はじめに

2020年初頭に発生した新型コロナウイルス感染症の影響により、上半期のアセアンM&A市場は、2019年から交渉が継続していた大型案件を除いて低迷しました。一方で、「Withコロナ/ニュー・ノーマル」のフェーズに入ったとも言える下半期は、アセアン各国による外資誘致の取り組みの再開や、長年交渉が続いていた東アジア地域包括的経済協定(RCEP)に呼応するようにM&A市場も勢いを取り戻しました。こうした状況を受けて、米国をはじめ、欧州諸国や中国の企業によるアセアン市場への活発な進出が期待されます。

今回もKPMGディールアドバイザリーの現地メンバーが、現在アセアンM&A市場で生じている事象や各業界の動向、さらには各国主要案件情報などを皆様にお届け致します。

1.ASEAN M&Aマーケットの概況

2020年上半期は、新型コロナウイルス感染症(以下、「コロナ」という。)の発生に伴う各国の政治、経済、社会、規制、環境等に係る不確実性の高まりから、当初予定されていたM&Aの不成立や延期といった事態が多数生じており、こうした傾向は企業心理として案件規模が大きくなればなるほど顕著であったように見受けられます。

これに対し、アセアン加盟諸国は、コロナ禍で一時中断していた米中貿易摩擦に端を発する外資誘致の取り組みを下半期に再開し、また、2019年に成し得なかった東アジア諸国及び豪州を含むアジア地域最大の自由貿易協定である東アジア地域包括経済協定(RCEP)が合意に至るなど、経済連携は引き続き活発でした。

そのような各国政府主導の経済活性化の勢いに牽引されるように、アセアンのM&A市場も勢いを取り戻しました。2020年7月から12月までのアセアンにおけるM&Aは、公表ベースで159件、取引総額約225億米ドル(約2兆3,389億円)となりました。四半期別に見ると、M&Aが減少した第2四半期の28億米ドル(54案件)に対し、第3四半期及び第4四半期は、それぞれ84億米ドル(70件)及び141億米ドル(89件)となりました。

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M&A deal activity in ASEAN countries for 2H2020

2H 2020 M&A Transaction Volume

Source : Mergermarket and KPMG analysis

2H 2020 M&A Transaction Volume

国別では、上半期を牽引したインドネシアやマレーシアのM&A件数が減少した一方でシンガポールが55件と全体件数の約35%を占めたという結果は、コロナの封じ込めに成功している国と苦戦している国の状況を反映しているようにも見えます。下半期で特筆すべき点は、買い手国、特に欧米諸国の動向です。159件のうち、買い手が欧米企業であるM&Aは41件と、上半期の21件から大幅に増加しました。主な欧米の買い手国としては、首位が米国で11件、次いでカナダ、ドイツ、英国がそれぞれ5件となりました。また、24件はシンガポール企業を対象とするものであり、そのうち主なセクターはTMT、消費財、不動産・インフラ・建設の3セクターがそれぞれ5件となりました。シンガポールはアセアンの中でも特に厳格な管理でコロナを封じ込めたことや、英語のビジネス環境が整備されていること等が奏功し、リモート環境下においても欧米企業のM&A意欲を高めた要因ではないかと考えられます。

セクター別では、引き続きシンガポールを中心とする不動産・インフラ・建設を筆頭に、電力・エネルギー、消費財、TMT、工業・製造業がそれぞれ20件を超え、金融セクターを除いて全体的に高水準の結果となりました。不動産・インフラ・建設はシンガポール、ヘルスケアや物流関連不動産のM&Aが活発化したベトナムは計20件となりました。また、コロナを契機に再生可能エネルギーが再注目され、ベトナム・タイを中心に風力・太陽光・バイオマス発電のM&Aが活発化しました。特にベトナムは、近年政府が打ち出した風力発電の売電価格引き上げの影響もあり、電力・エネルギー分野のM&A11件中5件が風力発電に関連する案件となりました。

