企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは 第2回 企業開示へのESG要素の反映

「週刊経営財務」(税務研究会発行)3497号(2021年03月08日)に「企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは 第2回 企業開示へのESG要素の反映」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

「週刊経営財務」(税務研究会発行)3497号(2021年03月08日)に「企業に求められる「記述情報の開示の充実」とは」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

この記事は、「週刊経営財務3497号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

1.はじめに

2020年3月期より、有価証券報告書における記述情報の開示が本格的に拡充されている。これに加えて、最近、「気候変動リスク」や「ESG要素」への対応が社会的にも企業経営者にも大きなテーマとなっており、これらを企業開示(有価証券報告書における記述情報等)にどのように反映すべきかについても関心が高まっている。

本稿では、連載企画「企業に求められる『記述情報の開示の充実』とは」の第1回目(No.3495 参照)「企業に対する新たな情報ニーズ」の内容を踏まえ、ESG要素について期待されている開示情報やこれに関する最近の動向について解説する。なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることを申し添える。

2.ESG要素の情報開示に係る歩み

ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の英語の頭文字を合わせた造語である。これらESGの要素は、国際連合によって進められている持続可能な開発に関する17の目標(SDGs)との親和性も高く、企業経営においても重要な課題となっている。また、投資家にとっても、ESG要素は、中長期的な視点から投資判断を行う際に重要な評価項目になっている。

ESG要素を重視した投資(以下「ESG投資」という。)のルーツは必ずしも明らかでないが、投資判断においてインカムゲインやキャピタルゲインによる財務リターン以外の要素も考慮する投資は必ずしもシステマティックでないもののかなり以前から行われていた。その中で敢えて挙げるとすれば、1977年にGeneral Motors社の取締役であったレオン・サリバン氏が当時アパルトヘイト政策を採っていた南アフリカの企業に対して投資判断を行う際の規律として「サリバン原則(Sullivan principles)」を定めたことが今日のESG投資に至るルーツの一つといわれている。サリバン原則は、当時、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)も考慮して投資を行うべきと考えた米国企業によって多く採用された。

その後、数十年間は、企業の社会的責任という面も考慮されてきたものの、ESG要素のうち特に投資家が重視していたのはガバナンス(G)の質だったのではないか。ESGの要素が総体として広く意識されるようになったのは、2006年に国際連合が主導して「責任投資原則(Principles for Responsible Investment)」(以下「PRI」という。)が定められたことが契機だったと考えられる。

(参考)PRIとは

PRIは、国際連合のコフィー・アナン事務総長(当時)が主導し、2006年に国際的な機関投資家のグループによって開発されたものである。PRIは以下6つの原則から構成されており、これに賛同する投資家が署名・コミットをしている。

  1. ESG要素を投資の分析や判断のプロセスに組み込むこと
  2. ESG要素を投資の保有方針や実務において積極的に勘案すること
  3. 投資先の企業にESG要素の開示を要請すること
  4. 投資業界におけるPRIの適用拡大に貢献すること
  5. PRIの適用がより有効なものとなるよう他者と協働すること
  6. PRIの適用に向けた活動と進捗状況について報告すること

PRIは法的拘束力のない原則であるものの、「ESG要素」を考慮することが機関投資家にとって受託責任を果たすうえで重要であり、これらを考慮することが投資家と社会の双方の利益に適うものという認識を高めるうえで大きな役割を果たしている。

PRIへの署名者は年々増加しており、2021年1月時点において3、600を超える機関投資家(運用資産残高:100兆ドル超、日本の87の機関投資家を含む。)が署名するに至っている。

しかし、ESG要素への関心が今日ほど急速に高まったのは、2015年に採択された「パリ協定」を受けて各国が温室効果ガスの排出量の削減目標を数値で示すようになった直近2~3年のことではないだろうか。

特に気候変動対応について先進的とされている欧州では、気候変動リスクの緊急性等に鑑み、欧州委員会(EC)から2018年に「サステイナブルファイナンス行動計画(Sustainable Finance Action Plan)」が公表されたほか、2019年には「欧州グリーンディール(A European Green Deal)」が公表された。これを踏まえ、社会的課題を解決するとともに、ESG要素を勘案した投資判断を可能とするための情報開示についても大きな変革が要請されるようになっている。

また、2020年の年初には、世界最大の資産運用会社であるBlackRock社のラリー・フィンク会長から投資先企業のCEO宛てに送付されたレターにおいて、気候変動リスクや関連する情報開示の重要性が強調されたほか、TCFD提言やSASBによる指標(後述 図表1参照)に基づく開示が要請されたことが各方面で大きく取り上げられた。

