国際会計基準審議会(IASB審議会)が国際財務報告基準(IFRS®基準)実務記述書第1号「経営者による説明」の改訂に向けた公開草案を公表

2021年5月、国際財務報告基準(IFRS基準)の設定主体である国際会計基準審議会(IASB審議会)は、IFRS実務記述書第1号「経営者による説明」の改訂に向けた公開草案を公表しました

2021年5月、国際財務報告基準(IFRS基準)の設定主体である国際会計基準審議会(IASB審議会)がIFRS実務記述書第1号「経営者による説明」の改訂に向けた公開草案を公表

2021年5月、国際財務報告基準(以下、「IFRS基準」)の設定主体である国際会計基準審議会(以下、「IASB審議会」)は、IFRS基準実務記述書第1号「経営者による説明」(以下、「本実務記述書」)の改訂に向けた公開草案(以下、本公開草案)を公表しました。本実務記述書は、企業の現在の財務業績や財政状態、ならびに、価値創造や将来キャッシュフローの生成に影響を与える事項に関して、経営者による説明(マネジメントコメンタリー)を通じて利用者に洞察を与えることを目的として、2010年に公表されました。

昨今の環境や社会等のサステナビリティに関わる事項に対する関心の高まりに伴う、投資家や債権者による情報ニーズが変化し、非財務情報報告に関する基準、フレームワークやメトリックスの検討に、世界的な進展がありました。より有用な企業報告の実現をめざすグローバルな議論や動きに対応するために、IASB審議会は本実務記述書の改訂を2017年より着手し、今般の公開草案の公表に至りました。本公開草案に対するコメントは2021年11月23日まで受け付け、寄せられたコメントを受けて、IASB審議会は本実務記述書の改訂を最終化していきます。

1.背景

IASB審議会が財務情報の利用者や作成者などを対象に調査した結果、企業の作成する現在のマネジメントコメンタリーは、投資家や債権者が企業価値を適切に評価するために必要な情報を必ずしも提供していないことが判明しました。具体的には、企業の保有するインタンジブルスやステークホルダーとの関係、企業に影響を及ぼすESG事項など、企業の長期的な見通しに役立つ重要な情報が不足している一方で、企業の価値創造にとってあまり重要でないとされる情報が多く含まれること等です。さらには、企業固有の情報が不足していることや、情報が分散しており、比較可能でないなど、多くの課題が浮き彫りになりました。

投資家や債権者の利用目的に資する企業報告を可能とする包括的な要求事項やガイダンスを提供することが、本実務記述書の改訂の目的です。また、当要求事項やガイダンスは、企業の価値創造に影響を及ぼす企業固有の事柄に関わるようなマテリアルな情報を報告可能とするための適度な柔軟性をもたせつつも、将来的な外部保証の提供や各国の規制当局による法制化につながる厳格性の両方を実現することを目指しています。

2.本公開草案の概要

(1)マネジメントコメンタリーに関する全般的な要求事項

本公開草案は、IFRS基準もしくは他の会計基準に基づいて作成された一般目的財務諸表を補完するマネジメントコメンタリーに適用され、全般的な要求事項として、主に以下を提案しています。

  • マネジメントコメンタリーを他の情報と明確に区分し、関連する財務諸表と報告年度を特定すること
  • マネジメントコメンタリーが、本公開草案の全ての要求事項に基づいて作成された場合は、無限定の準拠表明を、そして要求事項の一部に基づいた場合は、準拠していない事項とその理由も述べたうえで、限定付きの準拠表明をすること
  • マネジメントコメンタリーは、企業の財務諸表における財務業績や財政状態に対して投資家と債権者の理解を深めるとともに、企業の長期にわたる価値創造や将来キャッシュフローの生成に影響を与える事項について洞察を与えるものである、とすること

 

(2)目的ベースのアプローチに基づく6つの内容領域

本公開草案は、詳細に報告事項を規定するのではなく、目的に沿って必要とされる報告内容やその理由に関するガイダンスを提供する、目的ベースのアプローチに基づいて作成されています。これは、企業の業績や将来の価値創造に影響を与える事項は、企業固有のものが多く、個々の企業の活動、属する業界や環境の変化によって異なるため、報告の柔軟性をもたせる必要があると考えられたためです。

