英国FRC、ESG報告に関する課題への包括的な対応方針を公表

2021年7月7日、英国のコーポレートガバナンス、企業報告、監査等を監督する機関であるFRCが、企業によるESG報告をより有効なものとするための対応方針を示した文書を公表しました。

英国FRCは、企業によるESG報告をより有効なものとするための対応方針を示した文書を公表しました。

2021年7月7日、英国のコーポレートガバナンス、企業報告、監査を監督する機関であるFinancial Reporting Council(以下、FRC)が、企業によるESG報告をより有効なものとするための対応方針を示した文書「FRC Statement of Intent on Environmental、 Social and Governance challenges」を公表しました。

本文書の目的

FRCは、企業の存続に関わるESG情報の重大性が高まる一方、報告に必要なESG情報を収集・構築するシステムの成熟度は、財務情報と比較すると低いと言わざるをえず、その解決に向け、関係各所と協働が必要であると述べています。そこで、FRCは、企業が多くのステークホルダーの要求を満たす行動、そして報告を行うために対処すべき分野を、ESG報告の作成、監査と保証、配布、利用、監督、規制の6つに分け、課題認識と対応方針を本文書で示しています。

6つの各分野におけるFRCの課題認識と対応方針は次の通りです。

作成(Production)

FRCは、ESG情報の企業内部での利用の難しさと、企業が報告するESG情報の質に課題があるとしています。企業内部の利用の難しさの要因としては、ESG情報の多くが推定や推論を前提としている点、外部への説明がしにくい点、基準やフレームワークの乱立による非効率が生じている点などを挙げています。また、質の面での具体的な課題としては、企業はESGに関して高い目標やコミットメントを示してはいるものの、その進捗状況や実現可能性、財務諸表との整合性を十分に示せていない点を挙げています。

こうした状況を改善するために、報告プロセスの将来的なデジタル化や、報告の範囲を、企業への影響だけでなく、企業による影響を含むものへと広げることなど、5つのアクションが示されています。

  • ESG情報の適切な測定、統制およびプロセス ― 企業が信頼性の高い情報を体系的に収集するためのデジタル化やその要件定義が、健全なフレームワークや方法論に基づいて行われるよう尽力する。
  • 意思決定におけるESG情報の利用 ― 取締役会における非財務情報の利用の質を改善し、より良いガバナンス、監督、内部統制の実践を促す。
  • ガバナンスと報告 ― 取締役会が適切な措置を講じていることが確認できるよう、コーポレートガバナンス・コードに課された役割を見直すとともに、戦略報告書に関するガイダンスの今後の改訂において、首尾一貫した情報提供についての課題を検討する。
  • 実践の積み重ね ― デジタル対応の報告フレームワークへの移行、財務諸表内でのESG課題の適切な評価を引き続き支援するとともに、必要に応じて国際基準の策定にも関与する。
  • 範囲の再検討 ― 将来の企業報告モデルは、投資家だけでなく、より広範なステークホルダーの関心事に対応すべきであり、気候変動以外の全てのESG課題を含む、企業の広範な影響に関する報告の最善の方法を検討する。

監査と保証(Audit and Assurance)

ESG情報の信頼性の向上のためには、限定的保証意見では十分と言い切れないものの、現在のデータの成熟度は、合理的保証に耐えるものではないとの認識をFRCは示しています。また、保証を評価するための基準も不明確であるとしています。
 
こうした状況に対処するため、3つのアクションが示されています。
  • 成熟度の向上 ― 外部向けの報告フレームワークと整合した堅牢な情報の蓄積に向けた内部プロセスの方法論の開発を奨励し、そうした情報が保証の対象となり、高品質で一貫性のある比較可能なレポートの提供に繋がるよう努める。
  • 保証マーケットの支援 ― 企業や情報利用者と協力し、ESG情報の監査・保証のためのフレームワークが彼らのニーズを満たすものとなるよう尽力する。
  • 適合する監査・保証の枠組み ― ESGに関連した監査・保証基準の改訂を検討するとともに、必要に応じて国レベルでの監査・保証ガイダンスを発行する。また、ESG関連情報の保証に関する国際的なアプローチや基準の策定において、国際監査・保証基準審議会(IAASB)と協力する。

配布(Distribution)

ESG情報は、報告の日付、掲載場所、媒体が一貫しておらず、情報へのアクセスや再利用が困難な場合が多いとの認識を示し、次の3つの対応方針を示しています。
  • 可用性の向上 ― より一貫性のある方法で情報を公開する枠組みを確保することで、公共の利益に貢献し、利用上の障害を克服する。
  • デジタル化 ― ESGデータの電子的配布とデジタルタグ付けシステムを奨励する。
  • タギング(タグ付け) ― 情報がデジタル形式でアクセスできるシステムの開発を目指す。

利用(Consumption)

ESGデータの入手は困難な場合が多く、データが存在したとしても、不完全なフレームワークや異なる方法論に基づいているために、比較可能性が限定的であり、適時性も十分でないとFRCは述べています。また、データの未熟さや保証の欠如ゆえに、財務データほどの信頼性を有さず、利用者の適切な意思決定を困難にするとともに、投資家に課された規制要件への対処も困難にしていると指摘し、次の対応策を示しています。

