IIRCが統合報告フレームワークを改訂

IIRCが、国際統合報告フレームワークを改訂。その内容は、補足説明の追加や定義の見直しが中心となっています。

IIRCが、国際統合報告フレームワークを改訂。その内容は、補足説明の追加や定義の見直しが中心となっています。

フレームワーク改訂の背景

IIRC は、より有用な情報の提示を支援するための報告フレームワークを提供する目的で、2013年にフレームワークを公表しました。これは、過去の財務情報やCSR活動などの結果を中心とする従来の報告とは異なり、企業がビジネス環境の変化を見通し、それに伴うビジネスリスクや機会をふまえた上で、持続的な成長を実現するための中長期戦略に関して一貫性を伴った簡潔な報告を行う中で、投資家等のステークホルダーに、過去・現在・将来の姿についての適切な理解を促すことができるとの考えに基づくものでした。そして、企業の持続的な価値創造に焦点をあてた報告の在り方を提唱するものとなりました。

フレームワーク公表後、IIRCは世界の企業、投資家、規制当局、証券取引所、アカデミアを通じて、統合報告の有用性を示すための活動を継続し、現在、70以上の国で、2,500社ほどの企業が統合報告書を発行するに至りました。フレームワークの適用がなされる中で、統合報告の趣旨の理解が高まり、報告書の質は向上し、同時に、環境・社会・経済的利益を包括的に考慮した、長期的で広範な視点での戦略提起が浸透してきているといえます。

一方で、フレームワークの適用における課題も徐々に整理が進み、フレームワークの有する趣旨の的確な解釈を促す目的から、IIRCはその改訂を決断しました。

2020年初頭、IIRCは、フレームワークの改訂の際に検討が必要と考えられる4領域(1.統合報告書への責任表明、2.ガバナンス責任者の定義、3.ビジネスモデル、4.インパクトに対する報告の取扱い)に関してコメントを募りました。その結果を基に2020年5月に公表した公開草案には、90日間で、55の地域から1,470もの意見が寄せられました。併せて、IIRCは日本を含む25の国と地域で、企業や機関投資家等のステークホルダーを招いたラウンドテーブルを開催し、フレームワークの改訂に関する意見を直接に収集しました。

表明された多くのコメントをふまえ、IIRC本部のテクニカルチームや外部有識者から構成されたIIRCフレームワークパネルは、350時間に及ぶ分析や協議を重ね、フレームワーク自体に大きな改訂の必要はないとの結論に至り、利用者による混乱が顕著な箇所に限り、補足説明や定義の見直しを行うこととしました。

コメントの内容を整理すると22項目に集約でき、内15項目は、FAQの提示により対応できる課題とされました。しかし、残りの7つについては、利用者ごとに見解の相違がみられる等の理由から、根本的な対応が適切と判断され、フレームワーク改訂の対象項目となりました。

フレームワークの改訂のポイント

先述の通り、フレームワークそのものの大きな改訂は不要と判断されたため、資本や価値創造プロセスの基礎概念、指導原則、報告書に記載すべき内容要素への変更はありません。

補足説明の追加や定義の見直しが改訂の中心であり、その対象は、企業のガバナンス責任者による表明と、企業による事業活動により生み出されるアウトプットとアウトカムの定義の2点に集約されます。

改訂は、3つの視点から検討されました。1.Clarity(フレームワークをより明確にするための改訂)、2.Simplicity(フレームワークをよりシンプルにするための改訂)、そして、3.Quality(報告書の質を高めるための改訂)の3つであり、該当する改訂内容は次の通りです。

1.Clarity(フレームワークをより明確にするための改訂)

a.アウトプットとアウトカム

アウトプットとアウトカムの定義に混乱が生じており、両者の識別も的確でないことが認識されました。その要因のひとつは、アウトプットとアウトカムが明確に区別できない場合がある業種の存在にありました。

