ニューノーマルへの対応―Statement of Purposeを著す意義

企業には社会における自らの存在意義(パーパス)を明確にした上でステークホルダーの属性を意識した意思決定や行動が求められています。

企業には社会における自らの存在意義(パーパス)を明確にした上でステークホルダーの属性を意識した意思決定や行動が求められています。

COVID-19は、100年に一度とも言える影響を企業に及ぼしたと言われています。社会的課題と財務的な価値との関連性はますます顕著となり、「Build Back Better」の考え方に基づく戦略が、価値向上にむけた施策を後押しするものとなってきています。企業には社会における自らの存在意義(パーパス)を明確に打ち出したうえで、ステークホルダーの属性を意識した意思決定や行動が求められています。では、その実態とそのための施策をどう進めていけばよいのでしょうか?経営者、そして取締役の役割とは何でしょうか?

本稿は、企業価値とサステナビリティにかかわる領域における世界的な権威のひとりであるオックスフォード大学客員教授のロバート G.エクレス教授のプレゼンテーションをもとに、いくつかの教授の著作等を参考に解釈を加え、書きおこしたものです。

なお、本文中の意見に関する部分については、エクレス教授の見解です。また、翻訳と解釈に関する部分には、翻訳者の私見が含まれていることもお伝えいたします。

  • POINT 1
    ニューノーマルが出現する中で、CEOのリーダーシップの下、すべての取締役による自らの責任とコミットメントと共に、企業の存在意義を表す「パーパスステーメント」を著す意義は大きい。
  • POINT 2
    株主資本主義からステークホルダー資本主義への展開はもはや不可逆的であり、企業は幅広いステークホルダーを考慮した行動が求められる。
  • POINT 3
    パーパスに基づく経営の実践に、財務非財務の双方、および相互の関係性の表出したメトリクスを採用し、報告することは有効な方法のひとつである。

Ⅰ パーパス(存在意義)とはなにか

ニューノーマルといわれる社会の中で、企業の取締役会が「パーパスステートメント」を発表することは極めて大きな意味があります。まず、前段階として、パーパスとはなにかについて明確にしておきたいと思います。

ここでご紹介する定義は、オックスフォード大学等がリードして進めている「The Enhancing Purpose Initiatives」に基づくものです。本プロジェクトでは、通常使われているミッション、 ビジョン、バリューといった概念と併せて整理をおこなっています。

まず、パーパスとは、組織が存在する理由のことです。ミッションは、組織が何を行おうとしているのか?と定義することで、ビジョンでは、組織がどのような影響を与えようとしているかの意図を示します。そして、バリューは、組織がどのように振る舞うのか、すなわち、行動規範を指すものです。

このように整理したうえで、パーパスに焦点をあてて、議論をしていきたいと思います。

最近は、日本に限らず、広く欧米でも、パーパスに関する新聞記事をよく見かけるようになりました。投資家の問題提起としては、2017年に、グローバルで展開をしているブラックロック社の会長兼CEOであるラリー・フィンク氏が、自らの書簡の中で「私と私たちの会社は、利益を生み出す以上に、パーパスを有しているべきである」と述べていました。しかし、その当時、彼の発言は、受け手に少々混乱を生じさせるものとなっていました。

企業のCEOは、フィンク氏に対し「それはどういう意味なのですか?我々は利益を生んでいないということなのですか?パーパスのために利益を棄損するようなトレードオフを容認すべきなのですか?」といった類の反応を示したのです。

そこで、フィンク氏は翌年の書簡の中で、「獲得すべき利益の源泉はパーパスにあります。つまり、利益の獲得がパーパスではない、ということです。しかし、パーパスを達成すれば、結果として利益を生み出すことができます」と述べています。フィンク氏は、2020年の初頭には、SASBやTCFDについて言及した書簡なども公表していることも、併せて指摘しておきたいと思います。

次に、オックスフォード大学の同僚であるコリン・メイヤー氏が、2019年に上梓した書籍について、触れておきます。

彼は、自身の優れた著作のひとつである『Prosperity :Better Business makes the Greater Good 』(Oxford Univ Pr/ 2019)において、何百年もの歴史の中から企業活動を分析し、ひとつの見解を見出しました。それは「企業は単に株主のために利益を生みだすためにのみ存在するという考え方は、比較的最近の概念であり、歴史的にはそうではない」ということです。そして、これは、ミルトン・フリードマンの議論に裏付けられたイデオロギーを継続する必要などない、ということを意味しています。

芝坂 佳子

KPMG サステナブルバリュー・ジャパン パートナー

あずさ監査法人

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Ⅱ パーパス(存在意義)をめぐる実態

2019 年8月に米国の経営者団体であるビジネスラウンドテーブルがパーパスに関する声明を発出する際に、彼らは前述のメイヤー教授の著作等を参考に活発な議論を行い、181社もの大手企業CEOが署名するに至りました。その内容は1997年に出された「Statement of Corporate Governance」と比較してみると、大きく違っていることがわかります。なぜなら、1997年の声明は、極めて株主中心のアプローチとなっていたからです。

