日本における実現に向けた課題、各企業の取組みで重要となる物流コスト分析の必要性について考察します。

本稿では、フィジカルインターネットによって目指す物流の将来像と、日本における実現に向けた課題、各企業の取組みで重要となる物流コスト分析の必要性について考察します。

日本では近年、物流需給が逼迫し物流コストが上昇しています。需要、供給それぞれに構造的な要因があり、有効な対策を打たなければ、今後も悪化していくと見込まれます。また、新型コロナウイルスのまん延やロシアのウクライナ侵攻は、国際輸送に不安定さや燃油価格の高騰をもたらし、世界的なサプライチェーンの混乱を招きました。これらは、経済・社会インフラとしての物流の重要性を再認識させる契機となりました。

このような物流危機を回避するため、経済産業省と国土交通省は昨年から今年3月まで、産官学によるフィジカルインターネット実現会議を開催してきました。同会議では、物流の効率性・持続性を目指す「フィジカルインターネット」を日本で実現するための有識者検討が行われ、2040年までの取組み内容を示したロードマップが策定されました。同時に、業界ごとに分科会が開催され、業界事情を踏まえた2030年までの取組みも議論されました。

本稿では、フィジカルインターネットによって目指す物流の将来像と、日本における実現に向けた課題、各企業の取組みで重要となる物流コスト分析の必要性について考察します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
物流危機に有効な対処を行わなければ、企業のみならず経済全体の成長制約に
日本の物流危機は、需要と供給両面の構造的な問題であり、このままでは物流機能の維持が困難になる。危機に対して有効な対策を講じなかった場合、モノを運べないことなどにより企業活動の成長が阻害され、2040年には11.9~17.6兆円のGDPを押し下げる可能性がある。

POINT 2
物流の効率化・強靭化を目指すフィジカルインターネット
欧米発で研究が進むフィジカルインターネットは、「荷姿(コンテナ)」「物流結節点(ハブ)」「輸送規約(プロトコル)」の3要素を標準化することで物流リソースの共有と統合を可能にし、物流の効率性と持続可能性の向上を図るコンセプト。日本でも物流危機回避のため、経済産業省、国土交通省が主体となり実現に向けた検討がはじまっている。

POINT 3
企業の取り組むべき方向性
物流危機への対処は、必ずしもDXや自動化・機械化のみが正解ではない。まずは物流コストを可視化しないことには管理も改善もできないが、国内企業でそれを実現できている企業は少数である。「Cost to Serve」の考え方で、サプライチェーン全体のコストを、ビジネスや製品、顧客に区切って把握し、製品別、顧客別のコストを正確に把握すること。それが輸送リードタイムや荷扱条件といった要求サービスレベルに対して妥当かどうかを管理し、コントロールする能力を持つことが重要となる。

お問合せ

I.物流危機の構造的問題と経済損失

日本では、輸送需給の増加を背景に、2010年代の半ばから道路輸送貨物のサービス価格が上昇し、1990年頃のバブル期の水準を超えて高騰を続けています。特にeコマースの増加を受けた宅配便の需要増加は著しく、2017年には「宅配クライシス」と呼ばれる総量規制や運賃の値上げなどの動きが社会的にも大きく認知されました。また、企業間の貨物輸送においても、買い手の要望による多品種・小ロット輸送の需要が増加した結果、トラックの積載効率は低下を続け、2018年以降では40%を下回るまでに至っています。

供給面の要因としては、労働人口そのものの減少や、トラック業界特有の長時間労働・低賃金といった労働環境の問題に伴うドライバーの減少が挙げられます。ドライバーの労働環境については、働き方改革関連法の施行に伴い、2024年から時間外労働の上限が設定されるなどの改善が図られます。その一方で、総労働時間の規制による輸送力の減少や、残業代の減少による収入減を嫌うドライバーの流出など、輸送力の供給という観点では、2024年からさらなる制約が起きる可能性があります。このことは、業界においては「物流の2024年問題」として知られています。

この状況を放置すれば、物流機能の維持が困難となるほどに物流需給のバランスが悪化し、企業、さらには経済全体の成長制約となる恐れがあります。経済産業省では、この「物流クライシス」に対して有効な対策を講じなかった場合、2030年時点で7.5~10.2兆円、2040年には11.9~17.6兆円という規模でGDPを押し下げる可能性があると試算しています1

II.フィジカルインターネットとは

1.コンセプト

このような物流危機を回避する手段として注目されているコンセプトに「フィジカルインターネット」があります。フィジカルインターネットとは、コンピューターのインターネット通信に着想を得て、物流の世界でも同様のネットワークを構築しようという考え方です。

