コロナ禍によってあらゆる価値観が少しずつ、しかし、確実に変わろうとしています。特に、このところ急速に認知が拡大しているESG・SDGsの考え方やミレニアル世代・Z世代が社会の中心になりつつある今日、長く当たり前とされてきた人生の充足度を測るモノサシが変わろうとしています。このような時代だからこそ、シェアリングサービスがもたらす本質的な価値が受け入れられるのは当然のことなのかもしれません。そして、デジタルやテクノロジーの力は、その可能性を広げることに一役買っていると言えます。

本稿では、株式会社ピーステックラボ 村本理恵子氏とKPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が、ポストコロナ時代において、テクノロジーがどのように私たちの生き方や働き方、価値観を刷新していくのか? そして、その刷新の原動力になるものは何か? 空想・妄想を巡らせた対談の内容をお伝えします。

テクノロジーはきっと住みやすい国の礎になる

村本氏、茶谷

(株式会社ピーステックラボ 代表取締役社長 村本 理恵子氏(左)、株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役社長兼CEO、KPMGジャパンCDO 茶谷公之(右))※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

茶谷                 :村本さんといえば、動画配信サービス「BeeTV(現「dTV」)」のプロジェクトリーダーを務め、現在の「スマホで動画を見る」を当たり前にした人物です。そんな村本さんに、次にデジタルやテクノロジーの力で人の“当たり前の行動”がどう変わると見通しているか、お聞きできるのを楽しみにしていました。

「使う時だけお金を払えばいいサービスがあれば、モノを持たない新たな生活ができる」ということで2016年に「ピーステックラボ」という会社を設立されたとのこと。この会社について、まずは社名にどのような意図を込められたのか、聞かせてください。

村本                 :凄く分かりやすくて、「テクノロジーで世界を平和にする。そういうことをみんなで考えるラボである」という意味です。

茶谷                 :確かにホームページを拝見すると、「貸し借りしやすい国は、きっと住みやすい国だ。」をミッションに掲げておられますね。この言葉を見て興味深く感じたのは、少し推論が入っているところです。「住みやすい」の前に「きっと」が入る。ここがポイントだと感じました。

村本                 :それは、少なくとも今の世の中にはそういう土壌がないこと、また、特に日本では可処分所得が減り、一昔前に言われていた「1億総中流」という社会構造から完全に変化していること、その2点を捉え、「それでも住みやすい国とはどのようなものなのだろうか?」と考えた結果の私たちの提案です。

モノを買う、自らが所有する、という生き方が当たり前のままでいれば、可処分所得がどれだけあるかということに「住みやすさ」や「暮らしやすさ」が収斂されていくことになるでしょう。しかし、今はそうしたことからフリーになる、お互いのお金の嵩だけを問題にせず平等に暮らせる国というのが「住みやすい国」になるはずである、という考えを込めています。

分かりやすさより世界観を、話題性より共感を大切にする

茶谷                 :それで始められたサービスが「アリススタイル(Alice.style)」ですが、このサービス名もなかなか興味深いと感じます。

村本                 :名前の由来は皆さんご存知の『不思議の国のアリス』からきています。主人公のアリスは白うさぎのあとを追いかけて、今まで自分が見たこともないような奇妙な世界に分け入って冒険しますよね。

今、私が展開しているビジネスも、これまでの“常識”とは違う世界だと思っています。「買わないで、モノを借りる。使う時にだけ借りる。」という新しい“常識”の世界であり、ライフスタイルを作っていく、という意味で『不思議の国のアリス』との共通点を見出し、これをサービス名にしました。

作中のアリスの体験や世界観は、「アリススタイル」との共通性が大きいと考えています。

茶谷

例えば、あの物語はまさに彼女の別世界での体験ですが、私達が提供している新しい体験価値というのは、「モノを買わずに借りる」という別世界のスタイルであり、その世界観と現実との行き来をスムーズにし、「こういう体験ができるんだ」というのを知って実践してもらうことが私達のサービスの根幹だと思っています。

茶谷                 :ちなみに、サービス名については他の候補はなかったのでしょうか?

