年内に開示規則案を作成か SEC気候関連開示に関するサンプルレターの概要と動向

旬刊経理情報(中央経済社発行)2021年11月10日号に米国SECの気候関連開示に関するサンプルレターの概要と動向に関してあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

米国SECの気候関連開示に関するサンプルレターの概要と動向

ハイライト

  • US Securities and Exchange Commission(SEC)のゲンスラー委員長は2021年末までに米国の開示フレームワーク案を作成するよう指示
  • 2021年9月にSECが公表した気候変動関連開示のサンプルレターでは、2010年のSECのガイダンスを前提に留意点を例示

 

この記事は、「旬刊経理情報 2021年11月10日号」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

サステナビリティ開示のルール化で先行するEUでは、今年4月にCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive、企業持続可能性報告指令)案が公表され、2023年1月から適用開始予定とされている※1

また、2022年6月ごろには、IFRS財団が設立を予定しているISSB(International Sustainability Standards Board:国際サステナビリティ基準審議会)による気候変動に関する基準の最終化が予定されている。

こうした状況のなか、米国SECのゲンスラー委員長は、今年7月に開催されたThe PRI:Principles for Responsible Investment(責任投資原則を管理する非営利組織)主催のウェビナーで行ったスピーチ※2 において、スタッフに対して気候関連リスクを含め、開示要求を拡充するような規則案を年末までに作成するように要請した旨を表明している。米国ではバイデン政権の成立以来、パリ協定への復帰など脱炭素、サステナビリティ、ESGに関する前向きな姿勢がみられる。

本稿では、米国において気候変動リスクに関する開示に関してSECが今年9月に公表したサンプルレター(以下「サンプルレター」という。)、そのもとになった2010年に公表された気候変動に関するガイダンス(以下「2010気候変動ガイダンス」という。)の概要を解説するとともに、2021年になってからの動向を順次みていく。

なお、本稿の意見等は執筆者の個人的見解であり、当法人の公式見解ではない。文中の誤り・表現についてはすべて執筆者の責任に帰する。

 

※1 詳細は、拙稿「EUサステナブルファイナンスの動向と日本企業への影響」(旬刊経理情報 2021年7月20日号(No.1617)参照)

※2 Prepared Remarks Before the Principles for Responsible Investment “Climate and Global Financial Markets” Webinar

加藤 俊治

KPMG サステナブルバリューサービス・ジャパン/ TCFD/Taxonomy シニアエキスパート

あずさ監査法人

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2010気候変動ガイダンス

経緯

SECは、2010年2月に気候変動関連開示に関するガイダンス(Commission Guidance Regarding Disclosure Related to Climate Change)を公表している。1990年代の京都議定書、EUにおける排出枠取引(EU ETS:European Union Emissions Trading System)の開始という時代背景があり、温室効果ガスによる地球温暖化にグローバルな規模で対処する必要性が共通認識となり始めた時期であった。当時のSEC委員長は、メアリー・シャピロ氏である。同氏は民主党オバマ政権時代に初の女性委員長として任命されており、その後、TCFD設立時からの中心メンバーとなった。このため、現在でもTCFDとは深いつながりを持ち、今年10月に開催されたTCFDサミットにも第1回から3年連続で登壇している。

SECは、2021年2月に公開企業の提出書類が2010気候変動ガイダンスに準拠した開示となっているか否かをレビューする旨のパブリックステートメント を公表している。このステートメントにより、同ガイダンスに改めて注目が集まることになった。本年9月に公表されたサンプルレター では、2010気候変動ガイダンスのポイントが冒頭で紹介されており、現行の開示実務において同ガイダンスの重要性が再認識されている。

2010気候変動ガイダンスの概要

同ガイダンスにおいては、気候変動に伴って法令や規制が変化すること等によるリスクに加え、いわゆる「物理的リスク」も指摘されていた。たとえば、気候変動が企業のビジネスに与える影響、資産に与える影響、サプライチェーンに与える影響があり得ることが指摘されており、気候パターンの変化、たとえば、台風の増加、海面上昇、永久凍土の溶解、熱波などが企業の設備や事業に影響する可能性がある旨が指摘されていた。

また、同ガイダンスでは、金融に関連した物理的リスクも説明されていた。たとえば、物理的リスクが高いと思われる海岸沿いの不動産を保有する債務者に関する信用リスクが上昇する可能性があるほか、旱魃や熱波の悪影響を受ける農場から農産物を購入するサプライヤーに依存する企業も同様に信用リスクが上昇する可能性がある旨が指摘されていた。