インターネット以前のコンピューター通信では、発信端末と着信端末は、回線を占有して直接接続していました。これに対し、インターネット通信では、データの塊をパケットという形で定義し、パケットのやりとりを行うための交換規約(プロトコル)を定めることにより、回線を共有した不特定多数での通信を実現しました。

物流においても、従来は荷主と納品先を貸切トラックなどで直接結ぶやりとりが主流でした。これは、コンピューター通信における占有回線での接続に相当します。貨物の積替えによる時間のロスや貨物へのダメージを避ける観点からは優れた輸送方法ですが、輸送リソースの有効活用の観点からは無駄の多い方法とも言えます。これに対してフィジカルインターネットは、インターネット通信に相当する輸送方法、すなわち積替えを前提として輸送の途中に中継点を設け、受け渡しする単位(貨物の規格)を統一し、物流リソースを共有化してモノのやりとりをしようという考え方です。この基本的な考え方に基づき、「荷姿(コンテナ)」「物流結節点(ハブ)」「輸送規約(プロトコル)」の3つの要素を標準化することで、物流リソースの共有と統合を可能にし、物流の効率性と持続可能性の向上を図ろうとしているのです。

2.フィジカルインターネットの歴史

フィジカルインターネットは、2010年から2011年にかけて、ブノア・モントルイユ(加・米)、ラッセル・D・メラー(米)、エリック・バロー(仏)の3名の学者により初期論文が発表され、欧米を中心に研究と発展、各種の実証実験が進められてきました。

2013 年には、欧州において物流資産を有効活用するコンセプトで、ALICE(Alliance for Logistics Innovation through Collaboration in Europe)が設立されました。ALICEには産官学の幅広い団体・企業などが参加し、サプライチェーンおよび輸送部門の包括的な戦略策定を行うべく、欧州委員会に対して支援・助言を行ってきました。

2020年には、ALICEによってフィジカルインターネットのロードマップが発表されました。これは2040年までにフィジカルインターネットの実現に向けて取り組むべき課題を、5年のスパンに分け、優先順位、達成期限の目標を設定したものです。

3.フィジカルインターネットによって実現されること

以上のようなコンセプトに基づいてフィジカルインターネットが実現した世界では、物流の「効率化」「強靭化」が図られることになります。

(1)物流の効率化
これまでのトラック輸送はチャーター便による発着地間の直接輸送が多く、輸送の多頻度・小ロット化に伴い積載効率は低下していました。

フィジカルインターネットでは、輸送リソースは不特定多数の事業者が共同利用するものとなります。つまり、物流施設は事業者間で互いに有効に利用し、トラックも混載を進めて共同配送を行い、最適なルートで荷物を運びます(図表1参照)。

図表1 フィジカルインターネットによる物流効率化の概念図

フィジカルインターネットによる持続可能な物流の実現と、企業に求められる取組み_図表

車両は共有化された物流拠点で接続し、貨物は拠点間の幹線輸送とラストワンマイル網を組み合わせて目的地まで届けられることになります。これにより、幹線輸送ではルート集約、支線配送網においてはエリア配送の共同化により、いずれも積載効率の向上によるリソースの有効利用が期待できます。

(2)物流の強靭化
積替えを前提とした柔軟なルート設定が可能になることと、供給・需要の状況が可視化されることは、自然災害などにおける物流寸断に対する耐性を持つことにつながります。たとえば、輸送途中に何らかの障害が発生した場合、迅速に代替経路の輸送キャパシティなどの情報を収集し、元のルートで運べなくなった輸送事業者から代替ルートを利用している輸送事業者へ積替えを行ったり、他の物品と積み合わせて輸送したりすることができます。これにより、持続的で安定した輸送ができるとともに、災害時においても車両集中による渋滞の緩和や、災害の影響がない地域・経路からの代替輸送を実現することができます。

現実的には、災害直後の段階で、通行可能な道路や利用可能な車両、拠点などの輸送リソースの情報を迅速に収集することは困難な場合も多くありますが、車両のコネクテッド化の進展などにより、より正確かつ迅速な情報収集が行えるようになっており、物流強靭化の観点からも有用と考えられます。実際に、 2011年の東日本大震災でも、カーナビ情報を用いて通行可能な道路を判断する取組みなどが行われていました。

4. 実現への課題

一方、積替えを前提とした輸送に転換する場合、経由地が増加することによる輸送・積替え時間や荷役コストの増加、損傷リスクが新たに発生することになります。フィジカルインターネットを実現するためには、これらを最小限に抑える工夫が必須となります。そのためには、冒頭で説明した「荷姿(コンテナ)」「物流結節点(ハブ)」「輸送規約(プロトコル)」各要素の標準化が重要です。

