After-AI幻滅期 次世代ビジネスパーソンのためのデータ活用の勘所

第三次AIブームの終焉、またディープラーニングの限界といったワードが散見されています。AIは成熟した面はあるものの、いまだにイノベーティブであり、世のゲームチェンジを牽引する存在と言えます。AIを活用し、いかにデータから価値を見出すかという点についての勘所をお伝えいたします。

AIは成熟した面はあるものの、いまだにイノベーティブであり、世のゲームチェンジを牽引する存在です。AIを活用し、いかにデータから価値を見出すかについての勘所をお伝えいたします。

1.はじめに

第三次AIブームが起こってから、一定の時間が経過しました。メディアでは第三次AIブームの終焉、またディープラーニングの限界といったワードが散見されています。テクノロジーは過度な期待を浴びる時期をすぎると、成熟した技術へと遷移していきますが、AIについては成熟した面はあるものの、いまだにイノベーティブであり、世のゲームチェンジを牽引する存在と言えると筆者は考えています。本稿では、AIを活用し、いかにデータから価値を見出すかという点について、筆者なりの勘所についてお伝えいたします。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

2.人々の生活の変化

デジタルテクノロジーの進化や新型コロナウイルス感染症等を背景に、人々の生活は大きく変化しています。

  • 過去の買い物傾向から、自分の知らない未知の商品がレコメンドされ、買い物心をくすぐられて思わず購入する
  • 自分と似た傾向にあるビジネスパーソンからの「つながりリクエスト」が届き、思わぬビジネスチャンスを獲得する
  • 自宅でのスキマ時間にどんどんレコメンドされてくる動画にくぎ付けとなる
     

人の生活にテクノロジーが融合し、人の体験(以下UXという)が進化することで、新たな価値と市場が形成されました。この新たな価値は“情報獲得のUXの進化”に起因しているのではないかと、筆者は考えています。さらに、海外に目を向けると、以下のような事例の枚挙にいとまがありません。

  • Online Merges with Offline(OMO)と呼ばれる、オンライン(例:EC)とオフライン(例:スーパーでの買い物)情報の融合による、買い物におけるUX高度化
  • 4秒で完了する病理診断アプリ。郷里医の高度な医療情報取得を補完し、専門医不在の農村部における稀な疾患の対応に貢献
     

AIによる人の行動や思考が分析され、それが生活における課題解決、UXの高度化に紐づいています。10年前と比較すると生活は間違いなく激変しており、その礎にはAIから得られたインサイトがあると言えるでしょう。

3.企業が創出する価値はどうなのか?

一方で企業の活動、特に本業で創出される価値はどうでしょうか?最近のテレワークの普及やIT環境の充実により、仕事のやり方、仕事環境は大きく変化したかもしれません。しかし本業で創出される価値にはそこまで大きな変化はないというのが、筆者の感想となります。さらに言うと、仕事環境の変化は、GAFAMなどのようなメガテック企業のプラットフォームを活用しているだけとも言えます。業務の現場におけるAIの活用事例を以下にいくつか挙げてみましょう。業務効率は向上するでしょうが、本業の価値に大きな違いを与えるかというと、パンチ力に欠ける感は否めません。

  • 窓口チャットボットにより経験の少ない社員の対応を支援
  • 契約書のチェック
  • 手書き文字のデジタル化、議事録の自動作成
     

AIは、大量の(非構造化が多い)データをパターン化し、何らかの傾向を見出すことが得意であり、具体的にはデータ画像や文書の分類、生成、センサーや画像からの異常検知が代表的なユースケースになります。業務の中でこれらの一発芸がフィットする領域は、非常に局所的であり、これらが当てはまる業務においてはそれなりのメリットを享受できるかもしれません。しかし、AIによるプリミティブな特性をそのまま業務にあてはめても、局所的な最適化の域を出ないでしょう。イノベーション創出のためには、その特性をいかに工夫して活用するか、という点が重要です。

日本でイノベーションが生まれない要因の1つには、SIer文化が色濃い点も挙げられるのではないでしょうか。企業内では、AIもITシステムの1つとしてカウントされ、管轄するのも情報システム部門となります。情報システム部門は従来、よりリレーショナルなデータベース、ERPシステム等、カチッと仕様が定義された業務システムと向き合ってきており、非構造化データからのパターン化と傾向をアウトプットするAIとは非常に大きな距離感があるといえます。そのため、いざAIのユースケースを考えようとしても、既存システムの固定概念から抜け出ることが難しく、渋いAI活用に終始してしまうのではないかと考えられます。筆者は日本におけるAI幻滅期とは、AIにおける創意工夫が生まれないことに起因しているのではないかと考えています。

4.AIを用いた価値創出とは?

