「KPMG Ignition Tokyoが考えるデジタル経営とは?」では、社会全体が急速に変化している今日、不連続な変化の予兆や経験値になっていない暗黙知に変化が起こる可能性があることを読み取るにはデータが不可欠であり、ゆえにデジタル経営の実践が重要であることを解説しました。

しかし、この考え方はともすれば「ニューノーマルにおける守りの姿勢」と見られるかもしれません。そこから一歩先、常識を超えられると気付いた後に、自由な発想で未来を空想したり、「こんなことができたら凄い!」と妄想を働かせたり、それらの構想から今組み込むべき事柄を実装することで、社会はより活発に拡がっていくと考えられるのではないでしょうか。

このように、“アンビシャス”なデジタル経営のあり方について、空想駆動型・妄想駆動型・実装駆動型で実践するための意識の持ち方について、茶谷が解説します。

テクノロジーは世界を拡げる翼になる

茶谷

(株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役兼CEO、KPMGジャパンCDO茶谷公之)

――茶谷さんは社会人生活の始まりからずっと、デジタルをベースに仕事をしてきたとのこと。一方で、企業の中には「デジタル」や「テクノロジー」と聞くと、何となく苦手意識を感じる人も多いようです。

そんな中、デジタルトランスフォーメーション(DX)やAI、RPAといった言葉が踊るようになって、戸惑っている人もいるように思います。生粋のデジタルっ子である茶谷さんが「デジタルやテクノロジーはおもしろい!」と思ったきっかけはなんでしょうか?

茶谷:          中学生の頃にブルーバックの「マイコンピュータ」という名著でコンピュータのことを知りましたが、私がコンピュータに触れたのは高校2年生のころで、当時キヤノンが出していた計算機でした。物理の先生が「これはおもしろいよ」と、教えてくれたのがきっかけです。数式を入れると、二次元カーブや直線グラフが描けるという仕組みだったのですが、当時では画期的でした。その先生から、「これからこんなテクノロジーの時代が来る」と言われたことを今でも覚えています。

テクノロジー好きはもっと前、小・中学生のころからです。短波ラジオに触れることが好きで、ソニーの短波ラジオで海外放送を聴いていました。中学2年生のころには通信機のようなラジオを買って、海外放送を聴いたものです。

短波は地球の電離層が分厚くなったところ、つまり夜のエリアにしか飛びません。日本が夕方なら南米は早朝なので、より聴きやすく、南米らしい朝の爽やかな音楽や南米なまりのスペイン語やポルトガル語をテクノロジーが届けてくれました。

ちなみに、当時、放送機器はソニーが100%近いのシェアを誇っていたこともあり、「ソニーに入社したい!」と思うようにもなりました。いろいろと調べて、「社長が行った大学の卒業生ならソニーに入れてもらえるんじゃないか」という高校生らしい発想から大阪大学を志望し、電気学科を選びました。

大学で学んだことは入社後にあまり役には立たなかったのですが、今になって役に立っていると感じる場面が出てきました。例えば、量子力学は量子コンピュータについて、また、光ファイバーの研究は光通信技術の理解に繋がっています。

当時ですら身の回りにテクノロジーやデジタルが浸透しようとしていたのだから、今ふと興味を持ったものの背景を探ると、そこには必ずテクノロジーやデジタルがあるはずです。それがきっかけになって、「意外ともう使いこなしているじゃないか」と思えたら、多くの人がデジタルやテクノロジーをより身近におもしろく感じられるのだと思っています。
 

妄想駆動型・空想駆動型である意義

――茶谷さんはテクノロジーやデジタルを通して「見知らぬ世界」を拓いていったのだと思います。これは妄想駆動型や空想駆動型に通じるもののように感じました。

茶谷:          以前から「妄想駆動型は『こんなことができたら凄いよね!』と妄想を膨らませる発想のこと」と言ってきました。妄想にしても空想にしても、それが必要な理由は、普通にロジックを組み上げていくとほとんどの場合みんなが同じ答えに行き着くので競争力の源泉や差別化には繋がらない、そこに妄想や空想を加えることで違いを生み出すことが大切だからです。

