労働人口の減少に伴う人手不足の問題は、サービス業を中心とした身近な分野で解決策の議論が続いています。しかしそれに加え、今日では、甚大な自然災害や社会インフラの老朽化といった、日常では縁遠い分野でも、人材不足が重要な論点になりつつあります。

そうした中で解決策のひとつに挙げられるようになったのが、「ドローン」の存在です。

では、ドローンが社会にもたらす真価とは、どういったものなのでしょうか? 本稿では、国産自律型無人航空機(UAV)とクラウドサービスを組み合わせた産業用ソリューションを提供するエアロセンス株式会社 佐部浩太郎氏とKPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が、ポストコロナ時代から30年後、50年後の日本社会における「ドローン」の役割などについて、現状を整理しながら空想・妄想を巡らせた対談の内容をお伝えします。

エンタメ利用から産業利用への発想転換

佐部氏、茶谷

(エアロセンス株式会社 代表取締役社長 佐部浩太郎氏(左)、株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役社長兼CEO、KPMGジャパンCDO 茶谷公之(右))※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

茶谷:          今年は、「東京2020オリンピック・パラリンピック(2021年開催)」開会式のインスタレーションもあって、多くの人がドローンに注目しました。そこで、ドローンの今後についてエアロセンス 佐部さんのお話を伺いたいと今回の対談を企画しました。

佐部さんはソニーに所属している頃はロボット技術の研究をされていたとのことですが、ドローンに興味を持ち始めたのはいつ頃、どんなきっかけなのでしょうか?

佐部:          おっしゃる通り、もともとはエンターテイメントロボットの研究をしていました。しかし、残念ながらソニーは一時、ロボットの分野から撤退し、ロボティクス技術をAIなどの開発に転用する戦略を取りました。そのため、私自身も別の領域に移ることになったのです。

ただ、「やはりもう一度、しっかりロボットを事業としてやってみたい」という思いを持っていました。「では、一体どんなものを研究していこうか?」と漠然と考えていた当時、ある産官学連携の研究者会合に参加することになったのです。その会合では、2年間くらい「日本では大手企業がロボット開発を行ない、凄い技術を開発したが、事業化には至っていない。

一方、アメリカではスタートアップ企業らが、テレオペレーションをする技術など、より堅実に、ヒトの仕事を代替できるロボット技術を開発している。この違いは何か?」といったことを議論していました。

そうしているうちに、「ヒトができないことができるロボットの開発を」と、考えるようになり、「ヒトができないことは『空を飛ぶこと』だ」ということで、空を飛ぶロボット=ドローンを研究してみたいと思うようになりました。2010年から2011年頃のことです。

茶谷:          では、それからちょうど10年ほど経った、ということですね。その後、ソニー社内でドローン事業を推進されるようになったと聞いていますが、それはいつ頃でしょうか?

佐部:          2012年に研究所の改革があり、専門性の枠を外して横断的な新規事業を提案しようということになりました。私のチームはAI系のソフトウェアを開発するチームでしたが、改革の流れでハードウェアからソフトウェアまで横断的なチームが組めるようになり、ドローンによる新規事業を企画・提案できる環境が整いました。

当時は今のようにドローンという存在自体が知られておらず、ドローンの話をしても、「そんなの使う人、誰かいるの?」という反応でした。提案も3度目になる頃、「これは産業用途に使うんだ」という提案に切り替えたら、「それは可能性があるかも」という反応になり、ようやく新規事業のためのドローン開発プロジェクトをスタートできました。

産業用ドローンに行き着くまで

茶谷:        おそらく2010年代の初めはテクノロジーに近い人たちの中でも、ドローンの実物を見たことがある人はまだ少数派だったのでしょう。ようやく販売が始まって、新しいものに目がない人が「なんだかおもしろそうだな」と思っているようなタイミングだったと記憶しています。

佐部さんがドローンの利活用に向けていろいろと進められて以降、ドローンの活用方法はエンタメ(エンターテインメント)というより、先ほど挙がった「産業用」の要素を持つようになったと感じます。今は土木や建築などの調査等に使われているとのこと。このあたりの変遷について、聞かせていただけますか?

