小売業界のマテリアリティ開示分析と分析結果から考える将来像

本稿では、小売業の主要な会社について、実際のマテリアリティ開示内容を分析し、その特徴について解説します。また、分析結果が示すサプライチェーン・マネジメントの重要性から、小売業界の将来像について考察します。

小売業の主要な会社について、実際のマテリアリティ開示内容を分析し、その分析結果が示すサプライチェーン・マネジメントの重要性から、小売業界の将来像について考察します。

サステナビリティ開示に関して、海外では昨年11月、IFRS財団によってISSB(International Sustainability Standards Board:国際サステナビリティ基準審議会)が発足され、国際的なサステナビリティ開示基準の開発が進められています。一方、国内においても、財務会計基準機構によってSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan:サステナビリティ基準委員会)の設立準備が進められるなど、昨今ますますサステナビリティ開示に関する関心が高まっています。

小売業は個人消費者に最も近いビジネスであることから、投資家だけでなく、個人消費者の視点からもサステナビリティに関する問題意識を高く持っています。そのため、経営ビジョンから導出される中長期的な視点を持ったサステナビリティに関するマテリアリティ(重要課題)についても、早い段階から検討、開示されてきました。

本稿では、小売業の主要な会社について、実際のマテリアリティ開示内容を分析し、その特徴について解説します。また、分析結果が示すサプライチェーン・マネジメントの重要性から、小売業界の将来像について考察します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT1 小売業界では「サプライチェーン・マネジメント」を重要視
サプライチェーン・マネジメントは、環境・社会・ガバナンスのいずれにも大きく影響する。そのため、小売業の主要な会社は、サプライチェーン・マネジメントをマテリアリティとして特定している。

POINT2 小売業界の将来像としての3つの方向性
サプライチェーン・マネジメントの重要性が強く意識される背景には、顧客ニーズの変化や気候変動等に代表されるビジネス環境の急激な変化があり、将来のサプライチェーンをいかにマネージすべきかが課題となっている。そうした観点から、KPMGでは小売業界の将来像として「真のオムニチャネル組織」「スペシャリスト」「プラットフォーマー」の3つの方向性を示している。

I.小売業界におけるサステナビリティ意識の高まり

食料品やアパレル等を取り扱う小売業は、販売先が不特定多数の個人消費者で、取り扱い品目も多種多様です。また、国内外を問わず調達先が多岐にわたり、従業員などのステークホルダーも多数存在しています。

そのため、小売業の会社の多くは、投資家目線からだけでなく、個人消費者目線でのサステナビリティへの問題意識が高く、早い段階からマテリアリティ(重要課題)について検討・開示されてきました。

II.小売業界におけるマテリアリティの開示分析結果とその特徴

1.マテリアリティの開示分析結果

本稿においてマテリアリティとは、持続的な成長と中長期的な企業価値向上の実現に向け、ビジネスモデルを持続させるうえで対処すべき重要課題と定義しています。

国内の小売業の会社のうち、主要な会社(日経225対象、売上高1兆円超の会社9社)を対象に、実際に開示されている各社のマテリアリティを分析したところ、図表1のような結果になりました。

図表1 小売業界におけるマテリアリティの主な項目

マテリアリティの主な項目 分野 記載会社の割合
(1)サプライチェーン・マネジメント 環境・社会・ガバナンス 100%
(2)GHG(温室効果ガス)排出量の削減 環境 100%
(3)廃棄物の管理 環境 100%
(4)地域社会との共生 社会 100%
(5)従業員のダイバーシティ 社会 100%
(6)製品・サービスの品質・安全の確保 社会 100%

2.小売業界におけるマテリアリティの特徴

小売業の主要な会社ではマテリアリティを3から10のテーマに絞り、それらの内容を開示しています。記載内容は、単なる課題の特定と理想的抽象的な目標で終わることなく、多くのテーマで数値目標を設定し、その目標とKPIとを連動させており、目標達成への意欲の高さが見られます。

また、マテリアリティの設定プロセスにおいても、投資家やサステナビリティ有識者、従業員による意見の反映に留まらず、消費者や取引先、地域社会など、幅広いステークホルダーとの対話による意見を重視した結果が反映されている点も特徴的です。