よく持ち出す例ですが、サッカーのトッププレイヤーは追い込まれたとき、一般的には「こちらには来ない」という方をあえて選んで抜き去っていく、というプレーを見せてくれることがあります。その選手の頭の中では、「ディフェンスをしている選手はこっちに来るとは思っていないだろう」というふうに、それは妄想か空想か区別がつかないものですが、すでに絵が見えていているのだと思っています。

茶谷

その見えている“距離感”の違いは成功を左右する結果に繋がるのだと考えます。つまり、彼の頭のシミュレーションでは成功すると見えているけど、他の選手や観衆にとっては現実的とは言い難い妄想だったり空想だったりする。けれども、それが現実に起こるので感動や驚きが生まれるというわけです。このような違いが起きるのは、人それぞれに備わっている「未来を見る視力」の違いなのだと言えるでしょう。

現実と妄想と空想は見ようとする人の“視力”によって見え方が異なるものです。これからは、遠くも近くも、ダイナミックレンジに入れて見るチカラが重要です。

まずは直近の課題を見ること、そして今後のビジネスモデルの変化やそこから連鎖的に変化していくことを想像して机上検証していかなければ「経営している」とは言えなくなるでしょう。より正確を期するにはシミュレーションも行なっていく必要がありそうです。そう考えると、経営者向けの経営シミュレーターは需要があるかもしれませんね!

妄想駆動型・空想駆動型と「KKD(カンと経験と度胸)」は違う

茶谷

――今の話を聞いていると、空想駆動型や妄想駆動型は「KKD(カンと経験と度胸)」とは違うように感じます。この違いを理解することは重要だと思うのでもう少しお話しを聞かせてください。

茶谷:          そうですね。先ほどの「未来を見る視力」にも関連しますが、ソニーの創業者のひとりである盛田昭夫氏がソニー株式会社とザ・プルデンシャル・インシュアランス・カンパニー・オブ・アメリカとの合弁出資で「ソニー・プルーデンシャル生命保険株式会社(現・ソニー生命保険株式会社)」を立ち上げた時のことが挙げられるかと思います。

盛田氏の決定に対して、電気機器メーカーなのにどうして? という声が経営陣からもあがったそうですが、それに対して盛田氏が語ったのは、「この会社があればソニーが大変になった時、必ず良いことが起こる」ということだったと伝わっています。

実際に、エレキが右肩下がりの状態になったとき、ソニー生命とソニー・インタラクティブエンタテインメント(「プレイステーション®️」)が屋台骨を支えることになりました。

盛田氏には、「エレキビジネスがずっと続くわけではない。その時に助けになるのはファイナンシャルサービスだ」という未来が見えていたのだと思います。その見通しはカンではなく、「これがあったら良いよね」という確信めいたものだったのでしょう。

ソニーの盛田氏も本田技研工業の本田宗一郎氏も、戦後の何もなくなったところから「何とかしなくては!」と考えに考え続けた世代です。今より次のことをずっと考え続けたのだと思います。

アップル社の共同設立者であるスティーブ・ジョブズも、次に盛り上がりそうなテクノロジーのアイデアを書きためておいて、毎年「今年来るのはこれかもね」と印をつけていたそうです。そうして、妄想したり空想したアイデアの中から「ready」の状態になったテクノロジーを商品にしようとずっと考えていたのでしょう。

例えば、顔認識は3年前には実現不可能だったけれど今ならいけるよね、というふうに、思い付きではなく、常に意識してリストとテクノロジーの進化の具合をチェックしていたのだと思います。

業界によってはトレンドに合わせてベース技術を変えていくことを考える必要があるのでしょうが、「常識を超えられる」と信じて、妄想や空想をないがしろにしないことが大切です。

結局のところ、経営にはクリエイティビティやインスピレーションが不可欠でもあります。より簡単に言ってしまうと “カン”の部分は経営者に欠かせないし、それがあるから経営できている、と言えるでしょう。

今後、経営者はデータを読み解いて活用するようなサイエンスの部分はもちろん、アートの部分も求められるはずです。物理法則など様々な自然科学の法則は誰かがいつか見付けられるかもしれませんが、ピカソの絵やモーツアルトの音楽のようなものはそれ自体を生み出さないと始まりません。そういうことがポストコロナ時代の経営手法に組み込まれると見ています。
 

