アルゴリズミック・リーダー DXを主導するリーダーの心構え

デジタルトランスフォーメーションの時代において、経営者と企業が担うべき役割の変化、および個人がいかに備えるべきかを解説します。

デジタルトランスフォーメーションの時代において、経営者と企業が担うべき役割の変化、および個人がいかに備えるべきかを解説します。

DX(Digital Transformation、デジタルトランスフォーメーション、以下「DX」という)の推進はすべての企業にとって喫緊の課題です。多くの企業は何らかの取り組みをしていますが、デジタル技術の進化に伴って既存のマーケットや競合の定義が変化し、過去の成功体験や他社のベストプラクティスに学ぶアプローチでは大きな成長を望みにくくなっています。動きが早いDX時代において、経営者と企業が担うべき役割がどのように変化しているのか、また個人がいかに備えるべきかについて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • アルゴリズムを多用するDX社会においてはリーダー層の業務においても従前とは異なるアプローチが求められる。
  • これまでのように企業が業務を設計し、細かにモニタリングをするモデルでは大きな成長は望めず、データを軸とした課題の把握、スピードを持って業務を再設計するための権限委譲、そしてそれらを支える組織やルールの整備こそが重要である。
  • より顧客満足を引き出すための業務を設計するには、個人も新しい技術に目を光らせて、技術の本質を理解し、自社資産との掛け合わせにより新しい価値をどのように生み出せるのかを常に考えることが必要である。

はじめに

DXという概念は、言葉そのものは一般化してきているものの、定義が曖昧で文脈によっては意味が変わってくるため厄介です。DXに関する問い合わせが増えてきた頃、書籍「アルゴリズミック・リーダー 破壊的革新の時代のマネジメント(著:マイク・ウォルシュ)」を翻訳する機会を得ました。従来の書籍でよく見られる新しい要素技術の紹介や先進企業の事例紹介とは異なるアプローチで、経営者や管理職の目線からアルゴリズムが蔓延する社会での企業や経営者の在り方に踏み込んだ良書です。私たちがクライアントに日々お伝えしている断片的なメッセージを抽象化して一般的な心構えとしてまとめたような印象もあります。
この本ではアルゴリズム時代におけるリーダーの在り方を問うという意味で、このタイトルがつけられました。本稿でもDX時代におけるリーダーシップの在り方について、書籍のメッセージを中心にKPMGジャパンの視点を交えつつ解説します。

DXの本質を考える

ビジネス上の他の流行り言葉とは異なり、DXは抽象的な概念であり、人によって解釈が異なります。この言葉は、デジタル活用を行わなければマーケットから取り残されるという”必要性”を指している”概念”なのか、もしくは具体的なデジタル化の取り組みのことを指すのか、はっきりしません。ただ明確なのは、多くの人がDXにより何らかの影響を受けることを認識しており、それが良いものか悪いものかを理解できないまま、対応しなくてはならないのだと感じていることです。

初期にDXの概念を世に広めた書物に「Digital Disruption(James McQuivey著)」があります。新しい技術の誕生により、既存の産業構造が変わるため、何もしなければ破壊される(会社は存続できない)という強烈なメッセージを謳っていました。ネットの映像配信により淘汰されたレンタルビデオチェーンや、デジタルカメラへのシフトに失敗したフィルムメーカー等の事例は耳にされたことがあると思いますが、デジタルによる創造的破壊によって、旧態依然とした産業は淘汰され、またAI(人工知能)にとってかわられる仕事も多数あると信じていましたが、クライアントに対して多くのデジタル関連のPoC(Proof of Concept:新しい技術やアイデアに対して、期待した効果が得られるか確認するために行う小規模な実験プロジェクト)を提供するうちに、この理論に対して疑問を抱きました。「デジタルとは果たして人間からすべてを奪うものなのか」と自問すれば、そうではないような気がしているのです。

