日系製薬産業 2021年の振返りと今後の展望

直近決算におけるライフサイエンス企業は海外事業と新薬の牽引により好業績の見込みです。各社は目まぐるしい環境変化への対応と研究開発費低減という従来からの課題解決に向けてデジタルトランスフォーメーションに取り組む一方で、サステナビリティへの取組みは未だ検討段階であり、今後一層の取組みが求められます。

ライフサイエンス企業は、環境変化への対応のためにデジタルトランスフォーメーションに取り組む一方で、サステナビリティへの取組みについては一層の検討が求められています。

新型コロナワクチンと治療薬の開発で、日系製薬企業はメガファーマに遅れを取りました。しかし、直近決算の業績は売上高前期比約8%増、営業利益約20%増と増収増益となる見通しです。その背景には、海外事業の成長、新薬・パイプラインの充足などがあります。

現在、製薬を含むライフサイエンスセクターの企業では、目まぐるしい環境変化に対応するとともに研究開発費用の低減という従来からの課題を解決するために、デジタルトランスフォーメーション(以下、「DX」という)に積極的に取り組んでいます。一方で、サステナビリティへの取組みは未だ検討段階であり、今後一層の取組みが求められます。

本稿では、前述のさまざまなトピックスを踏まえながら、日本製薬産業の今後の展望を考察します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT1 主要日系企業の多くは増収増益
ライフサイエンスセクターの企業はいずれも増収増益の見通しである。主要日系製薬企業も、昨年の減収減益から転じて、直近決算は増収増益で着地する見込みである。

POINT2 海外事業と新薬・パイプラインが業績を牽引
国内の医療用医薬品市場が冷え込む中、海外事業の成長が主要日系製薬企業各社の業績を牽引している。また、M&A等によるパイプラインの充足が、経営上より重要な役割を果たすようになってきている。

POINT3 DXの取組みが進展
日系製薬企業は、DXを研究開発費用の低減という従来からの課題を解決し、自社創薬の成功確率を高める有効な手段であると考えており、積極的に取り組んでいる。

POINT4 サステナビリティの取組みはいまだ始まったばかり
ライフサイエンスセクターでは、サステナビリティ活動のために事業オペレーションを見直しする等については検討していないという企業が、他の業界に比べて多い。

I.主要日系製薬企業の多くは増収増益

ライフサイエンスセクターの企業はいずれの業種においても増収増益が見込まれ、主要な日系製薬企業も前年の減収減益から転じて増収増益での着地が見込まれています。直近決算における連結売上高1,000億円以上を予想する日系製薬企業の業績予想集計によれば、売上高は前期比約8%増加、営業利益は約20%増加となる見通しです(図表1参照)。

図表1 主要日系製薬企業の直近決算における業績見通し

経営指標 前期比(%)
売上高 約8%増加
営業利益 約20%増加

II.海外事業と新薬・パイプラインが業績を牽引

日系製薬企業の好調要因は、大きく2つ考えられます。「海外事業の成長」と「新薬・パイプラインの充足」です。

1.海外事業の成長

国内の医療用医薬品市場の伸びが期待できないなか、日系製薬企業は海外でのビジネス比率を高めています。なかでも、BRICsにメキシコを加えたBRICMsが、ライフサイエンス業界で再び注目を集めていると考えます。

BRICMsでは、CAGR6.8%(5ヵ国平均)と高い経済成長が続き、人口動態も安定して推移しています。当面の間は安定した需要の増加が見込まれ、医薬品の市場規模はとりわけ高い成長率が予測されています(図表2参照)。また、疾病構造の変化もポイントです。都市化率の高まりや所得増加によるライフスタイルの変化により、疾病構造が感染症から基礎疾患、がんにシフトしています。そのため、市場で流通する製品も先進国のポートフォリオに近づきつつあり、従来の市場開拓のノウハウの横展開が期待できます。

図表2 主要国における薬剤別の成長率(2018~2022年)

図表2 主要国における薬剤別の成長率(2018~2022年)

出典:経済産業省ウェブサイト「Healthcare Innovation Hub」、
   「新興国等のヘルスケア市場環境に関する基本情報」(参照2022-4-8)を基にKPMG作成

