「集団」から「個」へ~岐路に立つ日本の人事部門~

世界のHRリーダーを対象とした調査結果を基にグローバルとの比較を行い、日本企業の人事部門の現状と未来への展望を考察しました。

世界のHRリーダーを対象とした調査結果を基にグローバルとの比較を行い、日本企業の人事部門の現状と未来への展望を考察しました。

KPMGでは、2020年4月に「Future of HR 2020 ─岐路に立つ日本の人事部門、変革に向けた一手」として、世界のHRリーダー1362社(うち日本65社)に対する調査を行い、人事部門の現状と未来への展望についてのレポートをまとめました。
ここでは、そのレポートの結果を踏まえ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大後の人事部門の在り方について考察します。
※本稿は、労政時報(第4000号 2020年9月25日刊)掲載の「岐路に立つ日本の人事部門、変革に向けた一手 従業員経験、HRビジネスパートナー、人材データ活用の3点からこれからあるべき姿に迫る」の内容を、労政時報の許諾を得て要約したものです。

グローバルとの比較

「Future of HR 2020」(以下、本調査)の結果をグローバルと日本企業とで比較すると、互いの共通点、また相違点が見えてきました。たとえば、人事部門を、企業価値を生み出すバリュードライバーではなく、管理部門であるアドミニストレーターであると考えている回答者が日本では60%でしたが、これはグローバルの平均と比べて14ポイント高いものとなっています。また、成長目標の達成に必要なタレントマネジメントに関する自信についての問いには、採用面での「惹きつけ」、優秀な人材の「離職防止」、そして人材の「育成」すべての面でグローバル平均より低い回答値となりました。グローバルでは事業戦略に沿ったカルチャーの実現に注力していますが、日本では組織内での価値創出の方法を模索しているという結果も出ています。
このような差異が生まれた理由として、グローバルでは従業員を「集団」から「個」へといった認識の方向性のシフトが進んでいる一方、日本ではいまだに終身雇用をベースとした慣行等から、従業員を「集団」として捉える傾向が強いという背景が考えられます。
では、どのようにすれば日本企業も「集団」から「個」へとシフトチェンジできるのでしょうか。そのポイントを解説します。
 

(1)エンプロイーエクスペリエンス
多様な価値観が混在する今日では、従業員が働く価値観も従来とは大きく変わってきています。そのため、従業員個々の働きがいを高める「エンプロイーエクスペリエンス(Employee Experience:従業員経験。以下、EX)」が注目されています。本調査の結果でも、EXは前回(2018年)の7位から2位へと上昇しており、関心の高さがうかがえます。
また、フリーランスや副業・兼業、フレックスタイムや時短勤務など、勤務形態も多様化しています。生活のために働く時代から、「働きたい」から働く時代へと社会が変化しているなか、もはや報酬水準や福利厚生だけでは、従業員と企業とは友好な関係を維持できなくなっています。
生産性や効率性第一ではなく、ワーク・ライフ・バランスや働きがいを意識し、従業員目線を取り入れた戦略や施策をデザインすることが重要です。

(2)HRビジネスパートナー(Human Resource Business Partner:HRBP)
企業のHRビジネスパートナー(以下、HRBP)への期待は高く、本調査でも「人事部門において、今後2~3年間で投資を行う必要がある役割」の第1位に挙げられています。人事部門にはHRBPの他に、全社の人事戦略機能を担うCoE(Center of Excellence:センター オブ エクセレンス)、運営機能であるOPE(Operation:オペレーション)といった重要な機能がありますが、HRBPはこの2つに比べ、事業部門の幹部から一般社員まで広く直接的に働きかける点に特徴があります。幹部層にとっては、要員計画を相談できる「パートナー」であり、一般層にとっては個人の問題を相談できる「人事アドバイザー」となる、まさに前述のEXの実現に必要な存在であると言えます。
しかし、企業からビジネス貢献の期待が寄せられる一方で、HRBPには課題もあります。本調査の結果でも、「HRBPは期待どおりの価値を発揮している」と回答した企業の割合は半数程度でした。これは、HRBPがビジネスニーズを踏まえた提案ができていないためと考えられ、人事領域だけでなく、ビジネス構造に関する高いリテラシー(ビジネスリテラシー)がHRBPに求められていることを意味します。
HRBPのあるべき機能を発揮させるには、HRBPのミッションの明確化と、リテラシー教育が重要です。

