金融業界では、国際的なレギュレーション強化の波と、暗号通貨(仮想通貨)の登場やブロックチェーン技術の応用発展といったイノベーションの進化が同時に起こっています。他方、私達の生活でも電子通貨の利用が拡大し、「お金」を取り巻く環境は以前とは格段に変化していると言えるでしょう。では、今後この流れはどのようなゴールに向かっていくのでしょうか?

モバイル国際送金サービスを提供する株式会社デジタルワレット創業者 CEO 宮川 英治氏とKPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が語り合った対談の内容をお伝えします。

モバイル国際送金サービスを主軸とした理由

茶谷、宮川氏

(株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役社長兼CEO、KPMGジャパンCDO 茶谷公之(左)、株式会社デジタルワレット 代表取締役社長 宮川英治氏(右))※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

茶谷:          宮川さんとは長く付き合いがありますが、こうやって対談できることをとても嬉しく思います。デジタルワレットでは、モバイル国際送金サービス「Smiles Mobile Remittance」が、グローバルに活躍するユーザーの日々のライフスタイルを支えるサービスとして評価されていますね。従来の国際送金の課題であった煩雑な手続きや長い所要日数、高額な手数料などの不便さをスマホひとつで解消できるという点は、日本で働く外国人の方々だけでなく、海外で同じような働き方をする人達にとっても有用なサービスだと感じます。

宮川さん自身は以前からデジタル通貨のサービス開発等に携わってこられたわけですが、なぜ独立してこれに注力するようになったのか、動機や経緯を聞かせてもらえますか?

宮川:          私が起業したのはちょうど40歳の時でした。実は、5社ほど起業していて、そのうち現在最大の社員数となっているのがデジタルワレットです。私がこれまで経験してきた領域の事業が拡大してきたということで、デジタルワレットは経験型のベンチャー例、と分類できるかと思います。

起業した年齢に至るまで、世界中で多様性あふれるメンバーをマネジメントしながら仕事をしたり、オンラインサービスの知見やレギュレーションをよく理解する機会がありましたし、海外の事情にも明るくなりました。プロダクト化する際に明確なイメージが浮かぶ、という能力も身についたと考えています。

また、業界の中で「どこまで無茶ができるか」という部分を良く理解していること、特に前職時代に見知ったことの「延長線上」にあるという “土地勘”も上手くいった理由だと言えるでしょう。

ゼロから市場開拓する必要がない海外展開方法

茶谷:          デジタルワレットのサイトを見ると、バングラデシュの銀行との業務提携やカナダの送金サービス事業者登録された現地法人の買収など、積極的な海外展開をされているのが伝わってきます。

国際送金事業なので、海外にフットプリントを置くのは当たり前ではありますが、どういった意思決定でこれらの国での活動を活発にされているのでしょうか?

宮川:          一般的に国内のIT企業が海外進出するとなると、まずは日本のマーケットで地位を確立した上でUSのマーケットに展開していくのが常法でしょう。ただ、その場合、カスタマーの属性が日本人から米国人やカナダ人へと変わるので、全く違う属性に対してマーケティング戦略や市場参入の戦略をほとんどゼロから考える必要が出てきます。

一方、私達のビジネスモデルはそもそも日本国内で活動している外国人、例えばインドネシア人やベトナム人、フィリピン人などがカスタマーなので、たとえUSのマーケットに展開するとなっても、現地にいる日本のマーケットで対象としていた属性の人々が顧客になり得ます。住んでいるところは違うけれど、属性としては同じ国出身で同じような教育を受けて、文化的背景も共通し、たまたま米国に行ったか日本に来たかの違いしかない、ということで、戦略を考える上でアドバンテージが生まれるのです。

茶谷

特にカルチャーについては利点が大きいと感じます。マーケティングのコンテンツクリエイティブ、つまり、テイストやブランディング、メッセージングといったものを共通で活用できるからです。そうした展開の仕方を狙って、日本で徹底的に成功モデルを作った上で、それを海外の同属性のマーケットに展開しようとしています。そのため、自然と日本で掴んだ顧客と同じ属性のユーザーが多い国を選んで進出する、という進め方になっています。