さらに、TMTセクターにおけるM&Aの買い手国のうち、米国に新しい傾向が見られました。米国のNASDAQ市場では、2020年にSPAC(特別買収目的会社)によるIPOの件数が増加しました。IPOによる調達資金を買収資金に充て、買収後に被買収会社と合併するスキームであり、通常のプロセスを踏むことなく簡易的かつ短期間で上場できるというメリットがあるため、ハイテク産業を中心とする米NASDAQ市場ではグローバルに点在するスタートアップ企業の買収手法としてSPACによる買収が注目されています。このSPACによる買収の波はアセアンにも及んでおり、米国企業Netfin Acquisition Corp.がシンガポールのフィンテック企業Triterras Fintech Pte. Ltd.を585百万米ドルで完全買収しましたが、これはまさに上記のスキームを用いた買収でした。コロナを契機として、リモート化や自動化・ロボット化等といったデジタル化が進展する中、アセアンのスタートアップ企業を求めて進出するグローバル企業の動きが加速していると言えます。

2H 2020 M&A Transaction Volume

Source : Mergermarket and KPMG analysis

金額ベースでは、引き続きシンガポールが100億米ドルに迫る取引金額で堅調です。80億米ドルを超える上半期のような大型案件はなかったものの、表中のほとんどのセクターで20億米ドルを超える結果となりました。

セクター別では、不動産・インフラ・建設、エネルギー・電力に加え、米国を中心としてアセアン企業への投資が活発化したTMTが好調でした。

また、1件当たりのM&A規模は、コロナ禍でM&Aが停滞した上半期の58百万米ドル(80億米ドルを超える大型案件2件を除いて算定)から141百万米ドルへと増加し、取引規模も回復してきたものと考えられます。

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Note : 一部、M&A件数には含まれるが、取引額が公表されていないため、金額が反映されていない案件が含まれている。
Source : Mergermarket and KPMG analysis

買い手主要国の動向

2020年下半期における買い手主要国別の対アセアンM&A件数は、米国11件、中国10件、日本6件、カナダ5件、ドイツ5件、英国5件でした。特定セクターへの集中度という点では、米国のTMT6件及び消費財4件を除き、特定セクターへの偏りは特段見受けられませんでした。

2019年まで、アセアンへの投資が活発であった日本に関しては、渡航制限の影響を受けてM&Aが一時的に国内取引に回帰したと思われ、2020年10月にKPMGジャパンが実施したCFOサーベイでも、「新規M&Aに向けた調査の動きがある場合の主な対象国」として、全体の87%を「日本」という回答が占める結果となりました。但し、そのような中でもアセアンに対するM&Aの検討は継続しており、テクノロジーを駆使した既存アセットの有効活用や、それらをつなぎ合わせてバリューチェーンを拡大するための一手段としてM&Aを検討しているものと考えられます。

2021年の展望

アセアン加盟諸国は、コロナ禍にあっても、インドネシアのオムニバス法、ベトナムの官民連携方式による投資法、フィリピンの第2次バヤニハン法等といった政府主導による経済・投資活性化や外資誘致策を積極的に講じています。2020年下半期において、コロナ禍にもかかわらずアセアンのM&A市場は急速に回復したと言え、今後もアセアン域内のみならず、米国、中国、欧州、日本、韓国等をはじめとするアセアン域外からのあらゆる手法を用いたM&Aは、不動産・インフラ(ライフサイエンス含む)・建設、TMT、消費財、先端製造業を中心にさらに加速していくことが予想されます。

ASEANにおける主なM&A案件

2020年上半期は、コロナ発生以前から交渉していた80億米ドルを超える大型案件を除き、10億米ドルを超える案件はなかった一方、下半期は、10億米ドルを超える案件が5件ありました。

Singapore Life Pte. Ltd.率いるコンソーシアムによるシンガポール生命保険サービスプロバイダーAviva Ltd.の買収及び合併、 DITO CME Holdings CorporationによるテレコムプレーヤーUdenna Communications Media and Entertainment Holdings Corporationへの出資、UAE/カナダのAbu Dhabi Investment Authority/ Ontario Teachers‘ Pension Planによる再生可能エネルギー・廃棄物インフラ資産建設会社Equis Development Pte Ltdへの出資、米国のKimbery-Clarks CorporationによるトイレタリーメーカーSoftex Indonesia PTの買収、ドイツのGebrueder Knauf Verwaltungsgesellschaft KGによるUSG Boral Building Products Pte.のJVパートナーからの持分取得等が公表された主な大型案件でした。