AI、RPA(Robotic Process Automation)などの実用化がここ数年で著しく進み、その効果に疑いはなく、高い成果を挙げるためには利活用は避けて通れないという思いがありながらも、使用して、はじめてわかった「デジタルは万能ではない」という現実と、それに伴って得られた不思議な安心感があります。AIを活用して最大の価値を得るためには、AIの使い方を考え、より良い予測値を引き出すための教師データの設計も人間が行わなければなりません。人間が導き出す仮説や方向性が誤っていれば、デジタル活用の効果は得られません。つまり、人間が提供する価値の大きさに気付いたのです(ただし、『人が紡ぎだす有機的な成長のストーリーが軸にあるので、デジタルは恐れるに足らず、人中心の世の中であることに変わりはない』と結論づけるのは間違っており、やはり、良い仮説を作るためにはデータ分析やAIを高度に活用することが必要です)。

DXが従来の外部環境の変異と異なるポイントの1つは、これまでの技術革新がメーカー主導の閉じた世界の中で行われたために普及のスピードが緩やかで企業も対応について検討する時間を取ることができた点に比べて、さまざまな開発者が多層に関与して品質を上げるオープンソースに基づき、PoCやアジャイル開発といった「まずはやってみよう」という進め方が相まって実用化までのスピードが格段に早くなっている点です。デジタルとの向き合い方を整理して把握し、対応方針をスピード感を持って決めること、また、環境変異をモニタリングして随時見直すことができる柔軟性があれば、DXは恐れるに足らずと言えるのではないでしょうか。

DX時代の経営者の役割

DX時代において、経営者はどのような役割を果たすべきでしょう。ターゲットであるマーケットの成長が続き、自社のシェアを拡大することで大幅な売上増が見込めるのであれば、企業は既に設定されたKPI(重要業績評価指標)をモニタリングしてPDCAのサイクルを回すことに集中していれば良いのですが、その前提であるマーケットがデジタル化の波によって縮小したり、新しいビジネスモデルを携えた参入者が著しい勢いでマーケットシェアを奪い取っていくようなケースにおいて、KPIの管理だけでは大きな成長は望めません。新しいマーケット、新しい競合相手と戦うために、顧客が一層の満足を得られるプロセスを設計するべく、不要なプロセスを削除し、必要なプロセスを見直し続けるというアプローチが必要となります。改善が必要なプロセスを見つけるためには、リーダーの勘や経験を頼りにするのではなく、データ分析に基づいた良い仮説を持つ必要があります。

たとえば、業務の生産性をどのように上げるのかというテーマがある場合、これまではリーダーや主要メンバーからのヒアリングにより問題を特定していましたが、社員ひとり一人の移動履歴をセンサーで取得してPCのログを解析することにより、より精緻な改善のための仮説ができます。経営者にとって必要なのは、こういったデータ分析を軸にした仮説構築のアプローチを社内で一般化させ、現場でプロセスを改善できるように自主性を醸成して権限を持たせて、実行しやすい組織やガバナンスを設計することです。これまでは業務の在り方にまで正解を見つけて現場に細かに指示するのが経営者の仕事であり、マイクロ管理をするリーダーが成功するケースも多く見られましたが、DX時代においては、問題点を明らかにして共有し、社員が主体的に業務を改善しやすい環境を作るべきです(図表1参照)。

【図表1】仕事を自分のこととして捉える

仕事を自分のこととして捉える

アルゴリズム時代における人の役割

アルゴリズム時代において個人が意識すべきことに目を移してみましょう。「DXとは、異質ではない1つのパラダイムシフトのドライバーに過ぎない」ということも語ってきましたが、それでは、身構える必要がないのかというとそうでもなく、これだけ多くの要素技術がすさまじいスピードで実用化されていくなか、要素技術がどのように業務とかかわるかを常に想像することにより、データ分析を軸としたプラットフォームや製品に関する洞察を得ることができるのです。自らの専門領域に留まらず、そういった業務とのかかわりを想像するためには、技術で何ができるかについて常に新しい情報を入手しておくことが求められます。
重要なのは、ユースケースとしての技術の使い方を学んでそれを模倣しようとすることではなく、技術の機能と仕組みをよく理解することです。ビジネスの勘が養われたリーダーは、「どのような局面で使われたか」に着目し、「自社や業務で同じ使い方を当てはめられるか」という思考に捕らわれがちです。ビジネスケースを理解するのではなく、技術を学ぶ場として割り切り、これを繰り返すことで、自身の業務に活かせる新しいアイデアが生まれてくるでしょう。