  • 質の高い報告の提供 ― ESG報告が十分な品質を保持し、市場にとって有用なものとなるよう、公正性、透明性、一貫性、比較可能性、理解のしやすさを有する情報を提供する報告フレームワークの提供に向けて尽力し、適切なガイダンスやベストプラクティスの提供を行う。
  • 投資家のインサイト ― 意思決定に資する(企業価値に関わる)マテリアルな情報を求める投資家のニーズをより充足するとともに、ESGに関わる投資手法の状況を監視し、他の規制当局とともに、スチュワードシップ活動においてESGを考慮するにあたっての要件を調整することで、より効果的な市場を構築する。

監督(Supervision)

ESG報告の質と量に対する期待に対応するために、アニュアルレポートおよび財務諸表の報告とその監査の水準を高く維持し、また、規制当局の期待を効果的に伝えることで、企業、監査人、保証の提供者が、それぞれ関連する要求を継続的に満たすよう監督が必要だと述べています。そのためのアクションとして次の4つが示されています。

  • 監査の監督 ― 企業がアニュアルレポートおよび財務諸表においてESG課題を適切に考慮していることを、監査人がどの程度保証しているかについて、継続して評価する。
  • 専門家組織 ― FRCによる規制の対象者が行う専門家としての活動や、指定団体が行う教育カリキュラムや統制機能に対し、引き続き高い期待値を設定する。
  • 報告の監督 ― 他の規制当局と協力しながら、FRCの権限に従って企業報告を規制・監視し、よりよい実務を普及させる。
  • モニタリング ― 企業の報告と監査に関するFRCの権限の範囲において、要求事項の充足を欠く者の責任を追及する。

規制(Regulation)

規制については、様々な国、組織、市場が、異なる速度と深さでESGの課題に対応する中、国際的なESG基準を国内の枠組みと併せて効果的に機能させるとともに、両者間のギャップに対処する必要があるとしています。また、規制の枠組みは、特定の要素に焦点を当てていることが多く、市場全体としての明確なビジョンが共有されているとは限らないため、互換性、適時性、同質性を具備したフレームワークと、効果的に機能するレポーティング・エコシステムを確保するには、より広範な協力と共創が必要だと述べています。

そうした課題に対応するため、5つのアクションを示しています。ここでもデジタル化や、報告範囲を企業が与える広範な影響にまで広げる想定でのアクションが挙げられています。

  • 規制の一貫性 ― 他の規制当局や部門と協力して、ESG報告の長期的な意義についてビジョンを策定し、規制の一貫性を高め、不必要な重複や混乱を減らすことで、一度の報告が、多くの用途で利用されるようなシステムの構築を目指す。
  • コーディネートされたタグ付け ― デジタルレポーティングに関するワーキンググループを立ち上げ、情報の定義とタグ付けが確実になされるよう他の組織と協力する。
  • グローバルな報告との調整 ― グローバルなサステナビリティ報告基準に向けた動き、そしてIOSCOとIFRS財団が企業価値創造に焦点を当てていることを支持するものの、国内レベルでは、より広範なステークホルダーのための報告も必要と考えるため、それらの組織に人材を出向させるなどし、また、必要に応じて、UK Endorsement Boardを通じて、IFRSの開発に影響を与える。
  • グローバルな効率性 ― 規制当局や政府と国際的に協力して、デジタルシステムに関する適切な調整を行い、企業の効率や、ユーザーによる共有利用と使いやすさを実現する。
  • アクチュアリーのための規制環境 ― アクチュアリー規制に関する合同フォーラム等と連携しながら、テクニカル・アクチュアリー・スタンダード等が、ESG課題を適切に織り込んで進化するよう努め、質の高いアクチュアリー業務を促進する。

変革の実現に必要なのは、関連する組織や利害関係者との調整、連携、そして貢献

FRCが明示した課題対応のためのアクションは、将来においても適合性を有する報告エコシステムの構築を見据え、デジタル化や、報告範囲の拡張を念頭に置いています。また、財務情報とESG情報の両方が投資家等の利用者にとって不可欠であり、最終的には一貫したフレームワークにもとづく情報が編集・報告されるべきであるというFRCの考えに基づくものとなっています。こうした考えは、FRCが2020年10月に、将来の企業報告の在り方について意見募集を行った際に公表したディスカッションペーパー『A MATTER OF PRINCIPLES – FUTURE OF CORPORATE REPORTING』においても論じられているとおりです。

また、FRCは、より持続可能な未来を目指す中で、英国のガバナンス、報告、監査、保険数理、投資の各システムが単独で改革を成し遂げることはなく、それぞれが連携しながら必要な変革を推進し、重要な役割を担いながら大きな進化が達成できるとしています。

将来の企業報告のあるべき姿を見据え、必要な改革を実現するには、より広範な規制主体等との調整に基づく行動、国際的な枠組みや他国との適切な連携を通じた英国独自のアジェンダの解決、財務会計やその監査についての国際的な基準策定に参画してきた経験を活かした協調的な対応を通じた貢献という3つの行動様式が有効であるとFRCは述べており、それらが、個々のアクションに共通したものとなっています。

そして、FRCは、その権限の範囲において、コード、基準、ガイダンスの策定などの適切な行動をとり、基準設定主体、規制当局、市場参加者、その他の利害関係者と協力し、影響を与えることで、将来を見据えた目的に適ったシステムを構築していくと述べています。

対応が必要な領域は広範であり、中長期的な取組みが想定されるという認識のもとに、調整や連携の必要性を明示した本文書が、英国における企業報告のエコシステムの変革実現への第一歩となることが期待されます。

執筆者

KPMGサステナブルバリュー・ジャパン
有限責任 あずさ監査法人
シニアマネジャー
橋本 純佳

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