中国の動向にも注目です。ここ数ヵ月間はやや停滞しているものの、中国は医薬品市場の規制改革に継続的に取り組んでいます。特に先進治療は政府の後押しを受けて急速に伸びており、CAR-T療法・ゲノム編集等の遺伝子治療はグローバルをリードしています。また、中国では都市部と農村部の医療水準のギャップをはじめとする社会課題を受けて、ヘルスケア×AIを組み合わせた事業を展開する企業が数多く誕生しています。すでに中国テンセント社のAI医師や中国平安保険グループのオンライン問診は広く社会実装され、活用されています。

ロシア、ブラジル、メキシコ、インドでも規制改革が進んでおり、以前よりスムーズに事業運営ができるようになりつつあります。特にインドでは、バイオ産業分野で年間1,000件近いスタートアップが設立されており、エコシステムの素地を持つベンガルールなどでは、創薬や診断分野のリサーチパートナーとしての立場を固めつつある企業が多数登場しています。

2.新薬の創出・パイプラインの充足

後期フェーズにあるパイプラインが十分ではない場合、M&A等によるパイプラインの充足が、企業業績を牽引することがあると考えられます。

M&A件数や大型合併は2015年から減少していますが、製薬企業には中~大型のM&Aによりポートフォリオの充足を目指す傾向があります。過去5年で見ると、バイオ医薬品を中心にがん領域、希少疾患領域の買収によるポートフォリオ構築が目立っています。日系企業のM&A傾向はグローバルとおおむね同様ですが、資金力での強みが発揮できないため、大掛かりなポートフォリオの拡充(希少疾患企業買収など)には至っていない印象です(図表3参照)。

図表3 Deal数とDeal額の日米比較(2021-22)

図表3 Deal数とDeal額の日米比較(2021-22)

出典:Evaluate Pharma®

現在、製薬業界は最先端の技術・テクノロジーが問われており、また既存の技術が陳腐化しやすいため、新たな創薬技術や、遺伝子編集・再生医療等の医療手段を常に把握し、自社への適用を検討する必要があると考えます。

III.進展するDXの取組み

近年、ゲノム等の遺伝子技術、医療データの利活用による研究開発、サプライチェーンのグローバル化、薬価制度の抜本改革、ワクチン・治療薬への関心の高まりなど、ライフサイエンス・ヘルスケア業界を取り巻く環境が大きく変化しています。

一方で、新薬開発には数年~10年という長期にわたる開発期間と、数100億~数1,000億とも試算される莫大な研究開発費用が必要と言われています。それでも新薬開発の成功確率は3万分の1程度と極めて低いことから、開発期間を短縮することでコスト低減を図ることが製薬企業の最大の課題となっています。

こうした課題解決のために、製薬を含むライフサイエンスセクターの企業は積極的にDXを推進しています。DX活用によって、研究開発の高度化、サプライチェーンの最適化、営業活動の効率化が期待されているというわけです。本節では、国内製薬企業におけるDXのユースケースを取り上げるとともに、DX推進の取組みを成功させる方向性について考察します。

1.国内製薬企業における代表的なDXユース

図表4に、国内製薬企業における代表的なDX活用について20件のユースケースを示します。これらユースケースは、大きくR&D領域、開発領域、サプライチェーン領域、営業・マーケティング領域の4つに分類できます。

図表4 ライフサイエンスセクター企業における代表的なDXユースケースと期待される効果

No 分類 ユースケース ユースケースの説明 期待される効果
1 R&D AI創薬 AIを活用した創薬ターゲットの効率的な探索 研究仮説構築期間の短縮
2 既存薬再開発 デジタルを活用し、特定疾患に有効な既存の治療薬から、別の疾患に有効な薬効を見つけ出す 研究開発期間の短縮
3 デジタル臨床試験 オンライン診療、ePROなどのデバイスを活用し、医療機関来院の回数を減らした治験 被験者のリクルート容易化による臨床試験期間の短縮
4 リアルワールドエビデンスの活用 アカデミア・研究機関、医療機関等との協働により、リアルワールドデータ(エビデンス)を蓄積するための基盤構築等を推進 データ収集の効率化、研究開発の効率化
5 治験文書の自動生成 過去の治験実施計画書のデータから各治験関連文書を連鎖的に自動生成するソリューションの活用で、文書作成にかかる作業時間を短縮 治験関連文書作成の効率化など
6 開発 エコシステム構築・スマートシティ 自治体やアカデミア、異業種企業が連携して、ペイシェントジャーニー全体を支えるような形で価値提供を行う仕組みを構築する取組み データ収集の効率化など
7 治験患者支援ロボット・AI ロボット・AIを活用し、治験の啓発、治験参加者の募集、同意説明文書の説明および参加者の治験継続等を支援