2019 年のパーパスに関する声明では、企業は株主だけでなく、従業員、顧客、地域社会、サプライヤーに対しても責任があると述べています。もちろん、それなりに意義のある動きとはいえますが、ある側面からみると不十分なものであったと考えています。それは、私自身も共同議長として関与した2020年9月に行われた「COVID-19and Inequality」と呼ぶプロジェクトの調査結果から導き出され、「パーパスの実態を伺う試金石」になっているとみることができるでしょう。

この調査には561社からの回答を得ました。90%の企業が、株主とステークホルダー双方のための便益提供を志向しており、92%の企業がステークホルダー資本主義を支持していました。また、学者等のアカデミアよりも、企業や投資家のほうがステークホルダー資本主義志向が広がると予想している点は興味深いです。つまり、社会の方向性としては「ステークホルダー資本主義」であることが明らかなのです。そこで、取り組むべき課題は、実態を理解したうえで、企業の存在意義たるパーパスと、ステークホルダー資本主義の関係性について考察し、成果につなげる方法を提起することであると考えています。その前提として、いくつかの事実を紹介していきます。

MSCI社が行った 「Keeping score on stakeholder capitalism: looking for accountability in all the new places.」と題した報告や、LSEとコロンビア大学の研究者が共同でおこなった「Do the Socially Responsible Walk the Talk?」という研究では、アプローチは異なるものの、ビジネスラウンドテーブル署名企業の、社会的課題に対するパフォーマンスは、それ以外の企業と比較して上回ってはいない、との結果が公表されています。

また、前述した「COVID-19 and Inequality」の結果でも、ビジネスラウンドテーブル署名企業は、COVID-19環境下、わずかにアンダーパフォームとなっています。

もうひとつ興味深い調査があります。ハーバードロースクールの研究者によるもので、署名企業173社にコンタクトをしたところ、取締役会から承認を得たうえで、サインした企業が1社にすぎなかったというものです。この件について、ビジネスラウンドテーブルに問い合わせましたが、納得できる回答を得ることはできませんでした。しかし、その点の追求は本質的な私の役割ではありません。
 

Ⅲ 企業価値向上の土台となるパーパス

必要なのは、「企業の存在意義であるパーパスを明確に表明するためには何をすべきか」、そして「そのパーパスを実現するためにどう行動すべきか?そして、その行動がなされていることを確認し、表わすために何をなすべきか」を考えることです。

まず第一に「Statement of Purpose」を著し、2ページ程度で表明することです。これは、私の著作である『統合報告の実際』(日本経済新聞出版/ 2015)の中で最初に提案し、その後、発展させたものです。存在意義であるパーパスを既に表明している企業の場合であれば、事業に対する影響の大きいステークホルダーそれぞれについて、その内容を明確にしていくのですが、その際には、判断の土台となる時間軸について意識する必要があります。さらには、ステークホルダー相互のトレードオフが生じた際の対処方針なども求められます。
パーパスは企業固有のユニークなものとなるはずです。残念ながら、現有する多くのミッションステートメントといわれるものは、企業名を置き換えてもあまり違和感がないものがみられます。それでは、「Statement of Purpose」とは言えません。次にステートメントの中には、ネガティブな側面を記載するということです。SDGsでも指摘されている負の外部性への考察なしに、企業は社会的な課題に取り組むことはできませんし、どのような企業であれ、排除は不可能だからです。

残念なことに、ビジネスラウンドテーブルの声明に署名した企業の中で、自社のステートメントを公表した企業はどこもありません。私は数社のCEOと話をしましたが、いろいろと言い訳はあるものの、彼らの真剣さに対し、疑義が残らざるを得ない現状のようです。

事例はまだ少ない中で、素晴らしい取り組みについて紹介したいと思います。米国企業フィリップモリスインターナショナルは、世界中にビジネスを展開し、多くの著名なブランドを有しています。2020年のプロキシーステートメントを初出として、彼らは様々な場面で、ステートメントの内容を掲出しています。プロキシーステートメントは法的な義務を伴う書類であり、彼らがどれだけ真剣に、かつ責任をもって自らの存在意義を実現しようとしているのかを示していると思います。

もう1つの事例は、スウェーデンのプライべートエクイティであるEQTという会社です。数十億ドルの運用資産の内、インパクトファンドが100億ドルあります。ESGにかかわる運用と管理について、ポートフォリオ全体への影響をどう考えるのか、という視点を私は極めて重視しています。彼らは公表したステートメントを企業憲章に組み込むと同時に、年次報告書においても掲載しているのです。

私自らの使命は、世界の多くの企業に「Statement of Purpose」を発表していただけるようにすることです。今後、さらなる事例を共有していきたいと願っています。

しかし、ステートメントを表明しただけでは、不十分です。どのようにパーパス、すなわち存在意義を実現し、企業価値につなげていくのかを説明し、結果としての社会的価値、そして、株主を含むステークホルダーの便益に資する活動につなげていってこそ、その意義があるのです。