村本                 :ありませんでした! 実は、以前にもこの名前を候補に挙げたことがあったのですが採用されず…。「この名前をいつかは使ってみたいな」とずっと考えていました。

サービス名について、皆さんはよく「分かりやすい方がいい」とおっしゃいます。例えば、「シェア◯◯」とか「貸し借り◯◯」というように、もっと具体的でサービス内容を推し量れるものがいい、ということです。それも「なるほどな」とは思うのですが、やはり世界観を大切にしたい、というのが私の考えです。

茶谷                 :なるほど。公式アンバサダーであるお笑い芸人EXITの2人にオファーをする際にも、その「世界観を大切にする」という考え方を生かされたそうですね。

村本                 :そうですね。彼らのファンの中心は女性だからだ、と見ておられる方も多いと思いますし、確かにそうした側面もあります。しかし、そうしたことは「なぜ彼らをアンバサダーに選んだか?」の答えの本質ではありません。むしろ、彼らの生い立ちや感性、エコに対するモノの考え方などに共感し、それが凄く「アリススタイル」の世界観に近いと感じたからです。

私達の世界観に共感していただけるような方は誰だろう? と考えた結果、彼らに出逢ったというわけです。

茶谷                 :関西出身の私からすると、EXITのようなお笑い芸人さんは親しみがあります。それに、『不思議の国のアリス』の世界にいても不思議じゃないような気もします。

村本                 :そうですね(笑)。彼らは一見すると勢いのあるイマドキのお笑い芸人さん、という印象かもしれません。しかし、実は根は凄く真面目で、私達がイベントを実施した際に取材が入った時、特に打ち合わせもしてないのにサービスの真髄を語ってくれるんですよ。彼らを公式アンバサダーにしてよかったな、と感じる瞬間です。

ある日、偶然見たTV番組にEXITの2人が出演していて、そこで兼近大樹さんの子どもの頃のエピソードが取り上げられていました。凄く貧乏だったそうで、クリスマスケーキやお誕生日のケーキを買ってもらえなかったこと、そんな中でもお兄さんが夜空に向かって手で輪っかを作って星を囲み「ほら、ケーキだよ」と言ったということが紹介されていました。それを聞いた相方のりんたろー。さんもグッときたようで…。

私自身も母一人、子一人の貧しい家に育って、「大きなケーキを買ってもしょうがないし、もったいないから」ということでクリスマスにデコレーションケーキを家で食べることもなく寂しい思いをした記憶があり、彼らの話にジーンときたんです。

兼近さん本人はもちろん、りんたろー。さんの共感力も凄く高く、こんな感性を持つ2人は生き方が優しくなるだろう、と感じました。それで、「アリススタイルのアンバサダーは絶対にこの人達だ」と確信したのです。

貸し借りがデジタルの世界でどう変わるか?

村本氏

茶谷                 :いよいよ「アリススタイル」のビジネスについての話をお伺いしたいと思います。今、貸し借りできるアイテムのカテゴリーは、ビューティー、フィットネス、キッチン、生活家電、AV・IT、ベビー・キッズ、ホビー、ホームセンターというのもありますね。これらを選ばれたのは、どういった理由からでしょうか?

