不正事例に学ぶ子会社のリスク管理のポイント 第8回 グループガバナンスの確立に向けて

本記事は、「週刊 経営財務」No.3480号(2020.11.02号)に掲載されたものです。

本記事は、「週刊 経営財務」No.3480号(2020.11.02号)に掲載されたものです。

1.はじめに~新型コロナウイルスによって明らかになったこと

新型コロナウイルス(Covid-19)の感染拡大はグループガバナンス、特に海外子会社管理においても大きな影響をもたらしました。国境を越えた移動が大きく制限され日本本社からの直接的なモニタリングや経営管理上の支援が滞ったり、また現地においても出社が制限されたり、または日本人駐在員が帰国を余儀なくされるような事態になりました。その結果、従来からの管理上の課題や弱点が改めて再認識されるようにもなりました。

ある企業では、駐在員が不在の間に、工場倉庫に保管されていた多額の在庫資産の持ち出しが発生し、また別の企業ではリモートワークの隙をついて技術情報の持ち出しとそれを携えての他社への転出なども発生しています。不正までとは至らずとも、決裁権を有する駐在員を欠いた状態で、給与をはじめとする支払いが止まったり、また決算が〆られないという事象も発生しました。
これらの事象の原因は、言うまでもなく、現地法人における基本的な統制の不足、またそれらの運用を任せるに足る信頼のおける現地人幹部の育成不足、そしてなによりも日本人駐在員頼みの状態の長年にわたる放置だと言えます。わかってはいるが解決が進まない、というのが海外子会社に対するガバナンスの実情です。

これらを踏まえると、従来からのガバナンス強化のアプローチ、進め方そのものを大きく見直す機会が来ていると考えられます。

2.問題の所在~現法の課題は本社の課題

では、なぜ改善が進まないのでしょうか? その一つは、現場の努力に過度に依存した海外の子会社管理の在り方だと言えます。多くの日本企業の本社は、グローバル化を進める以上海外子会社管理は喫緊の課題であるという認識を十分持っています。ただ、そのアプローチは本社から現地に対して(統制の改善を)指導する、また監査を行うといったものが中心であり、最終的に改善やその実効的な運用は現地にゆだねられます。これは海外子会社管理において、個々の法人の「自立性と自律性」が是とされてきたこれまでの経緯もあろうかと思われます。

一方で子会社には予算(特に単年度)の達成という目標も課せられます。その中で、統制の整備運用や管理の実質的な担い手となる人材や情報システムに対して十分な「投資」を行うことは、一般的に動機が働き難いものとなります。人材もシステムも不足する中で、親会社からのむだな内部監査や規定サンプルやポリシーの展開などを受けている海外法人のケースは枚挙にいとまがありません。これは、親会社の管理部門が海外子会社の人材やシステムといった本質的な管理上の課題に対して適切に向き合わずに、(時として)「手をつけやすいことだけやる」アプローチを続けてきたとも言えます。

なお、こうした状況は足元の国内子会社でも例外ではありません。人材をめぐる経緯は勿論海外とは異なるものの、特に国内子会社においては管理部門をはじめとする担当者の高齢化が確実に進み、増える一方の管理業務への対応を難しくしています。また主要な生産機能を海外に出した結果、取り残された形の国内子会社では業務に対するデモチベーションがこの状況を更に悪化させているとも言えます。

3.解決にむけて~グループガバナンスの枠組みと検討の方向性

日本企業にとって一種の宿痾ともいえるこうした問題をいかに解決するのか、以下三つの検討の方向性を挙げてみたいと思います。

第一に、これらの状況の打開には、今一度グループガバナンスの枠組みを実務的にしっかりと見直す必要があります。一般的にグループガバナンスといえば権限や承認事項などをイメージすることが多いかと思います。ただ、実際にはグループのガバナンスは複数の構成要素(実現手段)から成って機能しており、それらを総合的に勘案し、組み合わせ、自社グループの望む形に仕立てていく必要があります(図参照)。

また、これらの取り組みは中長期的目線に立って計画される必要があります。言うまでもなく、グループガバナンスの整備には時間を要します。システムの構築、組織の整備、そして特に人材の確保や育成には年単位での構想を立てる必要があります。つまり、グループガバナンスとは本来、中期経営計画などにおいて、予算的、または人員的な手当てを伴う形で確実に組み込むべきものなのです。

逆に言えば、従来の一般的な日本企業のグループガバナンスへの取り組みは、場当たり的かつ「トラブルが起こって対処する」ものが大半であり、中長期視点と持続性に欠けるものであったとも言えます。

第二のポイントとして、変化を前提としたグループガバナンスを指向すべきです。第一の視点と一見矛盾するように見えるかもしれませんが、経営環境の不確実性が高まっている昨今においては、グループガバナンスの在り方も変化に応じてその目指すべき姿を柔軟に変更できることそのものが基本的な要件の一つになり得ます。ここで想定される具体的な変化とは、例えば海外などのグループ拠点の役割機能の変化や、拠点そのものの再編や統合、場合によっては清算が挙げられます。特にサプライチェーンの見直しに伴う拠点機能の位置づけ変化や商流変更、また現地国の市場環境・競争環境の変化によるビジネスモデルの見直し、更には新型コロナウイルスなどの不測の事態の発生への対応などが想定されます。こうした状況に柔軟に対応出来るグループガバナンスのためには、業務の可視化と標準化、クラウド/SaaS指向のシステム利用、文書類を含めたデータの一元化、そしてグループ全体の管理人材の集約化または規律ある分散化などが欠かせません。