茶谷:          なるほど。趣味の世界などでは今おっしゃったやり方がワークするようになっていますね。ひとつの国ではそれほどマーケットのボリュームがないけれど、世界中を見渡すと100万人規模のファンがいる、ということは多々あります。その考え方で戦略を立てている、ということですね。

アジア発の金融プラットフォームに対する「意地」

宮川氏

茶谷:          今すでに発表されている進出先としてはバングラデシュが最新の場所だと思うのですが、今後はベトナムなどの東南アジアでも送金ビジネスが増える可能性がありそうですね。サービスを横展開していく先は多いように感じます。

宮川:          そうですね。カナダでは、ライセンスを保有する会社を買収しサービスをすでにスタートしました。米国内でも会社を設立し、各州でライセンスを取得しているところです。ほか、2022年はシンガポールにも拠点をオープンしました。

金融の業界というのは欧米資本の会社が多く、クレジットカードのVISAやマスターカードのネットワークは強固なものです。また、世界の主要金融機関が加盟し、国際標準のようになっているSWIFT(スウィフト)も本部は欧州にあり、欧米の金融プラットフォームのひとつだと言えます。

そうした中で、アジア発、できれば日本発の金融プラットフォームを展開する、というのをぜひ実現させたいというのは起業動機のひとつでもあり、それを達成させることに意地のような気持ちも持っています。

茶谷:          「意地」という言葉が聞けるとグッとくるのですが、それはどういった理由からなのでしょうか?

宮川:          やはり、ITの分野で仕事をしていると欧米の巨大IT企業群に対して思うところはあるものです。同じようなアイディアを持っていたとしても、ことごとく敵わなかった歴史があり、そうした流れをして日本を「IT敗戦国」と表現するような意見もあります。その“敗戦のショック”からまだ立ち直れないとするなら、日本発の国際送金・ペイメントサービスのベンチャー企業として“一矢報いたい”という気持ちがあります。

他方、歴史を紐解いて現状を見ると、確かにここ200年ほどは産業革命から欧米が栄えてきましたが、それ以前はアジアのGDPは全世界の過半を占めていた歴史があり、最近のアジアの人口増加と経済の盛り返しは目を見張るものがあります。そういう流れの中で、やはりアジア発の金融プラットフォームが出てきてしかるべきだと思っていました。

残念ながら現時点ではそうしたものがないので、私達がそれを作りたいと思っていて、日本では収益も上がり上手くいっていると手応えを感じています。

茶谷:          それを実現するにあたっての障壁があるとすると、どういったものが挙げられるのでしょうか?

宮川:          これまでは大きな資本を持つ企業らが巨大な買収や投資を行うことが常態化しており、資本の調達力が重要な要素をしめていてUSや中国のベンチャー資本調達力に日本はかなわない面があったかと思いますが、コロナ禍はそうした意味で追い風になっている部分があります。

世界的に恐慌の状態になると、土地や建物、会社といったモノの値段が下がるものです。それが一瞬で起こったのがこの2年ほどだと感じており、ちょうど新型コロナウイルス感染症の問題が世界的に深刻になった数ヵ月後くらいからはとても良いチャンスに恵まれました。今までは現地法人を買収するのはかなり難しかったのですが、コロナで経済が混乱した瞬間に、一気に海外展開のチャンスを掴むことができたと感じています。

アプリにもハイタッチな要素が求められている

茶谷:          では、ユーザーを増やしていく上での話に移りましょう。「Smiles Mobile Remittance」のアプリケーションは使いやすさやデザインの良さがとても洗練されていると感じました。アプリケーションを作る際、デザインコンセプト、あるいはユーザーエクスペリエンスに対してどういったこだわりを持って取り組まれたのでしょうか?

