資本か負債か、それが問題だ

IFRS®基準のヒント - 種類株式や永久ローンなどの資金調達に利用される商品が、資本に区分されるか負債に区分されるかについては、IFRS基準任意適用時に検討が必要となります。

IFRS®基準のヒント - 種類株式や永久ローンなどの資金調達に利用される商品が、資本に区分されるか負債に区分されるかについては、IFRS基準任意適用時に検討が必要となります。

IFRS基準のヒント

IFRS基準の適用現場から、実務のつれづれを語ります。

はじめに

企業は様々な形で資金調達を行います。普通株式は資本であり、銀行からの5年満期の借入は金融負債です。金融技術の進展により、純粋な資本と純粋な借入金との間に様々な商品が登場しています。シニアローンより劣後し利息の支払の繰延が可能な永久ローンや、取得条項付きの優先株式など、普通株式より優先するものの一般債務より劣後する商品の種類は多岐に及びます。日本基準では法形式により、株式で発行されるものはその支払いが5年後に約束されていても資本に区分され、利息の支払の繰延が可能な永久ローンであっても借入金として会計処理されます。IFRS基準の任意適用を検討する際に、これらの商品の資本と負債の区分が問題になることがあります。資本か負債かの区分は、単に貸借対照表の表示の問題にとどまらず、関連する支払いが損益なのか分配なのか、負債の場合には公正価値での再測定の対象となるかどうかや償却原価をどのように適用するかなどの業績評価への影響ももたらします。

支払義務の有無がポイント

IFRS基準では、発行された商品の法的形式ではなく、契約内容がIAS第32号「金融商品:表示」の資本の定義を満たすかどうかで資本か否かが決定されます。資本の定義を満たさない場合には金融負債として会計処理する必要があります。これは様々な法域で利用される国際的な会計基準として、特定の法規制の下での形式に依拠せず、しかし比較可能性を達成するため、資本の定義を定める必要があるための要請と考えます。

IAS第32号では、発行体に契約上の支払義務がある場合、それは資本の定義を満たしません。そのため、一定期間後に発行体が現金で買い取ることを約束している種類株式は、IFRS基準上は金融負債として会計処理されます。このため、現金を対価とする取得請求権(保有者に与えられた、発行者に対して買取請求できる権利)が付された種類株式も、金融負債です。元本の返済義務がない場合でも、配当/利息の支払義務が契約上約束されているのであれば、少なくとも配当/利息部分については支払義務があるため、全額を資本には区分できません。このように、IFRS基準では発行された商品の法的形式の如何に係らず、すべての契約条項について、「発行体が回避可能ではない支払義務がある」か否かを判断することが必要になります。
発行要項等に記載されたすべての契約条項を分析した結果、例えば元本の支払いは回避できないものの配当/利息を払う必要がないような場合、複合商品(資本と負債の両方の性質を持つ商品)となり、まず負債部分を公正価値で測定し、残りを(あれば)資本として認識することになります。

契約上の支払義務の有無を判定する場合、(1)経済的な強制を考慮しないこと及び、(2)支払義務が固定額である必要はないことから、商品の経済的特性に鑑み区分に直感的な違和感が生じるかもしれません。経済的な強制とは、契約上の義務があるわけではないものの経済的には特定のアクションを取らざるを得なくなるような特性をいいます。例えば、永久ローンや種類株式などで、発行体が一定期間後に繰上償還できるものの、繰上償還しないと利率や配当率が上昇するような契約条項があります。この条項は、発行体に契約上は償還の義務はなくとも、利率/配当率が上昇するタイミングで任意の償還に踏み切るであろうことを期待して付されるものです。しかし、このような「経済的な強制」は資本か負債かの分析においては考慮しません。あくまでも契約上、発行体が回避できない支払義務があるかどうかで判断する必要があります。また、固定額ではなく、持分相当額の価値(例:1株当り純資産額)で買い取ることを約束している場合、買取義務があくまでも持分相当であるため、経済的な性質としては持分の払い戻しに近いものの、発行体には回避できない支払義務があるため、金融負債として会計処理されます。
 

普通株式への転換条項がある場合はさらに分析が必要

種類株式には、普通株式への転換条項が付される場合もあります。種類株式を普通株式に転換する条項が付されている場合、追加的な要件を検討する必要があります。特定の日または発行体の支配の及ばないトリガー条件(例: IPOしたら)で普通株式に転換される場合、もしくは保有者の取得請求により普通株式に転換される場合、引き渡される普通株式の数があらかじめ決められた特定の固定数とは異なる場合には資本には分類されません。

もっとも「株式分割が生じたときには転換価格を調整します」といった条項がついていると固定数の普通株式への転換ではなくなるということで自動的に資本には分類されなくなる、というわけではありません。転換条項が付されている場合には通常このような希薄化防止条項も同時に付されていることが一般的です。どのような希薄化防止条項であれば資本区分を阻害しないかについては慎重な検討が必要です。例えば、株主割当発行や無償交付により発行済み株数が変動する場合に補償のために転換率の調整を行うための希薄防止条項は資本区分を阻害しないと考えられます。一方、株価が20%下がったなど公正価値の変動による損失を発行する株式数を増やして補償するような調整は資本要件を満たさないと考えられています。

投資家にとっても重要な資本と負債の区分要件

IAS第32号の資本と負債の区分は、商品の保有者である投資家にとっても重要です。IAS第32号の資本の定義を満たさない場合は、当該商品は資本性金融商品には該当せず、「公正価値の変動をその他の包括利益で認識する資本性金融商品」に指定できません。契約条項をよく検討せずに種類株式に出資したところ結果的に公正価値変動を純損益で認識せざるを得なくなるような事態も生じえます。

「資本の特徴を有する金融商品プロジェクト」の動向

現実社会では様々な契約条項を含む商品が発行されるため、資本の要件を実際の商品にどのように当てはめるかについては、IAS第32号のガイダンスでは不十分であり国際会計基準審議会(以下、IASB審議会)やIFRS解釈指針委員会には過去から多くの質問が寄せられています。IASB審議会では、10年以上前から資本と負債の区分についてはプロジェクト(資本の特徴を有する金融商品プロジェクト)を立ち上げ、統一的な適用を促進するためにも適用ガイダンスを追加し、表示や開示を改善することを目指して議論を継続しています。

IASB審議会は2018年にディスカッションペーパーを出しており、そこに寄せられたコメントも踏まえて、まず開示の拡充を図るための議論から着手しています。公開草案の公表時期などの具体的な時期は未だ公表されていませんが、今後の動向についても注意が必要です。

会計プラクティス部
シニアマネジャー 江崎 千香

お問合せ

このページに関連する会計トピック

会計トピック別に、解説記事やニュースなどの情報を紹介します。

このページに関連する会計基準

会計基準別に、解説記事やニュースなどの情報を紹介します。