(3)人材データの活用
優秀な人材の獲得と離職防止を図るためには、従来のような「経験と勘」に基づく人事案ではなく、人材データの活用が有効です。本調査においても「今後2~3年間で多額の投資を行うと予想される人事テクノロジー」の第1位に「人材データ分析」が挙げられており、企業の認識の高さがうかがえます。
人材データとは、性別・生年月日・所属といった人事データや給与データだけでなく、適性検査結果や面接官のコメントといった採用データ、退職データ、メール送受信内容のコミュニケーションデータ、ストレス耐性やアセスメントといったタレントデータなども含む、「人材に関わるすべてのデータ」のことを指します。
このような人材データの分析にAIを活用することで、人の目に見えていなかった、従業員の特性や能力を見出すことができ、従業員と配属先とのマッチング精度を高めることが期待できます。的確な配属先は、従業員のやりがいに結び付き、結果企業との関係も友好的となり、EXが実現されます。
しかし、人材データの活用に関しても、大きな課題があるのが現状です。本調査結果にもそれは表れており、「(社内に)データを分析するケイパビリティが不十分である」と回答した割合は54%でした。この解決には、プロパーの人材育成はもちろんのこと、経営者自身がまず人材データを把握し、その特性を理解したうえでビジネスに組み込むスキルを持つこと、そして創造性を重視する組織文化を変革することが必要です。上からの「統制」ではなく、「協調」や「創造」を重視する企業こそが、データ活用推進の近道にいると言えるでしょう。

人事部門の未来

本調査の結果から、「集団から個人を重視した人材マネジメント」、「全社統制型組織から現場最適型組織」、「経験重視からデータ重視」といった、これからの人事部門が目指すべき姿が見えてきました。
このような変化を踏まえ、今後、人事部門および人事最高責任者(CHRO)が取り組むことは何か?以下にテーマ別に挙げます。
 

人的リソースに関する有効な提言
社内の人材が保有するスキルを分析し、将来的なビジネス方針に沿った示唆を提示すること。
(ハイパフォーマー分析、職務・人材プロファイル策定)

柔軟な要員配置の提言
テクノロジーの活用などから業務省力化の提言ができること。また、人材配置の予測力を向上させスピーディーな経営判断をサポートすること。
(AIを活用した最適配置、リストラクチャリング・雇用調整)

明確なビジョンに基づく組織カルチャーの形成・浸透
自社の社会的な価値・意義・役割を再定義し、事業戦略に適した企業カルチャーにマッチした人材を採用・育成すること。
(組織機能の見直し、組織構造改革)

従業員の働きがいの向上
エンゲージメント調査の実施と分析精度を向上させ、プラス・マイナス両方の要因を抽出し、働きがいを向上させる施策を策定すること。
(働きがいの可視化とEX設計、リーダーシップ開発)

テクノロジーによる新しい労働環境の実現
EXを形成する従業員とのタッチポイントの設定と、テクノロジーを活用した労働環境の整備を行うこと。
(ワーキングスタイル変革、Cloud HR)

将来の人事組織の再定義
将来的な人事オペレーションの刷新と人事部門内のタレント育成、および今後必要な要員の調達を行うこと。
(人事オペレーション改革、デジタル人材育成)

新型コロナウイルス感染症拡大に象徴されるように、世界は今や不確実な時代に入り、次の変化がいつ起こるか誰にも予想がつきません。そのような社会の中で、人事部門が価値創造部門として変革を遂げるためには、社会における自社の価値・意義・役割を再定義し、事業戦略に沿ったカルチャーを明確にし、AIなどの最新テクノロジーを駆使して、人的な観点からビジネスを支援することが重要です。
本稿が、皆さまの人事部門変革の参考となれれば幸いです。

執筆者

KPMGコンサルティング
パートナー 大池 一弥
プリンシパル 油布 顕史

労政時報(第4000号 2020年9月25日刊)掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、一般財団法人労務行政研究所の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

関連リンク

「Future of HR 2020 ─岐路に立つ日本の人事部門、変革に向けた一手(1.9MB)」

本稿でご紹介している調査レポートの全文(PDF)です。

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