宮川:          デジタルワレットにはB2C向けサービスとB2B向けサービスがあるのですが、いずれもアプリの作り方の方針が全然違ってきているように感じています。

以前は非常にシンプルで機能がよく論理的に整理されたアプリケーションが多く作られていましたし、当初は我々もそうしたものを目指していました。しかし、コロナ禍以降、機能面や価格というよりエモーショナルなマーケティングやコンテンツ、ユーザーエクスペリエンスを向上させるような参加型の“何か”が求められるようになっていると実感しています。

茶谷

そこで、情報を整理してカテゴライズして大〜小分類に整えて作っていたものを、もう少しエモーショナルなメッセージがトップに躍り出たり、トップ画面の構成も論理的には破綻しているけどもユーザーの琴線に触れるようなものを前に出したり、という、エモーショナルなUXを中心に据えるデザイン方針の変更をかけました。それが受け入れられているようですね。

茶谷:          その話を聞いて、デジタルワレットの会社紹介ビデオの構成やなぜあれが作られたのか、納得がいきました。あのビデオは非常にハイタッチな内容ですよね。

会社の中にはこんなに多様な人達がいるのか、というのが3分ほどのビデオを見るだけですんなりと分かるし、楽しそうな会社なのだと伝わってきます。そうした会社が提供しているアプリケーションなのだな、と思うと、ハイタッチなアプリの構成も納得です。

我々KPMG Ignition Tokyoにも外国籍のメンバーが多数在籍していて、出身国は28ヵ国にのぼります。ネイティブ言語数で32ほど。そうした多様性を理解するために、全社会議では、出身国を紹介するような内容のショートムービーを作って紹介してもらうようにしています。

この内容がなかなかおもしろく、見ていて楽しいのですが、宮川さんの会社のビデオと価値観が似ていると感じます。社員が楽しんでいろんな面白いことやっているというのは会社の雰囲気を作る上でも凄く大事なのだな、ということを再認識しました。

暗号資産(仮想通貨)とRegTech(レグテック)

宮川氏

茶谷:          多国籍化の話と少し関連するかもしれませんが、暗号資産(仮想通貨)の話についても宮川さんに聞いてみたいと思っていました。暗号資産の成り立ちの背景には、既存の権威に頼るのではなくオルタナティブな存在が必要だ、という発想があると言われています。そうした性質も持つ暗号資産について、宮川さんはどのように捉え、今後のビジネスを構想されているのでしょうか?

宮川:          まず私達のビジネスで言うと、現状は国家や中央銀行が発行している法定通貨を扱っています。技術開発として、ブロックチェーンを使用したシステムを開発したりはしてきましたが、最終的に貨幣価値を移動させるためには、マネーロンダリング対策をどのようにしていくかという問題に帰着すると考えています。実際のところ、暗号資産を直接取引するマーケットを構築するのは技術的・仕組み的には困難ではありませんが、国家間をまたがって、社会で広く使える価値を移動させるためには、この点をクリアできるかどうかが分水嶺になると思います。

また、私達としては、税収がなくなれば国家が滅び、国家が滅びれば治安も悪くなり、経済にも悪影響が及ぶという前提に立っているので、安定して税収を得られる法定通貨は経済活動の主軸として存在し続けるという前提のもとに、現在はサービスを展開しています。

ただ、暗号資産にしても既存のSWIFTにしても、大局的に見ると結局は何かを媒介にしているものです。取引の間にはゲートキーパーが存在し、手数料等のコストはかかるわけです。ですので、そうした理解から見ると、より直接個人間での取引を実現する各種暗号資産と、私達のダイレクトに送金インフラを構築する国際送金ビジネスのモデルは本質的にはそう変わらない、と言えるでしょう。

結局のところインターネットの最大の強みは「P2P(Peer to Peer)で直結させる」という点であると思っています。それに勝るものはない、というのが私達の結論なので、技術としてはブロックチェーンなどが出てきて、それを活用することもあると思うのですが、最終的にはP2P取引できるようにする、というのがゴールで、ブロックチェーンや暗号資産は手段としての一選択肢として扱っています。

茶谷:          今、マネーロンダリングという言葉が出てきましたが、マネロンやテロ資金供与を目的とする不正送金への対策については全ての金融機関が長年神経を尖らせてきて、今日も戦いが続いていると聞きます。

そうした中で、デジタルワレットが2019年2月に始めたeKYC(電子的な本人確認)のサービスはかなり先進的な取り組みだと感じました。あれを始めた経緯はどのようなものだったのでしょうか?

