ヒントは「江戸前のすし屋」にあり。コロナ禍でも成功する企業の秘密

新型コロナウイルスによるパンデミックが大きく世界を変え、多くの人が苦難を経験しています。その一方で、これまでにない成長を遂げたビジネスも存在します。

Forbes Japan Onlineに記事が掲載されました。

しかし、現在好調な企業であっても、パンデミック発生以前に、何が起きるかを予想できていたわけではありません。ビル・ゲイツが、以前からパンデミックに関する危惧を発信していたことは有名な話ですが、これを真摯に受け止めていた人は少ないのではないでしょうか。

では、現在好調な企業の成功の裏には、どのような秘密が隠されているのでしょうか。「たまたま」と言う人もあるかもしれません。「幸運に恵まれた」と言う人もあるかもしれません。しかし、私は、現在成功している企業には、人の暮らし方や働き方についての理想があり、消費者の「先回り」をしてソリューションを提示してきた実績があると考えています。

ゲーム機開発で体験した2つの「先回り」

スティーブ・ジョブズは、生前、消費者に何が欲しいかを聞いて製品をつくっていても、それが完成する頃には消費者はさらに新たなものを欲しがっているという趣旨のスピーチをしました。

私もこれまでの経験から、ジョブズの指摘に同感するところが多々あり、消費者の声には謙虚に耳を傾けつつも、「先回り」をして新たな価値を提供することにこそ意義があると考えています。

私の場合は、ビデオゲーム業界に長くいたので、これまでにない価値体験をユーザーに届けることを目指してきました。

私が手掛けた仕事の一例ですが、オンライン環境の進歩に伴いネットワーク機能を強化してインタラクティブな遊び方を提供したり、技術革新の恩恵を受けビデオゲーム機のメモリを従来よりも大幅に増やすことによってソフト開発の幅が広がりエンターテイメント性を高めたりして、新たな価値を提供できるビデオゲーム機を手掛けてきました。

ビデオゲーム機の製作過程では、2つの意味において「先回り」して準備をしました。1つ目はスティーブ・ジョブズが言ったように、消費者ニーズの先回りです。これまでにないビデオゲーム体験を提供するために、常に先回りする思考で取り組みました。

2つ目は、上司や同僚からの要求を見越した準備です。何かを欲しいと言われた際に即座に出すことができれば、案件の進行は加速します。また、要求した側からすると、部下や同僚と同じことを考えていたということが確認でき、製品を市場に送り出すための決断の後押しになります。

しかしながら、この2つの「先回り」は、予見して行動するという点においては、全く同じことです。社会環境、最新のテクノロジー、インフラの整備状況、消費者のリテラシー成熟度、会社のビジネスの状況など、多種多様な角度からの情報を把握して分析して「先回り」する。最初は無駄が多く労力がかかりますが、この思考を繰り返すことによって製品開発は研ぎ澄まされ、かつ効率も上がっていきます。

先を見通す視力を鍛える3つの要点

「視力」のことを英語で「Vision」と言います。そして先見の明があることを「Visionary」と言いますが、これは「視力が良いこと」と言い換えることができると思います。何について視力が良いかというと、他の人には見えない未来やこれから起こりえる変化が誰よりも先に見えるということです。

では、この視力はどのように養うことができるのでしょうか。私の経験から言えば、客観的に思考すること、中長期的な視点を持つこと、そして常に疑問を持つことの3点が不可欠であると考えています。

客観的に思考するということは、オープンに多様なものを受け入れるということです。私たちは主観から逃れることが難しく、人によっては逃れることができないと言う人もいます。とにかく、できる限り既存のルールや概念に囚われないように心がけて物事を観察することが、先を見ようとするときには必要だと思います。

また、中長期的な視点を持つということも重要な点です。多くの人は、比較的短期サイクルの業務を多く抱えているのではないでしょうか。私も短期サイクルの業務に埋没してしまうこともありますが、意識的に中長期的な視点を保つようにしています。

短期サイクルの業務は、日々の収益の源泉ですので、非常に重要な業務であるのは間違いありません。しかしながら、そこにばかり注力していると、将来への「視力」が低下してしまいます。どうしても眼前の対応に反射的に対処することが中心となり、中長期的に世界を見通す「視力」を鍛えることが疎かになるというわけです。

そして、常に疑問を持つということも大切な要素です。面倒くさがり屋は、「良いソフトウェア屋になる」と言われることがあります。それは、ちょっとした作業や繰り返しの業務をやるのが面倒なので、それを自動化したり、コンピュータ制御にしたりといったことにモチベーションを傾けるからです。

しかし、そもそもやっている仕事に対して疑問を抱くことがないと、何が問題で、どういった価値を創造すべきなのかというアジェンダの設定もできません。したがって、「先回り」するための「視力」も身につきません。

江戸前のすし屋に学ぶ仕事の基本

仕事とは、「事に仕えること」という解釈を聞いたことがあります。「人」ではなく「事」に仕えることが仕事であるという言説です。これに従えば、「事」といかに向き合うかで仕事の価値が決まります。

江戸前のすし屋に行くと、あらかじめ酢漬けや醤油漬けにしたり、茹でたり煮たりと、旬の魚をより美味しくするための工夫が、先回りして施されています。すし屋は、すしという「事」に向き合い、お客さんから注文を受けるとすぐに最高の状態で出せるようにしています。

また、あらかじめ準備してあったものをそのまま出すばかりでなく、お客さんの顔色や雰囲気などを察して、微妙に調製しています。企業では、より多様で歪な「事」を扱う場合があるかもしれませんが、江戸前のすし屋の先回りには、「仕事」の基本が詰まっていて、とても参考になります。

かつて、企業価値の世界ランキングにおいて、多くの日本企業は上位を占めていましたが、ここ30年ですっかり姿を消しました。また、米国の企業においては、30年前には存在していなかった企業が企業価値のトップ集団を形成するに至っています。

これはなぜでしょうか。要因は多岐に及ぶと思われますが、「先回り」不足も大きな要因なのではないかと思います。多くの日本企業は、顧客への価値提供を大切にして、顧客ニーズに応えることを最重要戦略に掲げてきたのにもかかわらず、顧客から要望されないプロダクトやサービスを出してゆき、結果的に企業としても顧客から選択されなくなったということがあると考えられます。

私たち日本の企業人は、もう一度「事」と向き合い、リスクとコストを負って、「先回り」することを良しとする企業文化を醸成していく必要があるのではないかと思います。

※この記事は、「2021年3月16日掲載 Forbes JAPAN Online」に掲載されたものです。この記事の掲載については、Forbes Japanの許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

茶谷 公之

KPMG Ignition Tokyo代表取締役社長兼CEO/KPMG Japan CDO

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