被験者のリクルート容易化により臨床試験の効率化

8 疾病管理・治療支援アプリ 患者のバイタルデータや活動データ、服薬情報等のインプットを受けて、あらかじめ設計されたアルゴリズムに従い行動推奨やアドバイスを提示 新規事業(収益)創出など
9 DTx 薬事承認を受け、エビデンスに基づく治療介入を行うソフトウェア 新規事業(収益)創出
10 ウェアラブル/IoT モニタリング ウェアラブル/IoT端末から得られるデータを、主に医薬品や医療機器と組み合わせた一体のソリューションとして提供 疾患の発見、診断、治療、管理などに活用
11 AE/副作用情報管理 オンラインで医療従事者や患者から簡易かつダイレクトに副作用情報を収集 製品の安全性向上など
12 Reg Tech 自然言語処理技術を活用し、薬事対応・ガイドライン対応のためのセルフレビューや担当者によるレビュープロセスを効率化 コンプライアンス順守、人的リソースの確保など
13 サプライチェーン サプライチェーン・マネジメント デジタルを活用して製品の原材料・部品の調達から販売に至るまでの一連の流れの業務を効率化する サプライチェーンの業務効率化・最適化の支援
14 デジタル・スマートファクトリー AIやIoT技術を用いて取得したデジタルデータを活用して業務プロセスの改革を図り、それと同時に製品の品質や生産性の向上を実現 製品品質および生産性の向上
15 定型業務の自動化(RPA) ロボットへの置換えが可能かつ業務負荷が大きい定型業務を特定、TO-BEプロセスを設計したうえでロボットを構築 定型業務の削減・効率化・均質化など
16

営業・

マーケティング

オンライン診療 患者がオンラインで医師に相談したり、医師による診療行為ができるプラットフォーム 疾患啓発など
17 患者コミュニケーション支援 Mixed Realityにより臓器や骨などの映像・画像を現実世界に投影し、操作することで患者の疾病・治療に対する理解を促進 服薬継続率の向上など
18 デジタルチャネルでの情報提供 チャットボット等の技術を活用して、医療従事者や患者が必要とする情報をよりタイムリーかつ効率的に提供 営業活動の効率化、組織のスリム化(人員最適配置)など
19 営業・マーケティング強化 AIを活用して処方拡大余地を見出すとともに、営業と連携しつつ、効率的に売上を拡大する営業・マーケティングモデルの構想検討および構築 処方拡大
20 プロモーションモデリング業務支援 売上/活動実績データや医師プロファイル情報等をAIに学習させ、医師別の最適な訪問回数を予測する新たなコールモデルを確立 プロモーション効率化、売上拡大

出典︓KPMG作成

(1)R&D領域
製薬各社はAIを活用した創薬ターゲットの効率的な探索により、研究仮説の構築期間を短縮することを目標としています。

背景には、製薬業界を取り巻く環境の著しい変化があります。かつては低分子医薬品が開発の中心でしたが、現在では抗体や核酸といったバイオ医薬品の開発が進められています。

また、近年ではヒトゲノムの解析結果が公表され、多様な遺伝情報が解明されたことで、さまざまな疾患メカニズムへの理解が進んでいます。このことを受け、細胞治療、遺伝子治療等の多様なモダリティが登場し、実用化に向けた研究開発の動きが盛んになっています。

単純な創薬ターゲットが枯渇する一方、創薬研究の難易度は従来に比べて格段に高くなり、新薬開発の成功確率は低下の一途を辿っています。DXによる創薬の効率化が期待されています。

(2)開発領域
開発は、製薬企業における最大のコスト領域です。特に、同意を得た多数の患者で既存薬と比較した新薬の有効性・安全性を検証する第三相試験のコストが右肩上がりの増加傾向であることから、DX活用が最も期待されています。デジタル臨床試験を活用した期間短縮、リアルワールドエビデンスを活用した施設選定、患者リクルーティングの効率化などに取り組んでいる企業も見受けられます。さらに、一部の企業は新たなデータを取得するために自治体やアカデミアとのエコシステム構築に取り組んでいます。

(3)サプライチェーン領域
グローバル化が加速するライフサイエンスセクターの企業では、製造・物流のネットワークが複雑化する傾向があります。サプライチェーンを最適に管理・コントロールすることは、各国規制の遵守と製品の安定供給の面からも、その重要性がより一層高まっていると言えます。デジタルデータを活用して、製品の原材料の調達から販売に至るまでの一連の流れを効率化し、意思決定を最適化することが期待されます。