今回調査対象とした小売業の会社において、共通するマテリアリティとして、下記の6項目の特徴が見られました。

(1)サプライチェーン・マネジメント
今回対象としたすべての会社で、サプライチェーンにおけるリスク管理をマテリアリティとして開示しています。

サプライチェーン・マネジメントが重視される大きな要因には、テクノロジーの発達やコロナ禍を起因とする消費行動の急激な変化に対していかに対応し、適時に消費者ニーズに応えていくかということがあります。

もともと小売業界は、商品の調達先が国内外のあらゆる地域にわたっていることから、その調達ルートも複雑でした。加えて、気候変動等による農作物・水産資源の収穫量の増減、輸出国の規制、地域紛争等を受け、近年では生産適地等からの調達ルートに関する不確実性がより高まってきています。そのため、商品を安定的に調達するには、サプライチェーンを把握・管理し、突発的な事象が発生したとしても適時に対応することが求められています。こうした点からもサプライチェーン・マネジメントが重視されていると考えられます。

また、サプライチェーンにおけるGHG排出量削減もマテリアリティとして捉えられています。これは、小売会社自体よりも、サプライヤーによるGHG排出量が多いためです。さらに、小売会社が取り扱っている商品についての社会的責任の側面も重視されています。サプライヤーやその先の下請会社において人権や労働環境等が整備されているか、フェアトレードがなされているかなども鑑み、サプライチェーン・マネジメントがマテリアリティとして定められていると考えられます。

(2)GHG排出量の削減
今回対象としたすべての会社で、GHG排出量の削減がマテリアリティとして開示されています。

GHG排出量の削減は世界的に取り組むべき課題です。小売業界でも、店舗・事業所等における直接排出(Scope1)や供給された電気等のエネルギーに関する排出(Scope2)に留まらず、サプライチェーンも含めた間接的な排出(Scope3)も含めた幅広い範囲で重要課題として捉えられています。なお、GHG排出量の削減については、最重要課題と捉え、2030年、2050年における野心的な高い数値目標を定めている会社も多く見られます。

今後、東京証券取引所のプライム市場においてTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)に沿った開示が求められることもあり、引き続き最重要課題として取り扱われると考えられます。

(3)廃棄物の管理
今回対象としたすべての会社で、廃棄物の管理がマテリアリティとして開示されています。

食料品を扱う小売会社では、食品廃棄物が一定程度発生しますが、当該食品廃棄物の処分に伴うGHG発生への悪影響を重要視しています。この課題解決のため、デジタルをさらに活用した生産・発注の調整や新たな資源への活用など、食品廃棄物を削減する取組みが行われています。

食料品以外においても、包装等に使われるプラスチック製品などにおける環境への影響を重視し、大量消費・大量廃棄の社会から、循環型社会を目指し、その一環としてのリデュース・リユース・リサイクルの仕組み作りを重要課題として捉えています。

(4)地域社会との共生
今回調査対象としたすべての会社で、地域社会との共生がマテリアリティとして開示されています。

主要な小売会社は、店舗を基点として、地域住民や行政と連携して街づくりを行い、地域社会のコミュニティを形成していることが多く、社会インフラとしての役割を有しています。

そのため、災害時においては、店舗が防災拠点として、一時避難場所の提供や救援・救護の活動拠点としての役割を担うなど、地域のさまざまな課題に積極的に対応することを重要課題として認識していると考えられます。

(5)従業員のダイバーシティ
今回調査対象としたすべての会社で、従業員のダイバーシティがマテリアリティとして開示されています。

多数の従業員が従事する小売会社においては、より多様な価値観や能力を尊重し、人種、国籍、性別、障害などの有無に関係なく、活躍できるダイバーシティ社会を目指していくことが求められています。

そこで主要な小売会社は、より人材を重視し、様々な従業員が活躍できるような職場を実現することを重要課題として認識していると考えられます。さらに、実行性を高めるため、女性管理職比率、育児介護離職率、育児休暇取得率等の数値目標を定めて、多様な従業員が活躍できる場の提供に積極的に取り組んでいます。

