国内の今後の動向も要チェック サステナビリティ/ESG関連情報の開示ポイント

旬刊経理情報(中央経済社発行)2022年3月20日特別増大号の特集「3月決算総特集」に「国内の今後の動向も要チェック サステナビリティ/ESG関連情報の開示ポイント」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

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この記事は、「旬刊経理情報2022年3月20日特別増大号」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

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ポイント

  • 2021年12月に、金融庁からサステナビリティ情報に関する開示の好事例をまとめた「記述情報の開示の好事例集2021」が公表された。
  • 気候変動関連の開示については、TCFD提言に基づいた開示が好事例として紹介されている。
  • 経営関連の開示については、経営課題とSDGsなどの紐づけを示し、サステナビリティテーマが経営戦略とどのように関係するのかを示した開示が好事例として紹介されている。
  • 人的資本の開示については、ダイバーシティに関する定量的な開示の他、人権や従業員の健康・安全に関する開示が好事例として紹介されている。
  • 日本でも、非財務情報に関する開示制度の拡充に向けた検討が進められている。

はじめに

目まぐるしく変化しているサステナビリティ情報開示をめぐる状況については、2021年11月に公表された国際サステナビリティ審議会(ISSB)の設立により、中長期的には国際的な基準策定に向けてその議論の集約が進んでいくものとみられている。一方で各国においては、そうした動向を基にした開示の制度化が加速していくものと考えられ、企業担当者はその議論の行方、および現行の開示トレンドについて把握することが有用であると考えられる。

ここでは、金融庁が公表したサステナビリティ情報に関する「記述情報の開示の好事例集2021(以下、「好事例集2021」という)」の内容を概観するとともに、サステナビリティ情報の開示に関係した日本での動きについても解説する。なお、文中意見に係る部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

1.記述情報の開示の好事例集とは

記述情報の開示の好事例集とは、投資家と企業との建設的な対話に資する充実した開示を促すため、有価証券報告書等における開示の好事例を金融庁がとりまとめたものであり、2018年度から毎年公表されている。好事例の検討にあたっては、投資家・アナリストおよび企業による勉強会を開催しており、そのなかで議論された開示例が取りまとめられている。

2.好事例集2021の内容

2021年12月に公表された好事例集2021では、「サステナビリティ情報」に関する開示の好事例が取りまとめられている。好事例集2021では、投資家・アナリストからの評価ポイントがそれぞれの開示例に解説されているとともに、全般コメントとして図表1が述べられている。

図表1 投資家・アナリストの主なコメント:全般

  • 「社内での横断的な取組みをどのように行っているのか」に関心がある
  • サステナビリティ情報が、投資家に「投資リターンの新たな源泉」として読み込まれているといった認識が必要
  • サステナビリティガバナンス(取締役会によるサステナビリティ課題対応の監督や経営者の動機づけ)にも注目
  • リスクと機会の認識、さらに、その重要性や頻度等のモニタリング体制が、戦略にも組み込まれていることが重要

出所:金融庁「記述情報の開示の好事例集 2021」6頁より抜粋

前年度に公表された好事例集においても、「ESG」に関する開示例としてサステナビリティに関する好事例が紹介されていたが、好事例集2021では事例数が大幅に増加している。また、両年度で連続して取り上げられた企業も存在するが、その開示の充実度が大幅に進歩している企業もあり、この1年間において日本におけるサステナビリティ情報に関する開示の量および質が向上していることがうかがえる。

好事例集2021では、「気候変動関連」と「経営・人的資本・多様性等」の大きく2つに分けて好事例が紹介されている。

(1)気候変動関連

気候変動関連については、投資家・アナリストが期待する主な開示のポイントとして図表2が挙げられている。

図表2 投資家・アナリストが期待する主な開示のポイント:気候変動関連

  • TCFD提言の4つの枠組みに沿った開示は有用
  • 気候変動リスクをどのようにモニタリングしているかを開示することは重要
  • リスクと機会の両面からの開示は、投資判断に欠かせない
  • 気候変動が自社にとってどのようなリスクがあり、戦略上重要なのかといった事実認識を開示すべき
  • リスクの増減がどのように財務に影響を与えるかを開示することが重要であり、定量的な財務影響の情報は投資判断にとっても非常に有用
  • 温室効果ガスの排出量等の過去の実績数値の開示は、企業価値の分析を行う上で有用な情報

出所:金融庁「記述情報の開示の好事例集2021」8頁より抜粋

好事例集2021では、図表2でも示されている通り、TCFD提言に沿った開示例が多く好事例として取り上げられている。TCFD提言では、4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)について、推奨される開示内容が示されている。特に「戦略」におけるシナリオ分析、「指標と目標」については、主な開示のポイントでも強調されている定量的な財務影響に関する情報の開示につながるものであり、好事例集2021でも多くの事例が取り上げられている。