一方で、AIやIoT技術を用いて取得したデジタルデータを活用しての業務プロセス改革、製品の品質や生産性の向上を実現するスマートファクトリーにも注目が集まっています。

(4)営業・マーケティング領域
医師の情報収集のオムニチャネル化が進み、さらにコロナ禍の影響も相まって、face-to-faceによる面会以外のプロモーションチャネルの重要性が相対的に高まっています。チャネルの多様化は営業部門にとって業務の複雑化や負荷の増大をもたらす一面もありますが、DXやデータの活用により「シンプルかつ手軽に」効率化を図ることも期待されます。

実際に、AIを活用して処方拡大余地を見出すとともに、営業と連携しつつ効率的に売上を拡大する営業・マーケティングモデルを構築したケースや、売上/活動実績データや医師プロファイル情報等をAIに学習させ、医師別の最適な訪問回数を予測する新たなモデルを確立して効果を上げつつある企業も存在します。

2.DX推進の取組みを成功させる方向性

国内製薬企業がDXに取り組んで成果を出す一方で、残念ながら失敗するケースも散見されます。ここでは、DX推進の取組みを成功させる方向性について考察します。

(1)経営層との合意形成
目先のDXテーマの位置付けや今後の展開について経営層と合意しておく必要があります。そのためには、中長期的なゴールを明確に示したBig Pictureを描き、目先のDXテーマが単体でポジティブなROIを生まなくとも、中長期的なゴールに到達するために必要な一歩であるということを経営層に理解してもらうことが重要となります。

また、過去のPoC(Proof of Concept)結果等に基づき、DXテーマごとのROIを可能な限り定量化し、本来的なPoCの位置付け(最小の投資規模で実現性やROIを検証)について経営層と目線を合わせることも重要です。定量データの分析を積み上げ、現状の業務における課題を整理することで、経営層に対してDXテーマの必要性・インパクト・緊急度に対する理解を促進します。

こうした見える化と議論の積重ねにより、PoCの設計段階で、ビジネスコンセプトおよびゴール設定について、経営層と十分な摺り合わせを行うことがポイントです。

(2)事業部門・エンドユーザーとの協働
事業部門との議論を通じて浮かび上がったキーワードを「問題事象」・「原因」・「問い」で切り分け、不足部分を補足することでDXの検討において答えるべき問いを明確化することが重要です。問いを正しく設定することが、適切なDXテーマの企画に繋がるからです。

まず、中期的に目指したい業務の将来像について事業部門と丁寧な摺り合わせを行ったうえで、DX部門が将来像を実現するためのDXテーマを検討します。これにより、テクノロジーありきではなく、目的ベースでのDXテーマの洗出しが可能となります。こうした事業部門との協働により、ペイシェントジャーニーに沿った現状におけるエンドユーザーのpain pointを抽出します。そして、pain point解消の方向性を検討し、合意された方向性に従って、DX部門が活用し得るテクノロジーを特定します。ユーザー部門との距離を近付ける仕組みの設計により、DXを成功に導くための適切なコミュニケーションや真のニーズ抽出は実現します。

VI.遅れるサステナビリティの取組み

日系製薬企業においても、サステナビリティに取り組むことの重要性は認識されています。ただ、そもそも生命を救う画期的な医薬品を社会に提供していることもあり、サステナビリティへの取組みの重要性は認識しつつも、社会にプラスの影響を与える事業オペレーションのあり方について踏み込んで検討を進めている日系製薬企業は、欧米系製薬企業や日系の他業界の企業と比べるといまだ少ないように見受けられます。

ここでは日系製薬企業におけるSXへの取組みについて取り上げ、今後の課題について考察します。

1.サステナビリティへの取組みの傾向

企業におけるサステナビリティ活動の動向を調査した『KPMGジャパン CFOサーベイ2021』によると、日系製薬企業を含むライフサイエンスセクターにおいて、サステナビリティ活動は、「影響の大きさは認識しつつ、従来からの課題を優先」という回答が38%となり、他の業界全体(27%)と比較して多いことが明らかとなりました。

一方、リスク管理活動をサステナビリティ課題と関連付けて設計・実行していると回答した企業は63%で、他の業界全体(41%)と比べて多く見られます。特に必要なリスク管理体制上の取組みとしては、ライフサイエンスセクターの63%が「コンプライアンス体制の強化」を挙げています。