たとえば、複数の事業者の貨物を積み替えるためには、貨物の外装サイズや荷扱条件が一定のルールで規格化され、どの拠点でも高速、安全、効率的に処理される必要があります。今後発展が見込まれる物流作業の機械化やロボット化においても、統一された規格に基づいて投資が行われなければなりません。機械化や自動化の導入が進んでも、各社がそれぞれ独自の規格での投資を進めて個社最適が乱立してしまうと、業界全体の物流リソースを最適化することは不可能になってしまいます。

また、車両の積載効率を向上させるためには、車両を固定された区間の運行にのみ使用するのではなく、必要に応じ適切なルートに配車することが有効です。車両や拠点の空き能力や、貨物の量・行き先などの需要情報を常時把握しマッチングすることで、適切なルートで貨物の積卸を行い、常に高い積載効率を維持することが可能となります。

III.「フィジカルインターネット実現会議」の開催

日本においても、待ったなしの物流危機への対処として、欧米で研究が先行するフィジカルインターネットのコンセプトを導入することが有効と考えられ、2021年10月、経済産業省および国土交通省の呼びかけにより「フィジカルインターネット実現会議」が立ち上げられました。

フィジカルインターネットやサプライチェーン領域の研究者、専門家をはじめ経済団体や物流関連団体の参加により6回の検討会が行われ、現状認識や課題の共有、フィジカルインターネットを日本で実現するために必要な施策の検討がなされました。最終的には2022年3月に、2040年を目標年次としたロードマップが策定され、「輸送機器の自動化・機械化」「物流拠点の自動化・機械化」「SCMの垂直統合」「水平連携(標準化・シェアリング)」「物流・商流データプラットフォーム」「ガバナンス」の6つの大項目について、5年スパンで取り組むべき事項が決定されました。

発表された「フィジカルインターネット・ロードマップ」という報告書には、フィジカルインターネットが物流関連のリソースを最大限に活用することを可能にするものであり、物流クライシス、物流コストインフレをもたらした構造問題を抜本的に解決するものである可能性が示唆されています。

さらにその中で、フィジカルインターネットは、輸送部門の温室効果ガスの削減のみならず、SDGsの17の目標のうち、8つの目標(保健、エネルギー、成長・雇用、イノベーション、不平等、都市、生産・消費、気候変動)の達成に寄与するものと位置付けられています。

また、フィジカルインターネット実現会議の開催に合わせ、業種・業界ごとの事情に合わせたサプライチェーンの課題に取り組むため、分科会(ワーキンググループ、以下「WG」という)が設置されました。分科会は、各業界の事情を踏まえた、より具体的な課題に対して取組み内容を議論するものとされ、2021年度には「百貨店」「建材・住宅設備」「スーパーマーケット等」の3つのWGが開催されました。

IV.アクションプランと企業の取組み事例

1.業界ごとの目指す姿とアクションプランの決定

例として、2021年に開催された分科会のうち「スーパーマーケット等WG」では、フィジカルインターネット・ロードマップに示される業界横断的な取組みを参考としつつ、業界固有の商慣行や物流課題に対応するべく、消費財業界における物流効率化に向けた具体的なアクションプランを策定しました。

まず、消費財のサプライチェーンにおける2030年のゴールを「(1)メーカー・卸間、卸・小売間、小売店舗間の共同配送が進んでいる状態、(2)帰り便の有効活用による車両相互活用が進んでいる状態」および「 それらをよりスムーズに行うための各種標準化・情報連携」と定義した上で、必要なアクションプランについての議論がなされました。

その結果、小売業界のサプライチェーン改善を阻害する重要な要因は、以下の4つに整理・分類されました。

  1. 商流・物流におけるコード体系に関するもの
  2. 物流資材の標準化に関するもの
  3. 商慣習に関するもの
  4. データ共有・連携に関するもの

このうち、1.2.4.については、荷姿や取り扱い条件が共通の規格にならなければ、複数企業間の水平・垂直連携による改革は困難ということであり、フィジカルインターネットの基本コンセプトそのものに向かうための取組み課題であると言えます。

一方で、3.商慣習に関するものについては、日本の小売流通における長年の慣習に基づく業界独特の課題です。たとえば、国内取引で一般的な店着価格制では、商品の卸価格に納品店舗までの物流費が含まれることから、物流効率化・コスト削減へのインセンティブが働きにくいと言われています。また、店着価格制の中で小売各社が物流改善に取り組んだ結果として生じたセンターフィーと呼ばれる制度もあります。小売側の物流センター利用料をメーカー・卸が負担する制度のことで、精算の煩雑化や、コスト負担ルールの不明瞭化が指摘されています。

