本連載は、日経産業新聞(2021年10月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

リスクを考慮した脱炭素ビジネスを

温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標年限の足並みを揃えることは容易ではありません。英グラスゴーで会期を1日延長して2021年11月13日に閉幕した第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)の合意文書も、新興国への配慮や資源国への譲歩が見られる現実的なものとなりました。一方、日本は岸田文雄首相が演説でアジアの脱炭素化支援などを打ち出しています。

本連載では脱炭素について、課題の解決を目指すさまざまな技術、それらの研究開発から工業化・商業化までを支えるファイナンスの動向など、多くの側面から取り上げてきました。これらの取組みが国内の温暖化対策のみならず、海外でのビジネスチャンスとして目が向けられることが期待されます。
今後、より重要なことは、可能な限り多様なパス(道筋)と戦略オプションを確保することです。そのためには絶え間ないイノベーションへの挑戦が必要となります。
もっともイノベーションは、見たことがない新技術の発見から身の回りの仕組みの変革まで、その範囲は広大です。また、枯れた技術の組み合わせでも、画期的な製品・サービスの開発に結び付くこともあります。問題はそうした革新的な技術がいつ登場するか事前にはわからないことであり、現在見えている実現可能性の高い技術によって、未来の不確実性を低下させることも併せて必要です。

あまり話題になりませんが、地球温暖化を人工的に防ごうという「ジオエンジニアリング(地球工学)」の研究開発も進められています。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2021年8月に公表した第6次評価報告書でも検討されています。
たとえば、成層圏に硫酸塩などのエアロゾル(微粒子)をまいて太陽光を遮ることで地球を冷やす「SAI(成層圏エアロゾル注入)」と呼ぶ技術があります。これは地球温暖化対策よりもはるかに安上がりと考えられているものの、温度が下がり過ぎると特効薬が劇薬になりかねません。
しかし、こうした研究開発こそオプションにふさわしいと言えます。想定外の原因で暴走が止められなくなる転換点を超えるような温暖化のテールリスク(低確率だが影響が大きいリスク)に備える選択肢があるに越したことはないからです。

また、1991年のフィリピンのピナツボ火山噴火のような事象があると地球の温度が0.5度下がるという指摘もあり、地球環境はそもそも人間が制御しきれる問題ではないことにもいま一度謙虚に向き合うことが必要でしょう。
さらに、脱炭素化を進めるにあたり、化石燃料の上流投資からの撤退が進んでいる影響で、供給過少によって燃料価格が上昇するなど最終消費者の生活に暗い影を落とし始めています。2021年夏の欧州や中国で発生したエネルギー価格の高騰や電力不足などは、日本でも対岸の火事ではありません。グリーンとインフレーションを合成した「グリーンフレーション」の発生も懸念されています。

これらのリスクのすべてを考慮したうえで脱炭素ビジネスを進めねばなりません。ちなみにラテン語のリスクの語源には「勇気を持って試みる」という意味があり、この試みを実行するには自由な選択肢をどれほど多く確保しているかにも依存します。この意味でも、人間が求めるサステナビリティ(持続可能性)にゼロリスクはないのです。

日経産業新聞 2021年11月22日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

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