宮川:          eKYCは現在ではグローバル・スタンダードになっているものです。これまで行われていたKYC(Know Your Customer、本人確認)では、免許証など公的機関が発行する証明のコピーを物理的にやりとりして銀行口座を開設する、といったフローがありました。これをオンライン化することは、対応スピードが早くなるだけでなく、より高度な正当性や証明性を担保することにもなり得ます。

それというのも、コピーの場合、コピーをさらにコピーしたものであったり、偽造されたものであったりしても見抜けないケースが多々考えられます。それに対し、デジタル化した証明物を確認できるようにすることで、より高精度に不正を検知することができると考えられます。私達はそうしたセキュリティ面の優位性を感じて導入を検討し、規制改正と同時にサービスインできるようずっと開発をしていた、というわけです。

茶谷:          なるほど。確かにデジタル化されると改ざんがしづらくなる部分はあります。また、最近ではディープラーニングで著名人の顔を複製するような技術が出てきたけれど、その見破り方も見つかった、という話があります。もちろん、その“欠点”をフィックスする技術も出てくるのでしょうが、偽造があることが分かるだけでも対策が立てられるようになりますね。

宮川:          そうですね。現状で私達のサービスにおいて大きな問題になっているのは、外国人の偽造在留許可証が出回っている、ということです。我々の中ではAIで判定して不正検知していますが、その際にすでに偽造在留許可証が出ている地域の情報や同じ人が作ったと思われるものなどの情報も加味し、検知次第「疑わしい取引」の案件として、警察や国際犯罪対策の当局に情報提供することまで行なっています。

茶谷:          そうしたことも対応されるんですか。

宮川:          これは金融業界全体の取り組みとして行なわれているものです。デジタルワレットを始めて以来、そうした“闇社会の動き”を垣間見る機会はあり、IT企業といえどもある意味で泥臭い活動が必要なのだと知りました。

茶谷:          なるほど。金融業界といえば、2021年夏にFATF(金融活動作業部会)の第4次対日相互審査報告書が公表されましたね。eKYCの導入や「疑わしい取引」の通報もこれに関わることだと思います。

宮川:          FATFの調査は金融業界全体に対して行なわれましたし、私達にも無関係ではありませんでした。

例えば、日本では銀行口座の売買が行なわれている、という指摘がありますが、それを防ぐための施策を各金融機関が自社の顧客の属性ごとにリスクを洗い出し、どうリスクコントロールするかを独自に考え、その対策法を実践できるよう取り組んでおられたようです。

また、FATF側はその達成度合いを確認した、というのが調査の内容のひとつです。報道では厳しい論調もあるようですが、私としては、日本の金融庁の対応やガイドラインなどは適切で、我々の質問や相談にも迅速にアドバイス・対応をいただいており、日本としての対応状況をポジティブに捉えています。

茶谷:          そうした際、個別の金融機関がそのリスク度合いをどう設定するかはさておき、検知モデルは業界共通で作っているのでしょうか? それとも独自で対応する必要があるのでしょうか?

宮川:          実のところ、日本では各金融機関がそれぞれ対応している、というのが現状です。状況は国により異なり、我々がサービス運営している国でみてみると、シンガポールは日本と類似の運用といえますが、カナダは当局が全件取引データを集める運用を行なっているなど、違いがあります。私としては、今後は、各社をまたがって犯罪行為を行うユーザーの情報共有の仕組みができてきたら良いと期待しています。

茶谷:          金融機関が断片的に保有している情報を集合知にして問題の有無を判定する、という仕組みは重要でしょう。我々もそれに関連する研究として、完全準同型暗号を使ってフラグメントされた暗号化した状態の情報を集め、ひとつのモデルにできるといいな、と考えています。

そうすれば、トランザクションの中身は明らかにせずに暗号化した状態で合体させ、演算ができるようになるでしょう。この考え方であれば、単体では完全情報になっていないケースで生じる問題を解決できるのだと想像しています。