佐部:          おっしゃる通り、もともとはコンシューマーカメラの延長線上にあるものがドローンである、という位置付けで、個人が所有して楽しんだりすることが想定されていました。

茶谷

それに対し、私が明確に「産業用としてのドローン」を意識するようになったのは、ちょうど2012年12月2日に起きた「笹子トンネル天井板崩落事故」を見知ってからです。

当時、「これはインフラの危機だ」と騒がれ、点検作業の重要性の一方で作業コストや人材不足が指摘されたのは周知の通りです。その課題を解決すべく、ドローン活用の構想が持ち上がったのですが、電波法や航空法などの制限があり、すぐには試用ができない、ということに…。そこで国は、規制緩和・制度改革プランのひとつである国家戦略特区の中にドローン特区を加えました。

茶谷:          日本における産業分野でのドローン活用の背景にはそういったことがあったのですね。その当時のエアロセンスのドローンはVTOL(垂直離着陸機)だったのでしょうか?

佐部:          VTOL型ドローン開発については、株式会社ZMP 代表取締役社長の谷口恒氏の発案で始まりました。

もともとマルチコプター型ドローンを自社開発してきましたが、他社のドローンと差別化するためには、離着陸時はマルチコプター型のドローンのようにホバリングしながらも、飛行機のように水平飛行もできる方がより望ましいでしょう。そうした“武器(特色)”を持つ機体を新たに作っていくことにしました。

茶谷:          マルチコプター型とVTOLでは随分と形も違うし、推進機構も違いますよね。飛行実験は大変だったと想像します。

佐部:          そうですね。そもそも創業から5年ぐらい経つのですが、最初の頃に取り組んだものが、販売できるようになるまで5年くらいは費やしています。いろいろ作っては壊し、という感じです。

茶谷:          エアロセンスのこの機体はヘリコプターというより飛行機に近いようなものですから、設計や計算すべきことが全く違う、ということだと考えます。製作過程にはいろいろなご苦労もあったのでしょう。

エアロセンスの産業用ドローンの競争力の源泉

佐部氏

茶谷:          いろんな知見や人脈などでエアロセンスのプロダクトが作られているのだと分かりました。

では、「エアロボウィング(VTOL型垂直離着陸固定翼ドローン)」や「エアロボ(測量用自律飛行型ドローン)」、「エアロボオンエア(有線給電ドローン)」といったエアロセンスのプロダクトの特徴とはどういったものか、聞かせていただけますか?

佐部:          まず、「エアロボウィング」は飛行機型ドローンだと言えます。通常のマルチコプタードローンに比べてスピードが速く、70km/時で飛ぶことができます。また、従来のマルチコプターの課題だった航続距離の制限を気にすることなく、広範囲での飛行が可能です。

時速は70kmですが、これは巡航速度となります。エネルギー効率がよく、そのスピードで40分と長く飛べるので、マルチコプターに比べると航続距離50kmという圧倒的に広いエリアを飛行できるのです。ペイロードは1kgまで載せられるのも特徴です(参考動画:外部動画サイトへ遷移します)。

エアロボオンエア」は、有線で地上から給電するタイプです。光ファイバーと電力線とを複合した1本のケーブルで繋ぐのですが、電力供給をずっと続けられるので、上空から長時間イベントの撮影をするなど、映像制作の現場での活用を想定したものです。

音楽フェスや番組制作などの現場でも、ドローン活用が盛んになっています。しかし、多くのドローンは実は20分ぐらいしか飛べないので、電池切れで撮影を中断することになってしまいます。そうなるとスケジュールが予定通りにならないので、「飛び続けるドローン」というのは重宝するだろうと思っています。

茶谷:          例えば、「エアロボオンエア」で使う光ファイバーと電気を流す有線については、おそらく市販されているものではないでしょう。周辺機器は自社で作られているのですか?

佐部:          そうですね、あれはケーブルのメーカーに開発してもらったエアロセンスの機体専用の複合ケーブルです。さらに、あのケーブルを巻き取る機器も自社製です。釣り糸や電源コードと違い、光ファイバーは繊細で、曲げられる角度が決まっています。そのため、どうしても自分達で用意するしかありませんでした。

茶谷:          やはりそうだったのですね。「ありものを組み上げるというわけではない発想というのは、ロボット開発をやっている頃からのカルチャーなのか?」と驚いていました。

「結局のところ、ソフトウェアのコードもデータもオープンソース化されているので、それらを組み合わせるだけで『自分達で何もゼロから作らなくてもできるものが多い』という世の中になった。例えば、Pythonは高級プログラミング言語だが、『自作するぞ!』と取り組まなくても関数がもう既に用意されていて、まるで3分間クッキングのようにソフトを作ることもできるようになっている」と話しているメンバーがいました。

そうなれば、もう組み上げる部品が手に入れば「中の仕組みが分からなくても作れる」ということになるでしょう。それが可能な流通のあり様というのは実は本当に凄いことです。

