スマートシティに関する話題のなかで、検討~意思決定プロセスにおける市民の参加が重視されるようになりました。背景には、ユーザー中心主義の台頭や、規制改革と一体となったデジタルを活用した取組みの拡大が挙げられます。そのようななか、市民の参加を促す仕組みづくりとして、各地で、リアル・オンラインともに、市民と供給サイドおよび市民間で議論を促すための取組みが進んでいます。本稿では、各地での事例とともに、市民参加を促すキーポイントについて解説します。

1.まちづくりにおいて「市民参加」が重要視されるようになった背景

昨今、スマートシティに関する話題で、「市民参加」「市民合意」というキーワードを耳にする機会が増えました。これらが取り上げられるようになった背景には、2つの大きな潮流が起因していると考えられます。

ユーザー中心主義の台頭
スマートシティという言葉の定義は時代とともに変化しています。国内では、1990年代からエネルギー・インフラ分野の取組みとして「スマートシティ」「スマートコミュニティ」という言葉が使われ始め、電力会社やメーカーなどによるサプライサイドの技術オリエンテッドな街づくりが進められました。その後、デジタル技術の進展により、ユーザーが開発プロセスに参加しやすい環境が醸成されるようになったことから、企業における製品やサービスの開発だけではなく、政策の策定や意思決定などにおいても、ユーザーとなる市民の関与が求められるようになりました。そのなかで、スマートシティの定義も、ユーザー中心のビジョン・ニーズオリエンテッドな取組みを形用するものに変わってきました。先般公表されたスマートシティガイドブック※1でも、スマートシティの3つの基本理念として、「市民(利用者)中心主義」「ビジョン・課題フォーカス」「分野間・都市間連携の重視」が掲げられています。

データの利活用・規制緩和による先進的な取組みの拡大
また、もう1つの背景として、Society5.0の先行的な実現のために、時には規制改革を伴いながら、官民の各種データを活用したさまざまな取組みが進められていることが挙げられます。これらの取組みを進める上で、官民データ活用推進基本法や民間・行政に向けた個人情報の保護に関する法律に基づき、データ所有者の個人情報保護を徹底することが必須要件となっています。また、先端技術を用いたプロジェクトを包括的な規制緩和によって実現する、スーパーシティ構想※2においても市民など関係各所の合意が要件として掲げられています。このように、データの利活用や未知なるテクノロジーを用いた取組みが拡大するなかで、生活の利便性向上に期待が高まる一方、「わからないことが不安だ」という得体の知れないリスクに不安を抱える人が増えています。よって、取組みを前に進めるにあたっては、市民の合意を取り付けることは不可避となっているのです。実際に、推進主体と市民のやり取りのなかで、期待と不安のバランスを保てず計画中断に追い込まれた事例もあるほどです。

これらの背景から、デジタル技術を活用し官民が協働して持続可能な都市を構築していくためには、検討・合意プロセスに市民の参加が必須要件となっているのです。しかし、いまだその手法として、国内で確立・浸透しているものはありません。「市民合意」を必須要件としたスーパーシティ関連法案のなかでさえ、「区域の住民その他の利害関係者の意向を踏まえた方法及びその結果」※3を報告する書面の提出を求めると規定したものの、明確にどのように意向を踏まえるべきかについては提示されていません。

2.「市民参加」を促す取組み事例

前述のように、いまだ明確な手法が確立されていない状況ではありますが、各地では海外の事例などを参考にして、手探りで取組みが進められています。本稿では、そのなかの一例である、仮説探索・検証を主な目的として市民と民間・公共の間で対話を行うリビングラボや、デジタルツールを活用して幅広い層から意見を吸い上げる取組み事例を紹介します。

リビングラボ
リビングラボというのは、研究機関・企業や行政などのサービス企画者が、イノベーションパートナーとしてユーザーとアイデアの企画・設計から試作・生産のプロセスにて共創する活動を称し、「リビング」のような生活空間において、「ラボ」のように実験的に活動する「場」を表すことでもあります※4。元々は、1990年代前半にアメリカのマサチューセッツ工科大学で誕生し、その後1990年代後半に北欧でリビングラボネットワークENoLL(European Network of Living Labs)の組成とともに普及、発展しました。