宮川:          そうですね。 そこでひとつ懸念されるのが、やはり暗号化されたとしてもどこかの民間企業が主導して集めるのには抵抗がある、ということです。ここはやはり当局が主導する必要があるように感じます。

日本の場合は金融庁になりますが、当局とやり取りをしていると、社会変化と技術進化への対応に積極的だと感じます。国際ルールに合わせようという意思も伝わってくるので、金融業界のスピード感ではあるものの、IT技術を取り込んで確実に変化が起こると見ています。

イノベーションとレギュレーションのバランス

茶谷:          金融業界のレギュレーションの次に話題にしたいのが、イノベーションとレギュレーションのバランスです。イノベーションのタネが思い浮かび、「やってみるとおもしろいかも」と思っても、「レギュレーションの問題で実現できない」ということは少なくないように思います。特に金融分野には数々のレギュレーションがあるので、そうしたジレンマはあるのだと推察します。

宮川さん自身は弁護士資格をお持ちですが、新規ビジネスを立ち上げる時、弁護士的な視点でモノを考えるクセがある、といったことはありますか?

宮川:          ひと昔前までは「何でもデジタル化すればいい」という雰囲気だったと思うのですが、今はデータドリブンなDXでなければ勝負ができないという側面が多くの分野にあると感じます。特に、金融や人材関連のビジネスは規制をDX化することが半ば必須になってきていると言えるでしょう。それを実現するには、どういう閾値(境界となる値)で、どういうものを弾いたり、どういうものをクエリ掛けしてデータベースから抽出したり、どういうものを機械学習して教師データとして投入していくかを理解して設定する必要がある、と考えます。

茶谷

私は、弁護士資格を持っているとかどうかに関わらず、金融のデジタル化に携わる人は絶対にレギュレーションや限界値を理解して噛み砕き、それをコンピュータのパラメーターに落とし込むスキルがないともうダメなのだと思っています。実際にデジタルワレットでは私だけではなく、開発メンバーも十分に理解していると感じます。

茶谷:          最近、コンピューター用語で経営が語られるケースが多くなっています。企業のオペレーティングシステムやAPI的な機能といった形で、ある意味でコンピュータの進化がメインストリームになってきたので、それに合わせて経営の形をマッピングし直しているという変化が起こってきている、という印象です。

だからこそ、レギュレーションを理解してパラメーターに落とし込むことができなければならない、というのは「まさしくおっしゃる通り」だと思いますね。

宮川:          ソースコードを勉強するかどうかはさておき、DX経営の中には、要求や仕様を決めてパラメーターに落とし込める能力が必要だ、というふうになっているのでしょう。

データと対話する時代に何をすべきか?

宮川氏

茶谷:          先ほどおっしゃったようなDX経営に向けた思考の転換は一朝一夕にはできないのかもしれません。例えば、一般企業において、DXの推進やAIの導入となった時、「具体的に何をしていいかが分からない」という状態に陥るケースは少なくないようです。それというのも、経営トップは「何かしなければならない」という危機感があっても、現場の担当者に「何かしてくれ」と指示した時に何をすればいいのか分からない、そもそも何が求められているのか分からない、ということで「会社の自分探しが始まる」といった状態になるというケースがたびたび見受けられます。

宮川さんの場合、やりたいことがはっきりしているから「会社の自分探し」に至らないと思うのですが、なかなかそういう恵まれた状態の会社は多くないのでしょう。そうした課題を解決するにはどういったアプローチが必要だと思いますか? 

宮川:          我々の事業はB2B向けとB2C向けがあると言いましたが、B2B向けで長くお付き合いのある企業からはDXの困りごとの相談を受け、プロジェクトとして困りごとの解決のお手伝いする機会も増えています。

今のDXは、システムインテグレーターがシステムをどんどん組んで全体設計するというよりモジュール化して部署ごとにインターフェースを区切り、事業部ごとにデータを見たりするようになっています。一方で、データを解析しないと何も見えてこない、ということにもなっていて、その解析をコンサルティング会社に依頼するとかなり時間がかかってしまう、という問題も起きています。