企業同士の繋がりが重要視される時代がくる

――空想駆動型や妄想駆動型は夢や未来のことを現実にするためのプロセスのひとつのように感じられます。ビジネスの場合、その実現の過程で「自分たちには不可能だけど、どこかと組んだらできるかもしれない」という場面も出てくるかもしれませんね。

茶谷:          これまで、日本企業は関連する財閥やグループの中だけで何かを成し遂げようとする傾向が強かったと言えます。しかし、近年では新しい発明や計画をオープンイノベーションに実践していくように変化しています。ルースカップリングな(拡張性のある)コラボレーションは今後ますます重要になってくるでしょう。

そうした時、必要なのは「自分・自社ではない相手を信用する」という意識です。それがなければ、怖くてコラボレーションは成立しなくなるでしょう。

茶谷

大企業は協働する企業に対して、深さはどうあれデューデリジェンスするものです。しかし、相手がベンチャー企業だった場合、「技術力は確かだが、まだしっかりした固定資産も持ってない」という、評価としてはかなり低い状況であるとの判断が下される場合も考えられます。

コンプライアンスを守ることは必須ですが、状況に応じて、今までは門前払いされていたような企業とも「いいよ!一緒にやろう」と言えなければ始まらないこともあると意識しておきたいものです。

企業同士のコラボレーションが活発な米国でも、デューデリジェンスは行なわれています。しかし、深度を段階的に考えながら外部ネットワークをうまく使ってイノベーションを起こしています。これは今後の参考になるでしょう。

日本企業は全体的にコンプライアンスを過度に意識しすぎて、それが元気をなくしている理由になっている部分が少なからずあると感じています。100%問題ない、というものしか受け入れないのでは立ち行かないことにも目を向ける必要があるのではないでしょうか?

また、日本のように人材流動性が極めて低く外部からの風が入ることが少ない環境では文化的なミックスの経験がほとんどなく、社内であっても「帳簿上はいいけれどプロセスが間違っている」といった間違いが実は存在する場合もあるかもしれません。

そのようなことも踏まえて、過去のルールや社内規則が本当に正しいかどうかを再考する必要はあるでしょう。

空想駆動型や妄想駆動型の発想が何を“実装”すべきか導いてくれる

茶谷

――「空想駆動型や妄想駆動型」でデジタル化やテクノロジーを推進しなければならない一方、自然災害が多い日本では社会全体のレジリエンスを考えて必ずしもデジタル化が最適解とは言えない場面も出てくると考えられます。この点をどのように解消すれば良いでしょうか?

茶谷:          デジタル経営が進んでいる会社で興味深いのは、ネットワークが落ちると全員が急に立ち上がって歩き回り、直接同僚やチームメンバーと話し始めることです。デジタルは電気の供給がなければ止まってしまいますし、各フロアに発電機や蓄電池がある会社はなかなかないので仕方がないことですけどね(笑)。

それだけではなく、日本は全体的にレジリエンスに対しての議論がまだ不足しているのかもしれません。

近年、デジタル通貨の利用が推進されていますが、日本の中では必ずどこかで数%は避難生活を送られている人がいます。自然災害が多い国なので、完全に生活をデジタル化させることは考え辛いと言えるでしょう。それはデジタル通貨そのものが悪いのではなく、現在のデジタル通貨の仕組みが十分なレジリエンスを伴っていないのだと考えます。

東日本大震災の時、地元の金融機関は緊急避難措置的にかなり柔軟に預金の引き出しができるように対応したと言いますが、そうした「必ずしもデジタルで処理しない」ということも含めて、法律や仕組みの整備、社会システムを考えてレジリエンスを高めることが求められます。

「空想駆動型や妄想駆動型」に物事を推し進めていく上で今不足している「実装しなければならないデジタルやテクノロジー」を見つけ出すことはもちろん必須ですが、それと同時に日本にあったオルタナティブを見つけることも欠かせません。

現段階でデジタルを浸透させることは極めて重要ですが、デジタルがネイティブ(当たり前)になった先、デジタルだけでは課題を解決できない社会に対してどのようなソリューションや仕組みを提供できるのか、空想・妄想していきたいですね。