(6)製品・サービスの品質・安全の確保
今回調査対象としたすべての会社で、製品・サービスの品質・安全の確保がマテリアリティとして開示されています。

食料品を含め消費者に身近な製品・サービスを扱っている小売会社においては、製品・サービスの品質の確保や安全の追求は必須であり、いずれの会社においても従来より経営課題として認識していました。改めてサステナビリティの観点においても引き続き重要視されており、重要課題として認識されています。

III.小売業界における3つの将来像

前節では、今回調査対象としたすべての小売業の会社においてマテリアリティとして捉えている6つの項目を解説しました。これらはそれぞれが別個のテーマではあるものの、相互に密接に関連しています。

本稿では、6つの項目の中でも小売業界にとって最も本質的な問題であり、他の5項目とも強く関連するサプライチェーン・マネジメントを取り上げ、小売業のビジネスモデルの将来像について考察します。

現代の小売業におけるサプライチェーンは、これまで経験したことのない不確実性を持つ複数の課題に直面しており、従来のサプライチェーンを維持し効率化していくことがますます困難になってきています。ここでいう、不確実性としては主に以下の状況が挙げられます。

  • コロナ禍を起因とした消費者購買行動様式や売筋商品の急速な変化
  • 気候変動全般に起因する調達可能な商品の変動や商品調達ルートの変化(特に食料品や水産資源)
  • 人権問題への意識の高まりに起因する調達ルートの見直し
  • 急激な脱炭素化の動きに起因する輸送コストの上昇
  • 地域紛争の勃発による調達可能な商品の減少
  • 多発する自然災害がもたらす商品供給ルートへのダメージの可能性増加

こうしたさまざまな不確実なリスクを前提としたサプライチェーンの体制整備、突発的な事象が生じた際のサプライチェーンの見直しを適時適切に行うハードルは非常に高くなっており、万全の体制を事前に整えるのは実質的に不可能と言えるのではないでしょうか。

また、ビジネスの存続を可能にするための最低限の対策を講じることを考えても、従来に比して多大なコストを負担する必要性が生じています。

このような状況のもと、取り扱う商品のラインアップを絞ったり、リアル店舗による販売方法の在り方を再考するような動きが、小売業の会社の中では生じてきています。

こうした点を踏まえて、KPMGでは、小売業のビジネスモデルの将来像として、「真のオムニチャネル組織」「スペシャリスト」「プラットフォーマー」と大きく3つの方向性を予想しています(図表2参照)。

図表2 小売業界における3つの将来像

図表2 小売業界における3つの将来像

出典:KPMG作成

  • 真のオムニチャネル組織
    顧客中心で、シームレスかつチャネルに捉われずにプロダクトを提供することに焦点を当てる小売業者。代表例としては、国民の信頼を得た国を代表するような企業や、バリュー小売業者を指す。
  • スペシャリスト
    特定のカテゴリーを対象に独自のプロダクトを提供する小売業者。代表例としては、カテゴリースペシャリストやメンバーのニーズに焦点を合わせた活動を行う協同組合的な組織を指す。
  • プラットフォーマー
    デジタル技術を活用して、デジタル市場にてプロダクトを提供するプラットフォームビジネスを展開する小売業者。多国籍小売業者もこのカテゴリーに含まれる。

選択肢として3つの方向性を示しましたが、「プラットフォーマー」は限られたごく少数の企業のみしか選択できません。もちろん、プラットフォーマーとしての地位を確立できれば、非常に高い参入障壁により、自社のプロダクトを中心としたエコシステムを形成することが可能となります。

しかし、現実的には、今後ますます複雑化すると思われるサプライチェーンを適切に維持、管理する能力を有し、顧客中心でシームレスな「真のオムニチャネル組織」となるか、あるいは、特定のプロダクトもしくは顧客に特化することによってサプライチェーンを維持管理するリスクを抑えた「スペシャリスト」となるか、このどちらかを目指すことになります。今後のサプライチェーン・マネジメントの対応やデジタル技術の活用の仕方によって、「真のオムニチャネル組織」「スペシャリスト」「プラットフォーマー」のいずれの方向を目指すべきか、小売会社は改めて検討する時期に来ています。

執筆者

KPMGジャパン 
消費財・小売セクター
シニアマネジャー 宇都本 賢二

宇都本 賢二

あずさ監査法人 アソシエイト・ディレクター/KPMGジャパン 消費財・小売セクター

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