経営者が、マネジメントコメンタリーの目的を理解し適切な説明を可能にするために、本公開草案ではマネジメントコメンタリーを形成する6つの内容領域(1.ビジネスモデル、2.戦略、3.リソースおよび関係、4.リスク、5.外部環境、6.財務業績と財政状態)を特定しています。

また、本公開草案では、経営者がマネジメントコメンタリーにおいて報告すべきマテリアリルな情報を判断することを支援するために、「key matters」という概念を提案しています。この「key matters」は、企業の長期にわたる価値創造とキャッシュフロー生成の根幹となる事項と定義されており、企業は各内容領域を報告する際に、key mattersの説明に焦点を当てた報告をすることが提案されています。

経営者は、存在するkey mattersをモニターし、その進捗を測るために、多くの場合、メトリックスを利用しています。本公開草案では、マネジメントコメンタリーに報告すべきマテリアルなメトリックスについて、経営者の判断を手助けするためのガイダンスを提供する目的で、各内容領域におけるkey mattersとメトリックスとなりうる事項の例示を示しています(第5章~第10章)。

上述の6つの内容領域は相互に関連していますが、企業の長期にわたる将来性、インタンジブルスや企業が保有する関係性、そして環境・社会に係る情報は、投資家と債権者が企業の価値創造や将来キャッシュフローの生成を判断するうえで、特に有用です。これらの情報がマネジメントコメンタリーにおいて適切に説明されるよう促すことが、本実務記述書を改訂する目的のひとつであるため、本公開草案のAppendix Bにおいて、企業の長期にわたる将来性、インタンジブルスと企業が保有する関係性、そして環境・社会に関するkeyとなりうる情報の概要と例示が提供されています。

なお、ガバナンスに関連した情報は、各国において規制されることが多いため、本公開草案では触れられていません。
 


(3)何を報告すべきか

本公開草案では、利用者にとって報告の有用性を高めるためには、企業価値創造や向上に関してマテリアルな情報を網羅的に、バランスが取れた形で、正確に報告する必要があるとされています。このほか、報告書の利便性を高める特性として、明瞭・簡潔、比較可能で一貫性があることが指摘されています。本公開草案では、報告書作成におけるこれらの特性を解説しており、特にマテリアリティについては、経営者の判断の参考に資するため、上述の6つの内容領域ごとに、情報の例示を示しています(第15章)。

また、マテリアルな情報には、key mattersをモニターし、その進捗を測るメトリックスや、将来の予測やターゲットが含まれることが想定されますが、本公開草案では、このようなメトリックスについて、明確に特定し、比較可能となるような説明や算定の根拠を示すことなどが推奨されています。

 

3.IFRS財団トラスティによるISSBの設置に関する動きとの関係について

IFRS財団トラスティは2020年9月の協議文書の公表に対して寄せられたコメントを受けて、2021年11月に予定されているCOP26の開催までに、国際的なサステナビリティ基準を設定する組織を設立する方向である旨を2021年3月に公表しました。その後、2021年4月に、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を設置できるようIFRS財団の定款を変更する案を公表しています。

IASB審議会による本実務記述書の改訂は、他の基準設定団体により公表されたサステナビリティ情報に関する報告基準等と共に利用可能です。そのため、本実務記述書において必要な情報を報告する際に、将来ISSBが公表するサステナビリティ報告関連基準を適用することも考えられます。IASB審議会は本公開草案に寄せられたコメントを協議する際に、IFRS財団トラスティによるISSBの設置に関する動きも考慮にいれることを予定しています。

 

4.おわりに

本実務記述書は、IFRS基準適用企業に対して適用が義務付けているものではなく、改訂後も、これは変わらない旨が提案されています。これは、マネジメントコメンタリーを財務諸表と共に報告することを義務付けるべきかどうかは、主に各法域において検討・決定すべきものであるという考えによるものです。このため、本実務記述書は、他のサステナビリティ基準やフレームワークのみならず、各地域における報告規則と共に利用可能であり、柔軟性を持っています。また、上述のとおり、近年のグローバルレベルでのサステナビリティ関連報告の動向を考慮したうえで、本公開草案を作成していることから、ISSBをはじめ、他の報告基準やフレームワークとの親和性も高く、今後のサステナビリティ関連の報告における統一化に向けた動きの一環として捉えることができます。

当公開草案における要求事項の作成にあたっては、経営者による説明を、より長期的な目線で効果的に充実させることが重視されています。投資家や債権者に向けた有用な報告や対話の実践により持続的な経営の発展につながる循環が生まれることが期待されます。

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