さらに、同ガイダンスでは、SECへの届出書類における非財務情報としての気候関連情報の記載場所として、Description of Business、Legal Proceedings、Risk Factors、Management’s Discussion and Analysis(MD&A)を挙げたうえで、それぞれにおける開示要求について説明がされている。加えて、気候変動関連開示が必要となり得るトリガーとして、開示の要否を検討する必要性を示唆している旨が説明されている。

 

(1)法令および規制の影響がある場合
現在の議論では、脱炭素もしくは低炭素社会に向けた新しい法令および規制によって生じるリスクは、「移行リスク」として取り扱われるのが一般的である。2010気候変動ガイダンスでは、移行リスクという言葉は使用していないが、それを考慮した記載ぶりとなっている。

気候変動に関連した検討中もしくは既存の法令および規制の影響を企業が受ける場合には、Risk Factorsへの記載の検討が必要になり得るとしている。たとえば、開示企業がエネルギーセクターに属するような場合、温室効果ガス関連の法令・規制には特に影響を受けやすいとされている。

また、検討中の法令や規制が実際に発効するか否かが不確実である場合においては、MD&Aへの記載の要否を2つのステップで判断し分析するとしている。最初に、経営陣は検討中の法令もしくは規制が発効する可能性が合理的な程度にないと判断されない限り、その可能性があるものとして次のステップに進むものとされ、次のステップでは、仮に発効した場合に企業にとってその財務状況や業績に重要な影響がある可能性が合理的な程度にあるか否かを経営陣が判断しなくてはならないとしている。そして、経営陣が重要な影響が生じる可能性が合理的な程度にないと判断しない限り、MD&Aへの記載が求められるとしている。

2010気候変動ガイダンスは、気候変動に関する法令の検討のスピードが早いことから、開示企業に対して定期的にそれに関連する開示の要否を評価するように求めている。

また、京都議定書等の気候変動に係る国際協定が事業に与える影響についても、同様の取扱いを求めている。

 

(2)規制から生じる間接的な結果(ビジネストレンド)
気候変動に関する規制や事業のトレンドは企業にとってリスク又は機会となるが、これも現在では移行リスクに含めて考えることが一般的である。

2010気候変動ガイダンスでは、気候変動に関する法的、技術的、政治的、科学的動向が、開示企業にとっての新たなビジネス機会とリスクをもたらす可能性があるものと指摘されたうえで、間接的な結果(ビジネストレンド)の例として5つの形態を例示している。

(a)重要な温室効果ガスの排出をもたらす商品に対する需要の減少

(b)競合製品よりも温室効果ガス排出量の少ない商品に対する需要の増加

(c)イノベーションによる新製品開発競争の激化

(d)代替エネルギーからのエネルギー供給、代替エネルギーへの移行に対する需要の増加

(e)炭素排出エネルギー源に関連したサービスに対する需要の減少

これらのビジネストレンドもしくはリスクに関しては、Risk FactorsもしくはMD&Aに記載される可能性がある旨が示唆されている。また、開示企業の事業に重要な影響が生じる場合には、Description of Businessに記載する可能性もあるとしている。たとえば、開示企業が重要な生産設備等の取得を計画しており、それによる新たなビジネス機会を利用して自社の位置取りを変える(ビジネスシフト)計画を有している場合には、その内容をDescription of Businessに記載し得るとしている。加えて、これらのビジネストレンド又はリスクとして、レピュテーショナルリスクが例示されており、Risk Factorsへの記載があり得るとされている。世論の影響を受けやすい企業は、温室効果ガス排出に対する世論の動向を考慮する必要があり、開示にあたって、それに係る風評被害が原因で事業もしくは財務状況に悪影響について考慮することがあるとされている。

(3)気候変動の物理的影響

洪水やハリケーンのような極端な気象現象、海面上昇、水資源の枯渇などの気候変動による重要な物理的影響(物理的リスク)は、開示企業の事業に影響する可能性があるとされている。たとえば、極端な気象現象は生産設備等に破滅的な被害を生じさせる結果、製造プロセスや配送プロセスの障害となることがある。

