水素モビリティの視点から ~Hydrogen mobility viewpoints~

本稿では、「水素の地理的ホットスポット」と題し、水素の地理的なホットスポットを決定付ける需要および供給の要因と、水素経済における取引および輸送ルートの重要性について考察します。

水素消費量の国/地域差

2017年に水素を最も消費した地域は、多い方からアジア、中東、欧州、北米の順でした。中国だけで全体の消費量のおよそ3分の1を占めていました。
これは、主にこれらの地域に所在する石油精製業、重工業、(石油)化学工業での水素の利用状況とほぼ一致しています。一方、アジアの中でも東南アジアやアフリカ諸国等が、世界全体の消費に占める割合はほんのわずかとなっています。

2017年の国/地域別水素消費量

2017年の国/地域別水素消費量

出典:IHS Markit

水素輸入国の区分

ここで、コモディティとしての水素の取引量というものを考えたとき、前述した水素の国/地域別消費量を鑑み、双方に相関性があるように思えるかもしれません。
確かに、水素消費量の多い北米や欧州は主要な水素輸入地域となっています。しかし興味深いことに、水素消費量の最も多かった中国の水素輸入量は、2017年の国連の貿易統計によれば、水素輸入取引全体のうちわずか1%(0.16%)未満でした。これは、中国が水素(大半が石炭由来)を自給自足しているという事実を示しています。
また、水素消費量が中国に次いで多かった中東地域についても、主要な輸入国となっていないことから、同様の結論(天然ガスおよび石油由来)を導くことができるでしょう。

2017年の主な水素輸入国

2017年の主な水素輸入国

輸入国、輸出国または自給自足国としての検討事項

国内の水素ニーズを自給自足で賄っている国が存在していることを認識しつつ、水素の地理的なホットスポットがいかにして出現するかのメカニズムを理解するために、次は供給サイドの要因について目を向けてみましょう。

世界では、さまざまな国が、自国のエネルギーミックス下にある産業の懸念や強みに基づいた固有の動機をベースに、グローバルな水素経済における自国の立場について意思表明を始めています。またこれとは別に、一部の国では共通のグローバルな水素エコシステム構築を目指しています。

国際エネルギー機関(IEA)の分析に基づくと、各国が水素生産国として発展するための能力は、一般的には自国の有する天然資源に依拠していることが分かります。水素に関する本シリーズ第1回目「水素エネルギーの成長軌道(The hydrogen trajectory)」で述べたように、水素はその生産資源によって、入手コストおよびCO2排出量が決定されます。今後10年以内に、一部の国では、国内の天然ガス資源により、(CCSと組み合わせて)天然ガス由来の水素をコスト効率の高い方法で製造できるようになる可能性があります(ロシアやオーストラリアなど)。一方で、天然資源に依拠することなく、豊富な風力資源および太陽光資源を有する地域では、一般的にコスト競争力のある方法でグリーン水素を製造し、コスト競争力を獲得することができるかもしれません(中東、北部アフリカおよび南米など)。このことから、地理的要件が供給サイドの要因の一つになることがわかります。

太陽光発電と陸上風力のハイブリッドシステムによる長期的な水素コスト

太陽光発電と陸上風力のハイブリッドシステムによる長期的な水素コスト

出典:IEA

水素社会の未来を自ら計画している国々(フロントランナーである日本や韓国など)は、燃料電池車や燃料電池技術のテクノロジー輸出国としてある程度先駆的な立場にありますが、これらの国々の水素ビジョンは主に(オーストラリアや中東からの)輸入を前提としています。このような国家間の相互補完関係は、輸入国および輸出国それぞれのグループの水素に関するビジョンを示した文書から伺い知ることができます。

ブルー水素およびグリーン水素領域におけるイノベーションとコスト削減は、主にテクノロジー輸出国となる可能性がある国における企業や業界の強い意志によって推進されています。トヨタ、エアバス、リンデ・グループ、エア・リキード、BMW、ボッシュ、カミンズ、シェブロンはみなこのような企業群に含まれ、水素の課題に取り組む中で国益を高めることに貢献しています。

水素のグローバルなホットスポットと供給ルート

このような現状を踏まえ、根底にある(エネルギーに基づく)輸入ニーズと(産業に基づく)輸出のポテンシャルを関連付け、水素のグローバルなホットスポットがどこに出現するのかを理解することは重要です。以下の地図は、まさにこの関係を示しています。

水素のグローバルなホットスポットと供給ルートの概要(一部)

