コロナ禍以降、大企業を中心に「理念に基づいた経営」に注目が集まるようになりました。また、不確実性が高まる時代に、一念発起してスモールビジネスを始める人も増えています。一方、このところデジタルやテクノロジーが私たちの生活に一気に浸透しつつあるのはご承知の通りです。この2つの事柄は別々の世界線の出来事ではなく、結びついていることは間違いありません。では、その先に広がる社会とは、どのような姿なのでしょうか?

本稿では、楽天グループ株式会社 楽天大学学長 仲山進也氏とKPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が、テクノロジーやそれを受け入れる意識がどのように私達の生活や働き方、価値の見出し方や組織のあり方などを刷新しているかを俯瞰し、さらにポストコロナ時代の社会とはどのようなものか? 空想・妄想を巡らせて語り合った対談の内容をお届けします。

プラットフォーマー自身が学びの機会を提供する意味

仲山氏、茶谷

(楽天グループ株式会社 楽天大学学長、仲山考材株式会社 代表取締役 仲山進也氏(左)、株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役社長兼CEO、KPMGジャパンCDO 茶谷公之(右))※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

茶谷:          仲山さんとは、私が楽天にいた頃からのご縁ですね。今日は色々と聞きたいことをぶつけていきたいと思います。

仲山さんといえば、楽天が祐天寺にあった時代に入社されてECコンサルタントとして活動された、いわば楽天の初期メンバーですよね。ECコンサルタントから「楽天大学」の学長というのは、興味深い経歴ですし、そもそも「楽天大学」のコンセプトである「出店者の皆さんに『自走型』になってほしい」という考え方も面白いと感じていました。

今でこそプラットフォーマー自身が自社のサービスをうまく活用できる人材を育成するトレーニング機関を立ち上げることは珍しくなくなりましたが、「楽天大学」が誕生した2000年の段階では画期的だったと考えます。今と当時は状況がかなり違いますが、仲山さんご自身はプラットフォーマーがトレーニング機関を立ち上げる意義をどう考えておられますか?

仲山:          「楽天大学」のコンセプトは当初からずっと同じです。先ほどご紹介いただいたように、私は1999年に楽天に入社し、楽天市場の初代ECコンサルタントになりました。

それからすぐ、「店舗数はどんどん増えていくけれど採用が間に合わなくて、ひとりあたりの担当店舗数がどんどん増えていき、サポートがままならない状態になる」という事態になってしまいました。

そんなある日(2000年)、社長の三木谷さんが、「うちの会社は今、急成長しています。これは、このビルの中にいる100人あまり(当時)の社員が寝る間も惜しんで頑張ってくれているだけではなく、2,500店舗の店長さんがコンテンツを作り、お客さんとコミュニケーションしているアウトプットがあるからこその成長です。つまり、楽天の成長というのは、店舗さんたちがいかにパフォーマンスを発揮できるかがキモ。自分で考えてどんどん動いていける店舗さんをどれだけ増やせるかが何より重要です」という話をしたんです。

それを社内では、「自走する店舗さんを増やす」と表現するようになりました。楽天は1997年の創業以来、「エンパワーメント」を標榜しているのですが、「自走する店舗さんを増やすことこそエンパワーメント」という共通認識が生まれました。

時代の流れに応じて多少は形が変わってはいるかもしれませんが、基本的な発想として楽天市場のビジネスはショッピングモール型であり、楽天が直販するモデルではありません。そうであるからこそ、「楽天は店舗さんをエンパワーメントする」という考え方はずっと変わらずに持っています。

茶谷:          確かにエンパワーメントという言葉は楽天市場の枠組みを超えてグループ全体の活動の中で用いられていますね。最近は特に地方公共団体との連携において、あるいは、スポーツ振興といった場面で楽天が参加する上でのひとつの軸としてエンパワーメントという言葉を目にします。