今日の機械は自己学習し、特定の作業は人間の能力に匹敵するか、それを上回る精度でより早く実行することが可能です。しかし、マシンインテリジェンスをどのように使って経験を創造するかということは人間しか考えることができません。その点を理解して業務の定義を行うことが求められます。昨今、新型コロナウイルス対策としてのリモート業務への移行に端を発して、ジョブ型モデルに移す企業が増加していますが、その際に必要となる職務記述書(Job Description)は、以前は単に作業項目を羅列したものでしたが、今はジョブ(仕事)の目的を分かりやすく記載し、当人に、そのために何を行うかをしっかり考え、自律的に自身の業務を設計するオーナーシップを求めるものとなりつつあります。どれだけ精緻に作業をこなせるかを競うのではなく、成果を最大化するためにどのようなプロセスを設計すべきかを意識することが各々の人間の業務になります。

このパラダイムシフトは現在の経営層世代にとっては違和感があるかもしれませんが、生まれたときからAIやデジタルを駆使した製品やサービスに囲まれている今の若者たちは“人がやるべき仕事”を自然に理解できていますので、目的を軸にした業務プロセスの設計を行うのであれば、若い年齢層を積極的にメンバーに加え、業務の進め方について意見を募るのが良いでしょう。

最後に

紹介したいくつかの心構えやアプローチは、書籍 「アルゴリズミック・リーダー」の中にある思考・原則の一部です。戦後の高度成長期に右肩あがりの経済を経験した企業とその経営者は、成功体験からより良い“ベストプラクティス”をこぞって研究し、それを再現することで成長を加速してきました。私たちも事例から学ぶことをクライアントに推奨し、共に研究し、ベストプラクティスの仕組みを導入することを生業にしてきた側面があります。一方で本書では、過去の経験から学ぶ帰納的な手法では、解決できない問題があることや、マーケットの成長を上回る劇的な成長を遂げることが難しい旨を示唆しています。データ分析を軸に質の良い問題仮説を導き出し、現場主導で解決できるアプローチを推奨しています。アルゴリズム社会での経営は、経営者の独創性やセンスから生み出される強烈なビジョンが必要であるという印象を持つ方も多いようですが、経営者としての役割の大部分は論理とデータ活用によって方向性を定義できるのです。アルゴリズム社会においてはデータによって自明な意思決定の範囲がより増えたということなのでしょう。

本書では、成功へのアプロ-チを示唆していますが、これは成功を確約するものではありません。経営者のセンスに依拠したマネジメントを行っても自社のサービスや製品に光るものがあれば著しく成長する企業はあり、アルゴリズムに対応した経営を目指すべきなのは収益の改善だけが目的ではないと考えます。既存の業務とそれに紐づく大きな資産を持つ企業にとっては、爆発的な成長を目指すことは難しく、規模の拡大だけをテーマにした経営は成り立ちません。利益の多くを内部留保に回す日本企業において、売上が伸長しても従業員の給与が急激に上がるわけでもなく、また欧米企業と比較し相対的に低いROI (投資対効果) では株主が喜ぶわけでもありません。ニューノーマル( 新常態)における企業の在り方 を議論するにあたり、所属する従業員の業務を通じた幸福度を担保することは企業の重要な役割になっているのではないでしょうか。

目的の共有、透明性の高い意思決定、権限委譲といった進め方が、従業員に与えるポジティブな影響とそれが企業の中長期の成長に寄与する点は、本書で書かれていない、もう1つのアルゴリズミック・リーダーが生み出す効果であると言えるでしょう。

執筆者

KPMGコンサルティング
パートナー 松本 剛

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