これは、規制産業である製薬企業として、法令順守は事業遂行上の基本的な事項であるためです。加えて、近年のジェネリック医薬品メーカーによる法令違反が大きな社会問題となったことで、一層のコンプライアンス対応が要求されている結果と考えられます(図表5参照)。

図表5 ライフサイエンスセクター企業におけるサステナビリティ活動の傾向(その1)

図表5 ライフサイエンスセクター企業におけるサステナビリティ活動の傾向(その1)

出典:KPMGジャパンCFOサーベイ2021

また、サステナビリティ上のリスク管理への取組みとして特徴的なのは、供給面に注力する動きです。事業戦略への影響が高いと考える項目として、「不測の事態の際のサプライチェーンの分断等の影響(BCP)」を挙げる企業がライフサイエンスセクターでは9割を超えました。このことから、多くの日系製薬企業がコロナ禍において他国に依存していた原薬供給体制等を見直し、サプライチェーンの国内回帰や分散化といった安定供給を志向した体制の見直しを検討していると想定されます。

COP26の開催によってますます注目が集まっている気候変動への対応については、ライフサイエンスセクターでも56%の企業が企業価値に影響するESG課題であると認識しています。これは、他の業界全体(69%)と比較するとやや低いと言えますが、「知的資本の開発・活用」に対する意識は他の業界全体と比べて2倍以上という結果になりました(図表6参照)。

図表6 ライフサイエンスセクター企業におけるサステナビリティ活動の傾向(その2)

図表6 ライフサイエンスセクター企業におけるサステナビリティ活動の傾向(その2)

出典:KPMGジャパンCFOサーベイ2021

2022年3月17日現在、世界全体では3,128の企業・機関がTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に賛同しています。日本企業も、世界全体の24%を占める748の企業・機関が賛同していますが、製薬業界で賛同する企業はわずか15社(約2%)、ライフサイエンスセクターの企業も3%と、他業界と比較してサステナビリティへの意識が浸透していない状況が覗えます。

2.真にサステナブルな経営を目指して

日系製薬企業の中にも、サステナビリティ活動の一環として、既存のビジネスモデルや研究開発する新薬のポートフォリオなどを大胆に変革しようと試みている企業もあります。遺伝子治療や再生医療、アンメット・メディカル・ニーズへの対応といった新しい領域に既存の経営資源をシフトし、新たな資本を集中投下するといった取組みです。

こうした取組みは社会の要請に応えるための変革的な活動と言えますが、その反面、これまで注力してきた疾患領域の医薬品への投資が縮小してしまうと、長年その医薬品を使用してきた患者や医師を落胆させてしまう可能性があります。そのため、製薬企業におけるサステナビリティ活動の方向性は、「この先、何を目指すのか」だけでなく、「これまで、誰に何を提供してきたのか」を踏まえて定める必要があるのではないかと考えます。つまり、「誰にどのような価値を提供するのか」という企業としてのブレない軸を持ち、その実現のために医薬品の製造・販売等の事業オペレーションにおいてポジティブな社会的インパクトを高めるマテリアリティ(重点課題)を設定すること。そして、明確なパーパス(目的)を描き、それに沿って既存事業の発展的な継続と新規事業への積極投資を両輪で進めていくこと。この2つこそ、社会が製薬企業に求めているサステナビリティ活動のあり方ではないかと考えます。

3.エコシステム化によるSXの実現

日系製薬企業における既存事業の発展的な継続と新規事業への積極投資の文脈から、サステナビリティ活動を進めるうえでのポイントの1つとして、「エコシステム化」の重要性が挙げられます。医師や患者だけでなく、産官学のあらゆるステークホルダー、場合によっては競合企業も巻き込んでの技術の進歩、マテリアリティの解決といった質の高い医療の提供のスケール拡大を目指していくことが、社会から求められているのです。

コロナ禍以降の新しい医療ソリューションの開発においては、ライフサイエンスセクターの企業と官学との連携、スタートアップ企業をはじめとするライフサイエンスセクター以外の企業との共創が盛んになりつつあります。それをさらに押し広げ、人間の生命と暮らしをサステナブルにする取組み全般を共創していけるようなエコシステムの形成が求められているのではないかと考えます。

執筆者

KPMGジャパン
ライフサイエンスセクター
パートナー 栗原 純一
ディレクター 宮原 潤
ディレクター 赤坂 亮

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