改めて、AIでの新たな価値創出とはどういったものなのでしょうか。AIを用いた価値創出のカギは「いかにして人の限界を突破できるか」であると筆者は考えています。AIは大きく2つに大別できます。1つは自律化・自動化の観点で、人の判断では立ち行かないような瞬時の高精度な制御等に用いるパターン。こちらはAIが主役の世界で、自動運転や異常検知、工場IoT等が該当します。もう1つは人が主役で、思考・発想を増幅させるのにAIを活用するパターン。膨大すぎる情報を人が捌くのは不可能であり、AIが人に気づきを与えて発想を刺激することで、新規事業の創出や経営上の意思決定につなげていくことが期待されます。

筆者は、後者のパターンに可能性を感じており、停滞する日本の競争力を増大させる要素になると考えています。本稿の冒頭に挙げた例を見てみると、「人が必要とする情報への到達可能性の向上と、そこからの気づき」という視点を見出すことができるのではないでしょうか。イノベーションとは、既存の知と知の掛け合わせから生まれます。掛け合わせに資する情報への到達可能性をAIが支援し、人が新たな発想を得ることで、イノベーションの創出につながるのではないでしょうか。

非構造化データが爆発的に増加していますが、筆者はその中でも自然言語の可能性に着目しています。あらゆるデータソースにあるトピックを“新結合”させ、イノベーティブな新規事業のタネを見出すことができないか、という考え方です。企業は、もはや自社が属している業界にとどまらず、社会課題に業界を超えて取り組んでいく必要があります。そのなかで自社の強みと他業界のトピックを組み合わせて、新たな価値を創出させていくことが求められます。

ここでは、新規事業を例に解説します。新規事業開発のポイントは、自社の強みに別の技術やサービス等の要素を組み合わせ、新たな価値を創出することにありますが、組み合わせる情報は大規模かつ多岐で、人がそれらを網羅的に検証することは不可能です。そこで登場するのが、自然言語処理AIで、膨大な自然言語情報を分析する手法です。昨今AIによる自然言語処理技術は大きな進化を遂げており、多様な文書を文脈レベルで把握することが可能です。その能力を活用し、ニュースや公開論文等の多様な情報と、自社の強みを紐づけていくのです。例えば、自社の得意分野の特許と世の中のニュースを突き合わせることで、思いもよらない事例との関連性を見出し、自社技術の他業界における応用について、糸口を得ることができるかもしれません。さらに脱炭素に関する情報を紐づけることで、自社の強みを活かした、脱炭素に寄与できる事業のヒントに繋げられるでしょう。

筆者の想像が大いに含まれていますが、セルロースナノファイバー(CNF)の素材加工技術からの、さまざまな業界での価値応用の探索例を以下に紹介します。まずCFNの特許や論文等を自然言語分析(ここでは特許や公開論文、行政文書、その他公知情報をコーパスとした言語モデル上で固有表現抽出等のアルゴリズムにて分析)すると、耐熱性、耐摩耗耐性、軽量性、ガスバリア性、強度、耐久性等の性質を把握できます。次にその性質の応用例を探索してみましょう。昨今では、それらの特性を利用して、靴のクッション材やエアコンフィルター、断熱材、電子デバイス、航空産業等での活用に向けた研究が大学やメーカーで進められています。また先進医療領域においては、生体適合性という特性を用いて、再生医療や人工臓器開発での研究も進められており、当該医療技術を研究している企業と組むことで、人生100年時代というトレンドと高齢化社会という社会課題に対して、「動けるシニア社会」という切り口での事業展開の可能性を見出すことができそうです。さらに「森から生まれる素材」という異名を持つ自然由来の素材という側面から、森林経営というキーワードを紐づけることもでき、脱炭素の切り口で社会性ある事業への広がりも期待できそうです。政府関連の情報と紐づけると、当該領域は、研究投資のための予算が大きく組まれていることもあり、将来性も申し分なさそうです。

筆者は素材技術については全くの素人ですが、知識ゼロの状態からでも、CNFの特性と各種業界の取組みをリンクさせ、さらに社会課題とリンクさせて発想を広げることができました。もちろん、これがそのまま事業化するという安直な話ではありません。事業成立までには他にもさまざまな検討、評価を要します。例えば森林経営においてもCNFそのものの活用領域が拡大しなければ成り立ちません。しかし素材の価値を多角的に捉え、多様な応用アイデアとともに関連する企業と連携できれば、森林経営×脱炭素を社会的意義あるビジネスに結び付けられるかもしれません。現在、企業は社会課題解決への貢献を避けては通れません。一方で、そこに新たな切り口を見出すことが出来れば、世の中に受け入れられるイノベーティブな事業に成長させていくことができるのではないでしょうか。

5.最後に

AIは、現在のDXの中心選手ですが、企業の中で表層化しているわかりやすい課題を解決するのみでなく、今後起こりえる未来の仮説立案にインプットを与えることが可能であると、筆者は確信しています。本稿では自然言語処理からの価値導出について触れましたが、他にも「応用」により、さまざまなイノベーションのタネを見出すことができるでしょう。データとAIを効果的に活用し、日本においてより多くのイノベーションを生み出すことが、次世代のビジネスパーソンに対する期待値となると考えます。

お問合せ

KPMG Japan Technology Insight