シカゴ市におけるAoT(Array of Things)や、コペンハーゲンにおけるコペンハーゲン・コネクティングなどのスマートシティ関連プロジェクトのなかでも、リビングラボは採用されています。これらの事例では、市民がリビングラボをはじめとするさまざまな活動に参加しやすいように、その窓口となる機関が設置され、活動を推進しています。たとえば、スマートシカゴでは、起業家等により試作されたサービスを市民が評価し、改善に結び付けるグループを立ち上げており、1,500人を超える市民が参加しています※5
また、日本でも同様の取組みを進めている地域は複数存在しています。鎌倉リビングラボでは高齢化が進んでいる郊外型分譲地である今泉台地区においてリビングラボが拠点を構え、自身のニーズを企業や行政に繋げ、自らをテストベッドとしてサービスを評価する取組みを進めています。

デジタル上での議論活性化ツール
デジタル空間上で、新たな課題発見・仮説探索などを行うために開発されたツールとして、EUのWeGovNowや、台湾のvTaiwan、スペインのバルセロナのDecidim、マドリッドのCONSULなどが挙げられます。
WeGovNowは、EUのEuropean Commission(欧州委員会)が実施する研究助成の枠組み「Horizon 2020」のなかで、自治体や研究機関、IT企業などの産学官共同プロジェクトから生まれたツールです。下表のように、行政や住民、地域企業が連携して、地域課題の解決を行うための複数のツールを個別のソフトウェアとして開発しつつ、それらが連動するように1つのプラットフォームに組み込んだSaaSとなっています。実際にイタリアのトリノ市、サンドナディピアーヴェ市、イギリスのロンドン・サザーク特別区において、その実証実験が行われ、約1万人のユーザーが登録し活用しました。また、日本においては、バルセロナで開発されたDecidimを活用した取組みが加古川市などで進められています。

ソフトウェア名 目的
FirstLife 自治体内でのイベントを共有、確認する機能
Improve My City 地域の近隣で発見した問題を報告する機能
LiquidFeedback アイデアの提案、投票する機能
Community Maps 知識やアイデアを収集し共有する機能
Offers & Requests ボランティア活動やアイテムの無料提供オファー機能

 

このように、各地で、従来型のリアルの場を活用した課題仮説の検討やサービスアイデアの検証を進めるリビングラボ、デジタル空間上で議論・投票を促すオンラインツールを活用した取組みが進んでいます。

3.「市民参加」を進めるキーポイント

このように、デジタル技術の進展に伴い、従来の政策展開よりも早いスピードで情報交換や政策・施策の進展が進むなかで、従来の数年に一度という選挙などでは意思決定が間に合わなくなっていることは事実です。よって、従来よりもスピード感を持ち民主主義的な合意形成を図るためには、下記のような点がより重要になってくると考えられます。

  • 計画や施策の検討段階から、住民など関係者のITリテラシーや議論の粒度に合わせて、リアル/オンラインを組み合わせた巻き込みを進める。
  • 市民エンゲージメントを高め、サプライサイドとユーザーの接点を増加させることで変革の土台を整える(「わからないから不安」の総数を減らす)。
  • 上記を継続していくためにも、検討・合意形成プロセスの透明性の確保に気を配る(計画案に対する合意形成を図る場合、意見を途中で集約し計画案に盛り込み、再度意見をもらうという手順を踏むなかで、寄せられた意見がどこに反映されたのかを明確に提示するなど)。

※1  内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省 スマートシティ官民連携プラットフォーム事務局「スマートシティガイドブック 第1版(2021.04 ver.1.00)」より引用。
※2  内閣府 国家戦略特区「「国家戦略特別区域基本方針」の一部変更の閣議決定について(令和2年10月30日)」を参照。
※3  「国家戦略特別区域法の一部を改正する法律案」の施行に伴う、「国家戦略特別区域法施行規則」を改正する内閣府令として提示された。
※4  「社会課題解決に向けたリビングラボの効果と課題」を参照。
※5 「第5回 スーパーシティ/スマートシティのデータ連携等に関する検討会」配布資料「スマートシティの海外事例調査について」を参照。

※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 河江 美里

スマートシティによって実現される持続可能な社会

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