先ほども言及したメイヤー教授、Center for Corporate Reputationの創設者であるルパート・ヤンガーとともに私が共同議長を務めている「 The Enacting Purpose Initiatives」は、欧州における企業の集まりであるThe European Steering Groupの支援を受け、投資家も含んだ産官学の関係者で構成されるイニシアティブです。2020年夏に公表したレポートでは、企業における実践を支援するSCOREフレームワークを提唱しました。

図表1

このフレームワークに基づくステートメントの作成を、投資家の協力も得て、今後、米国で推進するための活動を始める予定となっています。ぜひ、2021年後半には日本を初めとするアジアでも展開していきたいと考えています。

では、「The Statement of Purpose」から企業価値の向上につなげていくための具体的な方法とはなんでしょうか?各国ごとに異なる事情もあるのですが、米国での展開を例として紹介しましょう。

まずは、ステートメントを作成することです。そして、そのステートメントに、取締役会全員がコミットメントをはっきりと表明することです。CEOや議長だけでは意味がありません。企業の存在意義は、経営の意思決定を判断する根拠となります。

次に、パーパスに基づいて活動している企業の姿を、外部の適切な理解につながる高質な報告書にして説明することです。そのためフレームワークとして統合報告は有用なものです。財務パフォーマンス、ESGを含む非財務事項のパフォーマンスをそれぞれに示すだけではなく、相互の関連性を伝えてこそ、企業の存在意義実現にむけた道筋を知らせることが可能となります。

報告の中には、存在意義実現の目標を表すなんらかのターゲットをおくことも大切です。社会的なインパクトであることも多いはずですから、幅広く検討して設定し、年次報告書では進捗等を、たとえネガティブなものであっても、公表する姿勢が求められると思います。

三番目は、法律的な枠組みを利用することです。米国デラウェア州法に則したPublic Benefit Corporation(PBC)という形式があります。

PBCはパーパスを表明し、社会、環境、およびすべての企業のステークホルダーに十分に配慮して行動する必要がある形態です。たとえば、売却等をする場合でも価格だけではなく、労働者、消費者、地域社会の利益を保護する責務を取締役は有しています。とはいえ、けっしてNPOではなく、営利企業として存在し、有名な企業としてはパタゴニアが挙げられます。

Ⅳ ステートメント作成のススメ

最後に、日本企業への私なりの示唆を述べたいと思います。

日本では500を超える企業が統合報告書を作成しています。米国は30社ほどにすぎませんから、多くの企業がここからパーパスをベースとする取り組みを始められることは素晴らしいと思います。しかし、同時に、パーパスを実装し、統合報告書の質を改善していく必要性が高いことも認識しています。

パーパスステートメントの発想は、前述したように統合報告に関わる実際を考察する中で生まれたものです。なぜなら、ステークホルダーが関心を有している課題に対して、経営者の視点から影響が大きいと判断した事項の内容とそれを表すメトリクスを決定し、説明することが統合報告の基礎であるからです。

日本企業の多くは、素晴らしいカルチャーを有しておられます。しかし、サプライチェーンが深く長くなり、グローバル化とともに多様性が高まり、ますます広範な社会的課題が、様々な姿で企業価値に直接間接に複雑な影響を与えるようになってきています。今一度、パーパスを、そして取締役会が表明する2ページ程度のステートメントとして著すことを少しでも早く実践すべきであるとお薦めしたいと考えます。
 

Ⅴ おわりに(パーパスを考える意義)

本稿は、ESGにかかわる領域、特に、企業経営とその報告にかかわる著名な有識者のひとりであるエクレス教授のプレゼンテーションを書き起こしたものです。

いま、企業報告は大きな変換点にあります。「報告」という言葉を聞くと、外部に向けて公表する媒体や要求等を中心に考えがちですが、中身には報告する主体である企業の姿が如実に表出するものです。ですから、正確な報告のためには、これにふさわしい内部の仕組みが、不可欠となっていきます。これからの「報告」に求められている内容は、活動結果だけではなく、企業が創出した、あるいは、創出しようとしている「価値」とそのプロセスに焦点があたっていることも、現在、進んでいる変化の大きな特徴です。

本プレゼンテーションで強調されている「パーパスステートメント」は、社会における存在意義を、外部者との関係性の中で明らかにするものです。単に「こうありたい」という標語ではありません。現在のエコシステムにおいて極めて影響力の強い主体である企業が、事業の中で実現しようとする自らの存在意義を、わかりやすく内外の関係者と共有することは、戦略的な施策を通じた長期的な価値向上実現のための土台になっていくでしょう。

エクレス氏が、パーパスステートメントへのCEOや取締役会の関与を強く推奨しているのは、長期的、かつ包括的な視座が求められる立場であるからであり、企業価値向上に対する責務を果たすことにもつながるからです。ニューノーマルの先にある社会で支持される価値を実現するためにも、有意義な提言であると思います。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンスCoE
パートナー 芝坂 佳子