一方で、独自でハードウェアや周辺機器を作る、というのは難しいし手間もかかるので敬遠されるようになっているのかもしれません。

佐部:          そうですね。製造業の現場もかなり動きが速いので、使えるものは使わなければ市場競争で負けてしまいます。そのため、エアロセンスでももちろん既存技術を活用します。しかし、世の中にないものや世の中にまだ出ていない“何か”を探して自分で作ることもまた、競争の源泉になると考えます。

ドローン業界はやはり中国勢が強く、かなりモジュール化されていろんな部品が出回っています。そのレイヤーのものを作ったとしても価格勝負になってしまうでしょう。むしろ、海外で作られないようなものを作って、彼らができないようなことをするのが競争の源泉になるでしょうね。

ドローンと土木・建築の分野は親和性が高い

茶谷:          「エアロボオンエア」はどんなカメラを搭載しているのでしょうか?

佐部:          光学20倍ズームも合わせて30倍ズームの4Kカメラです。動ける範囲が限定されているかわりに遠くまで高解像度な画質で見ることが期待できます(参考動画:外部動画サイトへ遷移します)。

茶谷:          測量もできるのでしょうか?

佐部:          空中測量は、「エアロボ」(測量用自律飛行型ドローン)の方が適しているでしょう。自律飛行でき、指定したエリア内をジグザグ飛行することもできます。

そうやって膨大な写真を撮影し、この写真をまとめて「エアロボクラウド」 に上げて、三次元化すると工事現場が忠実に再現される、というわけです。

佐部氏、茶谷

実際に活用する際には、地上に目印になる精度が1cm以内のGPSの「エアロボマーカー」を置いておくことで画像処理時にそれを目印にして組み合わせます。計測精度としてはモデル全体で5cm以内の誤差になりますので、十分に利用可能だと思います。

例えば、小学校の運動場ほどの大きさを測定するとしたら、10分も必要ないかもしれません。

茶谷:          10分もいらない、というのは驚きです。その後、画像を画面に表示する前に、撮影したカメラの画像バッファにフルスクリーンのフィルターとエフェクトを適用する処理ポストプロセッシングをする必要がありますよね。

佐部:         そうですね。しかし、それを含めても1時間くらいで作業は完了します。工事現場の場合、学校の運動場よりももう少し広範囲なので、精度を高めるにはジグザグ飛行して撮影する回数が増え、それに伴って作業時間が増えますが、少なくとも翌日の朝礼時に画像を確認いただけます。

茶谷:          そうした画像はどんな人達が活用するのでしょうか?

佐部:          測量士や施工会社の方々ですね。従来は、測量士の方が三角測量して図面に落としていたのですが、1日かけても測量できる限度はあるので、ドローンを活用することで、数倍とか数十倍の速さで測量が完結できると思います。

茶谷:          例えば、ゴルフ場の測量はかなりの範囲になります。そうした場面で活躍しそうだと思います。

佐部:          そうですね。ゴルフ場の運営会社から依頼されることもありましたし、我々のソリューションを使っているお客さんが測量した事例も多くあります。

最近では、ゴルフ場がメガソーラー発電所に変わっていくケースがあるようで、そうすると測量が必要になる、といった問い合わせが増えています。太陽光パネルの設置方向を考え、さらに、点検のために定期的にドローンを飛ばしてどこか損傷しているか確認することもあるようです。

また、建設分野での有線ドローンの活用法としては次のようなものがあります。工事現場などでは無人制御で遠隔操作して整地するといったことが行われているのですが、コックピット内のカメラで操作しようとすると前後左右の状況が分かりづらくて事故の原因になりかねないので、有線ドローンカメラの情報を送ってサポートする、ということもあります(参考動画:外部動画サイトへ遷移します)。

そうした手法で工事をするのはだいたい人里離れていたり、火山の近くだったりするので、通信インフラがないこともあり、有線のドローンを飛ばして簡易基地局にしているケースもあります。

後編に続く

対談者プロフィール

佐部氏

佐部 浩太郎
エアロセンス株式会社 代表取締役社長

1996年東京大学大学院工学系専攻電気工学科修了後、ソニー株式会社入社。初代AIBOの商品化、QRIOの開発に携わり、その後ロボット知能の基礎研究を経て、スマイルシャッターなど顔画像認識を始めとするソニー商品群のインテリジェント化をリードした。2015年よりZMPとソニーの合弁会社エアロセンスを立ち上げ「空飛ぶロボットプロジェクト(ドローン)」のソリューション事業化に挑む。2019年より代表取締役社長に就任。