夢中で仕事する大人を増やすための「フロー理論」

茶谷:          仲山さん自身は楽天社員であり楽天大学の学長でもあり、同時に自身の会社も経営されていますね。そして、横浜F・マリノスとプロ契約をしてコーチやジュニアユース向けの研修を実施され、クラフトビール「よなよなエール」のヤッホーブルーイングの“エア社員”もされているとのこと。お話を聞いたり、著書を読んだりしていると、「自走」はもちろんですが「自由」というキーワードが全面に出てくるように感じます。

例えば、兼業が自由だったり、勤怠が自由だったり、仕事内容も自由、という仕事のされ方ですが、それが結果として、『組織にいながら、自由に働く。 仕事の不安が「夢中」に変わる 「加減乗除(+-×÷)の法則」(日本能率協会マネジメントセンター)』という本になったのだと思っています。あの本は面白いですね。最初に「フロー理論」が出てきて、懐かしい気持ちになりました。

それというのも、私はソニー時代、AIBOやQRIOといったロボット開発の責任者だった土井利忠氏の配下にいました。月に1回、土井本部長の講話があって、そこではいつもミハイ・チクセントミハイ氏のフロー理論が語られていたものです。仲山さんの本を読んでいて久しぶりに「フロー理論」の話に触れ、「これこれ!」という思いです。

フロー理論

フロー理論

少し長くなりましたが、「フロー理論」は働き方においてどのように重要だと考えていらっしゃいますか?

仲山:          そうですね。私の個人の理念として、「子どもが憧れる、夢中で仕事する大人を増やす」というのがあります。子ども達は小学校の卒業文集に、「大谷翔平みたいになる」や「メッシみたいになりたい」といった将来の夢を書きますよね。あれは、仕事している大人のうち楽しそうに見えるのが、スポーツ選手やテレビに出てくる人、最近ならYouTuberなど、そういったメディアで見る大人だけだからだと思うのです。

それならば、楽天大学で多くの店舗さん達のサポートをしながら、全国各地・津々浦々に、楽しそうにリアル店舗もECも含めて商売をやっているという人を増やし、そうした姿を子ども達が間近で見られる環境を作って、小学校の卒業文集の将来の夢を書くところに「あの花屋の店長さんみたいになりたい」や「あの魚屋の店長さんみたいになりたい」といったことを書く子どもが増えていく世の中になるといいな、と思っているんです。

そんなことを考えていた時、「フロー理論」の「挑戦度合いを示す縦軸と能力を表す横軸の中でバランスが取れた座標にいる時が夢中になりやすい」といった話を知り、とても腹落ちし、「これだよ!!」と感動したのです。

何にそれほどまで興奮したかというと、小学校の頃、放課後に友達同士で集まって公園や校庭で2つのチームに分かれてひたすらサッカーをする、という遊びをしていたのですが、小学生の遊びなので、集合時間も決まっているわけではないし、それぞれ時間になったら帰っていったりしますよね。

そうすると、2つのチームの人数が合わなくなって、負けている方の子ども達はやる気がなくなって、地面に倒れ込んだまま起き上がってこない、ということが起こります。そこで、チーム替えをしたり、例えば5人対4人なら、人数が少ない方のチームの方が少し有利になるようにルールをチューニングしたり、といったことを昔からやってきた記憶が蘇ってきて…。

「フロー理論」の図を見たときに、そうした原体験を含めて「これで、全部説明できるな」と。自分が不安ゾーンや退屈ゾーンにいる時に、色々と考えて夢中ゾーンに近付いたり、夢中ゾーンからなるべくはみ出ずに過ごせるよう工夫したりしてきたな、ということまで遡って理解できました。

茶谷:          なるほど。ソニー時代に米国に留学させてもらった時に最初に言われたのが「せっかく留学しているのだから、借金してでも遊べ!」ということでした。要は、自分の専門以外のところも含めて見聞を広めろ、ということです。

余談になりますが、ソニーという会社はなかなか自由なところがあって、別の部長からは、「茶谷君、出張に来る時にはスニーカーと海パンぐらい持ってきた方がいいよ」と言われました。

