不正事例に学ぶ子会社のリスク管理のポイント 第6回 海外M&Aと不正リスク

本記事は、「週刊 経営財務」No.3476号(2020.10.05号)に掲載されたものです。

本記事は、「週刊 経営財務」No.3476号(2020.10.05号)に掲載されたものです。

1.はじめに

昨今、海外企業を対象としてM&A(主に買収)を行った後に不正が発覚し、多額の損失が明らかになる事例が多発しています。M&Aは、事業の立上げにかかる時間を買うこと以外にも、自社にはない経営資源を得る事ができるなどの多くのメリットがあります。一方、「競合他社が買収してマーケットシェアを奪われる」、「今回の買収機会が最後でこのチャンスは二度と来ないのでは」といった焦りから、M&Aを推し進める強い力が働く場合があります。こうしたM&Aに対する強い推進力は、時として公正な判断力を鈍らせ、不正の兆候などネガティブな事実を看過させ、許容できないリスクをとることに繋がります。今回は、経理財務を担当されている方を対象として、海外M&Aの不正リスクに関して、多くの不正が発覚している背景に触れ、具体的な事例の紹介を通じて、デューデリジェンス(DD)の段階で如何にリスクをマネージするかについて説明します。

2.海外M&Aから不正が多く発覚する背景

(1) M&Aで買収対象となる企業

日本企業の最近の買収対象には、新興国企業が多く含まれます。新興国では、法令等の社会制度やインフラが追い付かないまま急速に経済が成長していることが多く、そのため、貧富の差も拡大しており、企業内での横領等の犯罪が増加する傾向にあります。事業規模は拡大しているにもかかわらず、慢性的な人手不足の状況にあり、併せてリスクに対する意識が薄い事もあって、管理部門に対して十分な人員を配置できていない企業も少なくありません。このように管理に対して意識が低い新興国での環境の中、潜在的な不正リスクは必然的に高くなります。弊社の実施した不正に関する調査(Fraud Survey-2019年実施)では、損害額が10億円以上の大規模な不正のほとんどは海外子会社で発生しており、その多くは新興国企業において、という結果でした。
特に、損失の金額が多額になるのは経営者が行う不正です。ガバナンスの意識が低く、公私混同が常態化していることもあります。親しい関係にある会社を取引に介在させることにより利益を移転させる利益相反取引、また、取引実態がないにもかかわらずあたかも取引があったように偽装する架空取引などが行われます。こうしたいわゆる「ファミリー企業」を利用する事により、不正の手口は一気に拡大します。これらの不正は、対象会社の外で行われており、商流や取引先が見えないためその発見は難しくなります。

(2) M&Aプロセスの制約と限界

一般的なM&Aのプロセスは、M&A対象先を決定、事前調査実施(デューデリジェンス(DD)・事業計画の検討)、価格・契約条件等の交渉、クロージング、事業統合(ポストマージャーインテグレーション(PMI))、と短期間で多くの手続きが要求されます。DDは時間的制約の上に、買手の情報開示要求に対して、それに応じるかは売手の任意であるため、確認すべき情報を取得できない事が多々あります。全ての質問事項に回答があるとは限らず、インタビューでも常に時間の制限に阻まれます。このように、DDでは限られた情報しか入手できません。
海外M&Aで多額の損失を計上する企業不正ケースのほとんどは、買収前から行われています。買収会社へのアクセスが容易となる買収直後から、積極的に不正発見を試みる方法もあります。ただ、買収後に不正を多少早く発見できたとしても過去から積み上げられてきた不正による損失額と比較すれば、その軽減効果はわずかなものに留まるケースが多いようです。つまり、買収前のDDの段階で、可能な限り不正リスクを発見し評価する必要があるということです。

(3) DDでの不正リスク発見の心得

不正は意図的に行われるものであり、当然実行者はその事実を隠します。DDにおいて、通常であれば入手できる情報の開示がないなど、対象会社が隠し事をしているかのように情報開示に非協力的であったり、不誠実であったりする場合には特に注意が必要です。
DDは、ビジネス、財務、法務、人事、ITなど多岐な分野にわたります。経理財務担当の方は財務DDを担当される場合が多いかと思いますが、他分野のDDの結果にも幅広く目を配り情報を収集してください。
不正リスクに関しては、質問によって明確な回答が得られるものではありません。未回答事項や回答の不整合等から「何か変だぞ」という違和感が生じ、それに対して幾ら質問を重ねても、その違和感が増えることこそあれ、通常DDの段階で不正の確証に至る回答を得ることはありません。ただ、この違和感がとても重要です。これを個人的な感覚だからとそのまま抱え込むのではなく、ぜひDDチームに共有してください。その際に参考になるのが、実際にあった事例です。不正の手口は類似性が多く、同じような状況に直面した場合には「気づき」のきっかけを与えてくれます。また、不正の違和感を説明する際に、過去の事例を示すことにより客観性と説得力が生まれます。

3.事例

海外M&Aの実施後、不正が発覚して損失が発生した事例を紹介します。

(1) A社事例

事件の概要

A社は、国内市場が飽和し、事業成長が頭打ちとなる懸念から、海外企業へ積極投資することで、グローバルな事業展開を計画しました。まず、中国、香港を中心にアジアで業務を展開するX社に目を付け、投資の検討を開始します。X社は海外の証券市場に上場している企業ですが、その事業はA社にとっては経験のない領域であり、十分な知見がありませんでした。検討の末、A社は、X社に対して投資する意思決定を行い、第三者割当増資によりX社の株式を過半数取得して、X社を子会社化しました。
投資後の各事業年度において、会計監査人は、長期未回収である売掛金を主要な監査上のリスク事項として指摘しており、回収期間を短くするための交渉を顧客と行うことを推奨していましたが、終始適正意見を表明していました。投資から5年後、会計監査人の変更が行われ、新しい監査人から取引の実在性を説明する証憑不足の指摘があり、X社に提示が求められていました。この会計監査が継続している中、A社が投資する前の取引についての疑義により、創業来のCEO、CFOが香港警察当局に逮捕されます。A社はこれを受け、外部の法律事務所を起用して社内調査委員会を設置し、調査した結果、売掛金は実在していない可能性の高いことが発覚しました。