水素のグローバルなホットスポットと供給ルートの概要(一部)
利用可能な天然資源と確立された産業のセグメントに基づいて、以下の状況が確認できます。
  • 現時点では、脱炭素という大きな目標を達成するのに必要な規模で水素を自給自足できるようになることが予想されるのは、中国とオーストラリアのみです。
  • 南米、北部アフリカ、中東およびオーストラリアにわたる南半球諸国は、水素をブルー水素(石炭/天然ガス由来)またはグリーン水素(太陽光、水力、風力由来)として、低コストで製造できる強力な立場を利用するために、自国を水素(およびその派生製品)輸出国として想定しているか、またはすでにその地位を確立しています。
  • (短期的には水素の輸入を前提としつつ)テクノロジー輸出国になることを目指す国(例えば、日本、韓国、フランスおよび米国)は、多くの場合、まだその確固たる地位を確立するには至っていません。
  • 水素インフラ投資への公的な取組みは複数の地域で行われていますが、アジア太平洋地域において最も成熟した取引関係が構築されています。オーストラリアでは「将来の水素輸出大国」になる計画が相当程度進んでおり、このことは、オーストラリアと日本、あるいはオーストラリアと韓国の間で、それぞれ正式な覚書が締結されていることからも伺い知ることができます。
  • 地域レベルの輸出入に関する詳細な説明は本稿では対象としてはいないものの、KPMGは現在、主要な流通ルートがすべての大陸にわたり構築されつつあると結論付けており、この状況は、カーボンニュートラルな水素が今後グローバル規模で取引されるコモディティになるであろうことを示唆しています。

国の立場あるいは意志が、国家としての目標や水素戦略にどのように表れるのかについては、シリーズ第3回目(Viewpoint 3)のトピックとなる予定であり、ブルー水素およびグリーン水素を取り上げ、世界初となるエンドツーエンドの水素サプライチェーンプロジェクトに関する考察をご紹介する予定です。

水素エネルギーサプライチェーンプロジェクト(HESC: The Hydrogen Energy Supply Chain Project)

HESCは、モビリティ(燃料電池を搭載した自動車、電車、トラック、バス、船舶)、発電、そして半導体に利用する目的で、クリーンな水素を製造し、それをオーストラリアから日本へ輸送するという世界初のパイロットプロジェクトです。本プロジェクトは、世界初の国際的な液化水素サプライチェーン構築を目標としており、2030年までにすべてのオペレーションが稼働する予定です。 本プロジェクトは、バリューチェーン全体に渡り、財政面そして運営面で日豪両政府や業界パートナーたちによる支援を受けており、政治的および商業的なコミットメントを象徴しています。

出典:KPMG, hydrogenenergyssupplychain.com

水素バリューチェーンの供給ステップ

シリーズ第1回目(「水素エネルギーの成長軌道(The hydrogen trajectory)」)で論じたように、均等化水素原価(LCOH: levelized cost of hydrogen)を引き下げるには、エネルギープロジェクトの設備投資およびオペレーションコストが大きな要素となります。
それでも、(バリューチェーンに関するエンドツーエンドの視点を適用し、かつ)上記の供給ルートマップから明らかなことは、地域や大陸にわたる需要と供給を結び付けるには、遠隔地に安全かつコスト効率の良い方法で水素を輸送できるトラック、鉄道および運搬船という運送手段が必要になるということです。言い換えれば、水素の低コスト輸送は、水素バリューチェーンの構築を成功させるための重要な要素です。

水素バリューチェーン

ガス化した水素は、特定の機能に適した圧力レベルで最終用途に利用されますが、輸送そのものについては、最も収益性の高い物流形態を適用する必要があり、圧縮水素ガスまたは液化水素ガスにして水素の体積エネルギー密度を最適化します。このため、遠隔地への水素輸送手段には、パイプラインや、チューブトレーラーで輸送する圧縮ガスシリンダー、あるいは鉄道または運輸船舶で輸送する超低温タンクが含まれます。
Hydrogen Europeによると、圧縮水素ガスシリンダーの技術的なコンセプトや基準はすでに存在しており、1タンクあたり最大26m3をチューブトレーラーで運ぶことができます。この数値は、液体水素の場合、高い密度に起因してさらに大きくなります(タンクローリー1台当たり数倍に達する可能性あり)。ただし、グローバルな取引ルートで大量の水素を輸送するには、石油や液化天然ガス(LNG)の運搬船と同等容量の水素タンカーが必要です。
2019年の川崎重工業による初の液化水素輸送船(容量1,250m3)の建造は、この取組みに初めて大きく貢献した事例として挙げられるでしょう。これは一般的なLNG運搬の容量(100倍単位で優に上回っている)に比べると僅少と思われるかもしれませんが、今後の水素経済の発展を考えるうえで画期的な出来事となりました。
 

英語コンテンツ(原文)

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