下半期は、プライベートエクイティ(PE)ファンドの動きも活発化しました。Aviva Ltd.の買収コンソーシアムに参画したTPG Capital Advisors LLC、下表にも含まれるCVC Capital Partners Limitedによるミャンマータワー会社のIrrawaddy Green Towers Ltd買収の他、Kohlberg Kravis Roberts & Co. L.P.、Warburg Pincus LLC、CVC Capital Partners Limitedといった欧米のPEファンドによる買収も実行されました。

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Source : Mergermarket and KPMG analysis

2. ASEAN各国のKPMGディールアドバイザリーリーダーによる見立て

アセアン主要各国のKPMGディールアドバイザリーのリーダーによる各国M&Aマーケットのアップデートです。

シンガポール
Andrew Thompson
2020年下半期のシンガポールにおけるM&A活動はコロナ前の水準まで回復し、案件数は55件(2020年上半期:30件、2019年下半期:54件)、取引額は97億米ドル(同:111億米ドル、同:104億米ドル)となりました。下半期における最大案件は、Singapore LifeによるAviva Singaporeの買収及び合併(20億米ドル)です。また、投資家コンソーシアムによるSoilbuild Business Space REITの買収(7億4,100万米ドル)や、ESR-REITによるSabana Shari’ah Compliant Industrial REITの買収(5億4,200万米ドル)など、不動産業界の案件が引き続きM&Aマーケットに活況をもたらしました。それ以外に注目すべきトレンドとして、移動制限や困窮する企業の救済案件の増加を背景に、国内案件が急増したことが挙げられます。今後は、そのM&Aの勢いの上昇が、中小企業のみならず、大企業にも波及するものと予測します。SIAやSembcorp Marineなどの大企業が巨額の資金調達を完了したことを受け、資本調達額は過去10年間で最大となりました。また、中小企業への投資意欲も高まり始めています。その背景には、需要の低迷により資産価値が押し下げられていた中小企業を中心に価値の上昇が続いていることがあります。こうしたトレンドは、2021年も継続すると見ています。

マレーシア
Chan Siew Mei
マレーシアでは、第4四半期にコロナの第三波が発生したことを受け、2020年下半期もM&Aの動きは低調でした。その結果、案件数は上半期を下回る15件となりました。一方、取引額は総額33億米ドルとなり、上半期を上回りました。注目すべき案件としては、3件の民営化案件が挙げられます。1件目は、Felda Land Development Authority(FELDA)が、世界最大級のパーム油生産者であるFGV Holdings Berhad(取引額:27億米ドル)の買収を提案したことです。2件目は、Datuk Tony Tiahが、金融・不動産事業を手掛けるTA Enterprise Berhad(取引額:2億5,410万米ドル)に対して強制的公開買付けを実施したことです。3件目は、Batu Kawan Berhadが、Chemical Company of Malaysia Berhad(化学・製薬企業)の買収(1億5,220万米ドル)を提案したことです。2020年のM&A市場は低調でしたが、2021年は、ASEAN諸国を含め世界中でワクチン接種が進み、M&A市場も活況を取り戻すことが期待されます。PEファンドをはじめとした投資家は、良好なファンダメンタルズを背景として楽観的な見方を示しています。テレコム業界やヘルスケア業界は、長期的な投資先としての条件が整っており、M&Aの動きが活発化するものと期待されます。

タイ
Ian Thornhill
タイでは、数ヵ月にわたってコロナの感染者数がごく僅かに留まり、M&A活動は、コロナ前に近い状況まで回復しました。ただし、入国制限が継続されたことから、案件の大半は現地投資家によるものでした。公表された中で最大の案件は、BDMS GroupによるBumrungrad Hospital PCL(BH)株式の22.7%の個人投資家への売却(6億1、500万米ドル)です。これに先立ち、BDMS Groupは、BH株式の追加取得を行わないことを発表していました。それ以外で注目すべき案件は、PPT Public Company LimitedによるGlobal Power Synergy Public Company(タイの天然ガス・発電事業会社)株式の追加取得(5億6,100万米ドル)、Central Retail Corporation Public Company Limitedによる完全子会社PBHD Co., Ltd.を通じたCOL Public Company Limited(タイ証券取引所上場の事務用品小売業者)の買収(4億1,400万米ドル)です。また、テクノロジー・メディア・通信(TMT)業界で特筆すべき案件として、タイのデリバリーアプリLINE MANと飲食店口コミサイトWongnaiが合併し、1億1,000万米ドルを資金調達したことが挙げられます。2021年は消費や移動が増えて経済が回復する、という楽観的な見方は、コロナの再拡大によって弱まっているものの、M&A活動は2021年も継続し、今後、自由に国境を往来できるようになれば、その動きはさらに活発化していくものと考えられます。