極端な気象現象が生起しうる事象として、次の5つが例示されている。

(a)事業活動が沿岸部に集中している開示企業において、資産に損害が生じ、事業(製造活動、製品輸送)に支障が発生する。

(b)ハリケーンや洪水等によって主要顧客もしくはサプライヤーの事業活動に支障が生じた場合には、間接的に財務や事業に影響が発生する。

(c)保険会社・再保険会社にとって保険金の請求が増加する。

(d)旱魃その他の気候変動によって引き起こされる関連地域において農業生産力が減少する。

(e)極端な気象現象が発生する地域で工場設備や事業がある企業において、保険契約の保険料や控除額が増額されるほか、保険適用の対象が縮小される。

サンプルレター

サンプルレターは、SECの企業金融部が2010気候変動ガイダンスを踏まえ、気候変動の開示について企業に送付する可能性のあるコメントを示したものである。この形式は、SECがあるSEC登録会社(ABC社)が提出した開示書類をレビューした結果をABC社に通知するという形をとっている。したがって、サンプルレターに記載された指摘事項は限定列挙ではなく、すべての企業に対して同一の内容のレターが送付されているわけではない。以下において、サンプルレターの概要を説明する。

全般的な事項

ABC社が、任意の開示書類であるCSRレポートにおいて、SECに提出した法定開示書類よりも広範な気候関連開示を行っている場合に、CSRレポートに含まれるのと同じ気候関連開示を法定開示書類に含めなかった理由を説明するように求めている。

リスクファクター

第1に、事業運営やコンプライアンスに負荷のかかる可能性がある政策や規制の変更、ビジネスオポチュニティや信用リスクに変化を生じさせる可能性があるマーケットトレンド、そして技術革新など、事業および財政状況ならびに業績に重要な影響を与え得る移行リスクの開示を求めている。

第2に、気候変動に関連した重要な訴訟リスク、および企業に対する潜在的な影響の開示を求めている。

MD&A

第1に、気候変動に関する米国内の法令・規則、国際協定に重大な進展があったにも拘わらず、ABC社が提出書類においてこれらに言及していない場合、開示内容の修正を求める内容となっている。修正内容は、(1)検討中を含む気候変動関連の法令・規則、国際協定が重要である場合、これを識別すること、(2)事業および財政状況ならびに業績に対する重要な影響を記載するように要請する内容とされている。

第2に、開示内容の修正として、過去および将来、または過去と将来のいずれか一方の気候関連プロジェクトに対する資本的支出が重要である場合、これを開示することを要請するとともに、重要性がある場合には金額による開示を求めている。

第3に、重要と考えられる範囲で、規制から生じる間接的な結果(ビジネストレンド)に対する考察を開示することを求めている。

ビジネストレンドとして、次の5項目が例示されている。

  • 重要な温室効果ガスの排出量を伴う製品・サービス、もしくは炭素排出を伴うエネルギーを利用する商品・サービスに対する需要の減少
  • 競合商品よりも炭素排出量の少ない商品に対する需要の増加
  • イノベーションによって炭素排出量の少ない新しい製品が開発されることによる競争環境の激化
  • 代替エネルギー源からのエネルギーの生成および供給に対する需要の増加
  • 重要な程度に温室効果ガスを排出する事業もしくは製品から生じると予想されるレピュテーショナルリスク

 

第4に、重要な場合には、気候変動に係る物理的リスクが事業および業績に与える影響に関する考察を開示するように求める内容になっている。

開示に含まれる可能性のある内容として、次の5項目が例示されている。

  • 洪水、ハリケーン、海面上昇、農地火災、大火災、水資源の枯渇などの極端な気象現象
  • 気候に関連して会社資産や事業に生じた重要な損害の金額
  • 主要な顧客やサプライヤーに波及したもしくは波及するかもしれない間接的な気候関連の影響の可能性
  • 旱魃その他の気候変動によって引き起こされる関連地域の農業品の生産能力の減少
  • 保険料もしくは保険の加入可能性に影響する気候関連の事象

 

第5に、気候変動関連の重要なコンプライアンスコストの増加額の開示が求められている。

第6に、重要な場合、企業が売買したカーボンクレジット、もしくはカーボンオフセットに関する情報、企業の事業および財政状況ならびに業績に与える影響の開示が求められている。

2021年のSECの動向

バイデン政権成立以降、2021年になってからのSECによる気候変動リスクへの対応に関する主な動きは(図表1)のとおりである。

図表1 2021年におけるSECによる気候変動リスクに係る主な対応

  概要
2月 2010気候変動ガイダンスに基づく公開企業の届出書類における気候変動関連の開示状況のレビューを拡充する方針を公表
3月 Climate and ESG Task Forceを創設
3月 気候変動リスク開示に関する意見募集を実施
4月 RISK ALERT “ The Division of Examinations’ Review of ESG Investing ”を公表
9月 サンプルレターを公表