こうした変化を踏まえ、ESG要素は、投資判断プロセスにおいて、ネガティブスクリーニングの要素に留まらず、中長期投資を可能にするための重要な要素とて組み込まれる(ESG Integration)ようになってきている。

3.ESG要素の開示に関するフレームワークや基準

ESG要素の開示は、従来、多くの国において法令で広範な開示は要求されておらず、企業が投資家を含むステークホルダーからの要請を踏まえて任意に行う形が採られていた。また、ESG要素(特に、EやSの要素)は中長期的な時間軸によらない限り、企業業績に大きな影響を及ぼすものではないという見解が支配的だった。このため、ESG要素の開示は、企業が社会にどのように貢献しているかという広報的な色彩が強かったのではないか。

しかし、そうした状況にあったとしても、企業が開示項目を個別に検討することは効率的でないし、情報利用者にとっても比較可能性が確保されないため、望ましいとはいえない。このため、それぞれの事情を踏まえ、国内外でESG要素の開示に関するフレームワークや基準が数多く策定されていった。今日では、世界で数百にも及ぶフレームワークや基準等の設定主体があるといわれており、「Alphabet Soup」と呼称して揶揄されることもある。このうち、図表1に掲げる6つの組織はESG要素に関するフレームワークや基準の設定主体として広く知られている。

図表1:ESG要素に関する主なフレームワーク及び基準の設定主体

名称 主な内容
国際統合報告評議会
(IIRC:International Integrated Reporting Council)
企業が統合的な思考に基づき、統合報告書を作成する際に参照する国際統合報告フレームワークを策定
サステナビリティ会計基準審議会
(SASB:Sustainability Accounting Standards Board)
77の業種ごとに、企業財務に影響を与えると考えられるESG要素に関する指標を定めた基準を策定
気候変動開示基準審議会
(CDSB:Climate Disclosure Standards Board)
気候変動を含め、環境に関する情報を開示する際に参照するフレームワーク(原則及び要求事項を含む。)を策定
カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト
(CDP,旧称Carbon Disclosure Project)
環境(気候変動リスクへの対応、森林や水資源の保全に関する活動)について企業や都市から所定のデータを収集し、当該データに基づき実施したスコアリングの結果を公表(当該取組みを通じて、実質的に企業等が開示すべき項目を識別)
グローバル・レポーティング・イニシアティブ
(GRI:Global Reporting Initiative)
企業活動が経済・環境・社会に与えるインパクト等の報告に関して全般的な基準及び34の個別領域に関する基準を策定
気候関連財務情報開示タスクフォース
(TCFD:Task Force on Climate-related Disclosure)
金融安定化理事会(FSB:Financial Stability Board)により設置されたタスクフォースで、2017年6月に企業が開示すべき気候変動リスクに関する財務情報について11項目を提言

4.ESG要素の情報開示に関する課題

上記のようにESG要素の情報開示について主要なフレームワークや基準が徐々に絞り込まれてきているものの、ESG要素が投資判断において重要なものとなっている中で、ESG要素の情報開示について多くの課題が指摘されるようになっていた。課題は大きく区分すると、以下のような点に集約される。

(1) 異なる者から様々なデータの提出が要請されるようになっていること

機関投資家(アセット・オーナー)や資産運用会社(アセット・マネジャー)からの要請や各国の規制当局による規則等を踏まえ、近年、企業からのESG要素の開示は充実してきている。しかし、ESG要素に関するフレームワークや基準が乱立しており、財務諸表作成にあたっての会計基準(日本基準やIFRS ® 基準)に相当するようなものがない。このため、どのような項目についてどの程度の開示をすべきかの判断が困難との指摘がされているほか、フレームワークや基準が定まるまでは開示の充実への取組みを一部保留しようとする企業もある。

また、特に社会(S)の要素については、フレームワークや基準の策定が環境(E)の要素より遅れているほか、情報利用者の力点の置き方も様々であり、様々な情報利用者から類似するが異なる定義や様式に基づいたデータの提出を要請されることも多い。このため、企業においてリソースの制約の観点から、多様な情報提供の要請に逐次応じることが困難との指摘がされるようになっている。

(2) 開示される指標の定義や測定方法が企業間で大きく相違し、比較可能性が確保されていないこと

仮に企業からのESG要素の情報が一定の基準に準拠して作成・開示されている場合でも、基準で定められている指標の定義や測定方法が十分に具体的でなく、企業間の比較可能性が困難という指摘もある。