投資決定前のDDの状況

投資の検討過程でのDDでは、X社の事業内容が不明瞭であること、グループ会社が多数存在しているためグループ間取引が複雑であること、が指摘されていました。特に、売掛金が多額であり長期化傾向にあることから、回収リスクの増大の理由、回収可能性についての慎重な検討をする必要があることの指摘がありました。また、機器販売の引渡しはサプライヤーからX社を経由せずに行われており、必ずしも商流が明確とはなっていない状況でした。また、顧客との契約関係書類の開示が拒否されるなど、DDでの情報開示は明らかに不十分な状況でした。
しかし、A社では、中国の業界出身者からヒアリングを行い、中国における商慣習として支払遅延が常態化していること、また、X社からの説明で、長期にわたっても最終的には回収されていること、エンドユーザーが政府系の大手企業であることなどから、貸し倒れリスクは低いと判断しました。

検討すべきだった事

機器販売商品の流れは、「サプライヤー→X社→輸出入業者→エンドユーザー」であり、サプライヤーから輸出入業者に直接引渡しがなされていると理解されていましたが、後にサプライヤーとX社の間に代理店が介在していることがわかります。X社は、エンドユーザーだけでなく、サプライヤーとも直接契約関係を有しておりませんでした。サプライヤーから出荷され、エンドユーザーに納品されていることを示す証憑はX社にはなく、サプライヤーやエンドユーザーからも入手できなかったため、取引自体がなかった可能性が高いと言われています。DDの時には、契約関係書類の開示を拒否されたことから、X社の説明をそのまま受け入れていたと思われます。DDの段階で、この商流が把握できていれば、売掛金の急激な増加と関連して、会計不正リスクを想起できた可能性があります。商流を把握する上で契約関係書類を確認することは重要です。開示を拒否された段階で買収中止を視野に慎重な検討が行われるべきでした。

(2) B社事例

事件の概要

B社グループは中期経営計画を公表して海外売上高を1兆円とする目標を掲げます。その目標を達成するにはオーガニック成長だけでは限界があり、M&Aを活用する必要がありました。幾つかの多国籍優良企業が買収先候補として挙がっており、Y社もその一つでした。Y社の企業価値は高く、単独で買収することにより多額の借り入れをして負債比率が悪化することを避けるために、50:50で共同投資してくれる先を探し、持分法適用会社化する方針となりました。共同出資者としてC社が候補に挙がり、B社とC社はそれぞれ50%出資することによりY社株式の90%を取得します。Y社はB社の持分法適用会社となりました。Y社には海外の証券市場に上場しているZ社という子会社がありました。

共同投資から約2年後、持分法適用会社では情報等の共有がむずかしく、シナジー実現の足枷となるということで、当初の予定よりも早期に追加株式取得をして連結化を図ります。B社は、単独でY社株式の10%を追加取得し、Y社を連結子会社としました。Y社の子会社化に伴い、Y社の子会社であるZ社もB社の連結子会社となりました。それから間もなく、Z社の債権者からB社へ、Z社が債務不履行に陥ったという手紙が届きました。このことを契機に、B社で調査チームを組成、調査の結果、多額の簿外負債、売上と現金の過大計上、費用の過少計上が検出され、Z社の財務書類は偽造されていることが判明しました。株式の追加取得から2か月後にZ社は破産手続開始の申し立てを行いました。

投資決定前のDDの状況

B社は、過去に新興国企業の子会社で不正が発覚した経験があることから、新興国での不正リスクが高い事は認識していました。これを踏まえ、Z社のDDでは必要な情報開示の要求をしたものの、多くの重要な情報が得られていない状況でした。

検討すべきだった事

B社は、Y社の買収を目的としており、Z社は付加的なものであり、必要性を感じていないノンコアの会社でした。一般的に、買収会社への興味とDDの深度は比例するものです。買収によりY社は持分法適用会社となりましたが、持分法適用会社の子会社であるZ社に対しては、注意力は低かったものと思われます。ノンコアとコアでは事前調査の力の入れ方が変わってくる傾向にあります。ノンコアこそ不正リスクが高いことを認識すべきです。時間の制約があるDDにおいては、優先順位を決めて手続きを行うので、ノンコアまで時間が回らないと言われる方もいます。不正リスク発見の観点からは、ある程度の規模があり、不正リスクが高いと思われる会社に対しては、事業への関心によらず厳格なDDが行われる必要があるでしょう。

4.まとめ

M&Aは多くのメリットがあります。一方、そのメリットの裏に大きな落とし穴が隠されていることを忘れないでください。M&A推進に前のめりとなっているチームを、経理財務の客観的な目線で牽制することが大切です。買収企業に対して違和感があった際に、M&Aの意思決定の過程で思いとどまらせる、許容を超えたリスクが残った場合に中止の意思決定を下す、といった健全な牽制機能を是非働かせてください。

※本記事は、「週刊 経営財務」No.3476号(2020.10.05号)に掲載されたものです。本記事の掲載については、税務研究会の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMG FAS
パートナー 高岡 俊文

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