たとえば、J.フロント リテイリング(株)の事例では、分析したシナリオごとの財務影響について、重要なパラメータ(指標)ごとに定量的に示されている(開示例)。

開示例 シナリオごとの定量的な財務影響

  • 2030年時点を想定したJFRグループへの財務影響
重要なパラメータ
(指標)
2030年時点を想定したJFRグループへの財務影響
項目 2℃未満
シナリオ
4℃シナリオ
炭素税
  • 炭素税価格(千円/t-CO2)
10 3.3
  • 炭素税課税に伴うコスト増(百万円)
770 254
再エネ由来の電気料金
  • 60%再エネ由来の電気料金の価格増(円/kWh)
1~4
  • 再エネ由来の電気の調達コスト増(百万円)
196~784


(2030年時点に想定される前提条件)

  • 炭素税価格※1$100/t-CO2(2℃未満シナリオ)、$33/t-CO2(4℃シナリオ)※2
    ※1  「Stated Policy Scenario(STEPS)」(IEA、2019)を参照。
    ※2 2030年時点では日本国内でも炭素税が導入されることを想定し、4℃シナリオにおけるEUの炭素税価格で試算。
  • JFRグループ温室効果ガス排出量:約77,000t-CO2(対2017年度比60%削減)
  • 再エネ由来の電気料金:1~4円/kWhの価格高(再エネ以外の電気料金との比較)
  • JFRグループ再エネ由来の電気使用量:196,000MWh(再エネ比率60%)

出所: J.フロント リテイリング株式会社 2021年2月期有価証券報告書 45頁より抜粋

その他、「指標と目標」に関係する開示として、GHG(温室効果ガス)プロトコルの区分に従ってスコープ1、2、3のGHG排出量の開示を行っている事例が好事例として多く紹介されていた。特にスコープ3の温室効果ガス排出量の開示は、集計に時間とコストがかかるため企業に大きな負担が生じる項目であると考えられるが、ISSBの設立のための前作業を行っているTechnical Readiness Working Group(TRWG)が作成し、11月にIFRS財団が公表した気候関連開示のプロトタイプにおいても、スコープ3に関する情報は必須の開示事項となっている。したがって、企業担当者は、スコープ3を含めたGHG排出量の開示に関する国際的な動向を踏まえて、開示事項を検討する必要があると考えられる。

(2)経営・人的資本・多様性等

経営・人的資本・多様性等については、投資家・アナリストが期待する主な開示のポイントとして図表3が挙げられている。

図表3 投資家・アナリストが期待する主な開示のポイント:経営・人的資本・多様性等

  • サステナビリティ事項が企業の長期的な経営戦略とどのように結びついているかをストーリー性をもって開示することは重要
  • KPIについては、定量的な指標を時系列で開示することが重要
  • KPIの実績に対する評価と課題、それに対してどう取り組むのかといった開示は有用
  • 目標を修正した場合、その内容や理由を開示することは有用
  • 独自指標を数値化する場合、定義を明確にして開示することは重要
  • 女性活躍や多様性について、取り組む理由や目標数値の根拠に関する開示は有用
  • 人的資本投資について、従業員の満足度やウェルビーイングに関する開示は有用
  • 人権問題やサプライチェーンマネジメントについて、自社の取組みに関する開示は有用

出所:金融庁「記述情報の開示の好事例集2021」36頁より抜粋

図表3でも示されているとおり、経営に関する開示では、サステナビリティに関する事項が企業の経営戦略とどのような関係にあるのかを具体的に開示している事例が評価されている。好事例集2021で多く見られたのは、企業にとっての重要課題(マテリアリティ)を特定し、それを国連が公表している持続的な開発目標(SDGs)に紐づけて説明する形式である。これにより、重要課題がどのサステナビリティテーマに関係するものであるかが視覚的にも明瞭になっている。また、セグメントそのものをサステナビリティテーマに紐づけて説明している企業も好事例として紹介されている。総じていえば、企業の事業内容、ひいては企業の存在そのものが、SDGsなどで示されている社会問題に対してどのような役割を果たすのか、企業自身の言葉でわかりやすく説明している開示が評価されていると考えられる。

多様性を含む人的資本については、図表1の全般コメントとともに、投資家・アナリストの主なコメントとして個別に図表4が述べている。

図表4 投資家・アナリストの主なコメント:人的資本

  • 従業員が企業価値創造プロセスの中で最も重要な役割を果たすため、投資家としても人的資本の活用は非常に重要
  • ダイバーシティ、インクルージョンの観点、多様性をどう活かすかについて、人材のポートフォリオという考え方が非常に重要
  • 人的資本投資への取組みとして、会社目線だけではなく従業員の意識を反映するKPIが必要

