本連載は、保険毎日新聞(2021年10月~2022年3月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

1.顧客・他産業から選ばれる保険会社へ

第1回で述べたように、保険会社は顧客のトータルリスクパートナーたるべく新たな時代・価値観を勘案した顧客体験にフォーカスして、今まさにDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していく時です。そして、すでにその取組みが高い評価を受け、顧客や関係者から選ばれている保険会社があります。
その事例紹介に入る前に、DXの取組み方・種類について整理しましょう。保険会社のデジタルトランスフォーメーションの分類は、変革の度合いと、既存事業への影響度合いの2軸から大きく4象限に分けられ、右上に向かってトランスフォーメーションの度合いが強いことを示しています(図表1)。

【図表1:デジタルトランスフォーメーションの分類】

デジタルトランスフォーメーションの分類

タイプ1:既存機能のデジタル化
これは保険会社や保険販売代理店のウェブサイト、保険商品の比較サイトなどから、ごく普通に事例を見ることができます。左下に位置するこの象限は、トランスフォーメーションの度合いは大きくありません。

タイプ2:デジタルな新会社の創設
この象限の例もすでに日本で見受けられるもので、ネット完結型を目指す保険会社(いわゆるネット保険)の新設などが該当します。

タイプ3:個別機能強化
この象限は特定の業務などをトランスフォーメーションしていくものです。タイプ1のように単に持っている資産をデジタル化するのではなく、他社との差別化のために効率性向上やデータ活用に取り組むことを指しています。日本でもここ数年のデジタル化ブームで、ビッグデータ解析やAIを活用した販売提案など、個別機能での取組み事例が見られるようになっています。

タイプ4:全社変革
この象限はこれまでの象限とは大きく異なります。トータルの顧客体験を意識して、顧客や関係する事業体とエコシステムを形成、もしくは、エコシステムへ参加できる保険会社へ変革していく顧客起点でのDXも、この象限に該当します。

2.保険会社におけるDXの取組み事例

平安保険の取組み
タイプ4の事例として中国の平安保険と医療エコシステムを紹介しましょう。平安保険は他社同様、保険事業のあらゆる機能・業務のデジタル改革に取り組んでいます。しかも、保険会社自体として変わるだけではなく、顧客のトータルリスクパートナーたるべく医療エコシステムの形成に参画し、事業活動を展開しています(図表2)。主要な金融ビジネスを強化し、エコシステムの開発を加速させ広く利用されている先進的な技術力を構築するために、研究開発にも多額の投資を続けています。先進的な技術でビジネス・エコシステムを開発し、業界をリードする革新的な製品とサービスを外部のパートナーやクライアントに提供し、それによって行政機関・医療機関・関係事業者(薬局等)・保険者がテクノロジーを活用しながら各種連携の構図を形成しており、結果として広大な国土の各所にいる人々に対し、医療の観点から見た“安心”顧客ジャーニーの提供を実現しています。
この包括的な医療エコシステムには多くの事業体が連携しており、医療管理当局・各種サービス提供者・保険者が技術を含むあらゆる面で医療分野において協力し、顧客にサービスを提供しています。

また、このエコシステムでは、参画しているサービスプロバイダーが顧客の利用状況を把握し、保険者側からも医療機関を管理することができます。これらを通じて水平統合と顧客体験の最大化を追求しているのです。さらに、このエコシステムは垂直的な協力関係も追求しています。医療管理当局をエコシステムで提供されている各種サービスに組み込み、テクノロジーによって関係者の活動の連携を強化し、病院・医師・薬局という医療の中核的資源を支援しています。
そのなかで、平安保険は統合された規制対応プラットフォーム、AIベースの疾患リスク予測、医療画像認識、慢性疾患管理およびコンサルテーション/治療アシスタントツールを通じて医療管理当局を支援しています。2020年末で、平安保険は中国で30の省・158の都市で当ソリューションを医療管理当局に提供しています。AIを活用した医療サービスは、2020年に約65万人の医師が利用したとされており、前年比200%増に相当します。

また、「平安グッドドクター」は特徴的な取組みと言えます。これは、平安保険が提供する医療機関の予約と無料の遠隔問診が可能なアプリです。オンラインリソースとオフラインリソースを組み合わせ、平安保険社内のフルタイム医療スタッフとAIベースの医療システムを通じ、包括的で多層的なワンストップ医療サービスを個人・企業の顧客に提供するものです。サービスには、24時間年中無休のオンライン相談、健康管理、処方、登録、セカンド・メディカル・オピニオン、1時間程度でのドラッグ・デリバリーが含まれます。
2020年末で「平安グッドドクター」には3億人超の登録者がおり、10億件以上のオンライン相談に対応しています。さらに、AIや医療サービスなどの質の高いリソースを持つエコシステムパートナーを育て、1,100社以上のパートナー企業を有しています。なお、「平安グッドドクター」は地域都市の中核病院(いわゆる中国における第3階層病院)2,000近くを含む3,700以上の病院と提携、15万以上の薬局とも連携しています。

【図表2:平安保険における医療エコシステム(イメージ)】

平安保険における医療エコシステム(イメージ)

このように、海外では、テクノロジーを活用した革新的な保険商品の開発・運用を含む保険プロセスの簡素化や、エコシステム形成によるニーズを考慮した顧客体験の提供がすでに始まっており、今後もさらに取組みが進められることが予測されます。

3.結び

顧客体験価値の評価を高める先進的取組みは、すでに海外保険会社に見受けられ、日本の社会や人々の意識もグローバル基準に近づいていくと思われます。そのような背景を踏まえ、国内の保険会社も、顧客体験にフォーカスして人生のリスクパートナーとして評価し選択されるよう、DXをより一層推進していく必要があるでしょう。
次回はDX実現に求められる要素について述べることとします。

※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。

執筆者

KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー サディ・ギュル

保険毎日新聞 2021年11月26日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、保険毎日新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

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