フロー理論を読んでいると、最初の頃のソニーはまさに「フローな集団」だったのだろうな、と感じます。規模が大きくなるとそうはいかない部分もあるのかもしれませんが、仲山さんが入社して楽天大学を立ち上げていた頃はまさに楽天も「集団的フローな感覚」を味わいやすい環境だったのだろうと想像します。

仲山:          まさにそうでした。

茶谷:          土井さんの話でもうひとつ。ソニーの技術者だった彼は、42歳で創業者世代を除いてはソニーでの最年少取締役になり、上席常務にまでなったのですが、ある日生前葬をして、天外伺朗(てんげしろう)と名乗るようになりました。元々はペンネームとして使っていた名前なのですが、彼の著書に『人材は「不良社員」からさがせ:奇跡を生む「燃える集団」の秘密(講談社)』というものがあります。

仲山:          その本、愛読書です!

茶谷:          そこに出てくる“不良社員”というのは、ちょうど私より4〜5年先輩のすぐ隣で一緒に仕事をしていた社員のことを指しています。

みんな面白い人達ばかりで、私が仕事で困っていると全く関係ない部署からフラリと現れて、「こうした方がいいんじゃないの?」とメンター的にアドバイスしてくれて、中には、「あそこの部署のあれとくっつければ面白くなるぞ!」と私の上司に進言してくれたりもしました。そういった損得関係ではない、面白いか面白くないか、という判断基準で行動する集団があったわけです。

彼らはミツバチのように“媒介”として組織の中で化学反応を起こしてくれる存在として機能していたと言えるでしょう。そうした存在は非常に重要で、土井さんはその大切さを理解していたから「不良社員から探せ」と言ったのだと思います。

チーム作りの誤解「それはチーム作りではなく分業です」

人材は「不良社員」からさがせ: 奇跡を生む「燃える集団」の秘密(講談社)

茶谷:        仲山さんは楽天で、私はソニーで、それぞれ「フローな組織」を体験して、その楽しさを知ったという共通点を確認しました。そして、それを広めるために仲山さんはチームビルディングのセミナーやワークショップなど、精力的な活動をされています。

最近は、「ビジョナリー経営」に注目が集まり、チーム作りやチーム運営、理念づくりの重要さが改めて語られているところなので、セミナーの依頼も多いのではないでしょうか? そうした際に苦心されていることはありますか?

仲山:        難しさは、みなさん「チームを作りたい」と言われるわけですが、その人達が作りたいのはチームではなく「自分の言う通りに動いて、自分の思った通りの結果を出す組織」くらいの問題意識しか持っていない、ということでしょうか。

私にとってチーム作りとは「集団的フローに入れる状態・環境を作ること」なので、イメージしていることが随分違うのです。ですから、ギャップがあるところを擦り合わせるのに苦心しています。

最も大きな間違いは、チーム作りをするにあたり「自分の組織を上手くコントロールしたいのですが、どうしたらいいですか?」という問いです。

なぜなら、チームができるプロセスにおいては、コントロールを手放すことが大切なのです。天外氏も著書の中で「いろいろ手放す」という話をされていると思うのですが、「“わちゃわちゃ”して、コントロールが効かないカオス状態になり、そこから擦り合わさって、自分たちのルールや役割分担が生まれる」というのがチームになる時の重要なプロセスなので、「コントロールしたい」というのは、問いが間違っているんです。

茶谷:          問題設定が違っていると上手くいかないので問題設定を正しくすることから始める必要がある、というわけですね。

仲山:          そうですね。「チームを作る」のと「分業したままの状態でうまくやる」のは別物なんです。もし従来の分業形態が機能しなくなってパフォーマンスが下がってきているなら、分業のしかたを根本的に改めないと、賞味期限が切れた組織をだましだまし延命させているだけになってしまいます。

分業というのは、タスクを分けているので、組織が大きくなるほどメンバーは全体像が見えなくなり、自分の仕事の意味も分からなくなります。自分で考えて動こうと思っても、分業を崩さないことが前提だと動けません。だから自走型の組織や人材にはなれません。

マネジメントが依存させる構造を作っていないか?