フィリピン
Michael Arcatomy H. Guarin
2020年下半期、フィリピンのM&Aマーケットは、テレコム、エネルギー、食品・飲料業界を中心に取引額が増加しました。注目すべき案件として、DITO CME Holdingsが国内3位のテレコム事業者Udenna CME Holdingsを株式交換(14億米ドル)によって買収する手続きを開始したことが挙げられます。また、Meralco Powergen Corp.がグループ内の電力資産を集約すべく、Global Business Power Corporationの完全買収を進めており、総額は7億1,700万米ドルになるものと見込まれます。コロナ不況に対する政策動向は、M&Aマーケットにも影響を及ぼすでしょう。2020年に可決された第二次バヤニハン法により、同法の施行から2年以内に実施される500億フィリピンペソ(10億米ドル)未満の案件は、フィリピン競争委員会(PCC)への届出が免除されることとなり、加えて、1年間はPCCによる任意審査も実施されないこととなりました。Oxford Business Groupは、第二次バヤニハン法と、企業復興税優遇法案(CREATE)の中で提案されている法人税率の引き下げによって、M&A活動が活発化すると予想しています。Euromonitor Internationalは、米中の経済衝突が回避されることを前提に、コロナ後のM&Aマーケットをリードする20の地域の1つにフィリピンを挙げています。

インドネシア
David East
2020年下半期におけるインドネシアのM&A活動は、上半期に比べて案件数が減少したものの、取引額は増加しました。注目すべき案件として、Kimberley-Clark CorporationがCVC Capital Partners LtdからサニタリーメーカーのPT Softex Indonesiaを買収(12億米ドル)したことに加え、China Datang CorporationがPT Dian Swastatika Sentosa Tbkからの3つの電力プラントを買収(3億9,400万米ドル)したこと、Travelokaがカタール投資庁、East Ventures及びBRI Venturesから2億5,000万米ドルを資金調達したことが挙げられます。コロナが引き続きインドネシア経済に影を落とす中、2020年第2四半期は前年同期比△5.32%、第3四半期は同△3.49%とマイナスの経済成長率となりました。これを受けて、政府は2020年11月に新オムニバス法を制定し、法務上のリスクや不確実性を軽減してビジネスの円滑化を図ることで海外から投資を呼び込み、経済回復を加速化させることを目指しています。2021年のインドネシアにおけるM&A動向は、経済がいかに早くコロナ前の水準まで回復するかに大きく依存します。これは、政府が引き続き厳しい状況にあるコロナを制御し、ワクチン輸送のロジスティクスを整え、さらには、オムニバス法を円滑に施行(今後、規則の制定が必要)できるどうかかにかかっています。なお、クロスボーダー案件の初期段階においては、現地における活動が必要となる場合が多く、そうした活動はコロナによって大きな制限を受けている点に留意が必要です。

ベトナム
Dinh The Anh
ベトナムでは、コロナの封じ込めが奏功し、経済回復に加えてプラスのGDP成長率が維持されたことを背景に、2020年下半期にはM&Aの取引額が増加しました。注目すべき案件は、Masan GroupによるVingroupからのベトナム最大の食料品・雑貨小売業者CrownX Corporation株式12.6%の取得(8億6,200万米ドル)、GIC率いるコンソーシアムによるVingroupの子会社Vinmec International General Hospital JSCへのマイノリティー出資(2億400万米ドル)です。世界で逆風が吹く中、ベトナムは、経済成長、政治的安定、昨今締結された自由貿易協定(CPTPP、EU・ベトナムFTA)によるメリット、さらには、官民連携(PPP)に関する新法(2021年施行)によって増加するクロスボーダー案件の受け入れ体制が整備されていることを追い風に、2021年も投資家にとって引き続き魅力的な市場であることが予想されます。M&Aの対象として海外からの関心が高いのは、以下の3業界でしょう。1つ目はインターネット関連業界、理由は消費環境が転換期を迎えているため、2つ目は食料品・雑貨小売業界、理由はホームケア・ヘルスケア用品及び医薬品の売上好調が見込まれるため、そして3つ目は商業用不動産・ロジスティクス業界、理由は各国企業が製造拠点を中国からベトナムへ移転しているためです。