人的資本に関する開示は、現時点ではTCFD提言のような国際的に参照されている規準等が存在していないが、開示の検討が期待される事項としては(1)育成、(2)エンゲージメント、(3)流動性、(4)ダイバーシティ、(5)健康・安全、(6)労働慣行、(7)コンプライアンス/倫理などが挙げられ(経済産業省 非財務情報の開示指針研究会「サステナビリティ関連情報開示と企業価値創造の好循環に向けて -「非財務情報の開示指針研究会」中間報告-」32頁参照)、各企業において、自社にとって重要であると考えたものを開示しているものと考えられる。このうち、「(4)ダイバーシティ」については、女性管理職比率や障がい者雇用率など、定量的な情報を開示しているものが好事例として紹介されている。また、「(6)労働慣行」として、人権デューデリジェンスを実施していることや、テレワークの拡大などの多様な働き方への取組みに関する開示が好事例として評価されている。その他、人的資本投資に関するKPIとして、前述の女性管理職比率などの他に、有給休暇取得率や総労働時間、健康診断受診率などをKPIにしている事例も紹介されており、「(5)健康・安全」を意識したKPIが設定されている開示も紹介されている。

人的資本に関する開示は、人権意識の高まりや人手不足、企業の競争力としての重要性などの要因により、その開示の重要性が急速に高まっている。企業担当者は、好事例集2021で取り上げられている事例も参考にしながら、自社にとってどのような開示が投資家にとって有用なのか、その開示トレンドも含めて注視する必要があると考えられる。

※企業活動における人権への負の影響を調査・評価し、それを防止、停止、軽減させること。

3.日本におけるサステナビリティ情報に関する動き

金融庁は、好事例集2021を公表した際、「『サステナビリティ情報』に関する開示は、近年、社会的な関心が高まっている項目の一つであり、コーポレートガバナンス・コードの改訂等で開示の充実に向けた取組みが進められています」と述べており、サステナビリティ情報を好事例集2021のテーマとして取り上げた理由として社会的な関心の高まりを挙げている。実際に国際的な動きに合わせて、日本でも、非財務情報に関する開示の拡充に向けた検討が進められている。

ここで、サステナビリティ情報に関する日本における動きについていくつか紹介する。

(1)金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」

金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(以下、「金融審DWG」という)は、企業を取り巻く経済社会情勢の変化を踏まえ、投資家の投資判断に必要な情報を適時にわかりやすく提供し、企業と投資家との間の建設的な対話に資する企業情報の開示のあり方について幅広く検討を行うことを目的として金融庁に設置されている。サステナビリティおよびその他の開示をめぐる経済社会情勢の変化により、2021年6月における金融担当大臣の諮問を受け、有識者によるディスクロージャー制度の検討が2021年9月に始められている。

サステナビリティ情報に関しては、開示における重要性(マテリアリティ)の考え方や、サステナビリティ開示の充実に向けた取組みについて検討されており、サステナビリティ開示については、有価証券報告書には「ガバナンス」と「リスク管理」の開示を必須としつつ、「戦略」と「指標と目標」については、企業にとって気候変動がマテリアルな場合に開示を求めるべきなどの意見が出ている。金融審DWGの検討および報告内容を参考にしたうえで、今後有価証券報告書に記載を求める事項が検討されると考えられる。

(2)経済産業省「非財務情報の開示指針研究会」

経済産業省「非財務情報の開示指針研究会」(以下、「非財務研究会」という)とは、非財務情報の開示指針の方向性について認識の共有を行いながら、非財務情報の利用者との質の高い対話につながる開示、および開示媒体のあり方について検討する、経済産業省で主催された研究会である。2021年6月に検討が始められ、同年11月に中間報告が提出されている。

非財務研究会では、開示指針の世界的な動向把握や開示指針の分析・検討、人的資本開示に関する検討などが行われている。特に人的資本の開示に関しては、諸外国で行われている現状の開示について事例に基づき分析が行われているため、企業にとってもその開示動向を把握するために有用な情報が含まれていると考えられる。

(3)サステナビリティ基準委員会

サステナビリティ基準委員会(以下、「SSBJ」という)は、企業会計審議会(ASBJ)が属する財務会計基準機構(FASF)によって、2021年12月に設立を決議された組織である。これはIFRS財団が同11月に公表した国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設置に合わせて行われるものであり、国内のサステナビリティ開示基準の開発を行うとともに、国際的なサステナビリティ開示基準の開発に対し日本から意見発信を行うことを目的としている。設立時期は2022年7月を予定している。

2022年後半には気候変動を始めとするサステナビリティに関する国際基準の最終化が見込まれ、日本の関係者による主張を当該基準に反映させるためにも、SSBJの役割は重要になると考えられる。

おわりに

本章では、2021年12月に公表された好事例集2021の内容を紹介するとともに、日本におけるサステナビリティ情報に関する動きについて説明した。好事例集2021で取り上げられた事例には、各企業でサステナビリティ情報開示を充実させるにあたり有用な情報が含まれていると考えられる。本章が企業情報の開示の充実の一助となれば幸いである。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
アシスタントマネジャー 公認会計士
渡部 瑞穂(わたなべ みずほ)

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