茶谷:          「自由にやっていいよ」と言っても、なかなか自走しないケースは多いと思うのですが、それはどういう原因が考えられるでしょうか?

仲山:          依存体質になっているから、というのが大きい気がしますね。

茶谷:          それぞれのメンバーが依存体質になっている、ということですか?

仲山:          組織として、メンバーをコントロールするマネジメント方法を採っている場合、依存させたほうがコントロールしやすくなるので、結果としてメンバーが依存体質になるのは当然だと思います。ですので、私が言う「チーム」とは組織のOSが違う、というイメージです。

茶谷:          なるほど。OSというのは少しテック系な表現なので、何かの例えも踏まえてみたいと思います。今思い浮かんだのはスポーツです。野球のOSとサッカーのOSでは随分違いますね。

茶谷

野球は1球ごとに監督のサインを確かめるけれど、サッカーは選手が自分で判断を下す場面もあり、野球に比べるとやや放任型のマネジメントスタイルというイメージで、OSが違う、という感じがします。私が「チーム」という言葉を聞くと、野球の経験があるので野球型のOSをイメージします。仲山さんはサッカー型のOSを想定するのでしょうか?

仲山:          その話で言うと、「野球OSは指示命令型で、サッカーOSは自走型」と捉えがちですが、サッカーをやっている人の中でも野球OSの監督は結構いる気がします。

茶谷:          それでも機能するのでしょうか?

仲山:          むしろそちらの方が勝ちやすいです。ただし、ジャイアントキリング(大金星)は起こせません。それは、監督の持っている答え以上のものが出ないからです。サッカーにしても企業にしても、今の日本のマネジメント層は、子どもの頃に野球をやっていたり、テレビで野球のナイター中継に触れる機会が圧倒的に多かった世代なので、頭の中は野球型OSな人が多い気がします。

ですので、「サッカー型人材」と口では言っていても、「自分の言うことを聞かせる」といったマネジメントをしようとしてしまう…。ちなみに、自律自走型の組織や人材といったキーワードで仲良くなった人のうち、「昔、野球やっていた」という人に共通するエピソードがあります。それは、「監督の送りバントのサインを無視して怒られたことがある」です。(笑)

「理念」とは超えてはいけない一線を示したもの

仲山氏

茶谷:          マネジメントのOSの話をしましたが、「監督が指示命令でき、選手がその通りに動く」という前提で動く野球型OSを持つ人か、「局面に合わせて自分で考えて動かなければいけない」ことを前提としたサッカー型OSを持つ人かによって、ガバナンスに対する意識も違ってくるのではないか、と感じました。仲山さんはどう考えますか?

仲山:          そうですね。「してはならないこと」を事前にしっかりと示し、「この範囲内であればOK」と、ルールを示すことがサッカー型OSで動く人にとっては大事だと考えます。ゴルフのOBラインみたいなイメージです。

OBライン型のルールを決めるのはかなりの思考コストがかかるので、「全員こうしてください」という指示型・正解一択型のルールが多いのだと思います。ちなみに、「よい理念」は、OBラインの役割を果たします。例えば、私が所属する楽天は「エンパワーメント」という理念があって、その範囲内であれば自由に動きやすいわけです。

楽天市場の場合なら、「出店者のみなさんが自走しつつ、お客さんから気に入ってもらえる良い商売ができる」というのがエンパワーメントなので、その範囲からはみ出なければ、いちいち上司の許可を取らなくても動けるし、怒られることにもなりません。

なお、別の見方をすると理念は制約条件だと思っていて、楽天市場の場合なら、「売り上げを上げてください。ただし、エンパワーメントに繋がる形でなければ売り上げと認めません」ということなのだと捉えています。

再びサッカーを例に出しますが、「ハンド」という反則がありますよね。理念は「ハンド」と似ているな、と思っています。サッカーの魅力は、「手を使ってはいけない」から一生懸命に足技を練習するんだけれど、手を使うほど思い通りにはいかなくてミスが頻出するところにあると思います。難しいからこそ、ようやく点が取れたときに凄く嬉しい、と。