3. 新たな行動様式に沿った海外子会社モニタリング

コロナ禍で、従来通りの海外子会社の管理方法は難しくなっています。監督機能の不全もしくは脆弱化は、不正リスクの増大につながりかねません。そのような環境の中で、企業には、新しい行動様式に沿った海外子会社のモニタリング方法の構築が求められています。具体的には、子会社にあるデータの整理と把握、監査対象、リスクベースで焦点を絞ったリモート監査手法の実践、そして、データ分析の手法を活用した海外子会社のモニタリングの確立と考えられます。

コロナ禍で海外子会社の不正リスクは増大している

現在、世界中が非常事態の中にあります。海外子会社に目を向けると、ロックダウンによって現地の従業員は在宅勤務等、長期間にわたってリモートでの作業を余儀なくされています。現地の駐在員は、リモート作業であるが故に作業の進捗状況を把握することができず、監督機能を充分に果たすことができません。また、従来のように、現地往査による内部監査ができず、モニタリング機能を発揮することもできません。このように、従来敷かれていた牽制機能が何からの形で損なわれていると、不正リスクは飛躍的に増大すると考えられます。残念ながら、この状況は短期間で収まる見込みはなく、以前の統制環境に戻るまで待つという選択肢はないと言えます。

新しい行動様式に沿った海外子会社モニタリング体制の確立

そこで、企業には、新しい行動様式に沿った海外子会社の管理体制を構築することが求められます。具体的には、以下のステップを踏んでリモート環境下で海外子会社の活動をモニタリングすることができる形を整えることです。

ステップ1:各子会社のデータの整理と把握

リモート環境下で海外子会社をモニタリングするには、まずモニタリングを行うためにどのデータが必要で、これらデータがどのように管理されているかを把握する必要があります。日本で分析可能な状態にするためには、従来より詳細なデータ(例えばサマリーベースでなく、明細レベル)が必要になる可能性がありますが、領収書等の原始証憑は長期のリモート作業で散逸しているケースも想定されます。総勘定元帳等、分析に必要なデータについては定期的に海外子会社から入手できるよう手配したうえで、その他帳票類については本社から問い合わせがあった際に備えて整理しておくことを各子会社に徹底することが重要です。

ステップ2:リスクベースのリモート監査手法の実践

リモート監査は、一般的に従来の往査による内部監査と比べて時間がかかります。そこで、従来の内部監査のスコープよりも監査対象(監査対象先、対象となるプロセス、勘定等)を絞り込み、カントリーリスク、経営リスク、想定される不正リスク等を加味して、特にリスクが高いと想定される分野から優先的に手続きを実施することが望まれます。また、リモート監査においては、ZoomやTeams等、ウェブ会議システムを活用することが推奨されます。会議中、資料を挟んでディスカッションしたり、お互いの表情を見たりすることで、従来の電話会議よりも意思疎通を図りやすいというメリットがあります。現地にスタッフを派遣する代替手段として、必要に応じて現地に専門家がいる会計事務所等を起用するのも有効です。

ステップ3:データ分析手法を活用した海外子会社のモニタリング

データ分析手法を使った継続的監査は従来より存在した手法ですが、コロナ禍のリモート状況下では、特に有効性の高いモニタリング方法と考えられています。最近では、分析ツールの発達により、以前より比較的簡単に大容量のデータを可視化、分析することが可能となりました。トレンド分析や会社間の比較分析等、異常値の検出を集中的に行うことにより、不正の端緒に素早く対処することが可能となります。モニタリング集中化にかかる仕組みの確立や分析シナリオの作成については、知見のある専門家に支援を受けることも効率的な制度確立の一歩となるでしょう。
最大の不正抑止効果は、「不正行為は見つかってしまう」という認識を植え込むことにあります。リモートによる海外子会社のモニタリングによって不正の抑止効果が期待されるだけでなく、それが新しい行動様式に沿った効率的な海外子会社管理手法の一つになるとも考えられます。

データ分析イメージ図