それならば、社員の方々が直接、例えばgoogleのプラットフォームでビッグクエリ抽出ができたり、ある程度の解析ができるようになった方がずっと効率的でしょう。そうなるようお手伝いするーーつまり、会社のデータドリブンの支援をしているというわけです。

茶谷:          確かに、疑問を持っている人達が自分でデータを抽出するところから分析までできることが凄く大事ですね。トライ&エラーになる部分はあるでしょうが、パラメーターを変えて結果を見たり、新しい切り口の仮説を立てて検証したり、という一連の流れを自分でできなければならない時代だと思います。

誰かが整理してくれた二次情報は結局のところ、過不足や見逃しが起きる場合があるでしょう。だからこそ、宮川さんがおっしゃるように自分で手を動かしてデータドリブンな考え方を皮膚感覚にしていくことが大切ですね。

宮川:          さらに付け加えるなら、今は「データと対話する時代」に近付いているのだと思います。私達の顧客にしてもそうですが、あらゆる業種で、顧客がサービスから離脱する速度が上がっています。5分から10分以内に何らかのレスポンスを返さなければ別のサービスに乗り換えてしまうような時代になっているのだと考えています。

茶谷:          なるほど。それは実感としても理解できますね。

例えば、何かのサービスに新たに会員登録したとして、飛んできた確認メールのリンクを踏まないと登録が完了しない、といった仕組みだったとします。そうなると、もし、確認メールの配信が遅いと登録しようとしたことをつい忘れてしまっていたり、後から気付いてリンクを踏もうとすると時間切れになっていたり、となりえます。多くの場合、そうした状況になれば「もういいか」と離脱してしまうものです。つまり、人はみんなリアルタイム性を強く求めている、ということですね。

宮川:          そうです。もうデータドリブンであることは企業にとって必須だと思うのですが、これからはさらにリアルタイム・データドリブンが求められるのだと思います。

非言語情報の代替は最後のハードルになる

茶谷:          金融とテクノロジー、国際化、データドリブンからリアルタイム・データドリブンなデジタル経営等、幅広い議論ができてとても刺激的でした。最後に少し大きなテーマの質問をしたいと思います。

30年後や50年後、デジタルワレットという会社やそこで提供しているサービスはどうなっているか、そしてそれを取り巻く社会はどう変化していると見通しておられますか?

宮川:          まず具体的な私達のサービスについて。これで言うと、30年後くらいには知的労働のデジタル化がより進み、ロケーション移動する必要がなくなっていると想定しています。一方、サービス業やエクスペリエンスに関わるビジネス、例えばトラベル事業やレストラン事業などの産業は活性化しているはずです。仕事において動かなくてもいい人達、デジタル上で仕事をしている人達は、給料の受け取りもグローバル化され、国際通貨で決済を行なうというようなライフスタイルも珍しくなくなるかもしれません。そうなれば、私達のような国際的な通貨移動をお手伝いするサービスはかなり普及すると考えます。

宮川氏

30年後から50年後に私達のサービスがどうなっているかというと、エッセンシャルワーカーやトラベル業などに携わる、物理的に移動が必要な人達の数の増加に従って、そこに浸透して行くだろうと見通しています。

最近は自動化できる範囲が増え、コンピューターに任せられる仕事が増えてきました。その一方、「妄想」というのは人間が必要な仕事です。50年後以降にはクリエイティブやエモーショナルな事柄、想像を超える“変化球”を突然投げてくる何か、といったことが求められるのだと感じます。金融の世界でもそのエモーショナルな部分は不可欠で、これはどうしてもなくならないだろうと感じています。

特に「信用」についてはテクノロジーに任せきれない部分があります。

海外の銀行との取引を進める際、私達のようなベンチャー企業に対し、相手行の頭取が出てくる場面が複数回ありました。彼らは私の人となりを見定めるにあたり、ファミリー同士で交流し、子ども同士を引き合わせて様子を見たりするのです。そこでは、その人物が過去どういう歴史を経てきたのかを、家族の構成や雰囲気、その場での立ち振る舞いからお互いをスキャンしているわけです。ベンチャー企業だから相手先からどう信用を獲得するか、考えることは多々ありますが、人間としての存在感やコミュニケーションのあり方をとても重要視しているのだな、と感じたものです。