第三に、「人材の不足」を前提としたグループガバナンスの取り組みが求められます。前述のとおり、海外であっても国内であっても、また本社であってもグループガバナンスを支える人材は不足しがちです。この人材不足を、グループガバナンスの施策が進まない「言い訳」にするのではなく、予め所与の要件として施策の計画段階において確実に組み込むことが重要です。具体的には例えば、本社が主導して、海外子会社における管理人材の採用(特に待遇面)や育成、配置等に係る基本指針を出す、グループ内人材のスキルと人材のマップを作成し法人の枠を超えて活用の基盤を整備する、またRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)やタスク管理ツール、BIツールなどによるグループ全体のデジタル化(と省人化)を後押しするなどの施策が考えられます。

【図表】グループガバナンスの実装フレームワーク

図表

4.具体的取組事例~グループ管理基盤の確立に向けて

前述のような方向性をグループの管理基盤として具現化していくためには、様々な取り組み/プロジェクトが想定されますが、そのうちの二つの代表例を紹介します。

(ア) グループ二線の権限と責任の強化

グループとしてのCxO制度を再強化し、「本社を向いてもらえるような」仕掛けを施すものです。経理や人事、法務といったコーポレート部門は伝統的にグループを構成する各法人に紐づくものであり、各法人の経営判断に沿って整備・運用がなされてきました。単一事業の色合いが強いグループにおいてさえも、コーポレート部門の強化や改善に向けた投資は、各法人単体の業績や予算に強く影響されています。しかし、今日のグループガバナンスの観点からは、少なくともグループ全体に影響を及ぼす管理事項については、グループとしての強い意志の下でのコーポレート機能強化が求められます。さらに、進出や再編、撤退などの経営環境の変化への対応スピードを上げるには、法人単位によるコーポレート機能の整備や運用に時間をかけることは許されません。そこで、グループとして改めてコーポレート機能にかかるグループ全体での位置づけ、そして責任と役割を再整理することが重要となります。例えば、具体的には以下のような施策が想定されます。

  • グループのプロセスオーナー(CxO)機能の明確化
  • 地域統括会社や中核事業会社等のいわば「中二階」の法人役割整理
  • 各機能部門が担う管理テーマ/リスクテーマの明確化
  • 上記について、関係会社管理規定や職務分掌、グループ内の決裁権限への反映
  • 各コーポレート機能の標準化と、オフショア提供やクラウドを介してのサポート
  • 経営者による重要な意思決定時の各機能部門による判断材料の提供(特に投資意思決定や子会社決裁基準など)

(イ) 子会社取締役会を見直す

日本企業の親会社のレベルにおいて、CGC(コーポレート・ガバナンス・コード)を巡る議論や取組みが盛んです。一方で、子会社におけるそれについては、本来果たすべき役割を果たしきれていないといわれています。子会社の取締役会が形式的な書面決議に終始しており、また親会社から派遣されている取締役自身も兼務する子会社の数が多く、当該決議において検討のための十分な時間とエネルギーを割いていない、という状況は決して珍しいことではありません。

無論、子会社の位置づけと形態によっては、子会社の取締役会の実質的に持ちうる意味が薄くなることは十分考えられます。一方、より自立した運営のうえで、より確実かつ最小限な本社の関与を目指すとすれば、子会社取締役会を一層充実したものにして、かつ子会社自身の執行サイドとの線引きを明確にすることが望ましいといえるでしょう。

具体的な取組み事項としては、たとえば以下の標準やガイドラインの策定が想定されます。

  • 子会社へ派遣する取締役の選任基準
  • 子会社へ派遣する取締役の(取締役会における)行動指針/審議にあたってのチェックポイント
  • 子会社の取締役会の開催ガイドライン
  • 子会社における標準的な取締役会付議事項

子会社が置かれる現地の会社法の定めによっては、必ずしも取締役会の設置が求められなかったり、また取締役会の選任基準が厳格であったりもしますが、現地実情に応じて同等の機能を整備することも有効となります。いずれにしても、現地化(現地に根差した迅速・適切な意思決定)と、本社から見た経営の透明化をバランスよく実現する施策となります。

5.まとめ

子会社不正を防ぎ、健全なグループ経営を目指すうえで、グループガバナンスの仕組みは不可欠なものである一方で、積年の課題とも言える、一朝一夕には解決が難しいものでもあります。新型コロナウイルスによって浮き彫りになった弱点を敢えて上手に活用し、これを機会に改めて中長期の目線で取り組むべき施策を練りこむことは非常に有意ではないかと考えます。

※本記事は、「週刊 経営財務」No.3480号(2020.11.02号)に掲載されたものです。本記事の掲載については、税務研究会の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
パートナー 足立 桂輔

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