例えば、複数企業により環境(E)に関する情報の一部として「製品一つ当たりの水資源消費量」が開示されていたとしても、異なる種類の製品に関する情報が集約されて開示されている場合、情報利用者が水資源の保全に向けた取組みを企業間で評価することは困難かもしれない。また、社会(S)に関する情報の一部として「性別の観点からの多様性」に関する情報が開示されている場合でも、職階別に開示しているケース、全従業員をまとめて開示しているケース、常勤・非常勤の別に開示しているケース、国別・地域別に開示しているケース等、測定方法は様々であり、こうした場合、企業間の情報を比較することは困難かもしれない。

こうした点を踏まえると、情報利用者が今後ESG情報をより積極的に活用して投資判断をするようになっていくと仮定した場合、これまで以上に比較可能な情報が提供されるよう、準拠すべきフレームワークや基準が整合的なものとなるほか、用語の定義や測定方法がより具体的なものとなることが望まれる。

(3) ESG要素がどのように評価されるかが明確でなく、一部に不信感が生じていること

企業が開示するESG要素の情報は、多くの場合、情報ベンダー/ESG格付機関によって収集され、スコアリングがされる。今日のように、ESG情報が投資家の意思決定に重要なものとなってくるとスコアリング情報は企業が株式価値を維持・向上させるために極めて重要なものとなってくる。

しかし、ESG格付機関は信用格付機関ほどには確立されていないほか、格付機関毎に異なる手法によってスコアリングされている。また、スコアリングの手法は詳細なレベルまでは開示されていない。このように格付機関によって異なる手法でスコアリングがされることやスコアリングの手法に関する詳細を開示しないことには一定の経済合理性があるものの、格付機関によってスコアリング結果が相当程度異なることもある。このため、企業からは、「同じ情報を開示しているにも関わらず、なぜ結果がこれほど異なるのか」という不満が示されることもあり、結果として、企業から格付機関や情報が利用されるシステム自体に対して不信感が醸成されている側面もある。

こうした点を踏まえると、ESG要素の情報に係るエコシステムに関与する者の間における対話が促進され、相互理解を高める取組みが必要とされているのかもしれない。

図表2:ESG要素の情報に係るエコシステム

図表2:ESG要素の情報に係るエコシステム

5.ESG要素の情報開示に関する最近の動向

(1) 世界経済フォーラム/国際ビジネス評議会による取組み

上記のような課題を踏まえ、これまでに公表されているフレームワークや基準を踏まえつつ、ESG要素に関する情報開示をより整合的なものとしていこうとする取組みがされている。代表的なものとして、2020年9月に世界経済フォーラム(WEF:World Economic Forum)/国際ビジネス評議会(IBC:International Business Council)から公表された報告書「ステークホルダー資本主義の測定指標」の公表が挙げられる。

ESG要素の情報開示に関するニーズが高まってきた背景には、環境や社会に関するリスクが顕著になってきたことに加え、短期的な株主価値のみを重視し、それ以外のステークホルダーに対する十分な配慮をしない限り、企業にとって中長期的な価値向上の実現はできないという認識が広く共有されるようになったことがある。2019年8月に、米国の主要企業のCEOより構成される組織であるビジネス・ラウンド・テーブルにおいて、企業の存在意義(Purpose)に関するステートメントの見直しがされ、従来、株主価値が優先されるとしていた企業の存在価値に関する記載が全てのステークホルダー(株主を含む。)に配慮するという記載に修正されたことは日本でも大きな話題となった。

WEF/IBCの報告書は、こうした広範なステークホルダーに配慮した資本主義を実現するためには、目標と実績が適切に測定される必要があるという認識にたち、既存のフレームワークや基準を参照しつつ、ESGの要素に関して、年次報告書においてどのような情報をどのように開示すべきかを示したものである。WEF/IBCの報告書は、既存のフレームワークや基準で示されている情報を超えてどのような情報開示があるべきかを示したものでないものの、世界における大手61の企業(日本企業を含む。)から支持が示されているほか、国際的な大手4つの監査事務所のネットワークの代表者も協力して作成されており、現時点で、ESG要素についてどのような情報開示を行うべきかを検討するうえで有用なリソースになると考えられる。

WEF/IBCの報告書では、ガバナンス(Governance)、地球環境(Planet)、ヒト(People)、繁栄(Prosperity)の4つに分けて、開示すべき21のコアな指標と追加的に開示を検討すべき34の補完的な指標を参照すべきフレームワークや基準とともに示している。