村本                 :どちらかというと生活に密着しているから、という意味合いが強いです。レンタカーは今の時代でも当たり前に貸し借りされていますが、それ以外の日常生活の中で使うモノの貸し借りは現実的にはほとんどありませんよね。

一方、昭和のはじめや江戸時代などはご近所同士でモノを貸し借りするというのは当たり前で、モノがない時代だから、持っている人は持ってない人に貸してあげる、ということが普通に行なわれていたわけです。

「では、この行為を今の時代、デジタルに置き換えてみるとどうなるか? 21世紀でももう一度『貸し借りが当たり前』という状態が実現できるんじゃないか?」と、考えました。物理的な隣近所よりも人との距離は遠いけれど、アプリを通じて繋がることによって、この世界(アリススタイル)の中では隣近所であるという、デジタルを使った“仮想的なお隣さん”をつくることができるようになっているのが今日です。

茶谷                 :“仮想的なお隣さん”の存在感はまさにこのコロナ禍で増したように感じます。ちなみに、各カテゴリーの順番はどうやって決まったのでしょうか?

村本                 :このサービスを始める前のことになりますが、PoC(Proof of Concept)を行なって、その中で「消費の中心は女性である。女性を大切にしようと考えた時に、彼女たちが一体どういうものを欲しがっているのだろうか?」を掘り下げて行きました。その際に可視化できたのがこの順番です。

事業着想力とマーケティング企画力の源泉

茶谷                 :PoCを行なってメインのユーザーとそのニーズを掘り下げていったとのことですが、それはピーステックラボの4つの強みのうち2つである「事業着想力」と「マーケティング企画力」が生きているのだと感じました。これらは一般的にも大切だと知られていますが、精度がその後を左右するものでもあります。ピーステックラボでは何を一番大切にされていますか?

村本                 :消費者をしっかり見ること、です。消費者を見るというのはまさにマーケティングになっていて、しっかり見えるから、そこから新しい事業の着想が見えてくるのだと感じます。見るというのは、ただ見ると言うより分析するということだとも言えます。

元々私はインターネットが出始めたころから、口コミ分析をやっていました。今はそのころに比べると多くの方がいろいろな“痕跡”をネット上に残してくれるようになっています。例えば、ニュースへの反応やAmazonのランキングや商品レビューもそうですが、そうしたものがマーケティングのインプットになり得ます。

村本氏、茶谷

茶谷                 :そのデータが集まることによって分析して次の最新のアイディアが見つかる、と。

村本                 :そうです。ただし、インターネット上の痕跡はあくまでも過去のもので、そこに新しいビジネスアイディアが出てくるというわけではありません。むしろ「こういうものを買っているのか、話題になっているのか」と分かると同時に、その中から「困っている」とか「大変だ」とか「面倒」といった言葉が繋がっている文脈をひたすら探しています。

茶谷                 :それは新しいビジネスの答えではないけれどもヒントになる、ということですね。

村本                 :そうですね。ペインがあることが分かる、という感じです。それを見つけて、どうやったらいいのか解決を探し、サービスを作っていくのが私達のアプローチです。

後編に続く

対談者プロフィール

村本氏

村本 理恵子
株式会社ピーステックラボ 代表取締役社長

東京大学文学部社会学科卒。時事通信社にて世論調査、市場調査分析に従事。1997年、専修大学経営学部教授に就任。2000年、株式会社ガーラの代表取締役会長に就任し、ナスダックジャパン(現・新ジャスダック)上場に貢献。2009年、エイベックス通信放送株式会社の取締役に就任し、モバイル動画配信事業「BeeTV(現在のdTV )」の立ち上げに参画。立ち上げ後の事業戦略・マーケティング戦略・編成戦略策定にも携わる。2013年、エイベックス・デジタル株式会社の取締役に就任し、各社でのデジタル関連事業を推進。2016年、株式会社ピーステックラボを設立。2018年、モノの貸し借りアプリ「アリススタイル」の提供を開始。SDGsの実現に向けたシェアリングサービスとして新たなインフラを構築し、モノの貸し借りを通して「体験」が平等に提供される社会を目指す。日経WOMAN『ウーマン・オブ・ザ・イヤー2021』、『Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2021』企業部門(従業員規模別 300名未満の部)第10位を受賞。

LinkedIn

KPMG Ignition TokyoのLinkedInをフォローして最新情報をチェックしてください。

お問合せ