そこで、IIRCは、アウトプットとアウトカムの違いをわかりやすくするために、自動車製造企業の例示(アウトプット:自動車、アウトカム:利益、ブランドや顧客満足度の向上、大気汚染)を追加しました。企業が獲得した利益は財務資本の増加であり、ブランドや顧客満足度向上は社会・関係資本の増加となるポジティブなアウトカムです。一方で、環境問題への懸念を伴う社会・関係資本の減少、大気汚染等による自然資本の減少を、ネガティブなアウトカムとして示しています。アウトカムの有するプラスとマイナス両面への気づきにつながる例示となっています。

また、公開草案で寄せられたコメントから、「企業の事業活動が、資本の変動や価値創造に即座に影響を与える場合がある」と結論づけたIIRCは、アウトカムの定義を補足するとともに、価値創造プロセスを示した「オクトパスモデル」図にも、若干の変更を加えました。

改訂前の価値創造プロセスの考え方は、投入した資本を元に組織が事業活動を行った結果、アウトプットが産出され、それが資本の増減や、価値の創造・維持・破損というアウトカムに繋がるというものでした。しかし、事業活動の中で、極めて短期間のうちに資本や価値の増減をもたらす可能性を想定し、直接アウトカムに結びつく場合と、アウトプットを経由してアウトカムに結びつく場合の双方を図示したオクトパスモデルに変更しています。

b.ガバナンス責任者の定義

国や地域、また、企業ごとにガバナンスの制度や体制が異なることから、フレームワークで定義されている「ガバナンス責任者」が、企業の実態に即して識別できない難しさへの指摘が多く寄せられていました。そこで、取締役に加え、執行役もガバナンス責任者とできる旨を「ガバナンス責任者」についてのグローサリーでの定義に追記しました。また、フレームワークの本文にも、企業や地域固有のガバナンス形式を考慮した記載が加えられました。

この改訂の目的は、「統合報告書の信頼性を高めること」であり、組織の戦略的方向性について監督責任を有する者のコミットメント獲得をより目指したものとなっています。

2.Simplicity(フレームワークをよりシンプルにするための改訂)

a.ガバナンス責任者による表明の負担軽減

改訂前は、ガバナンス責任者全員による統合報告書の責任表明が求められていましたが、今回の改訂でその要求は削除されました。また、統合報告書は発行を重ねるごとに改善され、実践も浸透していくものであること、つまり統合報告がJourneyであることを念頭に、フレームワークの全項目への準拠が難しい場合でも、ガバナンス責任者による報告書の内容に対する責任の表明がなされるような改訂が行われました。

b.フレームワークの機能とデザイン

全体的にデザインを見直し、フレームワーク内の参照リンクについても利便性を向上させています。

3.Quality(報告書の質を高めるための改訂)

a.ポジティブとネガティブの両面を含むバランスの取れた報告

報告書利用者への有用性を高める目的で、企業活動により生じた資本や価値への影響について、ポジティブ面だけでなく、ネガティブ面も報告することが強調されています。

b.報告内容の信頼性と洞察の提供

法令や文化的背景により、ガバナンス責任者による表明を、報告書に付すことが困難な場合も想定されます。このため、報告書の信頼性担保にむけて、企業の業務プロセス、統制、ガバナンス責任者等の役割などの説明によって、内容の正確性や信頼性を高めることを可能としました。この種の情報は、ガバナンス責任者による表明が付された場合でも、報告書のインテグリティ増強につながるとの見解も提示されています。

また、アウトカムの説明として、資本の増減を定量的に示すことに加え、定性的な情報による補強の有用性も強調されました。定量的な情報では説明できない事象や、定性的な説明がより有用な場合などへの適用が想定されています。

おわりに

今回の改訂は大きな変更を伴うものではありませんでした。しかし、利用者にとって混乱の多かった箇所を明確にした上で、フレームワークの趣旨をより伝わりやすくするための補強が行われており、報告書の利便性向上につながるものであるといえます。この後、さらに統合思考が進展し、より高質な報告書の提供が拡大することが期待されます。

<参考>
今回のフレームワーク改訂に伴い、以下3つの補足文書も公表が予定されています。

1.コンサルテーションコメントを取りまとめた「Feedback」
2.コンサルテーションコメントを分析した「Analysis」
3.コンサルテーションコメントにどう対応したかをまとめた「Treatment」

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)

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