ほかにも、加工食品の「3分の1ルール」と呼ばれる、賞味期間の3分の1以内で小売店舗に納品する慣例があります。これにより賞味期限まで十分な期間があるにも関わらず納品ができなくなり、廃棄・食品ロスにつながっていることも指摘されています。

これらは、多くの有識者や関係者が改善への阻害要因と感じているものの、製造・卸・小売それぞれの事情で解決を困難にしている根深い課題と言えます。

2.具体的な企業の取組み事例

一方、国内の流通業のなかには、それらの商慣習を乗り越えて効率化に取り組んでいる事例もみられます。例として、ある小売チェーンでは、物流サービスの便益を定量的に把握し、それにかかる物流コストとのトレードオフを店舗が判断しています。店舗は、あらかじめ本部が設定した配送オプションから、便益(リードタイムや納品形態など)を検討するのです。たとえば、販売機会を逃さないためにある商品がすぐに欲しいとき、高い配送費をかけても短納期で仕入れ、売上につなげるという判断をしています。

同社のサプライチェーン担当役員は「急ぎの用があるときはお金を払ってタクシーを使うのと同じこと。高いサービスには相応のコストがかかる。その価値があると判断すれば使えばよい」と考え方を説明します。

ただし、この方法は、商品価格と物流コストをきちんと分離していること、サービスレベルに応じた物流コストの設定ができていること、管理会計上、受益者(店舗)に物流コストの責任を持たせていること、これらの設計があって初めて可能となります。

V.企業のサプライチェーンに必要なこと

1.物流コスト可視化と「Cost to Serve」の必要性

それでは、このようなフィジカルインターネットの方向性や個社の取組み事例を踏まえ、今後各企業はどのような姿勢でサプライチェーンの戦略に取り組むべきでしょうか。労働力の不足に備えた自動化や機械化への投資はもちろん重要な打ち手ですが、それ以前に、自社の物流コストを可視化して管理できている企業は、まだ少数であると思います。

前述のとおり、日本では、取引における物流コストは納品までの費用を含めて商品原価とする方法が一般的です。ただし、それでは物流費は商品価格に埋没してしまいます。企業にとっては、自社が調達する商品の物流コストについて把握することが難しく、したがって効率化や物流改善の取組みも難しくなります。

フィジカルインターネット・ロードマップや各WGのアクションプランにはさまざまな取組み施策が記載されていますが、すべての施策において前提となるのは、荷主企業は自社の物量、物流コスト、要求サービスレベルを正しく把握することです。

このような考え方の必要性は、近年「Cost to Serve」という管理会計の概念で説明されるようになりました。「Cost to Serve」とは、調達まで含めたサプライチェーン全体のコストを、ビジネスや製品、顧客に区切って把握し、顧客別、製品別のコストを正確に把握し、コスト上昇要因の特定、改善につなげるという考え方です。

具体的には、以下の3点に取り組んでいく必要があると考えられます。

  1. 物流コストは、自社から支払う物流費のみではなく、調達物流部分や、在庫の金利負担、社員の業務負荷などを加味したトータルサプライチェーンコストで把握・管理する
  2. その上で、商品別、取引先別、物流機能別といった複数の軸に沿って、単位当たりコストを把握・管理する
  3. 物流コストを、単純な輸送距離や重量、個数のみでなく、輸送リードタイムや荷扱条件といった要求サービスレベルに対して妥当かどうかを管理・把握する

たとえば、他社との共同配送によるトラック台数の削減を検討するとき、自社商品はどこに、どのルートで、どれだけの積載率で運ばれているのか、その要求リードタイムに余裕はあるのかが把握できていないと、共同配送が検討し得る選択肢なのかがわかりません。また、調達先とともに物流の効率化・最適化の検討を行う場合も、現在の輸送方法が自社の要求するサービスレベルに沿ったものなのか、そのコストを加味したときの商品仕入れ代金は妥当なのかを把握・分析しなければ、どこを改善ポイントとするかの判断もできません。

安価で無尽蔵な物流リソースが使える時代ではなくなってしまった現在、企業のサプライチェーン管理には変化が求められています。強いサプライチェーンを作る第一歩は、まず現状の把握と分析です。そのために、サプライチェーン全体を可視化して把握することの重要性は、きわめて高くなっていると言えるでしょう。

1フィジカルインターネット実現会議(経済産業省、国土交通省)「フィジカルインターネット・ロードマップ」
 

執筆者

KPMGジャパン
消費財・小売セクター
マネジャー 小路 健祐