図表3:WEF/IBCの報告書で示されている21のコアな指標

区分 21のコアな指標
ガバナンス(6)
  • 企業の存在意義(Purpose)
  • 取締役会の構成
  • ステークホルダーに影響を与える重要な課題
  • 贈収賄への対応
  • 不正や違法行為に関する通報制度
  • リスク及び機会に対する監視
地球環境(4)
  • 温室効果ガスの排出量
  • TCFD提言に関する事項
  • 土地の利用方法と生態系への影響
  • 水資源の利用及び保護
ヒト(6)
  • 従業員の職階、年齢、性別等の区分における多様性
  • 性別、人種などの区分における賃金の平等性
  • 最低賃金等と比較した場合の賃金水準
  • 児童労働、強制労働に関するリスク
  • 労働災害の状況及びこれに関する対応
  • 一人当たり研修受講時間
繁栄(5)
  • 新規採用者や退職者の数や割合
  • 経済発展への寄与及び政府補助金
  • 資本財への投資額
  • 研究開発費
  • 納税額

(注)ESG要素の区分に当てはめると、「ヒト」と「繁栄」に関する項目が社会(S)の要素に対応するものと考えられる。

(2) 既存のフレームワークや基準の設定主体による取組み

上記の取組みに加え、既存のフレームワークや基準を統合したり、より整合的なものとしていこうとする取組みが進められている。

当該取組みの中で著名なものとして、企業報告ダイアローグ(Corporate Reporting Dialogue)のプラットフォームがある。同プラットフォームには、前述の6つのフレームワーク及び基準に関する主体のほか、国際標準化機構(ISO)及び国際会計基準審議会(IASB審議会)がメンバー、米国財務会計基準審議会(FASB審議会)がオブザーバーとして参加している。

同プラットフォームでは、2017年から2019年において、IIRC、SASB、CDSB、CDP及びGRIの5団体により、それぞれの基準やフレームワークとTCFD提言で示された項目とをマッピングする取組み(Better Alignment Project)が行われ、基準の整合性の確認や整合性の向上に向けた取組みが進められた。

また、フレームワークや基準の統一化に関する要請を踏まえ、2020年9月に、同5団体から、それぞれのフレームワークや基準の関係を明示しつつ整合性を更に高めるために協働作業を進めていく旨の声明「Statement of Intent to Work Together Towards Comprehensive Corporate Reporting」が公表されている。さらに、2020年11月にはIIRCとSASBから、今後、組織を統合したうえで、両者のフレームワークと基準を統一的なパッケージのものとしていく予定である旨が公表されている。加えて、2020年12月には、5団体のフレームワークや基準及びTCFD提言を踏まえ、どのような基準が策定しうるかを今後検討するうえでの参考になるものとして、プロトタイプの基準が公表されている。

図表4:5団体のフレームワークや基準の関係

図表4:5団体のフレームワークや基準の関係

(3) IFRS財団によるサステナビリティに関する基準設定主体の設置に向けた取組み

こうした動向を踏まえ、2020年9月に、IFRS財団トラスティーズから、IFRS財団の中にIASB審議会とは別に、サステナビリティに関する報告基準を開発するための審議会を設置するという提案が公表されている。当該提案には広範な支持が示されたことから、2021年2月に、IFRS財団トラスティーズから、今後、9月に審議会設置に向けた工程表を公表するほか、11月に予定されているCOP26において審議会の設置を発表するという方針が示されている。

6.おわりに

本稿で概観したように、ESG要素の情報開示については注目度が最近特に高まっている一方、これに係るエコシステムにおいて情報が効果的・効率的に活用されるようになるには課題も多い。こうした課題を踏まえ、国内外で多くの取組みが急ピッチで進められており、こうした取組みを踏まえてエコシステムの改善が図られることを期待したい。

次稿では、新型コロナウイルスの感染拡大が企業開示の変革に与える(乃至、与えた)影響について解説する。

図表5:IFRS財団による新たな基準設定主体

図表5:IFRS財団による新たな基準設定主体

(参考文献)

“Future of Sustainability in Investment Management: From Ideas to Reality”、 CFA Institute (2020年)
“Principles for Responsible Investment”、 The PRI(2006年)
“Seeking Return on ESG”、 World Economic Forum(2019年)
“Statement of Intent to Work Together Towards Comprehensive Corporate Reporting”、 CDP、 CDSB、 GRI、 IIRC and SASB(2020年)

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
関口 智和(せきぐち ともかず)

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