(出所)KPMG作成

前述のように今年2月に2010気候変動ガイダンスに基づき、SECに提出した開示書類が作成されているかをレビューする方針を公表しているが、そのなかで、気候関連の問題が投資家の意思決定に重要な要素となっているとの認識を示したうえで、SECの責任は投資家が重要な情報にアクセスできるようにすることであり、そのための方策として首尾一貫性、比較可能性、信頼性のある気候関連情報の開示が可能となるような包括的なフレームワークを開発することを示唆している。

続いて、今年3月には、Climate and ESG Task Forceの創設を宣言し、タスクフォースが最初にフォーカスする対象として、現行の開示ルールと実際の開示との間の重要な差異を識別することであるとしている。また、投資アドバイザーやファンドのESG戦略に関する開示の分析等も行うとしている。

同じく3月には、気候変動リスクに関する開示のルールを見直すことに関する意見募集を開始し(6月13日に終了)、15項目の質問事項を公表している。

主な質問事項の要約は図表2のとおりである。

図表2 気候変動リスク開示に関する意見募集の主な質問事項

  1. より首尾一貫し、比較可能で信頼できる気候変動に関する情報開示を提供するために、SECはどのように規制、監視、レビューするべきか。気候変動に関する開示は、アニュアルレポート等、どこで、どのように開示されるべきか。
  2. 気候変動リスクに関する情報のうち、どのような情報を計量化、測定するべきか。市場は、計量化された情報を現在利用しているのか。すべての開示企業が開示するべき特定の指標として、たとえば、スコープ1、2、3などの温室効果ガスの排出量に関する指標は報告されるべきか。投資意思決定、議決権行使に際して重要であるとして計量化、測定するべき情報・指標にはどのようなものがあるか。
  3. 投資家、開示企業、産業界で合意した開示基準の長所と短所は何か。そうした開示基準のミニマムスタンダードをSECが設定するべきと考えるか。
  4. 金融業界、石油・ガス業界、輸送業界など産業ごとに異なる気候変動に関する開示基準を設けることの長所と短所は何か。そのような産業別の開示基準は、どのように開発され実施されるべきか。
  5. すでに開発されているTCFD等の既存のフレームワークを利用することの長所と短所は何か。SECが考慮するべきフレームワークはどのようなものか。

(出所)Public Statement “Public Input Welcomed on Climate Change Disclosure”を参照し、KPMG作成

その後、SECからは、4月にRISK ALERTが発出されている。これは、投資アドバイザー、ファンドを調査した結果をもとにして作成・公表されたものである。同Alertでは、実際のポートフォリオマネジメントにおけるESGアプローチが、顧客に対して提示していたものと必ずしも一致していないケースがあることなどが指摘されている。

結びにかえて

本稿では、SECの2010気候変動ガイダンスとサンプルレター、および今年に入ってからの動向に触れてきた。

米国も、サステナビリティ、ESGに係る重要なプレイヤーである。その動向は衆目の集まるところであり、少しずつではあるものの気候関連開示実務の改善や枠組の構築、そして投資家保護を射程に捉えた取組みが進行中である。

折しも、10月14日にバイデン政権は、“A ROADMAP TO BUILD A CLIMATE-RESILIENT ECONOMY”を公表した。これは、バイデン大統領が2021年5月に発出した気候関連の財務リスクについての大統領令を踏まえたものであり、そのなかで、気候リスクに関する報告および開示フレームワークに関して、改善は進んでいるものの一貫性のない状態が残っており、米国企業の多くには部分的にしか採用されていないとの認識を示している。そして、SECスタッフが公開企業に対する開示の義務化に関する規則に係るSECへの提言を作成中であること、その規則は気候変動が投資におよぼす重要なリスクと機会に関する情報をより明瞭に投資家に提供することを目的とするものであること、規則案が今後数か月以内に公表されると予想されること等が記載されている。

また、同日に労働省からは、“Prudence and Loyalty in Selecting Plan Investments and Exercising Shareholder Rights”と題する投資義務規則(Investment Duties regulation)の改訂案が公表されている。同改訂案では、従業員給付制度の運用受託者が受託者責任を果たすうえで、制度の資金運用目的との関係でポートフォリオの予想配当率を検討するにあたり気候変動およびその他のESG要素が投資に与える経済的な影響を評価することが必要になることがある旨を明確化する等の提案がされている。

今後、第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)での議論も踏まえ、米国政府や規制当局が気候関連実務をはじめとするサステナビリティに対する取組みがさらに加速することが予想される。

今後の具体的な動向に留意することが、重要であると考える。

執筆者

KPMG サステナブルバリュー・ジャパン
有限責任あずさ監査法人
TCFD/Taxonomy シニアエキスパート
加藤 俊治