茶谷:          それはある意味で、非言語情報が凄く重要である、ということの証左ですね。

実はデジタル化できない情報が重要で、より責任が重い判断をするには特にその情報が不可欠だ、ということが伝わってきます。

宮川:          おそらく、そうしたことが金融の信用力のスコアを作ってビジネスをする上で最後のハードルになるのだと思います。

茶谷:          よくイノベーションについても、「説明できない間にこそ価値がある」と言いますね。いわゆる言語化できる前、皮膚感覚では分かっているけれど説明がどうしてもできないようなものに大きな価値や可能性がある、という意味です。その内容と宮川さんのエピソードの根幹がとても似ているように感じました。説明できるものは伝達可能なのでどうとでもなりますが、説明できる前のものというのはマネのしようもない、と。

ただ、そこにこそ大きなイノベーションの可能性があると思います。デジタルワレットの場合、会社名にデジタルを冠していても結局はデジタル以外のところが大事だ、というのはなんとも示唆的なことですね。

宮川:          そう思います。前半に少し触れましたが、私達が提供しているアプリケーションやカスタマーサポートは非常にハイタッチで、あえて有人対応している部分も多々あります。特にコールセンターについては、ベトナム語での対応が必要ならベトナム・ホーチミンに繋がるようにしていますし、英語でもフィリピン出身の顧客ならフィリピン・マニラに繋がるようにしています。

ホームカントリーからカスタマーサポートの連絡がきたり、連絡先がホームカントリーであったりすると、やはり故郷を離れた人達にとってはグッとくるのだそうです。

つまり、「英語なら全て一律にインド ベンガルールのコールセンターで対応すればいい」というものではなく、やはりネイティブの地域で対応するのがとても重要であり、実はそこが将来においてかなり勝負の分かれ目になるのだと考えています。

茶谷:         それは凄く重要な要素ですね。確かに非常にハイタッチなコミュニケーションがあれば、「それがあるからこそ、このサービスを使おう」という気持ちになります。

宮川:          今、DXの推進が叫ばれており、この先これが実際に進んでいくことになると思います。では、その先どこに行くのか? というと、アナログのエモーショナルな部分をどうやってデジタルに乗せるか、というデザインセンスの妙が求められるようになるでしょう。

茶谷:          そのセンスはアートの世界でしょうね。

宮川:          そうなのでしょう。それもあり、私達も当初はエンジニア中心に進めていた採用について、今はデザイナーを強化するように方針を変えています。もうマジョリティーとされる顧客へのアプローチはメドがついているので、今度はユーザーエクスペリエンスを充実させていこう、というわけです。

そのようにしてDXにエクスペリエンスを組み込むことができたところがこれからの勝者になっていくはずです。

対談者プロフィール

宮川氏

宮川 英治
株式会社デジタルワレット代表取締役社長

国内大手法律事務所での弁護士勤務から、ソニーグループに転職後、アイワ株式会社に出向し経営企画と事業再編等に従事。その後はソニー株式会社にておサイフケータイ等の事業創造を実現。欧州地域の事業責任者等、多国籍チームのリーダーをつとめながら、数度にわたり本社にて全ソニーグループの構造改革に携わる。ソニーグループコンスーマー商品のクラウドプラットフォームの立ち上げを、東京、インド、US、EUにまたがるプラットフォーム開発チームを率いて実現。

その後、2014年に起業し、現在、株式会社デジタルワレット代表取締役。デジタルワレット創業後は、サービス開始後3年で日本最大のモバイル国際送金サービスを構築し、日本発のFintech企業として現在US、カナダ、EU、シンガポール、フィリピン、ベトナム、インドネシア等に事業を展開するグローバルFintech企業に成長、10ヵ国以上のプロフェッショナル人材が結集したグローバル企業を経営。同時に、イオングループのWAON POINTサービスなど、大規模サービスを開発運用し、日本の各企業のDX化を支えるITパートナー企業としても事業を展開。日本法弁護士。

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