これを会社に置き換えると、仕事をする時に「ハンド」に相当するようなことをして売り上げを立てている人がいたら、全く面白くないわけです。楽天市場で言うなら、安売り依存の店舗さんを増やすような形で、売り上げを伸ばしてもダメということです。安売りすれば簡単に流通は作れるけれど、エンパワーメントに繋がらないので「反則」になるわけです。手を使ってゴールしてるのと同じで。

茶谷:          なるほどね。それは非常に大事な視点ですね。

中小企業にとっての「DXとは何か?」を紐解く

茶谷:          楽天市場が始まった当初は街の商店のようなスモールビジネスの経営者に出店してもらう場となっていたと想像します。彼らにとってECというデジタルの世界に足を踏み入れるきっかけをもたらしたのは大きなことだとも思います。

そこで、仲山さんはスモールビジネスとデジタルやテクノロジーの関係性をどのように見ておられるかお聞きします。特に最近は企業規模を問わず「DX(デジタルトランスフォーメーション)推進」が叫ばれていますが、その様子をどう見ておられるのか、気になっていました。

仲山:          知人が中小企業の経営者向けの塾を開講していて、私もチームビルディングのコマを担当しているのですが、その依頼を受ける際、「DXやITをテーマに語れる人はいるだろうか? 大企業向けではなくて、中小企業向けとなると全く思い浮かばなくて…」という相談を受けました。思わず、「それ、僕ですね」となって、今まさに“大げさすぎないDXやIT”のコマを担当させてもらっています。

茶谷

楽天の店舗さんの商売が、まさに変態(トランスフォーム)するさまをたくさん見てきました。その場合の成長パターンがあって、最初は「実店舗で販売しているものをネットで売る」ところから始まります。それが軌道に乗っていき、お客さんとの距離感も近くなってくると、だんだん品揃えが変わっていく、という変化が起こります。

街の本屋さんをイメージすると分かりやすいかもしれません。彼らがECを始めるとしたら、最初に自分の店にある書籍を登録するでしょう。ただ、街の本屋さんって、全国どこでもだいたい似たような品揃えになります。リアルなお店は半径数キロの商圏のお客さんが来てくれて商売が成り立つような品揃えが必要だから、ベストセラーを並べざるを得ないわけです。

どの本屋さんのECサイトも同じような本しかないとすると、本の場合は価格競争もないので、「だったらAmazonでいい」となってしまいます。本以外の、価格競争ができる商品だったとしても、日本一安い店舗ばかりが売れることになるでしょう。

その一方、「1万人に1人にしか買ってもらえないような商売は、実店舗ではとてもやっていけないけれど、オンラインなら可能になる」ということに気が付けると、トランスフォームが始まっていく、という成長フェーズに突入していきます。

例えば、地方で「出産祝い専門店」なんて見たことありますか? 実際、楽天に出店している出産祝い専門店さんは鹿児島にあるのですが、全国の人を相手にできるインターネットがあるからこそ成立し得るコンセプトだと思います。

普通の眼鏡屋さんが「戦う眼鏡屋」になるまで 〜中小企業のトランスフォーム事例〜

仲山氏

仲山:          中小企業の「DX」について、もうひとつの好例が、岐阜の眼鏡屋さんです。ネットショップで普通に眼鏡を売っていたのですが、ある時、友達に誘われてサバイバルゲームに参加してすっかりハマりました。何度か参加するうちに、「あれ? 全員が目を守るために眼鏡をしているのに、誰ひとりきちんとした知識を持って眼鏡を選んだり、扱ったりしている人がいない。扱いは雑で、レンズが地面に当たるような置き方をしている。商品の違いも全く分かっていない」と気付きました。

その眼鏡屋さんは以前から、「眼鏡迷子をなくす」という理念を掲げ、丁寧な接客で一人ひとりに合った眼鏡をお届けすることを得意としていたので、「サバイバルゲーマーはほぼ全員、眼鏡迷子じゃないか!」と気付いたというのです。

それがきっかけになって、ソーシャルメディアで「サバゲー用のアイウェアの選び方」や「防弾レンズを実際に撃ってみる実験動画」といった情報発信をし始めました。

しかも質問したら極めて丁寧に答えてくれるということもあって、「神対応の店」としてどんどん口コミで広まって、自衛隊の隊員さんからも続々と注文が入るまでになりました。ネットショップの作りもサバイバルゲーム専門店にして「戦う眼鏡屋」を名乗るように。

さらには、全国からお客さんが「実店舗に行きたい」と来店するようになり、今では普通の眼鏡を販売する店舗に加え、サバイバルゲーム専用の実店舗を構え、試し撃ちができる設備も整えて「撃てる眼鏡屋」と言われるまでになっています。ちょっとしたことがきっかけでそんなことが起こっているなんて、いいですよね。

茶谷:          それはワクワクする話ですね。コンテンツや音楽の業界でも昔からよく言われていたのは、民族音楽は日本のマーケットでは100万枚も売れないけれど、グローバルマーケットでなら100万枚を超えるポテンシャルがある、それぐらい愛好家はいる、とね。考えていた商圏を超えることによってビジネスとして成り立つものは結構ありますよね。

仲山:          あります。皆さん、最初から売り上げが上がることを目指そうとしてしまうのですが、そうするとたくさんの人が買うモノを最初から扱おうとして、結局はジャイアントキリングを起こせずに消耗戦に陥ることになりがちです。

しかし、中小企業の強みというのはまずその中小企業の経営者やスタッフといった「人」にあると、楽天にいると強く感じます。だから、その会社にいる人の強みと商品の掛け算で、世の中の他にない価値をデザインできると、それは「DXした」ということになると考えるのです。

茶谷:  それは凄く面白いですね。「戦う眼鏡屋」さんの話を聞いていて、私の知人も楽天が始まった頃に出店していたことを思い出しました。元々は酒屋さんだったのですが、実店舗はコンビニに業態変更して、同時に楽天では少し高級なワインを取り扱うショップを始めたのです。すると、日本全国のワイン好きが集まり、かなりの数のオーダーが入ったようで、楽天の中でも売り上げが高いお店のひとつになったと聞きました。ECはバーチャルに日本全国に支店を出す、つまり、商圏が一気に拡大するようなものですよね。

仲山:          そう感じます。ですので、リアルでやっていることをデジタルに置き換えるということではなく、デジタルを前提に「できること」を考え、価値を作り出すのがDXになる、というわけです。

後編に続く

対談者プロフィール

仲山氏

仲山 進也
仲山考材株式会社 代表取締役
楽天グループ株式会社 楽天大学学長

創業期(社員約20 名)の楽天株式会社に入社。2000年に楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」を設立、人にフォーカスした本質的・普遍的な商売のフレームワークを伝えつつ、出店者コミュニティの醸成を手がける。
2004 年には「ヴィッセル神戸」公式ネットショップを立ち上げ、ファンとの交流を促進するスタイルでグッズ売上げを倍増。
2007年に楽天で唯一のフェロー風正社員(兼業自由・勤怠自由の正社員)となり、2008年には自らの会社である仲山考材株式会社を設立、考える材料(考材)をつくってファシリテーションつきで提供している。
2016〜2017年にかけて「横浜F・マリノス」とプロ契約、コーチ向け・ジュニアユース向けの育成プログラムを実施。 
20年にわたって数万社の中小・ベンチャー企業を見続け支援しながら、消耗戦に陥らない経営、共創マーケティング、指示命令のない自律自走型の組織文化・チームづくり、長続きするコミュニティづくり、人が育ちやすい環境のつくり方、夢中で仕事を遊ぶような働き方を探求している。
「子どもが憧れる、夢中で仕事する大人」を増やすことがミッション。「仕事を遊ぼう」がモットー。
著書『「組織のネコ」という働き方』『組織にいながら、自由に働く。』『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則』『育成の本質』ほか多数。

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